「お世話になりました」
深々と礼をされたのは二回目だった。
一回目は初めて会った時。
そしてこれが、別れの時。
荷物という荷物は全部嫁ぎ先に送ったので、本人の手に余るほどのものはなかった。
「ほんとに行っちゃうんですね」
隣にいる新八が惜しむように呟いた。
その横にいる神楽は事の重大さがわかっていないのか、それとも強がっているだけなのか、頑張れヨ、と一言。
「あっち行っても私らのこと忘れんなヨ」
「忘れないよ。神楽こそ私のこと忘れないでよね」
「そんな痴呆じゃねーアル。名前、嫌になったら戻ってくるヨロシ。また万事屋で雇ってやらんこともないアル」
「そうですよ名前さん。いつでもっていうとおかしな言い方だけど…万事屋に戻ってきてもかまいませんからね。ね、銀さん」
新八が俺に問う。
さあ、どう答えようか。
名前は期待した目で俺を見ていた。
今さら俺に何を頼ってんだよ。
ボリボリと頭をかいてため息をついた。
「どーすっかなー。姑のいびりにも耐えられん奴はウチに必要ねーよ」
「ちょ、銀さん!」
「ほんと、失礼しちゃうわね。私に行ってほしくないなら、素直にそう言えばいいのに」
何事もなかったかのように、ごく自然に嘘を吐いた名前。
その顔はどこか悲しげに見えた。
「異論ある?」
強がる名前に対抗して、俺もガキみたいに嘘を吐いた。
「へっ。いちいちうるさい母親ヅラがいなくなって精々するぜ。ま、旦那に逃げられないように気をつけるんだな」
「最後まで憎たらしい人だこと」
くすくす笑う名前。
仏頂面の俺。
ガキなのはどっちだろう。
名前は吹っ切れたように、俺らに笑顔を見せた。
「苗字名前、今日で江戸、かぶき町を出ます。皆、今までありがとう」
そして最後に、早く嫁さん貰えよ、と俺に吐き捨て、じゃあね、と手を降って行ってしまった。
新八と神楽が大声で何かを叫んでいる。
名前は一回だけ振り返り大きく手を降って、また歩きだした。
行っちゃいましたね、と新八の声。
いいアルか、と神楽の声。
「めでてーことじゃねーか。いい男だったし、あいつにゃもったいない旦那だろ」
「そうじゃないアル。銀ちゃんはそれでいいアルか」
「…」
「後追わなくていいアルか。名前、本当に行っちゃうアル。ねぇ、銀ちゃ」
「るせーな。好きで出てったんだ。俺がそれを止める理由もねぇだろうよ」
精一杯強がって、二人を残して階段を登った。
寂しいわけでも悲しいわけでもない。悔しいんだ。
玄関を開けると日が差し込んで影ができた。
影は俺一つだけ。
いつもは二つあったそれを見て、今さら目頭が熱くなった。
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