立海 ところ変わって、神奈川県。
王者立海でも、男子テニス部の朝練が行われていた。 だがコートにも部室にも、マネージャーの姿はなかった。
七条楓はどこにいるのか。それは彼の在籍するクラスを覗けばわかることだった。
「おはよー」 「あ、七条くん、おはよう」 「七条待ってました!英語のノート見せてください!」 「またやってきてないの?」
楓の周りに人が集まる。ありふれた日常風景。
楓はクラスの皆に受け入れられ、男女の隔たりなんてものはなく慕われていた。 それはきっと、生まれながらにして持っている人柄というものが関係しているからだろう。
「いいんだよ、七条くん。甘やかしすぎるとますます馬鹿になるから」 「うるせっ。なぁ頼むよ七条ー。この通り!礼は弾むから!」 「残念だったな、俺はそんなものに興味はない…ほら、持ってきな」 「七条ー!!」
なんて即興コントができるほど仲が良かった。 転校生の彼がここまでクラスの中心人物になれたのも、『男子テニス部マネージャー』という肩書きと、やはり人柄があってこそだろう。
「あの、七条くん…」 「ん?」
声をかけてきたのは隣の女子だった。内気な生徒だが、容姿も性格もなかなか良好で、楓も好印象を持っていた。
そんな彼女は伏せ目がちに、申し訳なさそうに楓を見る。
「よかったら、私にも英語のノート、見せてもらいたいんだけど…」 「あ、いいよいいよ。全然オッケ!今回ちょっと難しかったしね」 「そう!第2段落がもう意味不明で…」 「あ、戸松さんもわかんなかった?俺も訳がすっげーごちゃごちゃしてさー」
鋭い方ならわかるだろうが、楓はモテていた。
社交的で文武両道の楓がモテないわけがなかった。何より、親しみやすい。
戸松と呼ばれた女子生徒も、楓に好意を寄せていたが案の定楓はその好意なんて気づくはずもなく、ただ普通に距離を縮めていた。
「ってかお前、部活いいの?」 「確か大会前とか言ってなかったか?サボんなよマネージャー」
男子数人が楓をおちょくるが、本人はいいのいいのと楽観的。
「俺がいたって邪魔しちゃうだけだし。それに俺今日数学の宿題学校に置き勉してやってないんだよね!お願い誰かノート貸して!」 「おまっ、そっちが本音だろ!」 「七条くんやばくない?今日一時間目だよ数学」 「そう!だからやばいの!あ、戸松さんよかったらノート貸して!」 「あっ、うん。どうぞ。…あれ、でも七条くん今週日直じゃなかったっけ」 「ぬああああそうだったあああ…!日誌とか後ろの黒板とか書かなきゃじゃん俺!」 「しゃあねぇなー。俺が写しといてやっから、日誌取り行ってこい」 「ありがと笹野!ちょっと行ってくる!」
と言って教室を出ていく楓と、いってらーと見送るクラスメートたち。 すると楓がいない教室で、笹野と呼ばれた男子生徒が何かを思い出したかのようにあ、と呟いた。
「なあ、そういや聞いた?」 「何が?」 「なんか転校生が来るらしい。しかも今日」 「え、何それアタシ知らない」 「それぜってー嘘じゃね?」
と、ざわざわと笹野の周囲が慌ただしくなった。 今のところテニス部は出てきていないが、とても平和である。 今のところは。
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