永久に紡がれる物語


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小さい頃の話です。私には大好きなおばあちゃんがいました。おばあちゃんが幼いころ、家の経済状況が苦しくて雪の沢山積もる国に商売をしに行ったそうです。そこで出会った人にとても優しく接してもらったそうで、そのような昔話を懐かしむような顔でうれしそうに語るおばあちゃんの話を聞くのが私はとても 大好きでした。
また、その国の近くには『魔女の国』と言われ恐れられている国があるのだと聞かされました。一度だけ、おばあちゃんはその『魔女の国』へ行きたいと思ったことがあったそうです。なぜならその国にはリインと呼ばれる花が咲いており、雪を割って咲く姿がとても美しいのだと言われ一目でいいから見てみたかったらしいのです。しかしながら、幼子には厳しすぎる道のりを当然歩ききることは出来ません。

「あの時は何でもできると思っていたからね」

おばあちゃんの優しげな声がまだ耳に残っています。『魔女の国』へ辿り着くことはなかったけれど、気がつけばおばあちゃんは家の前で寝ていて、どうしてだか解らないけれど、その手には琥珀色をした綺麗な花が握り締めてあったそうです。
けれど、戦争が激しくなるにつれて、祖国に帰らなければならなくなり、おばあちゃんは泣く泣くその国の人たちと別れたそうです。その花の謎を解き明かす前に。





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「一体誰がおばあちゃんを家まで送ってくれたのでしょうね」

そんな話を先日ドイツさんに話した所、驚いたような表情をした後に、何やら考え深げな顔をしていらっしゃいました。

「うむ、あの人ならば解るかもしれないな」

「すみません。忘れてくださっても……」

やはり、信じて貰えなかったのだろうかと思い当たり、忘れてくださっても大丈夫ですよと言おうとしたのですが、予想していた斜め上の答えを言われてしまい逆に私が驚かされてしまいました。

「そ、その話は本当ですか!?」

「嗚呼、リインと言う花も確かあの国しか咲かないと聞いている。それだけではない、俺達にとって『魔女の国』と言ったら1つしか無いのだからな――その国の名は」





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「……」

「……」

「……」

「……」

先程から厳しい顔をしていらっしゃる男性と見つめあっています雪月です。……どうしてこんなことになってしまったんでしたっけ?

そう、ドイツさんから花の謎を解き明かせるかもしれない人が、つまり、おばちゃんが行きたかった『魔女の国』――教えていただいて解った本来の国名はクレスペール――へ来て欲しいとお呼ばれしたのが事の発端でした。何しろ、その方はスケジュールが多忙であるとの事で、昔話をしてから数ヶ月程度経っていましたし、ドイツさんからお誘いの電話を頂いたときは嬉しくてたまりませんでした。その時に、改めて聞かされたのは、その人は女性の方で自分達と同じく国と言う存在だと。

客間のような場所へ案内されて呼んでくるから少し待っていてくれと言われたのがほんの少し前の事。まさか、同席者がいるなんて話は聞いてません……。見定めるような視線にとても居心地が良いとは言えませんが、ドイツさんのお知り合いならば、何か失礼があってはいけません。

「ええと……」

「……」

「私、雪月と言います。あの……ここに住んでいらっしゃる方に会いに来たんです」

何と言いますか、こんな広い部屋でたった二人が見つめあっている図と言うのはとてもシュールです。反応がありませんでしたので、やはりここに居てはまずかったようです。


「……お邪魔でしたら、外に出ていますけど」

「…………邪魔だとは言っていない」

座っていたソファーから立ち上がり扉へと向かおうとしたら、ぐいと腕を掴まれてしまいました。

「俺の事はイールと呼べば良い。お前の待っているお方はもう少しで来るだろう」

「あ、ありがとうございます」

「別に礼を言われるようなことは無い」

素っ気なくイールさんはそう言っていましたが、私はここにいても良いと言われたようで嬉しかったのです。

その時、ノックの音の後にカチャリと扉が開き、眼鏡を掛けた紫色の瞳の綺麗な女の人が入って来ました。クレスペールさんが眼鏡を掛けていたかは確認はしていないのですが、女性の方だと聞いていたのでもし本人なら、挨拶しなければと慌てて立ち上がり、彼女へ軽く頭を下げました。

「は、はじめまして雪月と言います!貴女がクレスペールさん、ですか?」

「ふふ、そんなに緊張しなくとも私は取って食いやしない」凛として、気品が漂っているその姿、佇まいに私はうっかり見とれてしまいました。しかし、後ろのイールさんはわなわなと体を震わせて、怒っているようにも見えます。

「貴様が母上の名を語るな……いい加減にしろよ、パルヒェ」

「えー?だって、こんなに可愛らしいお嬢さんに期待された目で見られたら応えてあげるのが当然でしょ♪」

「ええ?あの!イールさんどういう事なんですか?」

クレスペールさんが先程とはガラリと雰囲気が違うので、困惑を隠しきれず非常に憤慨していらっしゃるイールさんに尋ねてみました。

「期待の応え方が間違ってるんだ!嗚呼、勘違いしているようだが、こいつは男だ」

「うふふ、騙してごめんね」

「……うわぁ、こんなに綺麗な方が男の人なんですか!」

私の疑問に律儀に答えてくれるイールさんはいい人です。しかし、偽クレスペールさんは彼女ではなく彼だったそうですが、どこからどう見ても女らしい振る舞いに感心してしまいました。

「誉められちゃった♪ありがと〜!僕はパルヒェート。よろしくね雪月ちゃん」

「はい、こちらこそよろしくお願いします。パルヒェートさん!」

にこにこと笑顔で手を差し出され、その手を握りながら私もつられて笑ってしまいました。





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「待たせて悪かったな、雪月」

「いいえ、イールさんとパルヒェートさんが居たので寂しくありませんでしたよ」

ようやく戻ってきたドイツさんに連れられて、二人とお別れした後、投げ掛けられた質問に素直に返事をすると、歩きながらそれは良かったなと優しく頭を撫でられました。ドイツさんはクレスペールさんの仕事を手伝っていて、時間が掛かってしまったのだとすまなさそうに言いましたが、その分、クレスペールさんの話をイールさんパルヒェートさんに沢山聞けてとても得した気分です。勿論、何度も口論してましたが、喧嘩出来る程に本音をぶつけ合える人がいるのも素敵な事だと思うのです。

「失礼します」

ドイツさんに続いて、書斎と思われる部屋に入ると、座ったまま穏やかな顔をしてこちらを見つめている女性の方がいました。灰色の髪に、右目には眼帯をしているので見えませんが、紫色をした左目。ずっと見つめていると何故だか泣きそうになってしまう。

「ようこそ、我が国へ雪月殿。長旅お疲れの所、待たせて申し訳ないことをしたな」

「いいえ!そんなことないです。イールさんやパルヒェートさんとお話しできて楽しかったです」

頭を振って否定すれば、一瞬意外そうな顔をするも、可笑しそうに笑い始めました。

「ドイツから聞いている通り、不思議な子だな。私の事を何処まで聞いている?」

「祖母からは『魔女の国』と恐れられていたと聞いていましたが、包容力のある美しく気高い人だとドイツさんに聞かされました」

「私の事を怖いと思うか?」

「そんなことはただ、逢えてとても嬉しくて堪らないです」

「そうか」

ふふっと静かに微笑んで、私に近付くと。

「やはり、血は争えないものだな」

そっと、頭に何かをさしてくれたのですが私からは見えません。ドイツさんの方を振り向くも、同じように静かに微笑んでいるだけで何だか気恥ずかしくなりました。思わず、色んな感情が混ざってもう一度泣きそうになり、目を瞑って会えたよとおばあちゃんに心の中で呟いた時、何処かで一緒に笑っているような気がして、こっそり一筋の雫を流したのでした。





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