「…」
「?」
匂いがした。
振り返ると、いたのはジャーファルさんだった。
まさか、と思ったけれど、やっぱりこの人からあの匂いがする。
「モルジアナ?私に何か…?」
「いえ、その…匂いがするんです」
「匂い?」
ジャーファルさんは袖を鼻にあてて匂いを嗅いだ。
すると何か心当たりがあったようで、ああ、と納得したように笑いかけた。
「さっき料理を運んでいたから、その匂いかもしれません」
「…」
「…あれ?違いますか?」
無言で頷くと、彼は首を傾げた。
言ったほうがいいのだろうか。
しかし、なんだか言いづらい。
ジャーファルさんは困ったように笑った。
「よければ、どんな匂いか教えてくれませんか?」
「…名前さんの匂いがします」
「えっ?」
私がそう口にすれば彼は固まり、そしてどんどん顔が赤くなっていった。
「名前…の、ですか?」
「はい。間違いありません。さっきまで一緒にいたりとか…」
そして私は気づいた。
気づくのが遅すぎたかもしれない。
当のジャーファルさんも、気まずそうに顔を逸らした。
太陽が出てから、まだそれほど時間は経っていない今。
ジャーファルさんから匂う名前さんの匂い。
つまり、この人たちは。
「…あの、ごめんなさい」
「なっ、何がですか!?あ、じゃあ私は用事があるのでこれで!」
顔を赤くしたまま彼は走って行ってしまった。
取り残された私。
よくわからない生き物の鳴き声らしきものが、遠くから聞こえた。
外はまだ静かだけれど、太陽はだんだんと私たちに近づいている。
大人の世界は、複雑だ。
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