袴を着ている苗字は、騎士のようだといつも思う。

制服を着ているときとは全然違う雰囲気に違和感を覚えるのは俺だけじゃないだろう。
弓道場を通る為遠回りをして、部活に向かう。
自分でもなんでこんな馬鹿なことしているのかわからない。

忍びない、情けないとは思っている。
そんな俺が堂々と弓道場へ向かうことができる口実は、ただ一つ。
生徒会の仕事である、月一回の部室点検の日のみ。

「破損したとか、なにか足りないとかあるか」

そんな今日、苗字は弓道場にいなかった。

俺がわざわざ一人で道場に来たというのに、俺の受け答えに応じるのは名前も知らない二年の女。
日本の武道を心得ている輩のくせに、手にはネイル、目はつけまつげですごいことになっている。

苗字の指導が行き届いていないのか。いや、そんなことはないだろう。
この女が、馬鹿なだけだ。

ないですよぉ、と甘ったるい声を出せばふにゃりと笑い、俺に同意を求める。
その行為に腹が立つ。同じスポーツをしている者として、どうも気に入らない。

他の女も負けじと周りに集まり、チャンスはまだかと、俺がこの女と離れるのを待っている。
早いところ帰ろうか、その前に少しお灸を据えるか。

その狭間で揺れていると、出入り口から「失礼します」と透き通った綺麗な声が聞こえてきた。

その声を聞き、女共は一斉に体を強張らせた。
目の前の女も肩が跳ね、おどおどしながら後ろを振り返る。

「!」

声の段階でわかっていたが、そこにいたのは苗字だった。
淡々と歩きながらこちらへ向かってくる苗字は、やはり騎士のようだった。

俺と目を合わせてから目線を下げ、目の前にいる二年の女を見た。

「どうやら女子は練習していなかったようだけど」
「私は、部室点検で呼ばれて…」
「あなたは二年生。部長候補でも副部長候補でもないでしょ?練習する身なんだから、そんなことはしなくていい。顧問も私も副部長も三年もいない時は、座って待ってもらうようにするか、後回しにするようにと教えたはず」
「す、すみませんっ!」
「あと、爪は切って。入って日もないから知らないだろうけど、それじゃゆかげ付けられないから」

わかったら、練習、と苗字が言えば、女は俺の前から消え、周りにいた女もわざとらしく道具を取りに行ったり、道具をいじったり。

「…凄いな、鶴の一声か」
「まさか。ごめんなさい跡部くん。無礼を許してくださいな」

ぺこりと頭を下げた苗字。
黒い髪がさらりと落ちた。

「部費で間に合ってるし、破損もないから大丈夫」
「そうか。ところで、なんで遅れたんだ?お前らしくないな」

そう尋ねれば、苗字は苦笑いをした。

「あ、うん。跡部くん、よくここの前通じゃない?部室点検なのは聞いてたから、よかったら一緒に行こうかと思って玄関で待ってたんだけど、来なかったから」

予想外の答えが返ってくれば、俺は動揺してペンを落とす。
床に落ちる音がして、動揺を悟られないようにしゃがんで手を伸ばせば、苗字もしゃがんで手を伸ばしていて、二つの手が視界に入ると、俺たち二人は一回手を小さく引っ込めた。

苗字の綺麗な白い手が、ためらいながらボールペンを手に取った。

「はい」

しゃがんだため、俺たち二人の距離は近かった。
一瞬にして目が合えば、苗字は気まずげにボールペンを差し出した。

鼓動の動きは速くなる。ああなるほど、そういうことか。

俺はボールペンを受け取り、ゆっくり立ち上がった。
それに合わせて苗字も立ち上がる。

馬鹿な俺はやっと気づいた。

こんなにも俺は、この女が好きだったのか。

「苗字」
「うん?」
「好きだ」

そう告白をすれば、周りの女も苗字も息をのんだのがわかった。




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