これを
《くそ!これだから嫌だったんだ!!》
激しくなる一方の周りの音に、背中を預けている瓦礫から伝わる絶え間ない振動にノックアウトは悪態を吐くしかなかった。これだけ煩いのだ。同族にも敵であるオートボットにも、その声は拾われることはない。
戦闘能力が低い訳ではないが、火力という面では劣っているノックアウト。人員不足で半ば引き摺られるようにして相棒であるもう一人と駆り出されたのだったが、やはり何かでっち上げてでも拒否すればよかったと今更に思う。
《いたぞ!あそこだ!!》
《あぁもう全く!》
急速に近付いてくる幾つもの反応に舌打ちする。戦闘よりもどちらかと言えばリペア――もっと言えば解体作業の方が本分であるのに、自分は一体何をしているのだろうか。
《忌々しいね本当に!!》
飛び掛かって来た一人のオートボットを、片腕を変形させた丸鋸で振り向きざまに斬り付ける。威力はそこそこだが急所を狙えば問題ない。ドシャリ!と無様に倒れ動かなくなったそいつを視界の端に映しながら、ノックアウトは次々と素早く且つ的確に迫りくるオートボット兵士を斬り伏せる。
だが、やはり多勢に無勢だ。把握しきれなかった物陰から狙撃され、体勢を崩した所を体当たりで吹き飛ばされた。
《ッ、ぐ……!》
幾つものエラーがブレインサーキットを駆け巡る。何対もの足が此方へ向かってくるのが閉じかける視界に映る。
案外に呆気ない最期だな。ノックアウトは自嘲的に笑みを描いた。
――その時だ。数機の航空音が響いたと思えば、鋭い銃撃音と相次ぐ断末魔が上がる。
《――どうやら間に合いましたね》
冷やかに凪いだ声だった。静寂となった空間に変形音が聞こえ、誰かの着地の微かな衝撃が伝わる。
《生きていますよね》
高さからして女性型だろう。ノイズが走る視界に自分を見下ろす真紅の光が灯る。輪郭すらぼやける中で、その対の光と声だけが嫌に鮮明だ。
平坦な、けれど確信を持って掛けられた言葉にノックアウトは辛うじて一つ頷いた。
《ならば、生き抜きなさい》
カチリ…と軽い接続音を最後に、ノックアウトと意識は暗転した。
《―――、……、、…?》
意識が浮上する。それに伴って起動されたカメラアイを開けば、適度に落とされた照明が上から自分を照らしていることが見て取れた。
腕も脚も感覚がある。信号も正常に伝達されている。いやむしろ前よりも良好とさえ感じられた。
《ここ、は……?》
《私のラボです。ノックアウト》
《!?》
返って来た言葉に驚いて、ノックアウトは勢いよく上体を起こす。未だ繋がれていたケーブルやコードが大きく揺れた。
その光景に、薄闇から現れた一人の女性型がフェイスパーツを顰める。
《あ、貴女は…!》
《イルジオン。この軍での科学部門、並びに技術部門を統括しています》
知っている。実際に会ったことはなかったが、ディセプティコン軍の古参メンバーとして囁かれていた存在だ。
《そして、今は医療部門までもが私の管轄下に入り掛けている始末です》
《そ、れで…私の治療を…?》
ノックアウトの言葉に、イルジオンは一度ゆるく瞬きをした。
《貴重なリペア要員をみすみす金屑に変えられるのは我慢ならなかったので。ですが、好きとってもらって結構ですよ》
言外に「その技術がなければ見殺してもいた」という意味が見えて、ノックアウトは素直に感謝の言葉だけを口にした。
そうして彼は改めて自分の機体を見遣る。撃たれた箇所も、吹き飛ばされた衝撃で出来た損傷も何もかもがきれいさっぱりにリペアされていた。その中で一番に惹かれたのが、自分がまとう装甲の色。
それはとても美しい赤だった。今までも合間合間の手入れは欠かしていなかったが、それでも此処まで美しくはあっただろうか。そう疑うほどだ。
《何か不都合でもありましたか?》
《! いいえ、そんなものは全くありません!イルジオン》
頷いて、イルジオンは傍にあるモニターへと機体を向ける。スラリとしたその指がモニターや辺りの計器を順に辿っていくのを見守りつつ、ノックアウトはもう一度自分の装甲にカメラアイを落とす。指を滑らせた赤は、つるりと光を反射した。
《あぁ、そういえば…ノックアウト、貴方に伝達があります》
計器から視線を上げたイルジオンとカメラアイが合った。
《貴方へ転属命令が出ました。貴方の以前の上司は…えぇ、ちょっとした不幸で再起不能になりまして…》
ツィ…と逸らされた彼女の視線を辿るようノックアウトも首を僅かに巡らせて、視界の端に映ったモノに即座に顔を戻した。再び合わさったイルジオンのフェイスパーツには、ささやかな笑みが乗せられており、それにドクリとスパークが跳ねた気がする。
《つきましては、貴方のパートナーと2人で、今後は私の方へ》
《了解しました、イルジオン》
イルジオンに向かい、ノックアウトはしっかりと頷いた。胸部装甲に片手を当てて恭しく頭部を下げる。
《どうか、よろしくお願いします》
上げた頭部。開かれる視界。決して明るいとは言えないその中で灯る一対の赤。
薄闇に映えるそのオプティックの光が、ひどく特別に思えて仕方なかった。
これを恋と呼ぶのだろうか
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