氷帝

俺がコートに入ろうとしていたら、手前のコートから怒声が響いた。
声の主はマネージャーの七条先輩であり、もうだいぶ聞きなれた。またか、と呆れも出てくる今日この頃。あの人の見た目はアレだが中身は主婦の魂がそのまま入ったような人だ。
マネージャーの仕事を始めた最初の日、今日みたいな怒声がずっと響いていた。
洗濯用洗剤のダメ出しから始まり、部室の汚さを指摘され、最近じゃ1日2回の点検も始められた。
あの人の綺麗好きは半端じゃない。潔癖症なんじゃないかと思うくらい凄まじい。

そんな先輩に合わせようと、最近じゃ先輩の言っている論理やらが暗黙の瞭然と化してきた。
あの人の言っていること=正しいという奇妙な方程式が生まれている。
だがそれはやっぱり一部の奴で、向日さんや宍戸さんなんかはことあるごとに反発している。それを遠目に見ていると、口うるさい母親に小さな反抗を見せる息子のようにも見えなくはないということが最近発覚した。近くにいるのに遠目にフォローしたりとばっちりくらったりする忍足さんは発言権のない父親的立場にも見える。
一種の家族風景だった。

今もそんな馬鹿の集う家族の惨事を俺は遠目に見ている。
今ここで乗り込んだら、「それに日吉ィ!!」なんて言われるのはわかっているのでコントが終わるまで待っている。練習しろよ。させろよ。

すると後ろから黄色い声が響いた。あ、部長か。いちいち女子を引き連れてやってくるのはいい加減やめてほしい。
ちなみに、この外野にも七条先輩はダメ出しをする。
声が煩いとかそういうのではなく、フェンスの近くで菓子を食べるという行為が許せないらしい。


「虫がわくからコートの半径8メートル以内で飲食すんな!!水は可!!」


そう切り捨て、前まで煩かった女子の声が半減した気がする。そんな先輩の言った言葉を信じまじで実行する奴が大多数な女子生徒はどこかおかしいんじゃないだろうか。

女子が近づいてきたので金網の扉を開いてコートに入った。

「こんにちは」
「!日吉」

軽く挨拶して練習を始めよう。構ってたらキリがない。

「3年よりも2年がしっかりしてるってどうよ」
「日吉は次期部長やし立場は一応後輩やしなぁ」
「っつーか、お前が真面目すぎんだよ!!いちいち細けぇし!」
「部室の掃除用具入れにクイックルワイパー入れたのお前だろ」
「馬鹿おめーアレすげぇんだぞ。めちゃくちゃ綺麗になるんだからな」
「クイックルワイパーの長所言えゆうてんのちゃうわ」

ああ、また何か始まったよ。

「ってかお前らの部室汚すぎんだよ!!ロッカーの上とかだいぶ拭いてなかったろ!!」
「普通拭かねぇよんなトコ」
「駄目だなお前ら」
「んだとコラ」

ハッと鼻で笑う七条先輩。
もういいや、練習しよう。



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