驚いた

「「はぁあああ!?」」

向日と宍戸が叫んだ。
声が響き、回りから睨まれた。


「う、嘘だろ!?あいつかよ!」
「トーン下げぇや岳人。バレるやろ」

幸運なことに彼らの食べてる席は隅のほうなので人通りも少ない場所。
それにこれだけ広いし、ガヤガヤと賑わっているので、多分聞こえてはいない。

「っちゅーか…。岳人と宍戸は知っとるんか?瀬川さんのこと」
「知ってるも何も…幼稚園の頃からの付き合いだしな?」
「最近めったに絡んでねぇけど、仲いい方だぜ?」
「いやそれよりも、よりによってなつのかよ」
「何や宍戸。狙ってたんか?」
「んなワケねぇだろ」

素早く否定する宍戸。隣で向日もないないと首をふった。

「あいつは…なつのは恋愛事に鈍感なんだよなぁ…。何人の男が涙を流したことか」
「跡部も苦労するぜ、こりゃ」
「瀬川さんは好きな人おらんの?」
「いないんじゃね?亮、お前なんか知らねぇ?」
「いないだろ多分。大体興味すらねぇと思うぜ」
「…こりゃ跡部大変やなぁ」

そんな2人の会話を聞いていた忍足は、跡部に同情した。
頑張れ跡部。応援しとるで。

「なつのかぁ…なつのねぇ…」

向日がしみじみと苦笑いしながら呟いた。どうやら本当に意外だったらしい。

「ってか忍足は何で跡部の好きな奴がなつのだって知ってんだよ」
「え?まぁ、ホラ、俺と跡部と瀬川さん、2年の時同じクラスやってん」
「ああ、確かに」
「あからさまに跡部の態度がおかしかってん。んで、探り入れたら判明した」
「何!?あいつ2年の時から好きなの!?」
「奥手すぎねぇ!?もはやヘタレじゃねぇか!」
「まぁまぁ、言ってやるな。跡部にとっては初めての恋やったんやろ」
「初めての恋にしちゃあ初々しすぎねぇか」
「じゃあこの席替えがチャンスってわけか!」

俄然はりきりだした向日。表に出さないが、忍足と宍戸も若干テンションが高かった。

「どやろな。跡部って好きな子には逆にツンツンしそうやし」
「やべ、超楽しそう!跡部がなつのと付き合うに500円!」
「玉砕に300円」
「なら俺は……」


「何話してんだ?アーン?」


まさかの本人ご登場。

「………!!」
「あ?何だよ」
「い、いや!ちげぇから!何も賭けとかじゃねぇから!」
「どっちかっつうと、俺らはお前を応援してっ…」
「応援?何をだ」

どうやら聞こえてなかったらしい。

「あ、跡部どないしてん」
「別に。ただお前らの会話から俺の名前が出てたから来ただけだ」
「じゃあなつのの話は…」
「…なつの?…!瀬川か?」
「ちょ、馬鹿岳人っ!」
「………ッ!?忍足、まさかお前…」
「か、堪忍な跡部…」

なつのという言葉にいち早く反応し、忍足とのやり取りを見ていた2人。
あ、マジな方向だ、と確信した。

跡部はいつもとは違い動揺を隠せていない。あからさまに、態度がおかしい。

「ちょ、跡部…お前本当になつのが…」
「っ…んなワケねぇだろっ!忍足、テメェも勝手に変な事話してんじゃねぇよ!」

向日の言葉にそう返し、跡部は早足でどこかに行ってしまった。取り残された3人。

「…あれは、マジだな」
「墓穴掘っていきやがったな…」
「せやろ?なんかもう、たまらんやろ」
「ああ。あんな跡部初めて見た」
「いつもなら「ハッ、あんな雌猫、遊びでもお断りだぜ」くらい言うのにな…」「せやから、本当に恋しとるんやろ」
「なつのに?」
「他に誰がおんねん」

3人は顔を見合せ、無言で頷く。
今ここに、「跡部の恋路応援隊」が結成された。

本人はそのことを知らない。




「メロンパンが売り切れとな!?」

購買に着くと、すでにメロンパンは売り切れていた。
購買のお姉さんはごめんね、なかなか来なかったからと悪そうに笑い、詫びた。

いえいえ、私のせいだしね。お姉さんは悪くないよ。

「サンドイッチとクリームパンならあるよ」
「あ、じゃあその2つ。あと紅茶下さい」
「350円です」
「はいはーい」

まぁクリームパンは好きだしね、いっか、なんて思ってサイフの小銭入れをあけた。

えーと、350円……100円玉……っと。……れ?あれ?

カチャカチャと小銭を探って気がついた。50円足りねぇ。
いやだがまだ札がある!と思って札を見たら札もなかった。
金欠乙。

「ちょ、ちょ、まじでか!」
「あれ。もしかして足りない?」
「いや、ちょ、待って!教室から取ってきますから今すぐに!」
「いや、別に明日払ってくれれば…」
「瀬川?」
「のわぁい!?」

背後に跡部くんがいた。毎度毎度、君はなぜそうやって驚かすのだ。

「「のわぁい」って…悲鳴か?」
「あ、跡部くんか…びっくりした。…ハッ、まさか跡部くんも購買に!?」
「あ?飯ならもう食った。生徒会室に行く途中だ」
「あ、ああ…そうなんだ」

まぁ跡部くんが購買とか似合わないよね。

「…で?お前は何してんだ?大分慌ててたみてぇだが」
「あ、うん。お金が足りなくて」
「いくらだ?」
「いや、大したことないから!今から教室に取りにいこうと…」

言い終わる前に、跡部くんはサイフを取り出した。うわ、高そう。

「いくらだ?」

今度はお姉さんを見て言った。お姉さんは350円ですーと変わらず言う。

…いやいや違う違う!

「ちょ、ま、跡部くん!?」
「二度手間だろ、素直に俺様の好意に甘えろ。別に返さなくていい」
「え、返すよ!」
「クラスメイトの馴染みだ。これくらいどうってことねぇよ」
「え、ええー…」

金持ちって、次元が違う…。
跡部くんは500円玉をお姉さんに渡し、パンとお釣りもろともあたしに渡してきた。

「…いや!お釣りはまずいって!」
「たかだか150円だろ」
「されど150円だよ!跡部くんのお金だし、パン買ってもらっておいて…」
「別にいい。気にすんな」

気にしますけど!?

返事も聞かず、跡部くんは廊下を歩いていってしまった。
やばいよ、だってあの跡部くんにパン買ってもらってお釣り貰って…。

えーっと、えーっと、ああ、そうだ!

150円をお姉さんに渡し、近くに置いてあったプリンを手に取った。

「跡部くん!」
「!」

跡部くんが振り向いた。
プリンを右手で、跡部くんのいるほうに円を描くように投げた。

跡部くんは反射的にそれをキャッチし、意味がわからないとでも言いたげな顔をした。

「ナイスキャッチ!」
「な、おい、瀬川これっ…」
「それ跡部くんの150円で買ったやつだからね。そのプリン、跡部くんのだから!」
「!」
「奢ってくれてありがとー!また授業でね!」

そう言って手を振って、半ば逃げるように走った。

あっぶねぇ…あの跡部くんに借りパクとか、しかもお金。
いつか350円も返さなくちゃ。
っていうか、跡部くんって500円玉とか持ってたんだ。カードだけかと思ってたけどそうでもなかったなぁ。

ますます不思議だ。跡部くん。



瀬川の言葉が脳裏に反響した。

投げられたプリンを見て、おかしくなって笑みがこぼれた。
別に返してもらおうとは思ってなかったが、こういった形で返ってくるとはな。

可笑しな奴。

そんなあいつが好きなこの俺も、可笑しな奴なのかもしれねぇな。

プリンを手にして角を曲がったら、忍足たちがニヤニヤ笑って立っていたので、今日の練習はあいつらだけランニングにしようと思う。