近づいた
嘘だ、と思いたい。
先に黒板に貼られた名札と、番号を見合わせた。私がボックスからひいた数字は、15。その15の番号の隣に貼られた名札の人物が―――跡部景吾くんだった。
…オイオイマジかよ。
勘弁だよ…毎時間あんなイケメンの隣で授業を受けろと!? やめろよ、ブロークンマイハートだよ。女子からの妬みの視線、半端ないだろ。
説明しよう。 月イチで行われる席替えは跡部くん好きの女子、それはクラス学年を問わずに注目されるイベントである。 つまり、1ヶ月はそんな女子からの妬みの視線を受けなければならないのだ。彼の隣になると。
その隣が、私ってわけさ!
イヤイヤ落ち込むな私。大丈夫だって、クラスが同じだけど話した事って「プリントある?」「ああ」くらいだし! 中2の時も同じクラスだったけど、あんま喋らなかったしね! 大体跡部くんが私に話しかけない限り私は跡部くんと会話などする気はないぜ!つまり私は話しかけないんだぜ! ようし、決まった。戦う気はないけど戦闘モードに変換。 ため息まじりに名札を貼って、自分の席に戻った。 あちこちから聞こえる女子の声。わかってる、納得いかないんだろ?私もさ!あ、言っとくけど、私は別に跡部くんが嫌いなわけじゃありません。苦手なんです。ハイ。 だっておま、あんなイケメン。1秒も見てられないよ。 しかも、雰囲気っていうかオーラがヤバス。私は近づけません。
「お前かよ、跡部の隣」 「!…」
隣の席の桐生が面白そうに笑った。
「よかったな」 「…どこが?」 「後ろの席で」 「ああ…そこはね」 「隣に不満か?」 「不満じゃないけど、大変そうだなって。あばよ桐生。元気でね」 「お前もな瀬川」
お互い別れを言って(挨拶です)机を動かした。うへー緊張するなー。 今日の占い、最下位かはたまた1位か。神様の気まぐれでも、もっと考えてもらいたい。
とか思ってたら、着いた。しかも跡部くん、先にいた。 うっへーい気まずっ。跡部くんの左が私の席、なんだけど先にいた跡部くんの机をどかしていただかないと私の机、置けません。
「どいて」「邪魔」「ちょっとずらして」。この場合どれが正しいんでしょうか。 この一言、重要だ。この一言で運命が決まる。ここで粗相を犯したら…人生サヨナラだ。 どうしようか…。んー…。
「…!悪い」 「!え、あ」 「邪魔だったんだろ?通れ」 「あ…うん」
予想外の出来事が起きた。
なんと、 あの、 跡部様自ら、 机をずらし、 謝ってきた。
…跡部くんって、こんなキャラでしたっけ。
そそくさと机を移動させ、椅子に座った。横では跡部くんがずらした机の位置を直していた。 再び訪れた沈黙。
「………」 「………」
桐生の時は昨日の部活の話で盛り上がったんだけどなぁ……。私テニス部知らないし。自分の部活で手一杯だし、テニス部イケメン多いし…女子うるさいから近寄ろうとも思わないし…。 ますます私と跡部くん、接点ないな。
「…なぁ」 「うわ!?え、な、何でしょう!」
びっくりした!いきなり話しかけるなよ!
「お前、ソフト部だったよな」 「!あ、うん」 「大会近いんだろ」 「そう、だね…。今度の日曜」 「…頑張れよ」 「!」
そういうと跡部くんは、次の授業に備えて教科書を用意し始めた。 いや、それよりも。頑張れって。いやまぁ頑張るけどさ。 えーと…、こういう時は…。
「うん、頑張るよー。跡部くん達も、テニス頑張ってね」
とりあえず、誉めろ!悪い気はしないだろ! そう言うと跡部くんはびっくりした顔を私に向けたが、直後いつもの顔に戻り、ああ、と言った。
なんか思ってたのと違う。 「当たり前だろ、アーン?」 って言うと思った。
なんか跡部くんて不思議だな。金持ちだし顔もいいし。てっきり暴君かと思ったけど口数少ないし。応援してくるし。 金持ちは悪い奴ばっかだと思ってたあたしの偏見なのかね。
そんな跡部くんを見てたら、目があった。やっぱ目とか綺麗だな。
「あ、改めまして、瀬川なつのです。1ヶ月、よろしくね」 「ああ。跡部景吾だ。よろしくな」
ニヒルに笑った跡部くん。さてさてこれから大変だ。
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