「アヤトくん、どうかな?」
「………………………………………………、…ぐっ…不っ味ィ、」


盛大な吐き気に見舞われながら、俺は口の中の物を皿に戻して、用意されていた水を一気に飲み干した。
祈るように手を組んでこちらを見つめていた依子は、沸き上がる不快さを丸出しにハッキリと答えた俺の言葉を聞いて、途端に表情を曇らせる。

「そっか…やっぱりこの味付けでもダメなんだね。ええと、それなら次はやっぱり違う料理にしてもっと味が分かりにくくなるように小さめに刻んで……」
「………つーか、こんなもん食わなくても死なねぇだろ」

言いながら、最近まで久しく使ってなどいなかった箸で皿の上に並べられたピーマンの肉詰めを忌々しい気分で一つ摘まみ上げ、パッと落とす。
ぼとり、落下して転がる緑と茶色の塊。

「あ、ダメだよアヤトくん、ご飯で遊んだら」
「『ご飯』ねぇ……」
「あと、食事しながら頬杖も良くないよ…?」
「へぇ。何で?」
「あんまり、行儀良く見えないし…」
「…あっそ」

気のない返事で受け流し、俺は頬杖をついたまま箸でピーマンを突き刺した。
水を飲んでも未だ口の中に残る臭いは鼻をついて、胃の辺りがムカムカする。おさまらない。

「もう、アヤトくんまたご飯で遊んでる…」

眉を下げて困ったような顔で言う依子は、もう一つ用意した箸で手付かずのピーマンの肉詰めを摘むと、私はピーマン好きなんだけどなぁ、などと検討違いな呟きを漏らしてソレを口へと放り込んだ。

「、うげぇっ…」
「…むぐ…アヤトくん、そんなにピーマン嫌い…?」

自分の口に入ったわけでもないのに思わず俺が顔をしかめると、依子はどこか拗ねたように唇を尖らせた。

「は?嫌いっつーか………………あー……、…………………………まあ、嫌い」

もぐもぐと口を動かして見つめてくる依子から視線を外して、唸るように言う。

「アヤトくんて、好き嫌い多いよね…ピーマンでしょ、タマネギ、人参、トマト、きゅうり…あ、お魚も嫌いだし。好きなもの自体が少ないっていうか……栄養、偏っちゃうよ?」
「ほっとけ」
「トーカちゃんもトーカちゃんでご飯に無頓着だけど、二人とも育ち盛りなのに…」
「あーもう、うっせぇな」

舌打ち混じりに呟いて、箸を置く。
馬鹿馬鹿しい。喰種に人間の食事で好き嫌いも何も無いっつーの。お前らが美味そうに食ってるモンなんか何もかも嫌いだ。食えたもんじゃねぇんだよ。
頭の中でぐるぐると巡る台詞を游がせて、二つ目の茶緑の物体を口に運ぶ依子を睨むように見つめても、怖がるどころかまた唇を尖らせて「美味しいのに…」と返されるばかりで何だか脱力してしまう。

「………つーか、頬張りすぎだろ」

呆れた声と同時に手を伸ばし、リスみたいに頬を膨らませて口を動かす依子の唇端に付いた食べカスを取って、逡巡――。

「あ」
「……………………………………………っ、ぅ…………マッズ……」

口に入れた瞬間、直ぐ様嘔吐感に苛まれて口を押さえる。
あーもう、クソ、何やってんだ俺。死ぬほど不味い。馬鹿か。馬鹿だな。意味分かんねぇよ。最悪だ、。
慌てて目の前に差し出された水を奪い取ると、さっきと同じように飲み干して、暑くもないのに滲んだ汗を服の袖で拭う。

「あ、アヤひょくん…」
「………あ?何だよ、」

俯きれかけていた頭を持ち上げて、俺は自分の名を呼んだ依子に視線を向けた。

「………、……お前、何でそんなに顔赤いんだ?」

何がどうなって、こんな状況に陥っているのか。
頬の赤みはじわじわと耳にまで広がり、口にブツを詰め込んだままの依子は眉を下げて何か言いたげに見つめてくる。

(…ていうか、瞬き多すぎ、)

内心でツッコミつつじっと見つめ返していると、何故か依子は更に困ったような表情でもぐもぐと口を動かし、さっきよりも幾ばくか早く口内の物を呑み込むと、涙目で弱々しく声を上げた。

「そっ…そういうことしちゃだめだよ…!」
「…は?何がだよ」
「だ、だから…今みたいなの……」
「何で」
「…は、ずかしい、から……」
「…ふうん。恥ずかしいんだ」
「………………」
「…何だよ」
「………アヤトくんって、意地悪だよね…」
「はあ?知らねーよ」
「……好き嫌い多いし、ご飯で遊ぶし、お行儀悪いし…」
「うるせぇな、」
「…………でも、いっつも優しい」
「…………………、………お前、頭おかしいんじゃねーの」

可能な限り冷たい声で、突き放すように言ってやる。
だってこいつに優しくした覚えなんかない。
するつもりだってない。
言葉の意味が分からなくて眉間にぎゅっとキツく皺を寄せると、ついさっきまでへにゃへにゃとした表情をしていたくせに、依子は微かに相好を崩して、緩やかに、目を細めた。

「……アヤトくんは優しいよ、」

その声。
表情。
笑い方、。
どれを取ってもまるで似てなどいないのに、ふいに親父の顔が脳裏に浮かんで、消えて。
揺れる。
懐かしさと、苦く憎々しい思いと、じりじり腹を熱く焼いていくような焦燥が滲んで。

「……、…うざ、」

吐き捨てるように言うと、静かに目の下へ小さく皺が刻まれていくのが自分でも分かった。
それでも依子は変わらずに俺を見つめて、ただ柔らかく笑う。

「…………よし!次はピラフにしてみよう…アヤトくん、ピラフは好き?」
「…嫌いだっつーの」
「ふふ、そっか」
「……何笑ってんだよ」
「うん?うふふ、何でだろうね、」

俺が箸でわざと落として転がした、不味くてたまらない塊を拾い上げて笑って、依子は飽きずに口へ運ぶ。
軽くかじったせいで端が欠けて、箸で穴が幾つも開いた不恰好なそれを。
まるで、この上ないご馳走を頬張るように。

「………………不味そう」
「…美味しいよ?」

首を傾げて、そっと微笑んで。
何度も噛んで、噛んで、呑み込んで。
言葉の通り、ひどく美味しそうに。
(、そんなもんより)
(よっぽど)
(お前の、方が、)

「…………アヤトくん?」
「っ、…な、んだよ」
「えっと……何だか、顔色が良くないみたいだから」
「………お前が、不味いもん食わせるからだろ」
「もしかして、体調悪い…?」
「……別に。悪くねぇよ」

身を乗り出して顔を覗き込もうとする依子の額を突いて、ぐっと押し返す。

「次はもっとマシなもん作れ」
「あはは、そういえばアヤトくん…前にもそう言ってたよね?」
「…覚えてねぇ」

そうはぐらかすようにそっぽを向いて、ふと、いつの間にか自分が拗ねたような口調になっていることに気づく。
ああ、クソ、。
くすくす笑う依子の声が耳障りだ。
睨むように見つめてみても、依子は楽しげな笑みを引っ込めない。
むしろ、どこか懐かしく温かなものを内包しているような気のするそれに居心地は悪くなっていくばかりだ。
(俺は、優しくなんてない、)
どこか言い聞かせるように頭の中で呟きながら、俺は逃げるように天井を仰ぐ。
依子の笑う気配はそれでも変わらず、俺のすぐそばにあるままだった。












ループ・マインド



2014.09.21



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