名前を呼ばない静雄

「静雄さん」

ああ、またコイツだ。

裾を引っ張られて後ろを向いたら、やっぱりいるのはこいつ。臨也に似た顔をした、ガキ。

「ジュース奢って」

俺を知ってるはずなのに、ちょこまかちょこまか突っかかってくる。

「またテメェか…」

臨也に似てる、うざい奴。




「ありがとー」

ニコニコ笑うこいつの顔を見たら、買ってきた缶コーヒーを握り潰したい衝動にかられた。
コーヒーじゃなくて、カフェオレ?だけど。

誰もいない公園のベンチに座るこいつは、買ってきてやったカフェオレを手に取りあけて飲んだ。

「座れば?」
「立ってるほうが楽なんだよ」
「目線があわないじゃん」
「あわせる必要もねぇだろ」

つまんないのー、と言ってカフェオレを飲んだ。
俺も買ってきたコーヒーを飲んだ。苦い。微糖にすりゃよかった。
飲みながらサングラス越しに映るこいつを見る。そういえば、何か違う。いつもは…何だ、違和感がある。

サングラスを外すと、違和感がわかった。
前はブレザーを着ていた。でも今はオレンジ色のパーカー。
どうりで、なんか濁ったような色だったわけだ。

「まだ中学生だろ、お前。学校指定のブレザー着てろよ」
「あれはもう着れないかな」
「あ?」
「切り刻まれた」
「…ブレザーを?」
「うん。体育の後。めっちゃズタズタに」
「……」
「やだ、心配しないでよ。ちゃんと仕返ししたからさぁ」

イライラした。
ガキのくせに、妙に大人ぶっている、というより悪ぶっている、臨也を真似るところに。

「…だから、何でお前はそうなんだよ」
「?」
「そういう、仕返しだとか喧嘩だとか、なんでそういうことするんだよ。お前は女だろ」
「女は指くわえて見てろって言うの?やられっぱなしでいろって?」
「違う。お前は度がすぎるっつってんだ。…隣座るぞ」
「立ってるほうが楽なんじゃなかったっけ?」
「目線がああだこうだ言ってたのはお前だろ」

そりゃそうだ、と言ってガキは薄笑いした。俺は隣に座って、コーヒーを飲んだ。

まだ池袋は人が溢れかえっていた。老若男女がごった返し、ネオンが光る。空は少し暗い。
公園にある時計を見ると、6時半前だった。

「そういえばさ」
「あ?」
「私と静雄さん、できてるって噂されてるらしい」
「は?」
「凡人から見れば、私は静雄さんの彼女として見られてるんだって」

至極楽しそうな笑みを浮かべて俺を見た。
目があって、なんかよくわからん空気になった。

「…なんだそりゃ。俺とお前が付き合ってるって?」
「噂だよ」
「噂でも御免だ。なんでテメェみてぇな非常識なガキと」
「まぁまぁ。ここであったも何かの縁じゃん」
「臨也のせいだろ」
「実際付き合ってみる?これで静雄さんにも「池袋の年下好き」という肩書きが追加されるよ」
「ふざけんな」
「私と結婚すれば兄さんと義兄弟だね」

その言葉を聞いて、手に持ってた缶コーヒーが握り潰された。
少し残ってたのか、ポタポタと地面に滴が落ちた。
手にも茶色い液体がつたう。

「…こんなに破壊力があるとは思わなかったな」
「変なこと言うのやめろ。次言ったらお前の手首折るぞ」
「きゃー怖い」
「本気だからな。若いから骨くらいすぐくっつくだろ」
「骨がくっつく前に兄さんと姉さんたちによって静雄さんの骨が折られるだろうね」
「そしたらあいつらの手首も折ってやる」
「やめてよおっかない。殺人予告?安心してよ、もう言わない」

危ない危ない。ガキ相手に本気になるところだった。

「……で、何で俺とお前ができてるなんて噂がたってんだ」
「こーいうことしてるからじゃない?」
「ああ成る程な。じゃあもう俺の目の前に現れるな」
「嫌」
「あぁ!?」
「こんな面白い人、他にいないもん」
「門田とかいるだろーが」
「あの人とは別。簡単に言うと、門田さんは人間、静雄さんは化け物」

悪意がないんだからタチが悪い。人を怒らせることは臨也にひけをとらない。

でも俺は知ってる。
臨也の野郎も、言い方を変えればあいつも化け物の類に入る。そして、こいつも。

「だから仲良くしたい」
「却下」

立ち上がって、サングラスをかけ直した。
早くメシ食ってタバコ吸おう。

「ひどいなぁ」
「テメェなんかと仲良くなるなら蟻と仲良くなるわ。ってなわけで失せろ。ガキはもう帰れ」
「ガキじゃないよ」
「ガキだろーが」
「名前がある。あれ?もしかして忘れた?」
「…」

図星をつかれた。
後ろでニヤニヤ笑っているのが手に取るようにわかる。

「さっきから名前呼ばないと思ってたらそれでか。失礼しちゃうなぁ」
「覚えにくいんだよ、お前の名前」

これはほんとだ。そもそも覚える気もない。

「折原心亜だよ。覚えてくれた?平和島静雄さん」
「……お前も変な名前だよな」
「静雄さんは名前負けしてるよね」
「余計なお世話だ」
「じゃあね、静雄さん」
「もう会わねぇよ」

そう言ったら、後ろで心亜がニヤニヤ笑った気がした。


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