日吉若とのなれそめ

このクラスになってから気になってはいた。最初は、同級生にも敬語を使う変な奴だとか、地味な奴だとか、そんなふうに思っていた。
最近になってできたマネージャーのせいで軽く女が信じられなくなっていたので、佐鳥の口調が、何かを隠しているみたいで好きになれなかった。良い奴なんだろうけど、裏がありそうで正直、あまり、好感が持てない。


と思っていたら、この様だ。


「…」
「…」


数センチあけられた二つの机。
一方は俺。そしてもう一方が、佐鳥。
言わなくてもわかるとおもうが言っておく。席替えしたら隣同士になりやがった。


「…あ、よろしくお願いします」
「…ああ」


これが初めての会話だった。

嫌な奴と当たったと、素直に思った。



「表情が読めない。話し方が嫌い」
「…相手の悪いとこばっか見とらんと、良いとこ見つけぇや」

放課後。
散らばったボールをラケットに乗せながら忍足先輩と世間話をする日々が、ここ何日か続いた。
そして今日もそれが続く。話題は、女子について。

「なんか…他の女子と違いすぎてどうしていいかわかんないんです」
「自分、前に女子とはあまり話しとうないって言うとったやん。ええやんか」
「隣同士でディスカッションするときとか絶対気まずくなるじゃないですか。馴れ馴れしいのも論外ですけど地味すぎるのも嫌です」
「なに?地味なんその子」
「地味っていうか静かで…加藤先輩の正反対って言ったらわかります?」
「…あぁー、なんかわかるわぁ」

忍足先輩がチラ、と目を向けた先は、加藤先輩が男子数人に囲まれデレデレしているという、いつも通りの風景。

早々に視線を外し、忍足先輩はため息をついた。
加藤先輩と目があうと厄介なのを、この人は知っているのだ。

「まぁ、ええやん。最初はおはようから始めれば」
「あいつ、朝はいつも読書か予習してるんで邪魔するのはちょっと…」
「なんか珍しいな」
「は」
「そこまでするなんて。ほんまは好き、とか?」
「んなわけないでしょう」

忍足先輩の含み笑いに即答で返しボールを拾った。
そしてなぜか佐鳥の顔が頭に浮かんだ。

あいつは俺をどう思ってるんだろう。

そう思った自分に寒気がした。



そして忍足先輩の助言も虚しく、佐鳥とはあの日以来、話をしない日々が続き、土日に入った。



休み明けの月曜日の朝練で、忍足先輩がよう、と声をかけて来た。おはようございます、と挨拶した。

「隣の子、どうなん?」
「特に先輩に話すようなことしてません」
「え?話してへんのか」
「なんだか馬鹿らしくなってきて。よく考えたら、俺がそこまでする理由ないんですよね」
「…ふぅん」

忍足先輩は肯定も否定もせず、確かにな、と呟いた。

「でも可愛いな、あの子。もったいないんちゃう?」
「顔知ってんですか」
「眼鏡で髪一つに縛っとる子やろ?」
「はい」
「職員室行ったら先生となんか話してて。日吉んとこの担任やし佐鳥言われてたから多分あっとるやろ」
「あってますね。…職員室行ってたから来るの遅かったんですか?」
「んー、日直でな。隣の子遅刻魔やから俺が行かんと」
「へぇ…」

あーそうか、日直か。佐鳥と日直、か…。気まずそうだな。
そういや日直っていつだっけ。

………あれ、もしかして。

「!……やばっ…!」
「ん?」
「今日日直っ…!」
「え?…あー、だから佐鳥さんおったんか」

俺の隣で忍足先輩は他人事のように呟く。
俺は自然と冷や汗が出る。

やばい。日直佐鳥に押し付けて自分は朝練って、絶対に嫌な奴だと思われる。

「ちょっと行って来ます!」
「おー、行ってら」

呆けた声の忍足先輩から送り出された俺は、急いで部室で着替えて校舎に走った。



教室のドアをあけると、後ろの黒板に何かを書いてる佐鳥しかいなかった。

勢いよくあけたせいで佐鳥は俺の方に顔だけ向けた。

そして今にも、何をそんなに急いでるんですか、と言いそうなきょとんとした顔で

「…おはようございます」

と言った。
一瞬呆気にとられたが、すぐに俺はハッとして、おはよう、と言い返した。

「悪い、日直…。俺のほうが先に来たんだから、俺がやってれば、よかった、のに…」

急いで走ったせいで動悸が激しい。言い終わったあとも、ハァハァと息切れが続く。

「え?何時に来たんですか?」
「六時半には、いた」

そう言うと佐鳥は困ったように少し笑った。ような気がした。

「六時半は、学校に入れてもまだ校舎開いてませんよ」
「え」
「それに、私に仕事押し付けるなんて嫌な奴、なんて思ってません。日吉くんが部活で忙しいの知ってますから。大会近いんでしょう?」

頑張ってください、と言うと、佐鳥は、少しだけ笑った。

それを見て、俺はまた動悸がした。

「いやっ…それとこれとは、やっぱ…別だろう」
「え?いやでも本当に大丈夫ですよ。あとはプリントを配って、職員室から教材運ぶだけですから」
「!じゃあ、その教材は俺が運ぶ」

何故だかいたたまれなくなった。すぐここから出たくて、普段より声が大きくなった。
それを誤魔化すように扉をぶっきらぼうに開けて廊下に出る。ああ何故だろう調子が狂う。

小走りして階段へ向かうと、後ろから「日吉くん!」と大きめな声がした。

振り向くと、佐鳥が教室から顔を出していた。

「あの、なんか段ボールに入ってて結構重いみたいで…。二人で運びに行きましょう」
「…、!あ、いや、俺一人でも…」

大丈夫、と言おうと佐鳥の顔を見たら、また動悸がした。
顔が火照る。調子が狂う。なんだってんだよ、こんちくしょうが。

あー…、と考えるふりをして佐鳥から目を逸らした。

「…そう、だな。そうしよう」
「はい」

佐鳥はいつものように無表情で言った。



ここまでくると、自分の馬鹿さが身に染みてくる。




その後、職員室に行くまで二言三言言葉を交わし、段ボールを二人で運びながら、重いですね、何に使うんだろうな、という、初めて会話らしい会話が成立した。

朝早い、まだ誰もいない教室に入りプリントを配る。
その間も、初めてこんなに話しますね、そうだな、嫌われてるのかと思ってました、だっていつも本読んでるから話しかけづらいんだよ、それはすみません、と。だらだらと話をした。

配り終え、部活に戻るのも気が引けるし、なんとなく、二人しかいないこの教室は居心地がいい。
英語の予習でもしながら、佐鳥と話でもしようと思った。

「…なぁ、佐鳥」
「はい?」
「英語のノート、貸してくれないか」

佐鳥は驚いたようにえ、と呟いた。しかしそのあと、俺の目にはにこりと微笑んだように見えた。

「ええ、いいですよ」
「…ありがとう」

その後、佐鳥の友人の暁とその他女子数人が教室に入ってきて俺たち二人を見て何かを悟り「すみません…」と漏らし気まずそうに戸を閉めるまで、雑談しながら英語の予習をした。





そしてこの時、日吉はまだ、みきながマネージャー(仮)になるなんて思いもしなかったのである。



***
なげえよっていう。最初日吉もこんな感じで初々しいんじゃないかなぁと。好きかも→好き…?→いやでも…→気になるだけか、みたいな感じ


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