極彩色に塗れ!
……………
インド洋に浮かぶ島、ディエゴガルシア。宇宙よりこの地球にやって来たトランスフォーマーたちと人間たちで構成された極秘部隊NESTの基地となっているこの島は、トランスフォーマーたちのオートボットとディセプティコンが講和条約を結んでからは平和な日々が続いている。
まぁ、多少のドンパチは最早日常茶飯事であるので“非常事態”とは認識されなくなっていることが、幸か不幸かは知らなくていいだろう。
そんな半ばのどかな日差しの今日、島中で悲鳴が上がっていた。それも主に金属生命体、しかもあのディセプティコン勢が圧倒的で。
「――あ、また誰かやられましたね」
悲痛ともいえる絶叫が何処かで木霊して、けれど慣れてしまったシサキは苦笑して隣のレノックスら数人の軍人を見遣った。
「だな。今のは…、誰だ?」
《スタースクリームのようだな》
レノックスに答えたのは彼の相棒であるアイアンハイド。今はロボットモードではなくビークルモードであるトップキックの姿で、レノックスの傍で大人しくしている。
「あぁー、ご愁傷さまだな、アイツも」
「そういうこったな」
レノックスやエップスが言葉では惜しんでいるというか同情しているようだが、その表情は明らかに笑いを堪えていて。肩は既に震えている。
《何色になっただろうな、アイツは》
「気になる?ヘレイア」
呟いたのは、シサキの傍でビークルモードとなっているヘレイアで。今日はどうやら軍用車の気分だったらしい、側面にはクレスペールの国章とNESTの軍章が描かれている。
《あぁ、とてもな。さっき見たブラックアウトはミントグリーンにペイントされていたからな、…ククッ》
思い出したのだろう。ヘレイアだけでなく、レノックスたち軍人たちやアイアンハイドまでも笑い出した。今度はもう我慢することはしないらしい、何人かは腹を抱え出した者もいる。
「あー、あれは見事だった!なんていうか、元の黒とミントグリーンのコントラストと言うか…ブフッ、くく、ほんと、上手かったな。なぁエップス」
「ほんとほんと!みんなあぁ上手いモンなのか?シサキ」
「実際、シサキも手先が器用と言うか、上手ですよね、ペイントとか」
上から順にレノックスにエップス、グラハムだ。彼らの言葉に、シサキはヘレイアの車体に走らせていた筆を一旦上げて苦笑して見せた。
「どうでしょうねー。まぁ、国民性としては“手先が器用”とか“行動的”とか、あと“団結力や集団行動が強い”とかは言われてますけれどね。パルヒェート――シュエンディル小父さまは特に色々とすごいと思います」
《あぁ、アイツは強いな…、色々と》
「確かに。ディセプティコンに怖れられてるってのはやっぱり尊敬するな」
「あんなのを尊敬してもらっても困る、レノックス大佐」
頷き合うレノックスとアイアンハイドの言葉に答えた声に、誰もがそちらを振り向いた。
「イール!」
《イールアーデェか》
歩み寄って来たのは“象徴”の一人――イールアーデェで、シサキは嬉しげにその顔を綻ばせた。
「よぉ、ヘレイア。具合はどんなだ?」
《至って良好だ。シサキはやはり、腕が良い》
車体のペイント具合を見て、一人と一体は頷き合う。
「そっちもまずますじゃないか、大佐」
「当然さ、なんたって俺の相棒なんだ。ドレスアップ、とはいかなくてもめかし込んだっていいさ。折角の祭りなんだし」
イールアーデェに笑みを寄越されて、レノックスも不敵に笑い返す。傍らのアイアンハイドも、その漆黒に映える鮮やかなオレンジのペイントを施されて満更でもないらしい。
「まぁ、見栄えはより賑やかになるな――ッと、……シサキ、出てくれ」
「あ、はい!」
内ポケットから受信した携帯端末を取り出したイールアーデェは、相手を確認して眉間に皺を寄せると同時に、それをシサキに投げて寄越した。苦笑いして難なくそれを受け取ったシサキは、通話ボタンを押して耳に当てる。
「もしもし?」
『あ!シサキちゃーんやーほーッ!ヘレイアのペイント上手くいってる?もうじゃんじゃん塗りたくってやんなよ!』
聞こえてきたシュエンディル――パルヒェートの声は喜色に塗れていて、あぁ生贄はご馳走になったのだなとシサキはほんの少し遠くの空を見た。
「えぇ。それで、一体どうしたんです?」
『あ、そうそうそう!ねえねえねえ!早く空、空見て!!シサキちゃんたちからしたらー、そう11時の方向から来ると思うから!絶対見てね!!』
「11時の方向?―――あ…」
シサキの呟きに従って、2体と数人は空を見上げて…――真っピンクのラプターが超高速で青空を飛び抜けていくのを目撃した。
目を数度瞬かせた後、そこかしこで笑い声が爆発する。
「えー…っと、…」
『見た見た見えた!?ねぇシサキちゃーーん!!』
電話の向こうにも何人かいるようで、そちらも爆笑の渦らしい。パルヒェートの声もシサキの名前を呼んだあとは心底楽しげな笑い声に取って代わられた。
「なんか、物凄いどピンクな未確認飛行物体が上空を横切っていったよ」
『未確認飛行物体!!あははははは!!!うける!マジうけるーー!!ひぃヒィ、ぶふふっ!あんねースタスクはぁー、蛍光ピンクに塗ってあげたのッ☆』
「狙撃部隊と連携して?」
『だぁーって、大人しくしてくれないんだもん!大人しくしてたらメガ様みたいに僕が全身全霊をもってすんばらしい芸術作品に仕上げたのに!てか蛍光ピンクのラプターとか、隠れる気ないよね?ステルス機能絶賛ストライキちゅ『そうしたのは何処のどいつだ貴様ぁあああ!!』――まごうことなく、この僕ですッ☆』
通話に割り込んだスタースクリームの声は、なんだか若干泣いているような気がして。とりあえずシサキは此処にいないメガトロン共々両手を合わせた、心の中で。
『掛かって来いよスタスク!返り討ちにしてやんぜ☆ てなわけで、僕らこれからスタスクの迎撃態勢に入るね!じゃまたねーー!』
それで切れた通話。未だ肩を震わせて笑い転げるレノックス達を、心底呆れ顔のイールアーデェと見やって互いに肩を竦め合った。
《おいシサキ!コレどうにかしろ!!》
「え、バリケー――ド…?」
エンジン音と新たな声に振り向いて、今度はシサキが固まった。
振り向いた先にいたのは確かにバリケード。此方もビークルモードで、あのお馴染みなパトカーだ――ベビーピンクと黒のカラーリングの。
《………》
「……、…」
《笑いたきゃ笑いやがれ虫ケラがー!!!》
「く、あはははははは!!!!」
見詰め合うこと数瞬。無言に我慢しきれなくなったのか叫ぶように言ったバリケードに、シサキは盛大な笑い声で応えた。隣のヘレイアまで車体を揺らす始末。遂にはボンネットに突っ伏したシサキと共に笑い声を上げた。
「ひぃ、は、はっ、く…、あーもうサイッコウ」《ダロ?俺モ笑イコロゲタゼ!》
運転席から身軽に降りて来たフレンジーとまたケタケタと笑い合って、すっかり拗ねたパトカーのボンネットを撫でてやる。
「で、パルヒェさんなんて?」
《……………、“走るR指定”…》
ピンクと黒の組み合わせからか。それとも普段の素行からか。案外両方からな気がする。
ぼそりと溢された呟きに、軍人組から再び爆笑が巻き起こる。最早お得意の尋問ツールを出す気力さえ殺がれているらしいバリケードを、シサキは一杯の労いを籠めて撫でた。
《コッチに来るなぁあアアアぁあア!!!》
「あ、アレってレーザービーク?」
《ダナ。…アーア、ヤラレチマッタナ》
また新たな叫び声が聞こえてきてそちらを振り返れば、空を飛んで逃げるレーザービークとそれを遠距離から狙い撃つ、パルヒェート率いるNEST狙撃隊の姿。
この日のためにとラチェットやジョルト、標的から外されることを交換条件として要請に応じたスカルペルやショックウェーブらと共同開発したらしい特殊な塗料とペイント弾は、どうやら非常に高性能らしい。
パルヒェートや狙撃兵らの腕もあるのだろう。見る見る内に鮮やかな色に塗れていくレーザービークはいっそ哀れだ。元は同じくサウンドウェーブの部下だったフレンジーは、器用に合掌して仲間を見送った。
「喰らえ!!そして鳥らしく焼き鳥色に塗れやがれー!!」
《ぎゃぁあああ!!来るなアッチヘ行けぇえーー!!》
「うーん、アレは焼き鳥色のオレンジというより、カボチャのオレンジのような…」
《マァ、アイツガソウ言ウンナラソウナンダロウヨ》
フレンジーの言葉に「それでいいか」と頷いて、シサキたちはまた再び相棒のペイントに戻ったのだった。
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