昨日がホワイトデーだということについて忘れていたわけでは決して無いと言い訳をさせてもらう。むしろ意識しすぎておかしくなっていた。
その意識を逸らそうとして仕事に手をつけまくっていたら、いつの間にかお返しをする時間などなくなっていた、と。
しかもお返しとして作ったドーナツを閻魔大王が食べてしまった。いつもより鋭い蹴りをお見舞いして、明日謝りに行こうと決めて就寝した。

そして今日が、ホワイトデーの翌日。

だが、肝心の本人がいない。

「シロさん、名前さん見かけませんでした?」
「あっ、名前様ならさっき門くぐってるの見たよ」
「入れ違いですか…」

礼を言って法廷へ戻ると、シロさんの言った通り、名前さんがいた。

「名前さん」
「!あ、鬼灯様」

いつも通りの笑顔。どうやら怒っていないらしい。

「昨日はすみません」
「え?」
「お返しを渡せなくて」
「ああ、それならさっき閻魔大王から謝られました。ドーナツを食べちゃったとか」
「本当に申し訳ありません」
「いえ、気にしていませんから」

ふふ、と笑う名前とは裏腹に、昨日の失態に苛つく鬼灯。
だが、名前本人は気にやんでいないらしい。

「何か欲しいものはありませんか?代わりにそれを差し上げます」
「あら、嬉しい。では、少々我が儘を聞いてはくれませんか?前々から欲しかったものがあるんです」
「と言いますと?」

ええ実は、と顔を赤らめ恥ずかしそうに言った。

「鬼灯様が育てている金魚草が欲しいのです」




「本当にこんなものでいいんですか?」
「ええ。一度栽培してみたかったんです」

鉢に植え替えした小さな金魚草を見て、名前は嬉しそうに微笑んだ。

「大切に育てます」
「ええ。コンテスト、期待しています」

さすがにあんな大きくはできませんよ、と苦笑い。そんな名前を見て、鬼灯は彼女が育てる金魚草が羨ましくなった。

「こんな素敵なお返し、初めてです」
「…それはよかったです」

ぴちぴちはねる金魚草を見て、さっきまで笑っていた名前の顔が、次第に曇っていった。

「…どうかされましたか?」
「あ、いえ…。枯れてしまったら、悲しいなぁ、と」
「…生き物ですから、いずれは死んでしまうでしょう」

広大な庭に生える金魚草を見ながら、鬼灯は呟いた。
いずれは枯れる。一匹だけでも彼女の手に渡ったことは喜ばしいことかもしれない。

「枯れたら」
「え?」
「もし枯れてしまったら、このたくさんの金魚草を見にくればいい」

名前を見ると、きょとんとした顔で自分を見ていた。

「私が付き合います」

そう言うとみるみる顔が赤くなり、鬼灯から顔を逸らした。
鉢を抱えながら、早く枯れてほしいと殺生なことを思ってしまいました、と名前。
私もです、と鬼灯も呟いた。

金魚草がぴちぴちとはねていた。まだまだ寿命は有り余っている。




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