「いらないなぁ」
いきなり何を言い出したのかと思ったら、折原臨也は差し出された手紙らしきものを、ビリビリ破った。
放課後。教室。男子と女子。教室前。廊下。私。
偶然告白という現場に出くわしてしまった自分は、空気を読んで教室の廊下で待機していた。
本当は帰ったほうがいいと思ったけれどそうはいかなかった。
告白されている人が少し気になっていた折原臨也で、告白してる人が嫌いな女子だったのだ。
これを逃したら後悔する。
好奇心が邪魔をして、私は息を潜めて聞き耳をたてていた。
あの女の告白に、折原はなんて返すのか。イエスでもノーでもそれだけは聞いておきたかった。
そして冒頭に戻る。
折原の返事はノーだった。でも何か変だった。
「君は私の愛をあげる、と言ったよね。でもごめん、俺そういうのいらない」
予想を遥かに上回るゲスい返事だった。
ホントのホントに、あの折原なのか。
「重いし。愛なんて目には見えないじゃん?ま、その愛を形として俺にくれるってなら別だけど」
意味わからないけどこれだけはわかった。
あの嫌われ者の女だからって理由でこんなことを言ってるんじゃない。
誰がどんな風に折原に告白したって、あんなことを言うと思う。
「私のことが、嫌いなら嫌いって、素直に言ってよ!」
女のほうが泣き出したようで、涙声が聞こえてきた。
「変なふうに、遠回しに断るくらいなら、素直に」
「愛してるよ。君のことは愛してる」
え、と私が小さく呟いた。
ますますわけがわからない。
「でも、君が俺に求愛を示したところで俺は君を好きにはならない。君個人を好きにはならない」
「だって、愛してるって」
「そうだよ。俺は他人を愛してる。皆平等に」
「は…?」
「つまり、目に見えないものはいらない。好きじゃない。だからその目に見えない愛を形あるものに変えてから俺にちょうだい。例えばそうだな、お金とか」
バチン、と大きな音がした。
それは多分、女が折原の頬を平手打ちした音。
わかる。初めてあの女と気持ちがシンクロした。あれはもう、殴っていいレベルだ。
こっちに向かってくる足音がして、咄嗟に階段へ走った。
でもあいつは反対側に走っていったようで、事なきを得た。
ゲスい。むごい。最低。
折原臨也に対する感情は、さっきの行為で一気に冷めた。
前の自分が馬鹿だとも思った。
愛をお金にしてって、なんだそれ。女の子の気持ち、わかってないだろ。
一通り毒を吐いて、教室へ戻ろうと身を乗り出したら折原がいた。
「はい、苗字さん」
あろうことか私のバックを持っていた。
こいつ最初から知ってたな。
「ありがと」
警戒しながらバックを奪った。
でも折原は平気な顔。ムカつく。
「あのさ」
「なに?」
「最低。私もあの女嫌いだけど、さっきのはひどいと思う」
「ああ、そのこと。俺なんか間違ってた?」
「間違ってた、って…。確かに見えないものだけど、だから価値があるんでしょ?それをお金にって、ひどいよ」
「何が悪い?目に見えないものを形に変えて表すことの何が悪いの?」
わからないなぁ、とヘラリと笑った。
こいつ、やばい。おかしい。成る程、だから平和島はこいつが嫌いなんだ。
胸くそ悪くなったので帰ろうとしたら、折原が私の肩を掴んだ。
「じゃあ苗字さん」
振り替えるとすぐ近くに顔があった。
「俺に愛を試してみる?」
折原の手を振り払った。
「馬鹿言わないで」
震えた声が出た。
急いで廊下を走った。早くあいつから離れたかった。
少しでも期待した、自分が憎い。
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