15/空の下で-1






 まずい、とも思った。それでも自分を奮い立たせるのは約束と希望だ。レッドはハナコの手を引き、森の中を走った。視界が悪く、自分たちが一体どこへ向かって走っているのかもわからない。
 ――それでも、いかなきゃ。

「レッドくん!」
「『月』もおらず、足手まといを抱えて逃げ切れると思うな!!」
「ッ、く…!」

 追われている後ろを気にしすぎて前からの敵に気付くことができなかった。ハナコの声を聞いて弾かれたように自分たちの進行方向に視線を移すと、そこには後ろから追ってくる男たちと同じ服を着た人間がまたあらわれていた。しまった、と左右を見るも遅く、既に囲まれてしまっている。

「さあ、戻ってもらうぞ…」
「は、お前らもしつこいな…誰が戻るか!!」

 じり、と近づいてくる男たちを睨みつけながら、レッドは研究所から持ち出したほのおのいしを取り出し、ぐっと力を込めようとしたが男の方が速く、みずのいしの力によって発生した水によっていしを弾き飛ばされてしまう。

「…まだ抵抗するのか」
「っ、くそ…!」
「怪我をしたくなければ大人しくするのだな」

 地理的に自分たちが向かってきた方向は間違ってはいないはずだ。ならば、目的のマサラタウンまであと少し。そうすれば、また新しい道も見出せる。グリーンにハナコを頼まれ、マサラタウンで必ず合流しようと約束したその時のことを思い出し、レッドはハナコの手を握るその力を強め、どうにか突破できないかと思考を動かすものの、未だ活路は見出せない。

「これでやっとサカキ様に――ぐあっ!?」

 音もなかったと、思う。突然、左方向から男の呻き声と骨が折れる鈍い音が響いた。

「な、なんだ…っうわああっ!!」

 そして次々に木の根が土中から現れては黒服の男たちを絡みとり、ねじり上げていく。絶叫と呻き声が響く中、レッドは見覚えのあるその力に目を見張る。まさか、でもそんなことは。だが、それは確信に近づく。
 ――ここは、マサラタウンのすぐそばじゃないか…!

「この導術は――!」
「…個々が弱いから数で補ったんだろうけど……話にならないね」
「貴様っ…!!」

 じゃり、と靴で土を踏みしめて現れたのは一本の刀を持った少年だった。腰にはまたもう一本の刀を携えており、双刀遣いなのであろうことが窺える。レッドにとってはとても懐かしくもあるその姿は、前より凛々しく、何より強いことを雰囲気で感じさせるものだった。少年はナイフで切りかかる男を軽くかわし、手にしていた刀で切り伏せると男はその場に崩れ落ちた。

「僕に見つかったのが運の尽き、だったね?」
「……シゲル…!!」

 予想だにしなかったところで自分の名を聞き、シゲルは驚いてその男たちの中心にいた真っ白の服を着た、漆黒の髪の少年を改めて認識した。

「……っ…レッド、さん…?」
「覚えててくれてたんだな!」
「忘れるわけ…――っ!」

 驚きに見開かれていたその目は瞬時に鋭く研ぎ澄まされ、シゲルはレッドとハナコを強い力で引き寄せた。先程までハナコがいたその空を切ってナイフが飛ぶ。するとシゲルは素早く二人に伏せてと手と声で示し、いしを取り出して自分が土中から出現させていたその木を焼いた。その火力は強く、叫び声をあげることすら許されぬまま黒服の男たちは焼き尽くされる。手に持っていた刀をしまい、それを見届けた後にシゲルはみずのいしを取り出し、いしの力で火を消して周囲を見渡した。

「…これで全滅、かな」
「腕、上げたな。ずっと修行、続けてたんだ?」
「ええ、まあ。ところで、そちらは?」
「あ、この人はハナコさん」
「はじめまして、シゲル…くん?助かったわ」

 思いもよらない再会に頬を緩ませるシゲルを見てレッドも思わず微笑んでしまう。彼がここにいるということはマサラタウンがすぐそこであるという証でもあることもあり、今まで張りつめていた緊張の糸が一気に緩むのを感じた。

「どうも、怪我がないのが一番ですよ。……どこかで、お会いしたことありませんか?」
「いいえ……初めてだと思うけれど」
「そう、ですか…」

 それにしてはどこかで見たことあるような、と思うが、本人がそうでないと言うのならばやはり会ったことはないのだろうと思いなおし、シゲルはレッドにまた視線を戻す。

「いつまでもここにいたらまた見つかるかもしれません。僕の家に行きましょう」
「あ、でも……」
「何か不都合でも…?」
「いや、見ただろ?俺たち今、追われてるんだよ」
「だから匿うって言ってるんですよ。一人二人増えたところで大して変わりませんから」
「増える?」

 もしかして、とハナコが呟く声をシゲルは聞き逃さなかった。追っ手は服装からすぐわかるが、ロケット団だ。そして今、レッドは真っ白の――手術着のような――服を着ている。シゲルの中にはある仮定があった。

「うちに今一人いますんで、居候が」
「え……お、お前、居候って…え?お前のとこ、にか?」
「そこ以外にどこがあるんですか…」

 呆れたように笑うシゲルのその表情は柔らかく、変わったな、とレッドは心が温かくなるのを感じた。自分が知っているシゲルと今、自分の目の前にいるシゲルの雰囲気には差異があり、レッドが知る彼ならば家に誰かがいるという状況を受け入れることはしなかっただろうということから、何かがあったのだろうと安堵を覚える。
 ――いい顔で笑うようになったなあ、シゲル。

「……ふうん、そっか」
「それが、何か?」
「いや、お前も丸くなったなあって思ってさ」

 そっかそっか、と繰り返しながら微笑み、シゲルの頭を撫でるレッドを拒絶することもせずにシゲルは不思議そうにしているだけだ。
 ――それとも、その一緒にいる人が変えたのかな?
 どんな人だろう、と好奇心がレッドの中には生まれ始めていた。

「…でも本当にいいのか、押しかけて…多分、迷惑かかるぞ」
「大丈夫です。ゴタゴタは慣れてますし…レッドさんを放ってなんておけませんから」
「はは、ありがとなあ。じゃ、その居候とやらにも会ってみたいし…いいかな?行っても」

 もちろんですよ、と頷き、シゲルはついてきてくださいと踵を返し歩き始めた。レッドはハナコに笑いかけ、もう少しでマサラタウンだから、と体を支えてシゲルについていこうとする。と、シゲルが振り向いた。

「すみません、気が効かなくて。どうぞ、乗ってください」
「あら、ありがとう、お言葉に甘えさせてもらうわね」

 レッドに支えられながらシゲルがモンスターボールから出したギャロップに乗ったハナコはシゲルからの視線に気づき、首を傾げた。

「どうかしたかしら…?」
「あ、いえ…」

 どこかで見たことがある気がする、などとは言えるわけもなく、シゲルは笑って首を振った。あまりに見つめるのは不躾だったか、失礼だったな、と息を吐いて、行きましょうと声をかけ、歩き出した。




2009.9.3
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