掛け違えたボタンに溜め息を吐きながら、それを正しく留め直してやるために手を伸ばす。
シャツの隙間から白く浮き出た鎖骨が目に入ると、そういえば、とふと思い出した話が口をついた。

「ねえ、アカリちゃん知ってる?人間って、鎖骨があるの」
「何だそれは…知っているに決まってるだろ」
「ふ、あはは。そうね。多分みーんな知ってるようなことよねぇ……ああでも、鎖骨って、他の生き物にはないものなのよ?」
「それで?」
「ふふ。鎖骨がない生き物はね、何かを抱き締めることが出来ないの」

硬い貝のボタンを外して、正しい順番でまたそれを穴へ通して。
聞き返した割りには、さして興味無さげに淡々と瞬く人。

「…だから?」
「んん、そうねぇ〜……まあとりあえず、アタシたち人間で鎖骨があるわけだし………ハグしとく?」
「っ誰がするかそんなもの……!」

茶化すようにウインクして言えば、ああ、まったく、低い声で心の底から嫌そうな顔。

「ぷっ。くくっ…やっぱり、そう言うと思ったわ」
「……分かってたなら言うな」
「やぁよ。楽しいんだもの」
「…性悪」
「失礼ねぇ。愛よ、愛」

話ながらも手を動かして、用意していたネクタイを締めて、襟を整える。

「はい出来た。んふふ、今日も良い男よぉアカリちゃん。その寝癖がなければね」
「知るか…」
「まあ、今回は仮眠取った上で出席もしてくれるんだから許してあげる」
「、おい」
「さ、お茶会に行くわよ〜!」
「引っ張るな!」
「あら、じゃあ担ぐ?」
「尚悪い!!そんなことをしなくても私はちゃんと歩いて…」
「んもぉ〜ワガママねぇ〜」
「ッだから!!話を聞け!!!」

後ろから煩く喚く声を完全無視して、腕を掴んでズルズルズルズル引き摺って。
確かにそりゃあまあ、研究で命削りながら生きてるような男だからこんな風にしなくたって、まず参加しないということ自体有り得ないんだけれども。
予想通りな反応は、何故だか何度見ても聞いても笑ってしまう。

「そういえば今日はねぇ、アカリちゃんがこの間悪くないって言ってたお菓子も用意してあるのよ〜」
「っ…そうか、」
「ふふ。あれ、甘さがちょうどいいものね。一緒に新しいのも用意してあるから、味見してちょうだい」

そう鼻歌混じりに言って、白い通路を歩いていく。
脇には資料、重要人物を連れて会議室前へ予定していた時間通り。

「さ。入ったら、ちゃんとジャケットは座る前に脱ぐのよ。でないと」
「皺になる、だろ……いちいち言わなくても分かってる」
「あらあらまあまあ、お利口さんね?」
「っ頭を撫でるな!あれだけ毎回言われていたら嫌でも覚える…」
「んふふ、そぅお。それはそれは良いことを聞いたわねぇ。じゃあそれ以外のことも、ちゃあんと覚えられるようになるまで言い続けてあげるから安心して」
「……はあ、」

項垂れて、言い返すのも疲れたのか口を閉ざす無愛想な横顔に漏れる自分の噛み殺しきれない笑い声。
大人しくなったのをいいことに、室内へ入る前に改めて襟元が曲がっていないか、糸屑がついていないか、靴に汚れがついていないか、上から下まで軽くチェックして自分よりも薄い頬をペチペチと叩いてやる。

「さあ、楽しいお茶会の時間よ」

明るく言ったすぐそばから、まったく…別に私は今まで通り適当な格好でも良かったんだ…などとぶつぶつ聞こえたのは聞こえないフリ。
と、思ったのに、無機質な銀色の扉を開けると、仕方なしにといった風情の男は途端に軽やかな足取りになり、一人ずんずん進んで着席するとあの渋面。

「さっさと座れ」

心底不機嫌そうな顔。
どよめく会場。
ちゃんと座る前にジャケットを脱いでいる辺り、笑いを誘うばかりでたまらない。

「くっ…ふふ、あはっ…あはははははは!!!」
「っ〜〜〜清十郎!いいから早く席につけ、始まらないだろう!」
「ぶふっ…くくくっ、はぁい、……ッ……そうね、みんなお待たせぇ〜!……………ぷ…くくっ」

収まらない笑いに、不機嫌さを増す隣人はそれでも結局可愛く見える。
すでに集まっていた面子はこの集まりの顔とも言える存在の様子に怯えているみたいだけど、それも含めての楽しいお茶会だ。

「じゃ、始めるわよ。良い成果を聞かせてね?開発A班から発表してちょうだい」

歌うように言えば、収束するざわめき。
リーダーに似てお利口さんな子ばっかりね。
微笑めば和むよりも引き締まる空気は心地好い。
目で先を促すと、月に一度の穏やかな午後は、用意した新フレーバーの紅茶が鼻先を擽るのと同時に幕を上げた。











2015/11/10 20:24


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