一人と一匹の為友譚。






雫ちゃんと炎駒ほのぼの。

・雫ちゃんの口調自信ないです、ごめんなさい。
・友情出演であの親子。許可はとってます。
・というか友情出演多くてごめんなさい。
・アサギの炎駒として書いてます。つまり言うなれば漢な炎駒。
・だからもうぶっちゃけ雄。
・炎駒と千早とラァイの関係は古くからの友人です。


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「……うぅ……」

 雫は困った顔で唸った。

「……ふむ」

 炎駒は真面目な顔で唸った。

「出て来ぬのぅ……」

「はい……」

 襖の前に立つ一人と一匹、雫と炎駒、人間と妖怪。いつも明るい一人と一匹は、珍しく難しい顔で同時に溜め息をついた。
 朝からしとしとと降る雨の音や、遠くから聞こえる非番の隊士の声がこの場の静寂をより一層際立てる。

 今、雫と炎駒が立つ襖の部屋にいるのは炎駒の古い友人、劉來が使っている部屋で、勿論中には劉來がいる。いるのだ。炎駒が騒がしく彼を呼び立てればいつも通り襖が開くと同時に太刀を振り下ろされるし、雫が優しく彼を呼び立てれば静かに起きてくる。

 いつも通りならば。

「何をへこんでおるのかね……」

 いや、炎駒も雫も、多分アサギの面々ならば皆、劉來が部屋から出てこない理由など予想がつくだろう。

「やっぱり、昨夜のことでしょうか」

「それ以外には考えつかぬのだよ」

 依然困った顔をする雫に炎駒も溜め息をついて恨めしそうに襖を見つめた。

 そう、昨夜のことである。劉來が水穂を溺愛しているのはアサギでは公認の事実だが、過保護が過ぎる劉來についに水穂が怒ったのだ。いつまでも子供じゃない、とか、何とか。
 隊務を放棄してまで、いや、隊務に出られないほどまで落ち込む理由が炎駒には分からない。……やっぱり取り消し。炎駒も清光に言われればそれは悲しい。

「隊務放棄する隊長がどこにおるかね……どうしたものか」

 仕事をしない隊長なんて降格されても文句は言えない。いるだけの隊士なんて邪魔なだけだ。それでは劉來がアサギにいる目的の半分を果たせないだろうに。炎駒が悩んでいると、黙り込んでいた雫が手を叩いた。

「仲直り、させましょう!」

「……しかし、水穂もラァイもあの様子では……」

「お食事会とかどうですか? 水穂ちゃんの好きな甘いものも出して」

 水穂は食べ物ならばついて来るだろう。劉來も腹を空かせてやがて食いに来るだろう。
 それじゃ! と炎駒は顔を輝かせた。




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「……それで、この俺にアサギの屯所の台所まで出前調理と」

 机に向かって書き物をしていたらしい彼は、振り返って客人の一人と一匹を見た。その口元は笑っているが目元は笑っていない。笑みが引き攣っているような気がするのも気のせいだろうか。

「うむ、屯所の者の味付けではわざわざ食事会と銘打つ理由もないし、久しぶりにそなたの味が恋しいと思っておるであろうし、やはりそなたは料理が上手いからのぅ。頼む」

「どうか、劉來さんと水穂ちゃんのために、お願いしますっ」

 彼の機嫌や都合や立場なんて全く気にせず、というか本当は優しいヒトだとか思っているから気にする必要すら感じないのか、炎駒と雫は揃って頭を下げた。

「…………」

「……駄目、ですか?」

「…………そうだな。そこまでするなら聞いてやらなくもない」上目遣いに自分を見やる雫に何かを思ったのか、彼は口の片端を吊り上げた。「円満な蝗(いなご)の夫婦を連れて来い」

 ……イナゴ?
 炎駒は彼を訝しげに見つめる。

「蝗料理かね?」

「まじないだ」

「…………」

「俺の生家の地方に伝わるまじないでな、夫婦仲を元通りにするのに効果的らしい」

「あ、あの、ボク達が頼んだのは料理で……」

「知っている」彼は蛇のような桔梗色の目を細めて雫に目をやる。「お前はおよずれの火天が恐くはないようだな」

「雫はやらぬのだよ」

「お前ごと奪うなど容易い」

「話を逸らすでないのだよ」

「…………四条の中田屋の先に少し行くと曲がり角がある。そこを曲がったところに、美味い野菜を並べるが故に限られた者しか買うことを許されぬ八百屋がある。俺の名を出せ。そこで好きなだけ買って来い。買って来たぶん作ってやる」それと、と彼は炎駒に目を向けた。「お前は近くの漁村に走って行って活きのいい魚を買って来い」

 諦めたのか、からかうのに飽きたのか。どちらかは炎駒にもよく分からないが、やっと彼がまともに話し始めた。その内容には炎駒にも彼にも無理を感じる。言おうか言わまいか迷って雫を見たら、彼女は何やら考え事をしている。いやいやいや、無理があるとか考えてはいけないのだよ。それを言ったら気難しい奴のこと、作ってはくれなくなるのだよ。
 考え事の終わった雫が顔を上げた。

「アルスさん」

「……ん?」

 雫が口を開いたのは彼にではなく炎駒にだった。やや心配そうながらも真剣な目で炎駒を見つめる。

「近くの漁村まで、大丈夫ですか?」

 雫の目があまりに真剣なもので、しかも"無用の心配"をしてきたのだから、炎駒は思わず漏れそうになる笑いを堪えた。彼女は自分の体やら体力やらを真面目に心配してくれているのだから笑うのは失礼だ。
 と思って炎駒は笑いを堪えていたのに、吹き出したのは彼の方だった。炎駒の答えが遅いのといきなり彼が吹き出したのとに雫が疑問符を浮かべ始めたので、炎駒は口元をにやつかせながら答える。

「それは要らぬ心配じゃ。そう時間もかからぬ、活きのいいのを買って来てやるから待っておるのだよ」

 炎駒の自信に満ち溢れた微笑に雫も満足そうに笑って頷く。そうまで自信に満ち溢れた笑みを浮かべられたから、心配なんて思いがどこかに消えて行ってしまったのだろう。雫は彼に向き直り頭を下げる。

「絶対に作るのだよ、絶対だからのぅ?」

「じゃあ、ボクらは行って来ますね」

「分かった分かった。さっさと行け」

 半ば厄介払いのようなそれでもあったが、彼に見送られながら炎駒と雫はそれぞれの目的地に出発した。




「…………む……? 四条の中田屋……?」炎駒と雫のいなくなった部屋で再び机に向かって座った彼はぽつりと呟いて顎に手を当てた。見る見るうちに眉間に皺が寄っていく。「…………まぁ、いいか」




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 雨の四条通り、番傘を少し上げると中田屋の文字が見えた。少し行くと確かに曲がり角があった。しかしその先を見て雫の足は止まる。
 明らかに、怪しい雰囲気だ。悪党や不逞浪士が溜まっていそうな、暗く湿った雰囲気。先には確かに一つ家屋が見える。

 行くか、行くまいか。

(確かに千早さんは四条の中田屋の先の曲がり角と言っていましたし……アルスさんは走ってくださってるんです。ボクも勇気を出さなければ)

 決心した雫は歩み出した。


「あの、すみません……双真千早さんの紹介で来たんですけど、お野菜は売っていますか?」

 雫は言いながら開け放しの玄関の前に立った。中の光景に目を見開く。
 大通りからは見えなかったが、ここに立つとよく見える。
 明らかにガラの悪そうな男達と、着物をはだけ肩とさらしを露わにしたきせるを持つ女。ここは、賭博場だ。

 ガラの悪そうな男達と壷振りの女の目が同時に雫を向く。

「ソーマ?」

「あぁ、この前来た……」

「そうそう、やたら偉そうなヤツ」

「ここは嬢ちゃんくらいの子が来るところじゃないよ」小さな声音で千早について話す男達をよそに、壷振りの女が煙を吐きながら雫に言い放った。「……それとも、ヤツのツケでも払ってくれるの?」

 まずい、と本能的に感じ取った。体中の血が引いていく感じがする。雫はちらりと後ろを見た。今から走って四条通りに出れば、追って来ないかもしれない。賭博を見逃すのはアサギ隊士としてもどうかと思うが、雫一人でどうにか出来そうにもないし、あとでアサギ隊士を呼んで来るだけでも遅くはないだろう。
 奥歯を噛み締め、駆け出そうとしたその瞬間。

「治安維持組織アサギである!」暗く湿った通りに響く凛とした声。「お上の目を盗み賭博行為をはたらく不届き者よ、神妙にお縄につきなさい!!」

 雫の背後から疾風の如く賭博場に駆け込んで行ったのは、紅の一角獣であった。




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「全く……誰のおかげであれらを見つけ、あれらを捕まえることが出来たと思っておるのかね……」

「で、でも、良かったですよ? 劉來さんもお元気になりましたし、ボクも無傷ですし、アルスさんも軽傷で済みましたし」

 炎駒と男達の大乱闘の結果は炎駒の勝利で、失神した彼らや壷振りを罪人としてアサギに引き取りに来てもらった。意外にも来たのは、劉來率いる三番隊。普段通りの様子で男達と壷振りの身柄を拘束させたあと、普段通りの様子で炎駒と口喧嘩を繰り広げてから帰って行った。
 一対多の大乱闘で無傷な程強い炎駒でもなく、その顔やら腕やらには痣や擦り傷切り傷が出来ている。治療はいらないと言う炎駒に対し、雫は大きな傷だけ治療すると言った。炎駒は渋々治療を受けながらも劉來に対して愚痴っているわけである。

「アルスさんが来なかったら、こうして捕まえることは出来ませんでしたね。ボクもどうなっていたか……。本当、ありがとうございます」

「は、は、は、己はそなただけの守護獣じゃ。礼などいらぬのだよ」

 口ではそう言ってはいるが、雫の感謝が炎駒は嬉しいようだ。得意気になって笑う。しかし、それにしても、といきなりその笑みが消えた。

「これは一体どういうことかね、千早」

 炎駒の目は雫のその先、雪のような白髪の来訪者を見据えている。

「どうも何も、単なる……俺の、記憶違いだ。悪かった」強気に謝罪してのけた千早に反省の色が見えない、と叱ろうとした炎駒に投げ付けられたのは小包。炎駒と雫は不思議そうに小包に目を落とす。「詫びだ。それで十分だろう」

 炎駒と雫の返事なんて待たず、踵を返してさっさと去っていく千早。深緑色の羽織が風に揺れていた。

 呆然と千早の背中を見ていた炎駒と雫だったが、はっと我に返るとやはり小包に目を落とす。

「開けてみますか?」

「うむ」

 炎駒は膝の上でがさがさと音を立てながら包装紙を剥がして行く。包まれていた小箱から覗くのは、『黒澤屋・特製』の文字。

「くろさわや?」

「あ、黒澤屋! ボク、知ってます」覗き込んでいた雫もその文字を目にしたのだろう、顔を輝かせて炎駒を見る。「美味しい甘味屋ですよ。しかも特製って……結構な値がした筈ですけど……」

 結構な値。それはもう、局長や副長があんな人やこんな人を味方に引き込むために招いた席で出すような、かなりの高級品。
 炎駒と雫は顔を見合わせる。

「……そなたを騙そうとしていたわけでもなかったようだのぅ」

「これを劉來さんと水穂ちゃんの仲直りに使え、ということなのでしょうか」

「しかし……もう元気になったようだしのぅ」

「あ、アルスさん……」

「……雫、そのような高級品、一度は口にしたいと思わぬかね?」

「…………う……えっと……」

「そうじゃ、これはラァイと水穂のためにと頑張った己達自身への褒美じゃ! 良いであろう!」



 炎駒が顔を輝かせて提案すると、雫も観念したように苦笑いを浮かべる。後ろめたさを感じながらも、雫にも食べたいという気持ちはあったのだ。

「そうと決まれば見つからぬように帰るのだよ! 二人分しか入っておらなんだ!」

「そうですね……あ、一応包み直した方が……」

 アサギ屯所に向かう二つの影、沈みかけた陽に照らされたそれらはもう随分長くなっていた。

 屯所でこっそり食べた羊羹は、それはそれは美味しかったとか。


2009/12/11


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