「名前さん」
名前を呼ばれた気がして振り返ると、いつのまにか曽良がいた。
「はい、何でしょう?」
「お茶のおかわりもらえますか」
「あ、はい。少々待ってください」
ポットのお湯が切れてしまい沸騰するのに時間がかかる旨を伝えると、いいですよ待ってますからと曽良は台所に留まった。
芭蕉が待ってるのではと不安になった名前に気づいたのか、曽良は気にしないでくださいと言った。なら気にする必要はないだろうと、同じ弟子である曽良とお湯が沸騰するのを待つことにした。
「そういえば」
いつの間にか隣に来ていた曽良が、名前が持っている茶葉の入った缶を見て言った。
「お茶の葉、代えたんですね」
「あっ…はい。先日知人から貰ったんです。…もしかして、お口にあいませんでした?」
「いえ、美味しかったですよ」
「ならよかったです。彼のお墨付きなんです、このお茶」
彼、という言葉に曽良が反応した。
「…?曽良くん、どうかし…」
「男ですか、そいつ」
いつもより低い声で訪ねる。名前は困惑しながら曽良が怒っている原因を探った。
「曽良、くん?」
「男ですかと訊いているんです」
腕を掴まれ、缶が落ちてしまった。
「い、たいです、曽良くん」
「質問に答えなさい」
顔が近づき、黒い瞳がすぐそこにあった。有無を言わさぬ力強さ。名前は恥ずかしそうに目を逸らした。
「男性…です」
「随分仲がいいんですね」
「ち、違います!彼は昔、」
「昔の恋人か何かですか?」
違うと答える前に口が塞がれた。驚いて目をつむってしまったのをいいことに、曽良はなかなか口を離さなかった。
「っ…」
「誰ですか、そいつは」
「む、昔の友人です。ですから、曽良くんが思っているような仲ではありません!」
「…」
「ほ、本当です、から」
「…何故泣くんです」
目から溢れる涙を指で払う曽良。だが、涙は溢れるばかり。
「だ、だって…恋人から疑われる、なんて…」
「……」
「すごく悲しい、です」
息を整える名前を見つめる曽良。次の瞬間名前を抱きしめた。
「…わかりましたよ、友人なんですね」
「そうです…」
「じゃあもう会わないでください」
「…努力します」
「え?」
「わ、わかりました…」
よろしい、と呟く曽良と同時にお湯が沸いた。
とりあえずこのお茶ではなくいつものお茶にしてくださいと言われたので、しぶしぶ茶葉を代え新しく作りなおした。
嫉妬深い?誉め言葉ですよ
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