――なぁ、苗字。

初めて話しかけた。
苗字は俺を見て驚いたのか、目を細め、何、と言った。当たり前だ。初対面みたいなものだし。

気恥ずかしくなったので、マフラーを巻き直して誤魔化した。


――明日、世界が終わるらしいから、今日は一緒に帰らん?


笑いながらそう言うと、苗字は「は?」なんて馬鹿にしたように小さく笑った。




明日世界が終わるらしい。
でも俺は信じてない。

でもこんな、世界の終末の前日なんていうチャンスをみすみす逃すわけにはいかないので、もちろん利用させてもらう。

隣には好きな女子。誘導成功。

「なぁ苗字」
「ん?」
「明日、世界は終わるらしい」
「知ってるよ。…信じてないけど」

苗字はくすっと笑う。
首に無造作に巻いただけのマフラーが、少し崩れた。

冬は寒くてまいる、と思いながら、コートのポケットにつっこんだ手を、気づかれないように出してみた。

「いや、でも、世界が終わればいいと思うよ」
「なんで?」
「受験めんどい。大人になりたくない」
「俺もじゃ」

そう言うと、苗字はだよね、と相づちを打つ。

「仁王は?」
「ん?」
「世界が終わればいいと思う?」
「お前を家に送り届けるまでは終わってほしくないのー」
「え、やだ、家まで来る気?やめてよ」

わりかし本気で言われたので、内心少し傷ついた。

「っていうか」
「うん?」
「仁王、私のこと好きなんだ」
「……ん」
「なにいまさら照れてんだよ」

苗字は笑って俺に小さく体当たりしてきた。
よろけたが、どうにもこうにも俺は素直なわけで、にやけが止まらなかった。

勢いで苗字の指と、自分の指を絡ませた。

「って冷っ」
「冷え性なんですぅー。ってか、ヘタレなんだか大胆なんだか、仁王って不思議」
「よく言われる」
「明日行けば冬休みだね」
「でも世界は終わるらしい」
「仁王そのフレーズ好きだね」
「そうか?」
「違うの?」


目があった。

びっくりして、足を止めた。

苗字の足も止まった。


「なに?」
「…いや、世界が終わるその前までにお前とこうして帰るのが夢だったもんだから、つい」

嬉しくなった、ありがとう、と素直に言えば、苗字は冗談だと思っているのか苦笑いした。

「仁王って、やっぱり変」

その笑った顔がムカついた。

「世界は終わんないよ?」
「わからんじゃろ」

また歩を進める。
手の熱が、隣の雪女に吸いとられていくような気がした。

「じゃあ、終わるかもしれないから」
「うん?」
「今のうちに言っておく」
「なにを?」
「私も仁王のこと、嫌いじゃないよ」
「!」
「おっとっとー。勘違いすんなよ?好きとは言ってない」
「!…コノヤロウ…」

世界消滅予定日前日の、戯言。




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