嵌められた

結局、夕に何も聞き出せないまま部活が終わって、コート整備をしていた時。
その本人が寄ってきた。

「なつのー」
「ん?」
「あたし昨日の夜、足の爪切ってたら深爪したんだよね」
「…?うん」
「だから、右足が痛いの」
「…うん」
「だから、部日誌先生に出しといて」
「ハァ!?」




「……何の真似だ、忍足」

部室から出て日誌を出し、早いところ帰りたい跡部。
ドアの前で心を閉ざし、動かない忍足。

端から見れば意味わからない光景だった。

「そこをどけ」
「………」

無言な忍足。跡部のイライラは積もりに積もるばかりであった。

日吉が「忍足さん、邪魔です」と言うと無言で道を開き部室から出す。その光景のせいでもっとイライラした跡部。

「…あのなぁ、俺様はさっさと帰りたいんだよ」
「……」
「何か言いやがれ」
「……なぁ、跡部」

やっと口を開いた忍足。
いいから早くそこをどけと言いたいのを抑えて、忍足が話すのを待つ。

「スカートってどう思う?」
「今すぐそこをどきやがれ馬鹿」

こうなってしまえば力ずくで通さざるを得ない。
跡部が忍足の肩を押そうと手をかけたがその手を忍足が掴む。
「…お前、本当になんのつもりだ」
「……」

ちっと舌打ちをして今度は左手を、と思ったがまた掴まれた。お互いに力が入り、ふるふると手が震えている。

「お前なぁ…」
「駄目やねん。今は駄目やねんて」
「何がだ!いい加減そこをどきやがれ!」
「せやから駄目やねんて!ちょ、マジで言うこと聞いてや!」
「だったら理由を言え!理由を!」
「無理!」
「あ゛ぁ!?」
「今出たら後悔するで!職員室を出たあとに後悔を引きずりながら今日を一生悔やんで生きるんか!?」
「意味がわからねぇんだよ!いいから早くそこをどけ!」

ギャンギャン喚いている二人の後ろのドア、つまりは部室のドアが勢いよく開いた。
開けたのは向日だった。

「おっしゃ侑士!もういいぜ!」
「お、よっしゃ!さて帰ろか」
「ハァ!?」

パッと手を放し、カバンを手に取った忍足。ちなみに最後の声は跡部である。

「おいお前ら何だったんだよ!」
「じゃーな跡部!」
「また明日な。あ、このまま校舎行ったらアカンで。あそこの道この時間帯幽霊出るらしいから」
「ハァ!?」
「とにかく!グラウンドの方から行けよ!絶対にだかんな!」

二人から釘をさされ、訳がわからない跡部。

「…何だってんだよ」

とにかく、職員室に行こう。話はそれからだ。




さーてと、職員室に行きますか。

ってか何だよ夕のやつ。やってって素直に言えばいいものを。これだからツンデレは。

いや、馬鹿言ってないで早く職員室行こう。早く帰って昨日録画しておいたドラマが見たい。
っていうか結局、忍足くんは何の用だったんだろう。岳人と亮もいたよな。…ま、いっか。

部長の鍵オッケイ、窓も閉めたし、さーて職員室へ行きましょうか。

「瀬川!?」
「うおっ!?」

後ろから名前を呼ばれた。
びっくりして振り向いたら、跡部くんだった。
また君か!!なんでこう、毎度毎度びっくりするような出会いをするかね。跡部くんも驚いた顔をしていた。

「…くそっ、あいつらこういうことか……」

髪をかきあげた跡部くんの顔は少し赤かった。
あいつら?誰だ?

「え?何?どうかした?」
「…いや、何もねぇ。気にすんな」
「そう?…あ、もしかして跡部くんも職員室?一緒に行く?」
「…ああ」

何だか今日はいろいろおかしい日だな。




「そういえば今日、忍足くんたちランニングしてたね」
「?ああ。何で知ってんだ?」
「こっち見にきてたから」
「…」

あれ、黙っちゃった。

「お前は」
「え?あ、うん」
「向日や宍戸と仲いいのか?」
「岳人と亮…?仲がいいのかって聞かれるとわかんないけど、一応友達ではあるかな…」
「そうか」

安心したような顔した跡部くん。いきなり何でそんなことを…。

「悪いな、変なこと聞いて」
「あ、いやいや大丈夫」
「今日、そっちに忍足たちが来たんだろ?」
「あ、うん」
「何か変な事言ってたか?」
「いや…。夕に用事があったみたい。話の内容までは聞いてないなぁ」
「篠田に?」
「うん。何だったんだろうね?その本人は深爪とかなんとかで私に部日誌押し付けて帰っちゃうし」
「だからか…」
「え?何が?」
「いや、何でもない」

跡部くんって意味深なこと言うくせに、あんま教えてくれないよね。
多分人に言う前に自分で解決しちゃうんだろうな。いやぁ、天才ってすごい。

「部活、どう?」
「ま、順調だな。俺様がいれば何とかなる」
「勝ち気だねー。こっちも負けてないよ。跡部くん頑張ってね。応援してるよ」
「ああ。お前も、な」
「こっちも夕がいるし、多分大丈夫。お互い全国行こうね!」
「…当たり前だ」

そう言った跡部くんの顔は、部長の顔だった。
200人の頂点に立つ彼の顔はこんなにも凛々しいのかと、改めてわかった。