狐と竜胆


ある村に、一人の孤独な少年が住んでおりました。理由は解りませんが、何時も一人で行動しており、決して、人と交わろうとはしませんでした。村の人々も、勝手にこの村に住み着いた得たいの知れない餓鬼を受け入れるはずも無く、関わることもありませんでした。ある一人の少年を除いては。

「狐さん、狐さん」

がさがさと茂みをかき分けながら、眼鏡を掛けた黒い髪の男の子が森の中をさ迷い歩いています。

「あー!もう、うっせーな眼鏡、昼寝の邪魔すんじゃねぇよ」

「あ!狐さん」

「俺は"狐さん"じゃねぇ」

「でも、それは貴方、自分の名前を教えてくれないからでしょう、それに私だって"眼鏡"という名前ではありません」

「…で、何のようだ眼鏡野郎」

「用がなかったら来てはいけないのですかひねくれやさん?」

「…俺はお前らが嫌いなんだ、一回助けたくらいで恩を売ろうたって余計なんだよ」

「いいえ、私は…」

※※※※※


それは、数日遡ること。父様の病気を治すために、薬になるという花を探しに、森の中を散策していた所、うっかり奥深い場所へ進みすぎてしまい。ようやく、目当ての花を見つけたのは良いものの、すっかり帰り道が解らなくなってしまったのです。


夜が無音で迫って、置いていかれてしまう。怖い。
あの男の言う事を素直に聞いておけばこんな事にはならなかったのだろうか。いや、そもそも、私が居なければ、あの家は。

「お前、そこで何をしている」

「ひゃあ!」

「……本当に何やってるんだ?」

急に後ろから声を掛けられた拍子に、豪快にすっころんでしまいました。かなり痛い。少年なのか少女なのか、一見すれば、判別しにくい目の前の子供を見つめれば、さらさらと銀髪が月の光に照らされて、

「キレイですね」

「はぁ?」

「………」

「………」

「………」

「………」

「あの…、だから髪が」

「………意味が解らん。ほら立て、さっきから森が煩くて迷惑しているんだ」

少年は私の手を引いて、てくてく歩き始めました。

「………」

「………」

「……あの」

「何だ」

「いえ、別に何も」

「変な奴だな…」

※※※※※

「ほれ、ここまで来たら道は解るだろう」

「はい、嗚呼、そうだ、あのこれ」

銀髪の少年は引いていた手を離し、さっさと帰ろうとすれば、後ろから袖を引っ張られた。
「何だ?」

眼鏡を掛けた少年は紫色をした花を取り出しながら、ニッコリ笑いながら目を細めながら訝しげにこちらを見詰める銀髪の少年に向かって差し出した。

「竜胆、です。ここまでありがとうございました」

頭を深々と下げて人里へと駈けていく。後ろ姿が闇に溶けたのを確認すれば、残された少年は半ば無理矢理に持たされた花を見つめた。花はまるで、少年に笑いかけているように見えた。

「全く、変な奴だな」

本当に変な奴だ。別の道を教えてやっても良かったんだが、真っ直ぐに見つめられては、どうも調子が狂う。からかってやろうと思ったのに、何て計算違いな。それに、俺の事をキレイだなんて、どうかしている。いいや、どうかしているのは、俺の方がどうかしてしまったのでは無かろうか。そんな言葉が嬉しい、だなんて。

※※※※※

森の中ではぐれた時に、怖くて動けなかった私を、村の出口まで手を引っ張り導いてくれたあの日から、あの人が気になって仕方がない。

「玉兎さん、銀髪の少年ってこの村に居りましたか?」

「おや、珍しい事もあるもんだ、あの碧燕がぼくに話し掛けてくれるなんて」

「くっつかないで下さい。暑苦しい」

「ひ、酷い!兄さんが好きじゃないのかい?」

「それとこれは話は別です。で、居るのか居ないのか簡潔に答えてください」

「可愛くないね〜……嗚呼、銀髪と言えば、"はぐれ者のキツネ"の事かね」

「キツネ?」

「そう、キツネだ。近くの森に勝手に住み着いた銀髪、翡翠の瞳を持つ変わり者の子供が居るらしい。良い噂は聞かないが…って、もう居ない。全く、せっかちな子だねぇ」

※※※※※

「狐さん、狐さん」

がさがさと茂みをかき分けながら、眼鏡を掛けた黒い髪の男の子が森の中をさ迷い歩いています。

「あー!もう、うっせーな眼鏡、昼寝の邪魔すんじゃねぇよ」

「あ!狐さん」

「俺は"狐さん"じゃねぇ」

「でも、それは貴方、自分の名前を教えてくれないからでしょう、それに私だって"眼鏡"という名前ではありません」

「…で、何のようだ眼鏡野郎」

「用がなかったら来てはいけないのですかひねくれやさん?」

「…俺はお前らが嫌いなんだ、一回助けたくらいで恩を売ろうたって余計なんだよ」

「いいえ、私は…私は貴方と、友達になりたいのです」

「…ともだ、ち?」

「はい、友達です、貴方と仲良しになりたいのです」

「……」

「どうして、そこまで貴方が人間を嫌うのか知りませんが、私は恩ではなく…ただ単純に傍に居たいと思っているのですが…」

「…変な奴だな、お前は」

「貴方にだけは言われたくありませんよ、意地っ張りな狐さん」


ある村では、狐と呼ばれた孤独な少年がいました。その少年は一輪の花を見つけました。一輪の花は言いました。「貴方を悲しみから救い出して見せる」と。それから、どうなったのかは誰も知りません。しかし、その村では、二人の少年が森の中を楽しそうに遊ぶ姿が見られたそうです。


2009/06/22

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