走った


朝練はマジできつい。何がきついって、早く起きないとだし、汗はかくし、校庭を何十周も走るから体力とスタミナが切れてお腹がすく。

でもなぜだろうね。
きついとは思うけど、嫌いではないんだよ。
これが私のソフトボールに捧げる愛の力ってやつかな!

まだ肌寒い校庭を一心不乱に走っていると、背中を押された。

「うおっ…あっ、夕」
「やっほー昨日はどうだった?」
「どうもこうも…。めちゃくちゃ緊張したよ」

そう答えると笑われた。
隣に来たので少しペースを落とした。

「跡部なんか言ってた?告白された?」
「告白ぅ!?されるわけないでしょ何言ってんの!?」
「あんま怒るなよー」

はははと笑う親友は、昨日大変なミッションを私に託してそそくさと帰ってしまった薄情な奴である。

しかも告白された?なんて言ってきやがった。
されるわけないだろ!!何言ってんだよ!

「笑い事じゃねぇえ!!しかも昨日二人で職員室行ってるとこ女子に見られて勘違いされてんだから!現在進行形で!!」
「あははー乙」
「だから笑い事じゃないんだよっ!」

さっきからなぜ笑う!
私はっ…私はとても悩んでいると言うのに!

「あんたさぁ、そろそろ気づきなよ」
「何に!?」
「…あのね、なつの。無自覚とはこの世で一番残酷なの」
「ちょっ、何だ急に!!」

諭すように話す夕。
なんでそんな哀れむ目で私を見るんだ。

「……駄目か。あんたに世間一般の恋愛知識を共有させようとしたのが間違いだった」
「失礼だな!私にだって一応恋愛知識はある!少女マンガ舐めんなよ!」
「脳内お花畑の少女マンガのヒロインの恋愛知識を現実と一緒にするな馬鹿」
「あでっ」

小突かれた。
脇腹を押さえて夕を見ると、呆れた顔をしている。

「……まぁ、アレか。恋愛は大会終わってからやってもらうとして。練習試合組めたよ」
「え、どこと?」
「立海」
「!マジで!?」
「部長のコネ舐めるなよ?なんとか組めたわ。大会前で塩原とやるのがこれで最後だから」
「そっかー、塩原さんに会えるのかー…。強くなってるだろうなぁ…」

塩原みなみさんという人は、神奈川の強豪校、立海大附属中学女子ソフト部のエースの人で、あの人の投げる球はめちゃくちゃ速いので有名。

私もピッチャーやってるから、なんていうのかな、良きライバルみたいな?
尊敬もしてるけど、負けたくない人でもある。

ちなみに、あっちも私のことは認識済み。1年の頃からお互いライバル意識燃やしてたしね。
でもね、なんていうかすごいかっこいいんだよ、もう大好きなんですよ。

「今日メールしよう」
「あんたらほんと仲いいよね」
「うん、大好き」
「…あんた、塩原さんと同じ高校行くの?」
「え?」
「塩原さん、こんな時期にも関わらずどこの高校にも引っ張りだこなんだって。もしかしたら東京の女子校に入るかもよ?」
「…」
「…なんか、あまり嬉しそうじゃないわね」
「あ、いや…私はまだわかんないけど…。夕は?」
「氷帝一筋。そのためにここに来たんだから」

そう言った夕の顔は凛々しくて、自分が少し不安になった。

高校か。全然考えてないや。

「…あんたって、進路の話すると俄然暗くなるよね」
「いやぁ、なんかしっくりこなくて…」
「しっかりしなよ。部活引退したら受験だよ、受験」
「うーん…。今は受験は二の次なんだよねぇ。部活のことで頭がいっぱい」
「…この分じゃ、到底彼氏はできないわ」
「え」

すると夕はお先ーと言ってスピードを上げてしまった。
慌てて私が追いかけるとその分速く走り出したので、また一心不乱に夕を追った。




「夕の馬鹿…余計汗かいちゃったじゃん…」

追いかけっこはその後も続き、本格的に練習を始める前には二人とも汗だくだった。
あっちー。まじあっちー。

水道で顔を洗って、濡れタオルで首を冷やす。あー気持ちいい。
もっと通気性のいい半袖着てきたらよかったな…。

「瀬川さん?」
「なんっ!?」

また誰かに背後から声をかけられた。
なんでこう毎回毎回驚いてばっかなんだ私は!?

「あ、スマン。驚かせてしもたな」
「あと…べくんじゃないや、忍足くん…」

昨日で二回も跡部くんに話しかけられたから、跡部くんかと思ったけど違った。忍足くんだった。

「跡部やと思った?」
「いやぁ、昨日の今日でまた跡部くんかなって。いつも後ろから話しかけてくるんだよね」
「そうなん」

忍足くんは可笑しそうに笑った。朝練はいいのかな。跡部くんに怒られるんじゃ?

「聞いたで、跡部の隣なんやてな」
「うわ…やっぱり広まってる」
「可笑しいやろ、あいつ」
「え?」
「思ったより静かやろ?」
「あ…うん」

やっぱりな、と言って水道に寄りかかった。首に巻いたタオルの水がシャツの襟を濡らした。

「せやから、瀬川さんが思ってるよりエエ奴やから」
「え…うん…。それはなんとなくわかるよ」
「だからまぁ、たった一ヶ月やけど仲良くしといて損はないで。あいつ奢りたがりやさかい、なんかくれるかもしれへんし」

昨日の一件がよみがえる。
なんてことをしてしまったんだ、私…。とりあえず、ちゃんと返そう。

「…あれ。っていうか、忍足くんはなんでここに?」
「え、ああ、篠田に用があってん。瀬川さんがおったからもしかしたら一緒なんかなーって」
「夕なら校庭にいるよ」
「あ、おおきに。はよせな跡部に怒られるさかい、行くわ。じゃな、瀬川さん」

と焦って小走りした忍足くん。あ、ちょっと待ってちょっと待って、聞きたいことがあったんだ。

「忍足くん!」
「ん?」
「昨日、夕と何話してたの?」

すると忍足くんは苦笑いをした。

「その事について、話があんねん」

と言ってまた走り出してしまった。

…もしや忍足くんは夕のことが好きなのでは?と忍足くんの背中を見て思った。

「瀬川?」
「うわぁっ!?」

また誰かに名前を呼ばれた。
そこにいたのは跡部くんだった。