伝えるのは愛しぬくもり
「おっかえりーユキちゃーん!!」
「ふぁあ!?」
クレスペールに滞在中の宿へ、イールアーデェが引率する市内巡りから彼と共に戻って来た雪月を出迎えたのは熱烈なハグだった。
「パルヒェ、その位にしておきなさい。雪月はこういった習慣にはまだ不慣れだ
」
雪月を抱き締めた丸眼鏡の美女、もとい美人。彼も、この欧州が一国・パルヒェートで。そして、そんな彼の後ろから穏やかに苦笑しつつ歩いて来た隻眼の女性。長い灰髪が美しい彼女こそ、この中立国家・クレスペールその人だ。
「ただ今戻りました母上」
「あぁ。道中、何事もなかったようで安心したよ。雪月、おかえり」
「はい、ただいまです!」
雪月が彼女の祖国・日本や、彼女が初めて出会った“象徴”であるドイツ、そしてその友人であるイタリアに今回の短期クレスペールへの留学を溢したところ、いつの間にか本人(この場合は本国だろうか)たちにまで話が通じていて。雪月が承諾してくれるなら、是非屋敷に泊って欲しいと乞われたのだった。勿論、雪月にとっては願ってもない事だったので「是非!」と二つ返事で返したのだ。
休日の今日は、丁度非番が重なったイールアーデェの案内で、市内を満喫して来たところだ。
「何かいいもの見つかった?」
「はい!お店も、街の人も、みんないい人たちでした!」
欧州で治安の良さもトップクラスに入るクレスペール。その首都ともなれば外国人の出入りは厳しく制限されているのが常だが、イールアーデェ本人が雪月を認めているため、彼女は特例だったりする。そのことを知らぬは本人のみであったり。
「それは良かった」
穏やかに髪を梳いてくれるクレスペールの手がとても心地よく、温かい。
「ヴェー!雪月ちゃんおかえりー!!」
「お帰りなさい、雪月さん」
広間に続く扉が開いて、中から駈け出して来たのはくるんが特徴的な青年――イタリア。彼に続いて来てのは黒髪と金髪をオールバックにした青年。日本とドイツだ。
「雪月ちゃんハグハグー!グェ!?」
「イーターリーアぁあああ!!お前は一体何度言えば分かるんだ!!」
跳び付こうとしたイタリアの襟首を引っ掴んだのは、当然ドイツで。そして、雪月の目前に彼女を守る壁の如く立ちはだかったのはイールアーデェだ。
どちらも長身で、且つ目付きは鋭い。
「うわっは!壮観!」
ちゃっかり雪月の手を取ってクレスペールの元へ避難したパルヒェートの笑みに、同じく避難していた日本が釣られて苦笑した。
「ほら、いがみ合っている暇があったら早く広間に入りなさい。準備は整ってい
るんだ」
見かねたクレスペールが手を叩けば、ドイツはハッとして、イールアーデェはそんな彼に「フン」と鼻を鳴らして。各々イタリアの片腕を引っ張って広間へ連行していった。
「僕らもいこー!」
パルヒェートに手を繋がれて入った広間。至る所に琥珀色の花が飾られたそこは、一足早い春の野原のようだ。
『春まち祭り』。冬の厳しいクレスペールとパルヒェートに古くから続く行事で、国花でもあり春告げの花でもあるリインの花を模した手作りの造花でもって家々を飾るのだ。
以前はそれだけだったのだが、時代と共に少しずつ賑やかなものとなり、最近では家族や親類、親しいものを呼んでのちょっとしたパーティとしているところも珍しくない。
「わぁッ……!」
クリスマスパーティほどの華やかさはなくとも、飾られた陽だまり色の花々や、集まった見知った顔、知った声に雪月の口から自然と声が零れた。
それから嬉しさと感嘆を感じて、近くのクレスペールも嬉しげに笑う。
「…改めて、ようこそ雪月。この地に芽吹きの季節が訪れるように、君にも沢山の芽吹きが訪れますよう」
その声は親のように慈愛に満ちて、そして子どものように純粋で。
「はいっ!」
雪月も、目一杯に微笑みを返した。少しでも、この感謝と感激の想いを伝えたいと。
伝えるのは愛しぬくもり
(言葉、表情、態度)
(全てを使って、全部伝えたい)
13
← →