僕の知らない世界で様に提出
名前は頻繁に俺を好きだとか愛してるだとか、そんなくだらないふざけた意味の無い言葉を口にする。
その度に俺はありがとうだとか俺もだよとか無機質で無頓着な気持ちのこもっていない返事をした。
そして何が嬉しいのか、何を勘違いしているのか、ふんわりと笑うのだった。
名前の頭の中で、俺の言葉はどんなふうに変換されているのだろう。
隣にいた名前を見ながらいつもそう思ってた。
「なんで…?」
沙樹に似ていたその声は、ふるえていた。
「…どうして?」
「……ごめん」
そう言うと彼女はいっそう目を見開いた。
所詮彼女は偽物だったんだ。
沙樹じゃない。沙樹にはなれない。髪型も目も鼻も口も体格だって、それは名前であって沙樹じゃない。
「…俺から告白しといて何言ってんだって話だけど…やっぱ、俺じゃ幸せにできないみたいだわ」
「そんなことないよっ!私、私凄く幸せだったもん!正臣と一緒にいて、凄く!」
「俺はさ、幸せじゃなかった」
そう言うと動揺したのか一歩退いた。そのせいで机が少し音を立てた。
教室に光が射し込んだ。帝人はまだ待っててくれてるかな。早く帰りたい。
「やっぱりさ、そういうのってお互いが幸せじゃないと駄目だと思うんだ」
泣き出す彼女はひどく滑稽だった。やっぱり声だけ似てても駄目だったか。
「…だから、別れよう」
返事を聞く気にもなれず、俺はカバンを持って教室のドアに手をかけた。
すると待って、と声がして背中に抱きつかれた。
「これだけは、聞かせて…?」
「…なに?」
「…私のこと、好きだった?」
涙声でそう言った。
そういえば、俺はこいつに一度も好きとは言わなかったっけ。それとも、言いたくなかったんだっけ。今となっちゃ、あやふやだ。
最後だから、今なら言える。
「好きだったよ」
そう言って背中から名前を離し、教室を出た。
あの嘘一つで彼女が幸せになったなら、それはそれでいいんじゃないかな。
でも、沙樹に似てたあの声だけは案外好きだったかも、なんてね。