秘めた私の想いを宝石にのせて | ナノ




「...ちょっと飲み物を取って参ります」

そう言ってnameは静かにその場から離れ会場内をゆっくりとぐるりと一周しながらバルコニーの方へと向かった。

父親に連れられやってきたこの場所は、各企業の重役・トップ、著名人が入り混じり優雅な音楽と人々の話し声、時折笑い声に包まれまさに華やかな世界という代名詞に相応しい。

世界に名を馳せる神羅カンパニーが主催場所に指定したこの会場は、中世ヨーロッパの古城を当時と同じ様に造ったという。
現社長の趣味がはっきりと浮き彫りにされた場所だと感じる。
ちらりと父親が居る方へと目を向けると、鮮やかな赤色が一際目立つワンショルダーのイブニングドレスを着た女性と話が盛り上がっているようだった。
話の所々で聞こえる彼女の独特の笑い声が、nameの耳心地を悪くし聞くに堪えられず思わずその場を離れた。

彼女なりに気を使ったのか、父が“海運王”という肩書である娘へのご機嫌取りの為か『後で一緒にお喋りしましょうね』と声を掛けられたが、遠慮を申し出たいところだ。

会場内全面に広がる窓ガラスは夕時ということもありレースのカーテンが降ろされているが、その奥に見える見事な庭園が夜のライトに照らされて朧げに浮かんでいるのが見える。

窓の傍まで行くと、恐らく新人スタッフと思われる青年が緊張した面持ちで姿勢良く立っていた。
nameが近付くと用件を申し付けられると思ったのか、ハッとした様子でこちらへと向かって来ようとしたが
nameは口元に人差し指を当てて『しー』という仕草をして、サッと窓からバルコニーへと出た。

何かを企んだように口元に笑みを浮かべバルコニーへと出てしまった自分を見て青年は慌てていたようにも見えたが、気の弱そうな性格が見て覗えたので恐らく誰にも言えないだろうとnameは思った。

全体に繊細なレースが施されたスティレットヒールの靴を脱ぎ、片手に持ち広いバルコニーの手すりの方へと向かった。

空を見上げると二日月が控えめに夜空を飾り、市街からは見えないであろう星が幾つも輝いている。

「・・・香水キツいよおばさん」

そう言いながら太くしっかりとした大理石の手摺に跨り、ドレスの裾を太腿までたくし上げ片足を放り投げて座った。
持っていた靴を下に落とすとカツンと小さな音が響く。

もう片方の足を抱える様に座り直し大きく深呼吸をしようと息を吸った瞬間、後ろから堪えきれない笑いを喉の奥で必死に押し殺している声が聞こえて振り返った。

「すまない...」

ゲンナリとした表情を浮かべ見つめるnameとは対照的に、片手で口元に手をやりクツクツと込み上げる笑いで肩を震わせている男がいた。

「随分と奔放なお嬢様が居るものだと思ってな」

明らかに好奇な目で自分を見つめるその男が神羅カンパニーの副社長であることはこの城内にいる誰もがわかりきったことだ。
面倒な人に聞かれてしまったと(しかも相手側の幹部についての揶揄を)nameは数分前の自分の口を塞ぎたい気持ちになった。

「正直な気持ちがつい口から出てしまっただけのこと...盗み聞きなんて悪趣味なことする人が居るとは思ってもみなかったわ。」

「誰も悪いとは言っていない」

顔を背けて冷たく言ったnameだったが、そんな事を気にする素振りもなく静かにコツコツとこちらへ向かってくるルーファウス神羅を見た。

「あなたは、副社長でしょ?こんなところに居てもいいの?」

「他の優秀な幹部たちが客人達のもてなしに勤しんでいるからな」

そう言いながら隣へと来て手摺へと寄り掛かりながら先ほどのnameと同じように空を見上げた。
以前ルーファウスをメディアで見かけた時は冷たい瞳の印象が強かったが、今目の前で言葉を交わす姿はその印象を払拭した。
柔らかな月の光に照らされた端正な横顔は『見目麗しい』という言葉がピッタリだと思う。

少しの沈黙が流れた後ルーファウスが尋ねてきた。

「父上に連れて来られたのだろう。退屈な時間だったか?」

視線をルーファウスに向けると、ガラスのような碧眼が真っ直ぐに自分を見つめ、少し柔らかに口元に笑みを浮かべ答えに期待しているのが見て取れた。

「そんなことは...でも少し、時々...この世界を窮屈に感じる時があるの」

「興味深い返答だな」

広間の明かりが見える窓の方へ目を向けながら答えたnameの足元に落ちている靴を拾い上げ
ルーファウスは放り出されている片方の足へと身を屈めて履かせた。

少し冷たい夜風がnameの足元に見えるブロンドの髪を撫でていき、金糸がふわりと舞うように見えた。

「あなたは親が敷いたレールの上をこの先も歩んでいくの?」

抱えていた片足を下へと降ろし両足を揃えて手摺へと座り直すと、ひんやりとした感触が太股の裏に伝う。

ルーファウスは屈めていた身を起こし、無邪気な質問を投げかけたnameの両手に自分の手を置き囲むように距離を詰めた。

逸らすことなく自分を見つめるその瞳は暗緑色をして意志の強さを感じる。

「人に従うよりも従わせる方が私には合っているな」

そう冗談めかして返し、nameに片手を差出す。
差し出された手を取らずにnameはすり抜ける様に手摺から降りてもう片方の靴を履いた。

「誰の手を取って歩いていくかは私自身が決めるわ」

ドレスの裾を直し姿勢を正し小さくヒールの音を鳴らし広間の方へと数歩歩きだしてルーファウスへと振り返ると、少し首を傾げ手を乗せる仕草を示した。

やれやれ、と言いたげな表情で俯き口元を緩めたルーファウスはnameの元へと歩み手を取った。

薄らと開いている広間の窓へと来るとカーテンが風で揺らめき入口を塞いでいる。
ルーファウスは空いている片手でそのカーテンを捲りnameに入るように促すと同時に、広間の明かりに照らされた瞳の色に僅かに驚いた。

「不思議な色でしょ?視力に問題はないのだけれど...外と中の光の違いで色が変わるの。」

自分を見つめる表情に気づいたnameは少し伏し目がちにそう答えた。
瞳の色は月明かりでは暗緑の色をしていたが人工的な明かりの下では赤紫色へと変わっていた。

「name!!どこへ行ったかと思えばまたそんな所に・・・ルーファウス副社長!申し訳ない、末の娘のnameがご迷惑をお掛けしたのでは」

「いえ、楽しいひと時を過ごさせていただきましたよ」

「どうも甘やかして育ててしまったようで...お恥ずかしい限りです」

裏表がないと見て取れるnameの父親の性格は、彼女にしっかりと受け継がれているとルーファウスは笑いを零した。

nameの手を父親へと引き渡そうとしたその時、きゅっと軽く握られる感触をルーファウスは感じた。

「また...お会いできることを楽しみにしております」

そう言って柔らかく笑みを浮かべたnameの瞳はどんな宝石よりも美しい輝きを放っていた。


【アレキサンドライトの瞳に恋焦がれる】

石言葉:秘めた想い・二面性



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