降誕祭‐V




「……私だってありますよ、思い出すこと。もっとも、私の場合は菊さんが『男の方』だったということでしたがね…」

「……それは、もう……」

 一向に笑いを治めようとしない菊に藤が何を思ったのかはよく分からなかったが、その薄っすらと浮かぶ笑みからは、楽しむ様子が見て取れた。

 親しくなって暫く。菊が彼女に、自分はこの『国』そのものであると告げた時だった。彼女はあろうことか、その事は然程衝撃を見せずに受け止めて受け入れてしまった。些か拍子抜けしないでもなかった菊だったが。その後の彼女の言葉に、逆に彼が度肝を抜かれた。

―――お、男の方だったんですか…?

 その時の菊の服装は、会議帰りだった事もあってスーツ。普段のゆったりとした着物とは違って、体のラインがしっかりと現れるのは必然。

 片や新事実に。片や憎からず思っている者に言われた、まさかの己の性別の確認。

 固まって、同時に噴き出したのはいまでも鮮明に覚えているし、これから忘れることもないだろう。

「忘れて、くださいよ…藤さん…」

「無理です」

 苦くも、微笑ましく言う菊。
 きっぱりと言い放って、けれど可愛らしく破顔する藤。

 こんな些細な会話さえ、表情さえ。愛しくて堪らなくなるのに、時間はかからなかった。

「菊さん、起きられますか?」

「ありがとうございます…」

 起き上がり、林檎が乗せられた小皿を手渡される菊。食べ易く一口小に小切りにされた瑞々しいそれを、フォークで刺してゆっくりと口へと運ぶ。

「後でお粥を作りますから。今はそれを食べて、もう少しお休みになって下さい…」

 目を細めて、優しく笑う藤。
 ワン!とその言葉を念押しするかのように聞こえてきたのは、いつの間にか彼女の隣に行儀よくお座りしている飼い犬のポチ。

「そうですね。そうします…」

 この林檎を食べ終えたら、少し眠ろう。
 彼女が作ってくれるという、暖かな夕餉を待ちながら。

 けれど、ゆっくり食べ終えよう。味わって。掠れそうになる喉を潤しながら。

 もう少し、いや。少しでも長く。

 この温もりを感じていたいから。


【降誕祭】



 生まれたのは神だけでなく、
この確かな想いも。

09/12/24


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