しとしと。しとしと。
どんなに湿気があっても、雨がどれだけ降っていても、会社は休みにならない。それだけで休みになったら凄いけどね。
カタカタとパソコンを打つ音、何かをコピーする音、誰かが喋る声。それだけが会社内を賑わせる。
「名字さん、社長がお茶淹れてほしいって。よろしく」
「あ、はい。解りました」
社長、とは、吉良社長の事。24歳という若さで社長を務めるなんて、本当に凄いと思う。そんなやり手の社長は、私の彼氏でもある。自慢の出来る人だ。
今話し掛けてきた秘書の緑川君のサポートもあってここまで来れたらしいけど、それはそれで凄い気がするなぁ。それだけ連携がとれてた、ってことだし。
お茶を淹れて社長室へと入ろうとした。――が、どうやらお話し中のようだ。中から話し声がする。…これは、どうするべきなんだろうか…。電話の相手が誰にせよ、邪魔したら悪い。ここはお茶が冷めても待つべきとこ?
悶々と考えていると、社長が私に気付いた。中から手招きして「来て」と口パクで言っているが、入りにくい。いくら彼氏言えど、ここは会社なのだから、今の関係は社長と社員。そう易々と入れるものじゃない。
だが、社長はお構い無く扉に近付いて、難なく私との壁を壊した。しかもまだ通話中。私は相手に聞こえない位の声で、「お茶置いておきますね」と言った。
「、わ」
お茶を置いた後、社長にグイッと引っ張られて、ソファーに座らされた。隣には、社長。…何でこんなことに…。
「うん。そうそう。じゃあまだ仕事残ってるからまたね。それじゃ」
「…誰とお話してたんですか?」
「二人きりなんだから敬語は無し。で、相手は円堂君。狩屋がまた何かしたんじゃないかと心配で…」
円堂さん、か。プライベートのお話かと思ってたら、狩屋君の事だったとは。社長…ヒロトさんは心配性だなぁ。心配性、というか、この場合は過保護と言うべきなんだろうか?
「ところで…」
「何?」
「まだ仕事残ってるんだけど」
「残業になっちゃうね」
「もうその時間なの!」
今の時間はもう大体の人が帰る時。まだ残っている人は居るけども、もうじき帰るだろう。私はまだやることが残ってるのに、どうしてこの人は私を引き留めるんだ。いくら彼氏彼女とは言っても、正直仕事場ではやめてほしい。お茶だって、私を呼び出すための口実だ。ヒロトさんの淹れるお茶の方が美味しい。
「俺がやっとくよ」
「っそんな!それだけは絶対駄目!」
「じゃあ今日、ちょっと付き合ってくれる?」
「え…?」
†ー†ー†
ヒロトさんに連れて来られたのは、夜景。雨は既に止んでいるけど、湿気は高い。だけどそんなことも気にせず、私は夜景に見とれていた。
こんなに綺麗な夜景なんて、見たことがない。ビルとかの光って、遠くから見ると綺麗なんだな…。
「…名前」
「何?」
「これ、受け取って貰える?」
青い箱。私が小さい頃に憧れて、ずっとずっと貰いたかったもの。ずっと、貰った人を愛したかった印。
「…当たり前だよ」
「はは…。…名前、結婚してくれる?」
「うん。ずっとヒロトさんだけを好きでいたい」
「俺は愛していたい」
笑って、泣いて、抱き締めて。私はとんでもない幸せ者だ。
たったひとり君だけに
(世界で一番大切な君へ)
(世界一番愛している君へ)