(中年作家と女学生)
時代は明治。 舞台は東京。 小説家と女学生の恋物語。
今まで何作も書いてきたのになぜだかスランプに陥るし妻は寝とられるし新しい恋人はできないしで人生の破産寸前な中年作家。 ある日家の庭から、門の前に怪しい人影を発見。 ガツンといってやろうと重い腰をあげる。
「おい!」 「ヒッ!?」 「君は誰だ!人の家の前でなにをしている!?」 「…!あ、あの、ご無礼をお許しください!」 「はぁ?」 「わ、私、先生のファンでっ…いても立ってもいられずっ、家をお訪ねしたかったのですが、その、急に怖じ気づいてしまい、門の前で右往左往しておりました!『猫茶屋』とても面白かったです!サインください!」 「………?」
女学生の勢いに圧倒され、とりあえずサインを書いてやる。 『猫茶屋』は私が書いた中でも特に愚にもつかぬ娯楽小説として売れなかった本であまり評判にならなかったが…。まぁ教養のない若い女の目についたところでどうこうなるわけじゃあるまい。
「書いたぞ」 「有難うございます!」 「ならさっさと帰ってくれ。茶を出すほど私は暇じゃないんだ」 「!あの、新作待っています!…さようなら!」 「……」
うるさい奴もいたもんだと先生ため息。
その後なんの因果か、いく先々にその女学生に出会う先生。
「…なぜ君がいるんだ」 「すっ、すみません…ぐすっ」 「ば、馬鹿!ここで泣くな!」
そんな感じで距離が縮まる。
「君はなぜ私の作品が好きなんだ。私より面白い作品なんてザラにあるだろう。こんな古くさい書き方、今じゃ敬遠されてるだけだ」 「そうでしょうか?私は…斬新だと思います」 「…変な奴だ」
認められて嬉しいけど素直に喜べない先生。 この子と一緒だととても心が落ち着く。しかし…相手は私より遥かに年下だぞ? こんな私がこんな小娘を?あり得ない。妻がいなくなったから女と小娘の違いがわからなくなってるだけなんだ。
「…お前、最近若い小娘と一緒にいるのを見るが…。…まさかコレじゃねぇだろうな?嫁さんとられたからってあんなんに手ェ出すこたぁねえだろ」 「違う、そんなんじゃない。付きまとわれて困ってるんだ。私のファンらしいが、どうだか」 「…よし、飲みに行くぞ!」
友人に連れられ飲みにいく→どんちゃん騒ぎ→「センセ、今夜どう?」→うふんあはん→翌朝、二人で店を出たのを女学生目撃→女学生、寂しそうに走り去る→先生、なぜだか心が痛い…という流れ。
その後家に引きこもる生活が続く。門の前には誰もいない。 願ったり叶ったりなのになぜ私はこんなに焦っているのだ意味がわからない。
そんなある日。 門の前に人がいた。女学生だ。嬉しいのと同時に不安にもなった。先生は初めて女学生を家にあげた。覚悟はできていたのだ。
「…幻滅したか?しかし作家とはああいうものだ。私たちに変な願望を抱かないほうがいい」 「……」
徹底的に突き放そうと考えた先生。自分が苦しいのなら、その苦しみの原因を根本から消し去るのみ。そうしていろんなものを亡くしてきた先生はとても不器用なのだ。
「金にならない商売。誰もいない家。机に向かっても手は動かない。寄ってくるのは低脳な女だけ。悪化する肝臓と肺。…惨めだろう。わかったら帰れ」 「…帰ってしまったら…もう会うことはないのでしょうか?」 「…だろうな」 「…では、最後に申しておきます。私は、あなたに初めて会う以前から、あなたの本をよんだその日から、あなたの事を好きになっていました。…新作待ってます」
涙を一粒流し、女学生はにこりと笑ってその場を去る。 先生、その場に佇み、ただ呆然とし、女学生の言った言葉を反芻していた。ああ、また私は選択を間違ってしまったようだ。 しかし涙は自然と流れなかった。それと逆に、手は動く。先生はペンを走らせた。
その後外出しても女学生と会うことはなくなった。 まるで今までの時が嘘だったように、今まで見てきた彼女が幽霊のだったのか…新作が出来るまでの一年間、全く会うことはなかった。
新作が出たので近所の本屋に評判はどうだろうと見に行くと、彼女を発見。 思わず声をかける。
「!先生…?」 「……!!」
ああ、彼女だ。彼女の声だ。 もはや言葉はいらなかった。先生は彼女を抱き締めた。そして初めて涙を流した。
「せ、先生!?」 「うるさい黙ってろ」 「……?」
彼女がまだ自分の作品を、自分を見捨てなかったことが嬉しかった先生。この人と結婚しようと心に決めるが今更どうやって彼女をひき止めるかわからない先生。 しかし一年前に本人から告られてるので本人の気が変わっていなければ実質両思いなのだが先生は何分不器用であった。
「君みたいな人間を次回作で書きたい」 「えっ!先生の本に出させてもらえるのですか?」 「だから…君の事を教えてくれ。好きな色や食べ物でかまわない」 「もちろんです!」
「文通というのはなんとも素晴らしいものです先生。会うことのできない相手への思いを綴り、愛を確かめる…。先生、次回は文通のお話などいかかでしょう?」 「私は文通などやったことがないからそんなもの書けん」 「なら私に送ってみては?」 「は?」 「夏の間、親戚の家に住み込みで働くことになったのです。会えなくなりますし、どうですか?」 「(それは遠回しに私たちは恋人同士だと言っているのか…!?)…まぁ、いいだろう」
そんなこんなで文通開始。 文通をして初めて彼女の文字は癖があるなぁと気づいたり、思いを綴るというより今日会ったことを報告しあう交換日記をしているようだと暑さも交えて悶々としながら先生は手紙を書く。
そんなある日。
『あちらにいる学生から交際してほしいと言われてしまいました。いきなりのことに戸惑いましたが、好きと言われるのは嬉しいものですね。しかし勿論、お断りしました。先生、体調は崩していませんか。お酒とたばこは程々に』
という手紙が送られてきて先生唖然。
交際を申し込まれただと、しかし断った、まぁそれはいい、しかしなぜ明確な理由が書かれていないのだ! 先生急いで筆を走らせる。
『君の愛らしさに魅せられた男がいたようで、私は心底うんざりしている。 また、君の手紙にも不明瞭なところがある。 勿論断った、というのは、私がいるから断ったという意味であるなら、わかるように書きたまへ。 もし違うなら、自惚れるなと書いてくれ。 君は知りもしないだろう。私がどんな思いで君からの手紙を読んだか。 君は忘れたかもしれないが、私が君を初めて家にあげた一年前のあの日、君は確かに私に好きだと言ったのだ。 今まで大事にはしたくなくて言及しなかったが、君は今でも私が好きなのか。 ちょうどいい機会だ。自分と見つめあおうではないか。
何を書きたいのか自分でもわからぬ。 しかし君の手紙で不快な気分になったことだけは、私はここで明記しなければならない。 それだけではない。 君から送られてくる手紙でいい歳した大人が一喜一憂していること、心待ちにしていること、悶々としていることを理解しておいたほうがいい。
文通とは確かに素晴らしいがとても歯痒い。 思いを綴り愛を確かめるとはこんなにも難しいとは思わなかった。 これなら直接口で言ったほうが楽かもしれないが、私は君を前にすると冷たいことばかり言ってしまう。文字ならありのままを伝えることができるが君の顔が見れないのが残念だ。 文通をはじめてわかったことがある。いや、本当は前からわかっていたのだ。心して読んでくれ。 私は今、君を抱き締めたい。私のこの腕で、君を受け止めてやりたい。そして君には私を拒まず、また何度でも好きだと言って欲しい。 嘘偽りはない私の気持ちだ。君の心が移り変わっていなければよいのだが。
酒もたばこももうやめたよ。 早く帰ってきなさい。』
先生、一世一代のラブレターである。
その後彼女から返事はなく、ショックで寝込む日が続く。 拒絶された…また選択を間違ってしまった…とナイーブになる中年。
すると突如玄関のドアが開き彼女がやって来る。
「先生!ただいま帰りました!」 「っ!?なっ、なぜここに!?まだ8月の中旬だぞ?」 「先生が帰って来いと仰ったので、帰ってきました!」 「!……つまりっ、それは、そのっ…」 「私の心は移り変わってなどいません。さぁ、抱き締めてください。何度でも、好きだと言って差し上げます」 「……!!!」
不器用な作家と純粋な女学生。 こんな話読みたいな〜。
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