※現代パロ



「名前ちゃんは恋人とかいるのかな?」

隣にいる芭蕉さんがそんなことを聞いてきた。

「えー…何ですか、いきなり」
「ちょ、やらしい意味じゃないよ!?ただ最近名前ちゃん可愛くなったから、もしかしたら恋人ができたのかなって」

慌ててそう言った芭蕉さん。この人は人をよく見てる。

「いませんよーだ」
「じゃあ私にもチャンスがあるね!」
「…」
「あーごめん嘘嘘!そんな目で見んといて!」

そしてまた、慌てて訂正した。
芭蕉さんはこの歳にしてまだ独身で、近所では「いいおじさん」で通っている。
私が小さいころからずっとこんな感じだった。今みたいに芭蕉さん家に勝手に上がりこんで、縁側でボーッとしたりとか。

「言われなくても、芭蕉さんにチャンスはないです」
「ないの!?名前ちゃん冷たくない?なんだか曽良くんに似てるなぁ…ハッ、もしかして曽良くんと付き合ってるの!?」
「それはないです」

キッパリと否定すると、芭蕉さんは少し安心したように微笑んだ。

「第一、曽良は私の理想の告白はしてくれません」
「理想の告白?」
「はい。…聞きたいですか?」
「聞きたい聞きたい!」

目をキラキラさせる芭蕉さんは、まるで子供みたいだった。私はふふ、と笑って秘密ですよ、と念を押した。

「少し馬鹿げてるんですけど、笑わないでくださいね」
「うん、笑わないよ」

とニコニコ笑った芭蕉さんの顔は、夕日で輝いていた。

「…『月が綺麗ですね』って相手に言われて、私は『私、死んでもいいわ』って言うんです」

隣から感嘆の声が聞こえて、恥ずかしくなって地面を見た。こんなこと言ったの、初めてだ。

「夏目漱石と二葉亭四迷だね」
「さすが文学者。知ってたんですね」
「夏目漱石は有名だけど二葉亭四迷を知ってるなんて、名前ちゃんロマンチックだねぇ」
「とりあえず、それが私の理想の告白です」

そう言うと芭蕉さんは楽しげに微笑んだ。

「なかなか難しい理想だねぇ」
「その告白さえしてくれたら、私一瞬でその人のこと好きになります」
「単純だなぁ」

なんて言って笑われた。笑われたと言っても、苦笑いだけど。
夕日が眩しい。茜色の雲がとても綺麗だ。

「さーてと、じゃあ帰ります」
「はいはい、またいつでもおいで」
「うーい」

庭に出て戸口に向かうと、名前ちゃん、と後ろから芭蕉さんの声が聞こえた。
振り替えると、まだ縁側に座った芭蕉さんがいた。

「月が綺麗だね」

にっこり笑って言った。
私はぷっと吹き出して、まだ月は出てませんよ、と言った。




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