シロウ様小説3 | ナノ








出してみるとかなりの量があったことに苦笑いした。
完成には程遠い描きかけのものが多い。それ以上に筆も鉛筆も進まず、続きが出来ずにまた新しくとを繰り返しての結果だろう。
スケッチブックやらキャンバスから足元に積み重なった絵となりそうだった物達を見下ろしても未練はない。
だが同時に罪悪感。
これからしようとしていることに、描かれている者に対してもだ。

「……すまねぇ」

詫びの一言と共に苦しそうに眉間が寄った。
構えていたジッポーライタを点け、足元の紙へと火を近付けた……。

「何してんだ神崎っ!!」

怒号にも似た制止する声。
手首を掴まれ一瞬の油断の中から奪われるジッポーライター。
パチンと閉じられる音と共に振り返り、珍しく眉を釣り上げ怒りを露にする姫川に目を丸くした。

「何してんだよ…っ!!」

帰ってくるのはもう少し遅いかと思っていたが、何時と訊いておけば良かったと苦笑いする。
姫川が怒る理由は描いたものを燃やそうとしていた行為そのものだった。まだその目に描かれているものは映していない。
一冊のスケッチブックを手に取り捲っていくと、描かれているのは自分をモチーフだのイメージだのにして描かれていた数々。残りもそうだった。

「…せっかく描いたもんどうするつもりだった?」
「俺の作品だ。どうするもこうするも勝手だ」

手を払われながら尤もなことを口にされるが怒りの中には僅かな動揺が走る。
気に入らなくてとの見せしめにも感じた。

「もっともこんなの“作品”なんてものじゃねぇがな」

漠然としたものから、しっかりとある程度まで色付けしたものからと幅広いが、神崎からすれば下書きもいい所だった。

「だからといって燃やすことねーだろ」
「……そうする以外、できねぇよ」

神崎はチラリと一瞥してきた。

「姫川……。…悪りぃ、止めだ」

いつもは『中止』の意味である一言もこの場では大きく意味を違えた。

「止めだって、何が…?」
「…俺のモデル、止めてくれ」

突き刺す一言に口を横に紡ぐ。
湧いたのは怒りよりも寂しさだ。自分は要らないのだと捨てられる行為にも似ていた。

「な…んで止めろなんて…」

声が震えた。
やはりイメージやインスピレーションとしてのものが変わったのか、それとも他のモデルを見つけたのか。
様々な理由が頭を駆け巡る。

「まともに、もう2週間も気が乗れねぇ上に…描けてねぇって知ってんだろ?」

共に生活しているからその問いには頷いた。

「スランプだ、完全な。だから止めてもらいたい」
「そんなんで納得するかよ…っ」

腑に落ちなかった。
姫川は絵を描いている時の神崎もだが…神崎自身も好きだった。絵を描いている時は一心に向けられる気と視線が心地良くあり、興味が好意にとなっていた。
モデルとしての名目でいられること、求められることに喜びすらあった中での別れを宣告された。
スランプであっても神崎ならいつか乗り越え、以前のように描き始めると思い、その日まで付き合う気持ちはいくらでもあった。

「モデル代なら要らねぇし、お前が…神崎がスランプから抜けるまで傍にいる」
「そこまでさせられねぇっつの。姫川には何の得もねぇ上に…それに頼んだのも俺からで、今まで付き合ってくれてたのが逆に不思議だぜ」
「納得するまで付き合うって云っただろ」
「…だから…っ、アレも今はなしにしろ…っ」

あの時は姫川の厚意に甘えてしまった。
その結果の現状に後悔を感じたのは神崎自身だ。
ここまでとは思いもしなかった。いや、こうなると薄々解かっていたが絵の具で塗り足すように誤魔化し続けていた。

「姫川にいられると困るんだ俺が!」

たまらず叫んだ言葉に目を見開く。
驚きとショックが鼓動を早めた。

「だからいない時を見計らって燃やそうとしてた所に帰って来やがっててめぇも…っ」
「現場、見られたくねーって?」
「そうだっ。…そりゃ、モデルやってたお前にとっちゃ描かれた自分が燃える様は最悪な気分だろうからな」
「お優しいこって…。…俺はもう必要ないか」
「要る・要らねぇじゃなく、居られると描けなくなるんだっつの!」

足された言葉にやはりショックはあるが同時に奇妙な感覚を受け取った。

「描いても描いてもこんなんじゃねぇ違うって否定して、納得いかねーもんばっかで…っ」

絵でも写真でも造形でも本物をまるまる同じには出来ない。
本人としては納得いかないことも他からすれば好まれ興味を持たれ、持ち合わせる感性も人それぞれだ。
思ったものが出来ない・手がつかないことが続くと時にそれをスランプと名付けるが、それは神崎にすればただの言い訳だ。

「最初こそはなかったのに今は…描くもんが全部が本物はこうじゃねぇって思って、そう云われる方も迷惑だろ―――」

またも鼓動が打ち鳴らし、僅かな動揺と…期待だ。

「俺にしてみりゃ姫川は…イメージで、モチーフで…インスピレーションの一つに過ぎなかった筈……だった」

過去形な言い方をして自身にため息を吐いてしまう。

「今はそういう目だけで見れなくなってるから困ってんだ。感性が変わったんじゃなく…俺の、姫川に対する見方が変わっちまった」

これじゃあ遠回しな告白じゃないのか?と思ったが、勧誘したと似たように自然と口から出ていた。
ただのモデルとただの絵描きとしてが、いつしか相手への想いが色を変え、つまるところ…神崎も姫川に対して好意を寄せていた。
破いて捨てることもしなかったのも描く相手を切り裂くような行為に思えて出来なかっただけ。
想いを抱いたままで続ければ姫川に迷惑をかけるだけだ。だからいっそのこと今までのものを総て燃やして、想いもなかったことにしようと極端な行動に出た。

「…そういう、ことかよ」

確信できた言葉に姫川の口元が緩む。

「そういう…ことだ」

そうしてお互い気付いていないのだ。
塗り重ねてきた色を少しずつ削り落としていけば、互いに同じ色がそこに在ったのだと。

「姫川に惚れちまったからなんて迷惑極まりないだろう?」
「俺は神崎が好きだから理由つけてでも傍にいたいだけで」

……ほとんど同時に放った言葉だ。
聞き取れない部分が多数で一瞬の沈黙の次にお互いを見つめる形になった。

「……。」
「……。」

ただ、聞こえにくかったフリをしたのかもしれない。
その目を見て僅かにうろたえ、先にあった言葉に否定しつつも自分のことは自分が一番解かっている筈だ。
これまで中途半端に止めていた筆が答えを示していた。
これまで何も完成しない時間が続けばいいと願った気持ちがそうだった。
まるで同じ色に染まりたいかのように―――先に手を伸ばしたのはどちらだったのか。



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