21/望んだものは-2





※性的描写あり注意※












 記憶の中にいるゴールドよりも少し大人びた眼差しと、顔つきを見て、レッドは目眩を覚える。
 ――ああ、こいつが、こんな顔をするのを今までに見たことがあったかな。
 三年が過ぎたのだ。自分が、ゴールドと会わないままに過ごした時間は三年にも及ぶ。自分たちにとって成長期にあたる時間を共にしなかったのだから、その低くなりかけた声すらも知らなかった。先輩、と紡ぐその歪められた唇から発されるたびにくらくらと視界が揺れる気がした。

「なあ、俺のこと、覚えててくれた?」

 突然のことだった。自分が飲み物を淹れようと台所に立っていたその時。かたん、と玄関で物音がした気がして、何があったのだろうと振り向いたその時。
 そこに立っていたのは、自分が知る姿よりもずっとずっと、大人びた、ゴールドだった。

「久し振り。レッド、先輩」
「ゴールド……本当にお前、ゴールド……?」
「おう、俺は、先輩の知ってるゴールド」
「無事だったのか……!」

 当たり前じゃないっすか、と笑うゴールドの体に触れ、レッドは顔をほころばせた。だが、なぜだろう、どうして自分はこんなにも彼の笑顔にうすら寒いものを感じているのだろう。ようやく再会できたのだ、泣いて喜ぶ場面なのは間違いないし、嬉しいと思う気持ちは胸の中にどんどんあふれてくるのに。
 ――なんだろう、これ。なんか、変だ。
 飲み物を淹れるからリビングのソファに適当にかけていてくれ、と言って笑いかけ、それからゆっくりと話をしようと言うとゴールドは自分の知っているままの笑顔で頷いて見せた。きっと、先程の違和感は気のせいだろう。そう思いながらレッドはココアを淹れる。来客用のマグカップはちょうどサトシとシゲルが使ったばかりで、流し台の中だ。緑色の、グリーンのそれを取り出していつもの要領でココアを淹れていく。
 違和感ばかりが拭えなくて、頭がいっぱいだった自分の記憶は、ここからいつの間にかゴールドが自分に馬乗りになっているという不思議な状況にまで飛んでしまう。

「本当に、俺のこと、忘れなかった?」

 くすくすと笑うゴールドは、自分が知る姿ではない。あんなにも無邪気に笑いかけてきた自分の知るあの笑顔の面影はなく、それが自分の覚えた違和感の原因なのだとぼんやりとしたままの頭でそう思った。無表情のゴールドが小さく唇が動かしたのを視認したが、何を言ったのか、レッドには聞きとることはできない。何を言ったのか、とその頬に手を伸ばそうと重たい腕をゆっくりと上げていく。
 呆然としたレッドの様子を冷めた目で見下ろしたゴールドは裏切ったくせに、と小さく呟くものの、目の前にいる幾度となく求めた姿に気分がどんどん高揚していくのを感じてしまう。

「俺はね、先輩が大好きなんすよ」
「……ゴー?」

 それは、本当に幸せそうな笑顔だったと、思う。嬉しそうに、顔を綻ばせて笑うゴールドを見つめ返し、そちらに意識を奪われたと同時に彼の手が素早く動いたのをレッドは気付けなかった。想像もしなかった力で自分の手は頭上でまとめ上げられ、ゴールドが身に着けていたゴーグルを外してそれでぐっと自分の手首を拘束されたのを感じる。抑えを失ったゴールドの黄色い帽子が、ぱさりと音をたてて落ちるのを聞いた。
 驚くばかりで抵抗をすることが遅れてしまったものの、レッドはなんとかそれを解こうと身体をよじらせるが、ゴールドの顔にはりつけられた笑みは消えることはない。

「どうかしたんすか、そんなに驚いちゃって」
「何、してるんだ」
「あれ?あいつとしたことない?」

 ジッパーのおりる音が部屋に響くのがたまらなく嫌で、レッドはそのジッパーにかけられた手をほどこうとしたが、馬乗りになられたままではうまく身体を動かすこともできない。やめろ、という意を込めて強く咎めたものの、ゴールドは意地悪い質問すら返してくる。思わず言い淀み、視線をそらせば、今まで笑っていたゴールドの顔がふと凍りつき、その気配が急に鋭利なものに変わっていくのをレッドは肌で感じていた。

「気に入らない」

 痛いくらい乱暴に服をはだけられ、レッドはまずい、と肌を粟立てさせた。

「やめろ!お前、意味わかってやってんのか?」
「なに、いまさら子ども扱い?本当にわからないと思ってんの」
「ならっ……こんなこと、やめよう、ゴー」

 首元にゴールドの唇が触れる。だめだ、だめだと何度も頭の中で繰り返しては焦りが深くなっていく。ゴールドは、間違いなく本気だった。どうしてこんなことになったのかはわからない、知っているはずの少年はいつの間にか全く何を考えているのかもわからないほどの表情すら身につけてしまっていた。それほどに彼らが過ごした別々の三年間は長かったのだ。レッドにはゴールドに何があったのかは知らない。その三年間、ゴールドがどこにいたのかも、レッドは知らない。彼がずっとあの暗い地下の世界、真っ白の研究所にいたままだったことは、レッドは知らなかったのだ。けれど、なぜだろう、今のゴールド姿を目の当たりにしたレッドは悲しくて、たまらなかった。

「やめるわけないってわかってるんでしょ。やめるくらいなら初めからしないって」
「――ッ……今なら、まだ冗談で済むから。やめてくれ、ゴールド」
「いやだ」

 耳にその吐息がかかる。思い出すのはただひとりなのに、今目の前にいるのはその思い出す影の彼とは違う人間だ。
 ――どうして。
 何があったのだと訊きたかった。話をして、もっと理解したかった。きっとつらいことがあり、苦しい思いをしてここにいるのだろう。だから、ゴールドはこんなにも大人びた表情をするようになってしまったのだろうと思う。それなのに、今自分は何もできない。
 ――無力、なのか。

「あれ、意外と素直なんすね?」

 外気に触れた肌に、ほんのりあたたかいゴールドの手が触れていく。ゆっくりと侵すように、彼の指がレッドの肌をなぞった。

「どうして」

 やっと口にすることができたのがそんな一言だなんて情けないと思うが、レッドは震える声でそう呟くようにそう、言った。

「ずっと先輩にあいたかった。ずっとずっと、先輩がいる場所に一緒に俺もいたかった」
「ゴー?」
「なんで、置いていったんすか?」

 え、とレッドの目が見開かれたのを見て、ゴールドの顔がぐっと歪んだ笑顔を作り上げていく。まるで、その顔が見たかったのだと、絶望に揺れるその瞳がたまらないのだと笑っていた。

「先輩、震えてる」
「なあお前、まさか……そんな」
「なんの、話?」

 にこりと笑ったゴールドが、レッドのその疑問を確信に限りなく近づけていく。
 ――ゴーは、研究所に、いた?いままで、ずっと?
 そんなばかな、と思う。そんなことがあってたまるか、これは悪い夢なのだとすら思ってしまう。レッドはずっと、研究所から抜け出したときから今までずっと、あの時に抜け出した特別実験体である仲間はみな、間違いなくあの場所から脱出したと信じていたし、疑ったこともなかった。信じていたことが根底から崩れていく。目の前の彼をこんなにも絶望に浸してしまったのは、もしかして。
 ゆるゆると与えられる刺激を感じて身体を強張らせるが、レッドの身体から腰を上げたゴールドはそれすらも面白がっているようにレッドの身体を深く深く触れようとその指を進めていく。その手がゆっくりと下半身に伸びたのを感じてカッと顔に朱が走るのを感じた。

「いい加減にしろよ!!」
「っと、びっくりした。先輩って足くせ悪い?」
「こんなこと……したって何も意味ないだろ……」

 勢いよく上げようとする脚を押さえ、ゴールドは都合がいいと言わんばかりにレッドの下半身に見に着けていた衣服を一度に脱がしてしまう。しまった、と思って再び身体をよじらせたレッドだったが無駄なあがきでしかない。

「あるんだよなあ、俺には……意味が」

 ふと陰らせた表情にどこか自分の知るゴールドを見出し、レッドは泣きそうになる。くそ、と零した声はゴールドにはどう受け取られたのだろう。
 だが、そういった思考はまた再び離散していく。自身をゴールドに握りこまれ、レッドはびくりと身体を震わせた。また、ゴールドは笑っていた。

「あ、反応してる」
「ゴー、本当に――っぐ……!」
「先輩が悪いんすからね」

 口内にねじ込まれた指にぐっと歯を立てようとするが、そうはできないように奥まで指をさしこまれ、思わず息苦しさにくぐもった声が漏れてしまう。必死に身体を動かそうとしているつもりなのに、ゴールドにとってはなんの抵抗をしていないのも同じようなものなのだろう、とも思いながら自身を弄られるその官能に思考がぐらぐらと揺らいでくるのを感じていた。

「ばかだなあ、抵抗しなきゃやさしく、シてあげたのに」

 悲しそうに寂しそうに、それでも恍惚とした、何とも言えない表情を浮かべたゴールドは本当に遠いところに行ってしまったようで、心がどうしても近づけなくて何よりもそれが苦しくてたまらなかった。
 口の中を蹂躙した四本の指が引き抜かれ、ようやく呼吸を取り戻してぜえぜえと喘ぎながら、酸欠で揺らいだ視界も元通りにピントをあわせていく。

「あーあ、べったべた」
「げほっ……かは」
「そうそう。歪んでる顔もかわいいっすよ、先輩?」
「やだ、やめろ……!!」

 そっと後ろのつぼみを唾液でぬれたその指でなぞられる感覚を感じ、レッドは拘束されたままの腕を振り上げた。が、その抵抗も空しく、ゴールドのあいた手はたやすくその腕を捉え、再びやわらかなソファへと押しつけられることになる。

「まだ抵抗する気?飽きないっすね。先輩らしいっちゃらしいけど」
「いっ――!!」
「なんて言うでしょーね。あいつがこのこと知ったら」

 ぐぐ、と狭いそこを押し広げるようにゴールドの指はレッドには未だ痛みを与えるものでしかなかったが、その指が湿っていたために覚悟していたほどの痛みを孕んでいるものではない。ただ、耳元で囁かれる言葉にびくりと肩を震わせ、そうだ、とレッドは彼の顔を、姿を脳裏に描いた。
 ――もしも、知られたら。

「泣いて叫んで呼んでみたらすっとんでくるんじゃないっすか?」

 大事に大事に、守られてるんでしょう、と笑ったゴールドの目に浮かぶのも絶望だったのではないのだろうか。

「誰が、呼ぶか……!」
「ああ――見られちゃいますもんね」
「こ、の……抜けよ!こんなことしてっ、何が楽しいんだ……っ!!」
「楽しいっすよ、すごく。普段見られない先輩の顔見れてぞくぞくするし」

 にやあ、と歪められた口元を見ては、思わず寒気が背中を駆け抜けてしまった。

「このことを知った後のあいつのことを考えるのも、楽しくて仕方なくて」

 殺気と憎悪だった。その笑顔は"ゆがんだ"ものではなく"ひずんだ"もの。外部からの影響を得て、形を変えざるを得なくなったかなしい笑顔。ゴールドはグリーンの名前を一度も呼んだことはなかった。少なくともレッドが知る中では、一度も。
 彼の憎悪は、それほどまでに深い。理由は、知ることができなかったけれど。
 必死に殺し、堪えた声も少しずつ高いものに変わっていくのがレッド自身信じたくなくて耳をふさぎたくて仕方なかった。下方から聞こえてくる音も、全て遮断されればいいのにと願ってしまう。

「く、う……お前の思う通りに、あいつが動くかな……!?案外気にしないかもしれないぜ」
「そうなったらそうなったで楽しいかもなあ……その時は、先輩のかわいい顔が歪むんでしょう?」

 あてがわれた熱を感じて、レッドは目を見開く。それだけは、それだけはだめだ。
 喘ぐように発された制止の声をゴールドはきれいに笑って一蹴して見せ、己の欲をレッドの深くに埋めるようにして進めた。

「待つわけないのに、待て、だなんて。冗談やめて下さいよ……っ」

 チカチカと光る視界の中に見えるのは自分がそばにいたいと願った彼で。耐えていた筈の涙が一気に決壊し、あふれだした。暫く会っていなかった。彼は自分のために今も気を病み、各地を飛び回っている。彼の力の影響で痺れを後遺症として残したこの手足のために、彼は。
 久方振りに異物を受け入れたレッドのつぼみはきつくゴールド自身を締め付けた。

「きつ……、先輩、もしかしてご無沙汰なんすか?」
「お前に関係ないだろ……!さっさと抜け……っ」
「……今更抜いても先輩のココに俺が入ったことに変わりはないんだし、もういいだろ?」

 ぐい、と強くえぐられては痛みをこらえることもできず、レッドは苦しげに顔を歪めて呻いたが、そんな表情すらもゴールドには扇情的に映ってしまう。初めはゆっくりと試すように慣らすように、次第にその抽出は激しさを増していく。

「う……ッ!」
「力、抜けって言っても無理っすよねぇ…っと」
「え、ああ――!!」

 ぐい、とレッドの身体を起こさせて自分の身体に座らせ、座位の体勢をとる。まるでそれは奥まで余すところなくレッドを犯そうとしているようにも見えた。繋ぎとめるように、貪欲に求めるゴールドに、レッドは自分のしたことを突き付けられているようだ、とくらくらする頭でそう、思った。

「先輩のココ、俺でいっぱいっすね?」
「だま、れ……っ」
「抜いてほしかったら先輩が自分で力入れたらいいんじゃないすか」

 ゆったりと二人をつなぐそこを指でなぞられたらざわりと背中に何かが走るし、ゆるゆると奥を突かれ、自身を弄られればがくがくと身体が震えるのを抑えることなんて到底出来るわけもなかった。
 ゴールドは知っているから、その体勢をとったのだろう。そしてレッドがそうすることができないことを知っているから自分で力を入れたら、と挑戦的に言っているのだ。手首足首の感覚に疎く、強く力を入れようと意識してもできないときがあるその後遺症はまだ研究所にいた時に、グリーンの力によって受けた名残でもある。ゴールドはレッドを蹂躙しながら、グリーンにも傷をつけようとしているのだろうか。
 ――俺のせいで?
 頭がおかしくなりそうだ、とレッドは思う。理性を必死に繋ぎとめようと思ってその腕の拘束を取ろうとあがいていると、自分の胸元、首筋にゴールドの唇が這うのを感じた。そして、次に訪れるのはちり、とほんの少しの甘い痛み。

「っ、やめろよ……!」
「だって、見せ、つけとかなきゃ……っ、楽しさ半減、だろ?」
「ひっああ!」
「あは、いい声」

 赤い痕を残されているのだと気づいてからでは既に遅く、もうどんなに咎めてもゴールドは止まらない。大人しくなっていた腰の動きをまた再開され、下から強く突き上げられてしまえば開いていた唇から甘い嬌声が零れ落ちる。それを否定するようにレッドは自分の唇をかみしめ、噛みきった。ジワリと滲む鮮血を目にし、ゴールドはうっとりしたようにレッドを見上つめる。

「レッドせんぱいってさあ……名前の通り、赤、似合うよなあ」
「る、さい……あっ、う」
「すごくやらしいっすよ、せんぱい」

 ゴールドはレッドの唇に滲んだその赤をあくまで優しく舐めとり、恍惚とした笑顔を見せた。じわりじわりと滲んでくるのは情欲という名の熱だとレッドは感じていた。その熱に侵されてはいけないとはわかりながら、頭の芯まで段々と溶かされていくようで、レッドは泣きたくなる。理性を手放したら、後で必ず後悔するのに、どうして自分は。
 声を殺そうと必死になりながらゴールドを睨みつけてやれば、ゴールドの唇の端はぐっと上に持ち上げられる。

「せんぱぁい、こんなかっこでそんな目したってそそるだけなんスけど?」
「ひっ――!」
「あれ、イきそう?」

 ぐっと握りこまれた自身への刺激に視界が歪みかけた――が、ゴールドは意地悪く微笑み、繰り返してた抽出をぴたりと止めた。訪れるはずの快感を得ることのできなかったレッドはたくさんのものを持て余している気がして、思わずゴールドを見たが、それと同時にしまった、と心中で呟いた。

「ほら、やめてほしいなら自分で抜いたらいいじゃないっすか?今ならチャンスでしょ?」
「そ、言うならッ……手、はずせよ!」
「嫌ですよ。足あるでしょ、レッド先輩?」
「力、入らないの知ってるだろ……っ」
「あれぇ、そうなんスか?知らなかったな」

 ゆっくりと焦らすように動きを再開させれば、レッドの身体は素直にびくりと震えて応えてくる。驚いてあげられた視線はそのまま鋭くなってゴールドを射る。だが、ゴールドはそれを喜んだ。覗き込んだレッドの瞳の中に映る影が自分であることが。自分でしかないことが、何よりゴールドは嬉しいと思えた。

「もうしんどいんでしょ……せんぱい」
「だれ、が……っ!」
「そんな色っぽい声で違う、って言われてもなあ」

 軽く、優しくレッドの唇に口づけたゴールドの手がレッドの細い腰を支え、ゆっくりとレッドを貫いていたものを抜き始める。え、とレッドが力を抜き、ゴールドを見つめたその刹那、ぐちゅりと音を立てて再び深く貫かれたのを感じ、レッドは思わず大きく声を上げてしまった。何度か同じことを繰り返し、段々とその動きは速さを増していく。

「ひゃ、ああ……んあっ!」
「甘ったるい声。あいつもいつもこんなやらしい声聞いてるんだ?」
「うあ……んっ」
「レッドせんぱい、かわいいなあ」

 先程までの同じ動きとは違い、ゴールドはまるで何かを探るようにレッドの中を貪っていく。せかされるようにのぼりつめていくレッドは耐えるのに必死ですでに反論する意志は砕けてしまったのだろうか、その顔は赤く染まりながらも堪えようと歪められていた。
 が、自分でもわからない"そこ"を強い力にえぐられた瞬間、レッドは抑えきれずに高く鳴き、がくん、と力の抜けた身体をゴールドの身体に預けてしまう。

「ああ……ここかな?」
「い、やあ!」

 にやりと笑ってゴールドはレッドの後頭部を強く抑えて今まではしなかった、全て奪おうとするような口付けをしてはレッドの口内すらも深く深く犯した。いやだ、と必死にレッドは顔を動かそうとするがゴールドの力は強く、抵抗すらも許されない。
 だめだ、もう、もう――そう首を振りながらレッドの目尻からはぽろぽろと熱い涙が流れていく。のぼりつめてしまう、頭の中が、視界が白くはじけるような感覚が訪れるのを感じて、せめてもの抵抗にとゴールドの唇を思い切り噛んだが、一体ゴールドにはどれほどの痛みがあったのかもわからない。思い切り噛んだつもりでも、彼にとっては甘く歯を立てられたほどの痛みすら伴わない刺激だったかもしれない。

「うあ、……ひっ――!!」

 どくりと、熱く吐精したのを感じ、ゴールドが息を詰めて自分の中でどくん、と脈打ったのを感じてレッドはもう意識すら手放してしまえたら、と涙をまた零した。熱を感じる腹部を自覚して覚えるのは絶望だ。ああ、どうして。

「は……、レッド先輩が最後にあんなイタイことするからうっかり中に出しちゃった」

 心底楽しそうに笑ったゴールドへの憎悪が自分の心を黒く塗りつぶし、蹂躙していく。これは、自分の知るゴールドじゃない。そう思えばなんだってできる気すらしてしまって、レッドは悲しくなる。
 憎むべきなのか、嘆くべきなのか、許すべきなのか。それすらも自分だけでは分からなくてどうしても今、彼に――グリーンに抱きしめて欲しいと願う。
 欲を吐きだしたばかりで敏感になっているのをまた揺り起こされるようにゴールドが自分を犯していくのを感じ、レッドは小さく小さく、求める名前を口にした。涙で歪んだ彼の視界ではゴールドの顔が明確には映らない。だから、レッドが知ることなどなかった。

「せんぱい、すき」

 悲しげにゴールドの目が揺れたことを。



*  *  *



 二度達した後、眠るように気を失ったレッドを横抱きにしてリビングから寝室へと運び、ベッドに寝かせる。顔にかかった髪の毛を横によけてゴールドはその青白い頬を撫でた。傷ついた手首は細く、噛みきった唇に滲んだ血は凝固して赤を残していた。撫でるようにして胸元をなぞり、そこに自分が散らせた赤い鬱血痕を眺めて小さく息を吐く。
 耳ざといゴールドは絞められた寝室の扉の向こうで玄関がガチャリと開く音を聞いて笑みを殺すこともせずに唇を吊りあげた。

「レッド?いないのか」

 ああ、やっとだ、と思う。ゆっくりとキューを自分の手元によせ、くるりと回されるドアノブ、開き始める扉へと意識をやる。ベッドに腰掛けた自分を見て、その後ろで倒れるように眠るレッドの姿を見てこいつはどんな顔をするだろうと思うとたまらない気分だった。

「あれえ、W-18じゃん」

 開いた扉はもう夜だというのに電気をつけられることもなく暗いままだった。だけど確かに人の気配がする。ああ、こんなところにいたのか――とこれから自分へ向けられる笑顔を想像していたグリーンは大きく目を見開いた。
 懐かしい自分の実験体番号。少し低くなった声はどこか自分の記憶をくすぐる。

「ゴールド……?」
「なあ、レッド先輩ってすっげえ可愛い声で鳴くんだなあ。初めて知った」
「何を――っ!!」

 そう言ってゴールドがゆっくりと撫でたのは誰の頬だ。リビングの割れたマグカップ、汚れた床、レッドの唇は赤く血が滲み、手首には痛々しく紫へと変色した痕。
 ゴールドに再会できた喜びなど、微塵も感じることができなかった。感じたのは殺意と憎悪。手にしていた自分の薙刀を一瞬で滑らせ、ゴールドの喉元へと刃を走らせる――が、そんなグリーンの行動はわかっていたと言わんばかりにゴールドの手に握られたキューでそれを受け止められてしまう。

「は!お前が怒る権利なんてあるのかよ。ばっかみてえ」
「喋るな。その喉、掻き切るぞ」
「なんでお前の言うことなんて聞かなきゃいけないわけ?わけわかんねえし。……かわいそうになあ、レッド先輩。W-18の所為で手足が不自由になってなかったら俺のこと殴ってでも止められたかもしれないのに!」

 まくしたてるように言葉を吐きだすゴールドのその言葉を遮るようにグリーンは思い切り力を込め、吹き飛ばした。しかしそれをゴールドが真正面から受け止めるはずもなく、軽く避けられてまた距離をあけられた。

「力任せの戦い方はお前らしくないんじゃねえの?レッド先輩の手足だけじゃなくて家まで壊すつもりかよ、お前」
「"部外者"の貴様に何を責める権利もない。理解したなら消えろ、F-23」

 ――人間には名前があるから、そんな悲しい呼び名で呼んじゃ駄目だ。
 レッドが何より嘆いたその無機質な英数字の羅列で作られた呼び名を口にする自分は、彼にとっての裏切り者なのだろうか、と心にほんの少しの影が走るが、それでもグリーンの黒く塗りつぶされた心は動かない。守れなかった者がふたつ、目の前にあるのに自分の手で壊そうとしている自分は愚か者なのだろう。
 ピシリと部屋が凍る音がして、ゴールドは自分の持っていたほのおのいしを砕く。グリーンが発生させた氷柱は四方八方からゴールドの間近にまで迫ったが、寸でのところで膨大な熱量ですべて蒸発させられてしまった。
 変わってしまったのだと思うことにしなければ何もかもが壊れてしまいそうだとグリーンは思う。その姿は記憶よりもずっと大人びていて、言動は以前より刺を含んでいる。それにグリーンの知るゴールドはパワーだけは強く、周りへの注意力に欠けていた。だが、目の前にいる彼は――ゴールドは、違う。前とは比べ物にならないほど強くなったことがわかるし、元々彼の武器であったその力の強さはさらに強大になっている。

「っぶねー。……ふうん、"部外者"か。笑えるなあ。その言葉で必死に自分の平静を保とうとしてんだろ?レッド先輩、俺に犯されながらお前の名前なんて一度だって呼ばなかったぜ!」

 うるさい、と小さく呟いた。図星であることは恥じるべきところじゃない。もっと自分が自身を戒めなければいけないところは別にある。ゴールドの言うことは何一つとして間違っていないのだ。レッドが傷ついたのは自分の所為でしかなく、恥じるならば自分の非力さだと。
 蒸気は再び空中で集められ、グリーンの意思に従う従順な水龍へと形を変えていく。狭い部屋では不利だと思ったのか、ゴールドは窓から外へと飛び出た。

「いけ」

 ぱりぱりと身を凍らせた龍はそのゴールドの影を追うように空中に身を滑らせた。だが、それを待ち構えるのはゴールドの強大な力から生まれた火龍だ。

「お前がレッド先輩を助ける?ばっかじゃねえの?お前がその人の自由を奪ったくせに!」
「ああそうだ、だがそれがどうした!?」

 火は水に弱いはず。だが、ゴールドの力の大きさを以てしたらそんな道理はあってないようなものだった。じわじわと侵食するように蒸気として宙に還っていく水龍を火龍は飲み込んでいく。

「お前は疫病神なんだよ、W-18!周りの人間全員傷つけて殺してく……いつかレッド先輩もお前のせいで死ぬんだろうなあ?」
「F-23、貴様は何もわかっていない」

 ゴールドの背後に氷の刃が形成しながらその身を貫こうと近づく。それを感じて避けようとするものの、発生に気付くのが遅かった。氷の刃はゴールドの左腕を軽くかすめ、肉を裂いた。

「わかってないのは案外、お前の方かもよ?」
「こんな風でしかレッドに目を向けられない貴様に、何かを理解できるわけがない」
「同じ攻撃はきかねえよ!」

 再び現れた氷柱は身体に近づく前に火龍に全て飲み込まれていくその瞬間、水蒸気が一気に立ち込めて視界が白く包まれてしまう。グリーンは目を閉じ、ゴールドの気配を探す。チッ、と舌打ちを打つ音が聞こえ、精確に"敵"の首元を切り裂こうと距離を詰めた。

「腑抜たな、お前。甘いんだよ」

 その声は薙刀を持つ自分の懐から聞こえたものだった。

「しまっ――!!」

 そして、ゴールドは持ち替えたキューの持ち手部分でグリーンの腹へぐい、とえぐるようにして突きを放つ。ごぼ、と音を立ててグリーンは口の中に鉄のような味が広がるのを感じ、更なる吐き気に襲われた。

「はは、まだ治ってなかったんだな?」

 転がるように倒れこむグリーンを楽しそうに眺めながら、ゴールドはじゃり、と音を立ててグリーンに近づいていく。噎せながら血を吐くグリーンの弱点をゴールドはよく理解していた。それは確か、戦闘訓練で負った傷――外傷はないが、彼の内臓は確かに強く傷つけられたことがあったのだ。

「お前は所詮、自分すら充分に守れねえんだよ……かわいそうなW-18。ほんっとに無力だなあ?大事なものなら首輪でもつけとけば?――ああ、お前が首輪をつけてもらうほうだったか」

 クツクツと笑うゴールドの足によって仰向けに転がされ、グリーンは苦しげに浅く呼吸をしていた。添えられた足をゆっくりと上げたゴールドが目にうつり、やめろ、と小さく制止の声を上げたが、ゴールドには果たして聞こえていたのだろうか。

「てめえなんて、研究所のやつらに飼い殺されてればよかったんだ」

 陰った目元と周囲の空気。ありったけの憎しみとに身を浸せば、いつか表情すらも凍りついてしまうものなのだろうか。ゴールドはぼそりと小さく無表情でそう呟くと、振り上げた足でグリーンの腹を思い切り踏みつけた。あまりの衝撃にグリーンの目が揺れる。痛みに意識を保つことで精いっぱいなのだろう、その目は虚ろに空をさまよっていた。

「ああ……一番かわいそうなのは、レッド先輩だったな?」

 まるで自嘲するように歪んだその笑顔は一体、何を思ってのものだったのだろう。ゴールドの足を抑えようと添えられていたグリーンの手は音もなく地に落ちた。

「俺はお前を憎むし絶対に許さない。……お前もずっとそうだろうけどな」

 戦意を感じられないグリーンへの興味は失せたのか、ゴールドはちらりとレッドの家を見る。あの家に眠っている彼は、一体今、どのような夢を見ているのだろう。自分はどれくらいレッドの中に自分の存在を刻めたのだろう。そんなことを考えることすら本来ならばナンセンスだ。全部捨てようと決めたはずなのに、どうして自分はこんなにも感傷的になっているのだろう。
 振り払うようにして息を吐き、グリーンへと再び視線を落とす。もう意識は失ってしまっただろうか。

「……大事なら守れって、言ったじゃねえか」

 そのまま背を向けて森の中へと消えようとした――刹那、地面が揺れる。

「なんだ……?」

 そして地面を食い破って表れるのは霜。それは鋭く刃と形を変え、ゴールドの身体を傷つけ、貫いた。このやろう、と小さく悪態をついたゴールドはほのおのいしの力でそれを再び溶かしていく。口の中は鉄の味がする。ごほ、と咳き込めば思わぬ量の血液が零れた。

「ふん……ざまあみろ……」

 小さくグリーンが血を端から零れさせたまま微かに笑い、その意識は失われたらしい。それを視認し、ゴールドは痛みに顔を歪める。

「てめぇはいっつも、こんな、いやらしい攻撃ばっかりだったな……、ちくしょう……!」

 どんなに強くなっても完璧にグリーンを倒すことはできない。それは自分が弱いからで、それは自分の意志が弱いからだ。もっともっともっと、強くならなくちゃいけない。
 ――もっと強くなるんだ。せめて自分の力だけで生きていくことができるように。
 傷ついた身体を自分で抱えるようにし、唇をかみしめたゴールドの影は、暗い森の中に消えていった。




2009.11.19
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