それは本当に偶然だった。
女子の他愛ない会話、所謂ガールズトークをしている場面に出くわしたのがきっかけ。
廊下に集まっていた女子数人。
通りすぎるタイミングを逃し、会話が一通り終わるのを、階段の柱に隠れて待っていた。
早よ終わらんかな、と聞き耳をたてていると、恋愛の話に発展。
うわぁ、アカンな、女子はこの手の話に長引くねん、とうんざりしていると、名前も知らない女子の口から出てくる名前の中に、白石の名前があった。
「白石くんやっぱかっこえーわ!」
「なぁー、優しいしなぁ、ホンマ目が合った日とか一日中幸せやもん」
ほー、さすがイケメン。羨ましいわホンマに。
「名前は気になる奴おらんの?」
「私?」
聞くまでもないやろ。女は皆白石ちゃうんか。
遠回りをして教室に戻ろうか考えている俺に、予想外の名前が出てきた。
「忍足くんかな」
「ッ!?」
思わず振り返った。
勢い余って壁に鼻が激突し、俺は鼻を押さえてその場にしゃがみ込む。後ろ壁やったの忘れとった。
いやそれよりなんやて、俺!?
「あー、忍足くんか!」
「意外やなー。名前ってああいうのタイプなん?」
やかましいわアホ。
悪かったな、冴えない顔で!
「まぁ、せやな」
名前と思われる女子の声は、間違いなく肯定を表していた。
「やって忍足くん、メッチャ足速いんやろ?気になるわ」
そこ!?とツッコみたくなったが押さえた。
足!?気になるって、好きとかやないんか!?わからん、女子はわからん。
「あー、名前とどっちが速いんなろなぁ。でも忍足くん男やん」
「でも名前かて、短距離は女子で校内新記録出してるし、大会でもバンバン入賞しとるし」
「自分で言うのもなんやけど、陸上部期待の星やで」
「ホンマ自分で言うなや!」
あははははーと笑いが起こる。
気になって、気づかれないようにそうっと盗み見すれば、名前はホンマすごいでー、と言われ笑顔で返す女子。
それは偶然だった。
偶然ゆえに、一目惚れだった。
そしてあれから三日後たった今日、また偶然が起こった。
部活終わり。陸上部がまだ練習をしているグラウンドに名前さんがおった。
自然と足が止まりグラウンドを見ていると、財前がなにしてはるんですか、と声をかけてきた。
「…陸上部ッスね」
「せやな」
たしか、短距離ゆうとったな。
足速いんか、やっぱり。
屈伸している名前さん。足長いなぁ。筋肉もついとるし。
「…謙也さん」
「あ?なんやねん」
財前の方を向くと、奴はどこから持ってきたのかテニスボールを右手に持っていた。
は、とツッコむ前に財前はニヤリと笑い、ボールを思いっきり、グラウンド、名前さんがいる方向へ、投げた。
「…は!?」
ボールは見事名前さんの目の前に落ちる。
気づいた名前さんは屈伸を中断しそれを手に取り辺りを見渡し、俺たち二人と目が合った。
これ君らのー?と、身振り手振りで伝えてくる名前さん。
「…じゃ、先輩。拾ってきてください」
「はぁ!?なんやお前!なんのつもりや!」
「手が滑ったんすわ」
「嘘つけ!」
「早よ行かんと、あの人困りますよ」
そう言われればもとも子もない。
財前を睨んでから、俺は走ってボールを拾いに行く。
名前さんはボールを地面にバウンドさせて遊んでいた。
「あ、忍足くんやったんか」
「あ、ああ…。スマン、邪魔してもうたな」
ボールを返して貰うと、名前さんはあははと笑った。
「テニス頑張ってなー。ホンマは陸上部入ってくれたらええんやけど」
「えっ、あ…いや、俺テニス好きやから…」
「あ、ごめん。困らせてしもたな。足速い聞いとったから」
「…自分も」
「ん?」
「自分も足速いんやろ?…良かったら、競走せぇへん?」
本当は一緒に帰ろうとか言うべきだろう。
だが何を間違ったのか、出てきた言葉は誘いではなく挑戦だった。
でも名前さんは目をキラキラ輝かせ、満足げに笑った。
「相手に不足無し。やろか。負けたら、マクド奢りな」
「…!き、今日の帰りでええか?」
「ええよー。ただ、まだ練習終わらんから待っててもらうことになんねんけど」
「ええよ!全然ええから!何時間でも待っとるし」
「そか」
にこりと笑った名前さん。
財前にそのことを伝えようと振り返ったが、財前は先に帰ったのか、立っていたはずの場所にいなかった。
「…邪魔モンはおらんな」
「え、なに?」
「いや、こっちの話!さ、やろか!」
笑ってそう言えば、名前さんは変なの、と言って笑った。
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