「あさひ」
あう。
今日も里緒くんは不機嫌だ。
土曜日だということで呑気に朝ごはんを食べていたところ、携帯で呼び出され、火急の用だと言うから急いできたのに、蓋を開ければただのパシリ……。
仕方なく使い走りを甘受してあげたのに、里緒くんは喜ぶどころか、せっせとお使いを済ませてきた私を見て顔を顰める始末。
何がそんなに気に入らないのやら。
昔から、里緒くんたち幼馴染みは私に対してだけ扱いがぞんざいだ。
他の女の子たちには誰ソレと思えるくらいにキラキラな笑顔を振り撒いてるのに、私には仏頂面か罵声しか浴びせてくれない。
私何かした?
扱いの差が酷すぎて、泣いちゃいそうだよ。
「あさひ」
里緒くんが再度私の名前を呼ぶ。
なにさ。
そう何度も呼ばなくたって、あなたたちの可愛い幼馴染みは無視したりしませんよ〜。
あなたたち暴君とは違うんだから!
「なぁに、里緒くん」
「………今から撮影が始まる。その開いてるか分かんない目ぇかっぽじって、ちゃんと見とけよ?」
「えっ」
私は思わず抗議しそうになった。
そんな私を、電光石火の勢いで睨んで黙らせる里緒くん。
いやいや。
だって、里緒くんの用件は休憩用の飲み物を買ってこい、ってだけでしょ?
なんで私が撮影まで見てかなきゃいけないの。
場違いにも程がある。
「あ、で、でも、私なんかいたところで邪魔なだけだろうし……」
「あ?俺の言うことが聞けないのかよ」
「そういうことじゃなくて……」
困った。
私は午前10時から始まるドラマの再放送が見たいのだ。
先週は良いところで終わってしまっていたから、今週は見逃すわけにはいかないんだよね……。
うん、だけど、目の前にいるこの人の誘いを断るのも恐ろしいしな……。
どうしよう。
私の躊躇いが見て取れたのか、痺れを切らしたように里緒くんが追い打ちをかける。
「あさひ、お前が俺たちの大切な幼馴染みだって、お前の通ってる学校のやつらにバラしてもいいんだぞ」
「!」
そ、それだけは勘弁してほしい!
ようやく手に入れた平穏なのに。
私たちは中学校までは同じところに通っていたけど、彼らがアイドルの道に進むことを決めたため、高校は別々のところになった。
私は普通の公立高校を、彼らは芸能科のある学校を。
だから私の通う高校の人たちは、私が巷を騒がせてる売り出し中のアイドルグループ『dear』の幼馴染みであることを知らない。
誰一人彼らと私の繋がりを知らない環境だからこそ、私は日々を穏やかに過ごしていられるのだ。
中学生の時なんか、そりゃあ酷かったんだから。
まだアイドルになってもいなかったのに、ファンや出待ちする子たちもいたし、彼らの幼馴染みってだけで散々な目に遭ったりもした。
高校生になってまで、あんな経験はしたくない……。
「わ、分かったよ」
引き攣る口元を押さえて、私は精一杯に笑った。
うう。
ばいばい、再放送のドラマ。
カメラを向けられる中、里緒くんは高校生に似つかわしくない毅然とした態度で様々なポーズをとっていた。
どうやら今回は雑誌の撮影らしい。
この間は静くんのドラマの撮影にお邪魔したけど、そういえば里緒くんの撮影現場を見るのは初めてかもしれない。
うーん、やっぱり様になるなあ。
なんかムカッとする。
里緒くんも颯くんも静くんも薫くんも、というか彼ら全員、何故か仕事現場に私を連れてこようとするんだよね。
雑用を押し付けようって魂胆が見え見えだ。
私はマネージャーじゃないやい。
今度、彼らにはっきり言ってみようかな。
毎度毎度、まったく関係ないのにスタジオまで足を運ばないといけない私の身になってほしいよ。
肩身が狭すぎる……。
里緒くんによく見とけと言われたものの、それ以外にすることのない手持ち無沙汰な私は、あまりに暇すぎていつの間にか眠りこけてしまっていた。
だから、里緒くんが寝ている私に話しかけてきたことも、知らない。
「おい、あさひ。あさひ?なんだ寝てるのか。チッ、折角俺の勇姿見させて惚れさせようとしたのに……早く気づけよ、鈍感女め」
そして次に目を覚ました時、私は自宅のベッドの上にいた。
あれれ……?
どうやって帰ってきたんだっけ。
覚えてないや。
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