「苗字さん、明日暇ですか?」
授業の用意をしていたら、黄瀬涼太がやって来た。
いつものチャラついた雰囲気と打って変わって、礼儀正しいって言ったら変だけど、それなりに整った口調だったのでびっくりした。
黄瀬はもっとこう、余裕ぶった奴じゃなかったっけ。
「苗字さん?」
「あ…うん、なに?明日?」
黄瀬はやっといつもみたいに軽い感じにふにゃりと笑った。少し安心した。
「うん、明日暇っス…暇、ですか?」
慌てて言い直した。
なんか私だけに敬語って、いい気しない。ハブられてる気分だけど、好き嫌いは誰にだってあるか。
ちょっと待ってて、と言って、カバンからスケジュール帳を取り出した。
明日、明日っと。
ちょうどそこは空白になっていた。
黄瀬を盗み見すると、本人は私から目を逸らし、何処か睨んでいるようだった。
ますます気に食わない。遠くで男子がそれを見て笑っていた。嫌ならこんな役引き受けるなよ。
「えーと…とりあえずあいてる」
「あ、本当っスか!?」
うん、口調元通りになってるよ。思ったけど言わなかった。
「文化祭の成功を祝って、打ち上げすることになったんスけど、参加大丈夫ッス…大丈夫ですか?」
気になるなぁ、その口調。
「…まぁ、大丈夫だけど」
「あ、明日の10時駅前に集合です!あとメアドください!」
「…なんで?」
「か、幹事になっちゃって…」
あー…成る程。だから普段話さない私に気を使ってそういう口調なわけね。
「うん、いいよ」
「ほ、本当ッ…ですか!?」
「え、うん」
若干嬉しげな黄瀬と赤外線でアドレスを交換すると、じゃあまた後で連絡するっス、と言って席に戻ってしまった。
翌日。打ち上げ当日。
10時に駅前の広場に着いたはずなのに、まだ誰もいなかった。
おい幹事、しっかりしろよ。
昨日黄瀬からのメールはなかったから変更無しだと思ったらこのザマとか。
むかつく。
駅着いたよ
誰もいなくて寂しいんだけど
幹事にメールをしたらすぐ返ってきた。
ちょっと待ってて!
「…ちょっと待ってて…?」
この返信はどうなんだ。
まるで待ち合わせしてるみたいじゃないか。
「あっ、苗字さん!」
「!」
あ、来た。
黄瀬だけ。あれ、他の皆さんは?
「…おはよう」
「おはよっす!」
にこりと笑う黄瀬。
…なんか可笑しくないかこれ。
←