人魚になりてーな、と青峰が言った。
私は爆笑した。
「…なに笑ってんだオラ」
「青峰が人魚とかっ、ぶはっ、あひひっ、ガングロ人魚っ」
「てめーだってさつきと比べりゃ黒いじゃねーか」
「元テニス部だもん。…で、なんでに、人っ…人魚なんかになりたいの?」
さすがに叩かれた。
いやいや、だって青峰みたいなのが人魚になりたいなんて言ったら誰だって爆笑する。
まず男が人魚になりたいって、どうなのかな。
青峰はいつものように気だるげに空を仰いだ。
「まぁ…なんか気持ちよさそうじゃね?」
「水の中が?」
「ああ。一日中好きなように泳いで、潜って、生きてりゃいいんじゃん?」
この歳にして何を考えてるんだろうと思ったけど、天才は天才なりに悩んでるんだろうなという結論に落ち着いた。
私には到底理解できないけど、私も人魚になりたくなってきた。
「ああ、お前は人魚になるなよ」
「…え」
青峰は私の考えを一蹴するようなことを言った。
「なんで?私いましがた人魚になりたいと思ったんだけど」
「泡になって溶けちまうんじゃ、こっちがかなわねーよ」
「…は?」
「人魚姫だっけ?人間好きになって、泡になるやつ」
「あー…うん」
だからお前はいいよ、と言って私に背中を向けるように寝返った。
こういう時、なんて反応したらいいのかな。
「…じゃあ青峰も人魚にならないでよ。似合わないし、消えちゃうんでしょ?」
「平気だよ。俺はお前以外好きじゃねーし」
「わからないよ。桃井さんに気が変わるかも」
「…なんでさつきが出てくんだよ。お前なんか勘違いしてね?俺お前の彼氏なんだけど」
「へっへっへ」
「やめろ、気色ワリィ」
自分勝手で被害妄想なのは自分でもわかってるけど、やっぱりどうしようもなく、桃井さんが羨ましくて、妬ましい。
隣にいる青髪を撫でると、その手を掴まれ引っ張られた。
「ちょっ…?青峰?」
「名前」
「…え、なに?」
「今度から、名前で呼びあわね?」
「え」
「決まりな」
一方的に約束して、青峰は私の手を離し、にやりと笑った。
その目を見て、大輝は人魚というよりサメのようだと思った。
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