世界 ※轟視点

文化祭の出し物が決まってから、轟が身能と過ごす時間は明らかに減った。
これまでは、時間がかぶれば一緒に登下校するなんて当たり前だったのに・・・朝練だとか、放課後も練習だとかで彼女はバンドのメンバーと過ごしており、轟と登下校することはほとんどない。
昼休みなら、昼食をとりながら一緒に過ごす時間があるかと思ったが・・・バンド隊は昼休みにまでミーティングを入れるストイックぶり。
せめて授業の合間の休憩時間くらいは雑談でもできるかと期待しても・・・何としてもバンドを成功させたいと願う彼女は、短い休憩時間にまで楽譜を見返したり、鼻歌を口ずさんだりと、常に文化祭に思いを馳せている。


「(・・・邪魔は、したくねえな)」


なにか喪失感というか、物足りなさのようなものを感じつつも、一生懸命に頑張っている彼女を邪魔するのは違う気がして、轟は彼女を見守ることに決めた。

その甲斐あってか―――彼女の頑張りは、大いに実を結んだ。
会場いっぱいに押し寄せた大勢の観客たちの期待と注目を真正面から受け止め、堂々とステージに立つ彼女はそれはもう頼もしく・・・歌にくわえダンスまで、圧巻のパフォーマンスを披露する彼女は、会場にいる全ての者を惹きつけていた。
演出隊としてスタンバイしていた轟も、ステージ上の彼女から目が離せない。
スポットライトを浴びてキラキラと眩しい笑顔を振りまく彼女に目がくらみそうで、思わず目を細めて彼女を見つめていると・・・ふいに彼女の視線が轟に向けられ、ドキリと心臓が跳ねた。
大勢もの人がいる中で彼女が自分を見つけ出してくれたような錯覚とともに、轟の胸が高まって、じんわりと熱を孕む。
落ち着いて考えれば、演出隊の出番をアイコンタクトで知らせてくれたんだと気づいたけれど・・・なぜだろう。その瞬間は、驚きと喜びと興奮が入り交じった 妙な感情――例えるなら、憧れのヒーローにばったり出くわしてファンサしてもらえたような、そんな気分だった。
もしかして会場の空気に当てられたんだろうか?身能の笑顔が目に焼きついて離れず、どこかフワフワした気持ちで、心地よい胸の高鳴りがずっと収まらない。
ぽやぽやと夢うつつに身能に見惚れる轟と同じように、会場にいたすべての者が熱に浮かされていた。
そんな最高に熱いステージとあって、1年A組のバンドは、観客たちから大絶賛されたのだった。

会場の後片付けが終わると、A組のクラスメイトたちは連れ立ってミスコンを観にいく流れになった。
皆がワクワクとステージを見上げる中、轟は緑谷に問いかける。


「なあ、緑谷・・・“ミスコン”って、何するんだ?」

「え!?」


ミスコンを知らないの!?と、驚きの表情を見せたあと、緑谷は「えっと・・・」と考えながら質問に答える。


「ミス・コンテストって、一般的には、かわいいとか美人とか 見た目が優れた人を決めるイベントなんじゃないかな?たぶん、見た目以外にもその人の所作とか、特技とか、内面も含めて評価されるんだろうけど・・・。だから、雄英のミスコンで優勝した“ミス雄英”っていうと、雄英で 最も魅力的な女性のことを指すんだと思うよ」


なるほど、と頷いて、轟もステージを見上げた。
そしてミスコンが始まると、早々に司会者から告げられた内容にA組は驚愕した。


「強子が棄権って、どゆこと!?」


誰か、何か聞いてる!?と芦戸が皆に訊ねるも、誰もが頭を振った。ミスコン後に身能と文化祭をまわる約束をしている八百万や耳郎ですら、何も聞かされてないという。


「アイツまさか、怖気づいて逃げたんじゃ!?」

「・・・あの自信家が?」

「・・・ライバル共をひねり潰す気満々で、意気揚々とミスコンに向かった奴がか?」


普段の彼女をよく知るA組一同、「それはないだろう」と頭を振った。
では、何故、彼女が棄権なんてしたのか?疑問は残るが・・・少なくとも、雄英敷地内では命の危険にかかわるような事態は起きないだろうし、大抵のことなら彼女自身の力で解決できるはずだ。
A組一同、「緊急性は低いだろう」と結論づけて、ミスコンに熱中していた。


『―――投票はこちらへ!!』


ミスコンが終わると、周囲は「誰に投票する!?」なんて話題でざわついた。


「轟くんは、誰に投票するか決めた?」


今度は緑谷のほうから問いかけられて、轟は手渡された投票用紙に目を落とした。そして、考えるまでもなく答えを口にする。


「俺は身能に投票する」

「「「え!?」」」


緑谷だけでなく、轟の言葉を拾ったクラスメイトたちも驚きの声をあげた。
もしかして“棄権”って意味を知らないの!?そんな表情で驚いている彼らに、さすがにそれくらい知ってるぞと眉を寄せつつ口を開く。


「ミスコンを見てたが・・・身能よりかわいいと思う奴はいなかった」


身能は、かわいい。
いつから彼女を「かわいい」と認識していたのかは定かじゃない。でも・・・轟はもう随分と前から、気づくと彼女を目で追うようになっていた。それが何故かなんて自分でも理解していなかったが、母親の冷も、姉の冬美も、身能と顔を合わせた後からずっと彼女のことをかわいい、かわいいと連呼していたから・・・おかげで轟はようやく理解した。
つい彼女を目で追ってしまうのは、彼女が「かわいい」からだったんだ、と。


「それに、内面だって、俺は身能が一番だと思う」


身能は、いい奴だ。
これに異を唱えるような奴、少なくともA組にはいないだろう。彼女と少しでも話したことがあれば、きっと、彼女の人となりに好意を抱くはず。
実際、母親も姉も、事あるごとに「身能さんは元気?」「強子ちゃんとは最近どう?」なんて聞いてくるくらい、彼女を気に入っている。


「“ミス雄英”を決める投票なんだろ?俺は“最も魅力的な女性”に当てはまるような奴なんて身能しか知らねえから・・・ミスコンを棄権したとか関係なく、俺はアイツに投票するよ」


そう告げて、手元の投票用紙に再び視線を落とした轟。
その傍ら―――A組の面々はピッシャーン!!と雷でも落ちたかのような衝撃を受け、固まっていた。
轟の発言、それは誰がどう聞いたって、身能を好きだと公言しているようなもの。っていうか、誰もが「お前、身能のこと好きすぎだろ!」とツッコみたい衝動に駆られたくらいなのに・・・


「「「(これで、なんで自覚がないんだ・・・?)」」」


鈍感なクラスメイトの、ピュアな恋心。そんなものをまざまざと見せつけられて、こっちが恥ずかしくなるわと赤面しながら、A組の面々は物言いたげな表情で顔を見合わせた。
そんなA組の周囲では―――これまた、ピッシャーン!!と雷でも落ちたかのような衝撃を受けて固まっている者たちがいた。
それは、身能のファンクラブに属する者たちであった。校内にて設立された身能ファンクラブ、その会員たちは当然ながら彼女の“ファン”に該当するわけだが・・・目下、彼らが“敵”とみなしているのが、轟焦凍であった。
彼らの目には、常日頃から身能の周囲をうろつくイケメン(嫌な男)として見えている。ヒーローになるまでは恋愛しないと宣言する彼女に、やたら近い距離感で、甘い雰囲気をかもして彼女をそそのかすイケメン(悪い男)という認識だ。許すまじ、轟焦凍!
そして、その轟が・・・棄権したことも意に介さず身能に投票するだと!?


「「「(轟がその気なら、俺だって・・・!!)」」」


轟が投票して自分は投票しないなんて、そんなの、身能ファンクラブ会員の名がすたる!敵に負けるものかと、ファンクラブ会員たちが続々と身能に投票していく。


「・・・まあ、A組(俺ら)だって、もともと身能を応援してたわけだしな?」

「今さら他の子に投票するのも、ちょっと寝覚めが悪いよね・・・?」


ミスコン候補者の中で一番身近な存在は彼女だ。それに、彼女の魅力なら他クラスの連中よりもよく知っているわけだし・・・A組一同、「まずは俺らが身能に投票しなきゃ」という謎の使命感とともに、彼女に投票することに決めた。
こうして、轟の言葉を起爆剤に、ものすごい勢いで身能に組織票が集まったのだった。






「えっ?轟くん、私に投票してくれたの・・・!?」


文化祭が終わって、寮では打ち上げだなんだと盛り上がっている。
轟も、これでようやく身能とゆっくり過ごせそうだと浮き立って彼女と話していたところ、驚いた様子で彼女が訊いてきた。
そんなに驚くことだろうか?
クラスメイトたちにも説明したとおりだが、また一から説明するのも面倒で「俺は身能しか知らねーからな」と省略して伝えれば・・・それを聞いていた葉隠に「肝心なところで言葉が足りないよ、轟くん・・・」と、何故だかガッカリされてしまった。
それから、皆がフルーツ飴を持って円になると、飯田がかしこまって“シメ”の言葉を並べ立てる。


「それでは簡素に・・・・・・みんな、お疲れさまでした!」

「「「おつかれさまー!」」」


皆に合わせて飴を掲げていると、ふと、隣にいる身能と目が合う。
なぜだろう、ここはバンドのステージでもないのに・・・また胸が高鳴って、フワフワとした気持ちになる。


「おつかれ」


“乾杯”の合図でグラスを打ち付けあうよう、轟の飴に自分の飴をコツリとぶつけて、彼女は晴れやかに笑った。自分だけに向けられた笑顔に、また胸が熱くなる。
そして彼女が飴を手元に戻そうとしたとき、フルーツを覆う水飴がペタリとくっついて、飴どうしを引き離す手にわずかな負荷がかかった。それがまるで、飴どうしが離れるのを嫌がっているように思えて・・・変な話だが、そのイチゴ飴が自分と重なって見えてしまった。
飴から視線をはずし、隣の身能に視線を戻せば、彼女は変わらず轟に笑顔を向けていて、


「(ああ・・・やっぱり、いいな・・・こういうの)」


久しぶりに、なんだかすごく、満たされた気持ちになった。
轟も彼女に「おつかれ」と返してから手元のイチゴ飴にパクつけば・・・胸がいっぱいになるほどの甘ったるさが口の中にひろがった。











「おい、轟・・・!」

「ヤベェことなってんぞ!テレビ見てみろ!!」


やけに慌てた様子で呼ばれてみれば、テレビ画面には、満身創痍で戦うエンデヴァーの姿があった。
ライブ映像で映し出されるエンデヴァーの凄惨な姿に、血の気が引いていく。
以前はアイツをあんなに憎んでいたはずなのに、今でも大嫌いなはずなのに・・・それでも、血の繋がった ただ一人の父親の危機を目の当たりにしたら、とても平静を保つことなど出来なかった。
思考は乱れ、感情もめちゃくちゃで・・・身体の感覚がなく、ドクドクと暴れる鼓動だけを感じながらテレビの前で棒立ちになる。
そんなとき―――感覚をなくしていた手に、ギュッと誰かに握られる感触が伝わってきて、ハッとした。
驚いて、突拍子もなく手を握ってきた身能を凝視すると、彼女は朗らかに微笑んだ。


「大丈夫だよ―――信じて 待とう」


その温かな笑みが、繋がれた手の温もりが・・・春の雪どけのように、ゆるやかに轟の不安を溶かしていく。


「No.1ってのは、伊達じゃない」


不思議なことに、彼女の言葉は、時おりものすごい説得力を発揮する。
口が達者で、根拠に基づいて話しているような口ぶりのせいだろうか。あるいは、あとから振り返るといつだって彼女の言葉が正しいからか・・・実は、彼女には“未来”が見えているんじゃないか?なんて、そんな非現実的なことを思う。
視線を戻すと、強敵に必死に食らいついて戦っている父親がいる。
彼が負った怪我も、被害地域の惨状も、目を覆いたくなる酷いものだけど・・・ビルボードチャートで正真正銘のNo.1になった日、アイツは言った――”俺を見ていてくれ”と。


「親父・・・っ、見てるぞ!!!」


身能が言うとおり、信じて、待とう。
画面越しに勝利を祈るしか出来ないというのが、こんなにも、精神的に耐え難いなんて・・・。
でも、そう―――きっと大丈夫。
轟の左手から力が湧いてくる。轟の左手を握る身能の手、その手の温もりが、轟に勇気を与えてくれている。
そうして、彼女に励まされて見守っていれば・・・


『エンデヴァーーー!!スタンディング!!立っています!!腕を、高々と突き上げて!!勝利のっ・・・いえ!! “始まりの” スタンディングですっ!!!』


彼の勝利を見届け、脱力したようにズルリとしゃがみ込む。
身能の手を握ったまま額の前に持ってきては“お守り”かのように両手で大切に包み、そっと目蓋を閉じる。
そして一息ついてから、顔を上げた。


「身能・・・・・・ありがとう」


彼女がいてくれてよかった。
彼女が隣にいて、手を握っていてくれたから、轟は気持ちを強く保てた。アイツの勝利を信じ、アイツの勇姿を最後まで見届けることができた。
彼女の存在にどれだけ支えられたかを思いながら感謝を告げれば、


「こんなことで良ければ、いつでも任せてよ!」


握っていた手を、彼女がぴょこぴょこと揺らす。
途端にその愛らしい手を放すのが惜しくなって、「それなら・・・」と遠慮なく本心を口にした。


「ずっと こうしてたいな」


かつての轟は、友だちなんて不要なものだと切り捨て、クラスメイトとの馴れ合いを拒否していたのに―――もう、すっかり変わってしまった。
今となっては、轟はこんなにも身能と離れがたく、あのイチゴ飴のように彼女にしがみついているんだから。
彼女と出会ってなければ知らないままだったろうけど・・・“友だち”の存在とは、こんなにもかけがえないものなんだ。





幸い、エンデヴァーは命に別状なく、数日の入院の後に帰ってくるそうだ。
今回の脳無との戦いは、世間を騒然とさせる一件となったわけだが・・・その翌朝から緊急訓練を課せられてビッグ3と戦う羽目になるとは、雄英のカリキュラムは相変わらずである。
無事に緊急訓練を終えて、更衣室で制服へと着替えていると、轟の耳にとある会話が飛び込んできた。


「峰田ぁ・・・お前、身能の“アレ”が見れなくて残念だったな」


峰田に向け、ニヤニヤと笑いながら告げたのは瀬呂である。
峰田が「なんの話だよ」と眉をひそめる一方で・・・緑谷や尾白といった、緊急訓練で身能とともに行動していた者たちが不自然に動きを止め、何かを思い出したように顔を赤らめた。


「さっきの天喰先輩との戦闘でさ・・・先輩の触手に身体のそこかしこを凌辱される身能、すげぇエロかったわ」

「はああ!!?ッんだよそれ!!オイラのいねえとこでそんなお楽しみイベント起こしてんじゃねえぞ身能のやつ!!触手責めされる身能なんて拝めりゃ 一週間はヌけたのによ!!くそ、くっそ!!」


血走った目の峰田がギリリと歯を食いしばりながら、女子更衣室の方向にむけて悪態をついている。そんな予想通りの反応に、瀬呂はゲラゲラと笑う。


「いやホント、イイもん見せてもらったわ!あんなん俺だって3日はイける・・・つーか戦闘後に身能を抱えたときなんか、ぶっちゃけドギマギしちゃってたよ俺」

「お前ばっかイイ思いしてんじゃねーぞ瀬呂ぉ!!こうなったら、次こそはオイラも・・・!」


ちょうど着替え終わった轟がロッカーの扉を閉めると、思ったより勢いが強くてバタン!と大きく音が響く。
くるりと瀬呂と峰田のほうに振り向いて「なあ」と声を発すると、自分が思っていたよりもずっと低い 不機嫌そうな声が出た。


「戦闘訓練中に身体が触れあうなんて、よくあることだよな」


身体を張って戦ってるんだから、当然だ。
轟だって、身能と身体が触れることはこれまでに多々あった。
仮免試験のときもそうだったが・・・チームメンバーを指定されない戦闘訓練のとき、轟は、身能とチームアップしていることが多い。普段から一緒に過ごす時間も多いし、チームワークも申し分ないはずだ。


「一生懸命 訓練に取り組んでる奴に対して、そうやって面白半分に茶化すのは良くないだろ」


彼らは低俗に騒ぎ立てているけど・・・失礼な話である。こんな会話を聞いたら身能はイヤな思いをするはずだ。
それに、何より・・・轟自身がイヤだった。


「はあ?何お堅いこと言ってんだ、猥談くらいさせろよな!?厳しい訓練に ほんの少しの“お楽しみ”くらいなきゃ、やってらんねェだろうが!!」


峰田が下卑たことを言うのはいつものことだし、高校生ともなると、大半の男子はそういうことに興味を抱くものだと理解はしている。
それでも、やっぱり・・・


「駄 目 だ」


身能が卑しい目で見られるのは、イヤだ。彼女が不特定多数の男からそういう対象として見られることに嫌悪感を抱く。
身能をネタに猥談で盛り上がるなんて、無性に腹が立つ。訓練中だろうと彼女のあられもない姿が男共の目にさらされるのは耐え難いし、節度もなく彼女に触れようとする邪な男共も許せない。


「身能は、駄目だ」


轟にとって、一番の・・・大切な 友だち。彼女のことに関しては到底ゆずれない。
そんな固い意志で言い張れば、峰田も瀬呂も なぜか呆れたような顔になってため息をこぼす。次いで、誰かが「これで、なんで自覚ないんだろうな」と呟いた。


「あー・・・悪かったよ、気をつける」


どことなく室温が下がった気がする更衣室で、瀬呂は体育祭のトーナメント戦を思い返しながら反省の意を示す。そして、また氷漬けにされては堪らないぞと、矛先を転じる策に出た。


「それよりさ、天喰先輩って身能と仲よさげだけど・・・先輩、身能のこと好きなんかね?轟はどう思う?」


少しばかりのイタズラ心を含んだ質問。
轟はどう返すのだろうかと、更衣室にいた者たちの視線が彼に集中すると、


「?・・・何言ってんだ、身能を好きにならない奴なんていないだろ」


なんとも轟らしい返答に、更衣室にいた全員が生温い笑みを浮かべた。





療養していたエンデヴァーが退院し、帰ってくる。
その知らせを受け、外出許可を得た轟が久しぶりに帰省すると、姉の冬美と兄の夏雄の二人に笑顔で出迎えられた。
どうやらエンデヴァーより一足先に着いたらしく、彼はまだ帰ってきていなかった。


「焦凍が帰ってこれるって聞いて、今日はお蕎麦にしたの!手打ちだよ〜」


腕まくりしながら明るく告げた姉の言葉に目を輝かせれば、彼女は笑みをこぼして「すぐ用意するから待っててね」と台所に向かった。そうして兄と二人で居間に残されると・・・居間には、どことなく気まずい空気が流れる。
轟家は、普通の家族と違う。焦凍と夏雄は兄弟でありながら、これまで二人で面と向かって話す機会はあまりなくて、どう接していいのかがわからなかった。


「・・・焦凍は、そばが好きなんだな」


気まずい空気をごまかすよう話を振ってきた兄に、迷うことなく「うん」と頷く。けれど、そこから明るく楽しく会話を盛り上げてくれる 誰かさんのような話術は持ち合わせてなくて、居間には再び沈黙が訪れた。
夏雄が居心地悪そうに身じろぎしていると、ピロンと、彼のスマホから通知音が鳴った。そしてスマホを確認した彼が、途端に表情をほころばせる。嬉しさの滲み出るその笑みを見て、誰と連絡を取り合ってるのか察しがついた。


「そういえば、彼女できたって 姉ちゃん言ってた」

「っ、姉ちゃん、余計なことを・・・」


やり取りの相手を弟に言い当てられて、兄が照れくさそうに背中を丸めた。
それがなんだか微笑ましく思えて、焦凍が小さく笑う。そんな弟の笑顔を見てどこかホッとすると、夏雄も笑みを浮かべて焦凍に問いかけた。


「焦凍だって、そういう子いるんじゃないのか?」

「いない」

「えっ?」


間髪入れずに答えると、「いないの?」と不思議そうに頭を傾げられて、その反応に焦凍も「ん?」と不思議そうに頭を傾げた。


「あっ、じゃあ・・・“彼女”じゃなくて、“好きな子”ならいるだろ?」

「いない」

「えっ?」


また間髪入れずに答えると、「それもいないの!?」と不思議そうに頭を傾げられて、再び「ん?」と頭を傾げた。逆になんでいると思われているんだろうか。


「学校じゃ訓練は厳しいし、授業もびっしりあるし・・・俺にかぎらず周りの友だちにもそういう話は聞かないけど」

「そっか、それだけ忙しかったらそうだよな・・・・・・んー でも、おっかしーなぁ・・・母さんも姉ちゃんも、それっぽい話してたと思ったんだけど・・・」


得心のいかない様子で「う〜ん?」と思案していた夏雄だったが、直後、スマホの通知音が聞こえた途端にケロッと顔色を変えて、蕩けそうな笑顔を咲かせた。
何がそんなに嬉しいのか、ふにゃりと目尻を下げ、ほんわか朗らかな笑みでスマホを見つめる彼は、悩みなんて一つもなさそうな満ち足りた顔をしている。
初めて見る兄のそんな表情に、人が変わったようだとすら感じてジッと見入っていると、その視線に気づいた夏雄が「な、なに!?」と慌てたように振り向いた。


「いや、なんか・・・夏兄、幸せそうだなって」


からかうでもなく いたって真剣な様子で弟に言われ、夏雄は気恥ずかしそうに頬をかいた。


「いや、まあ、それは・・・・・・焦凍にも、そういう相手ができたらわかると思うよ」


自分にもそんな日がくるのだろうか?まったく想像が出来なくて眉間を寄せていると、「まっ、そんときを楽しみにしとけよ!」と軽く背中を叩かれる。そして、兄は屈託のない笑顔で告げた。


「人間、恋をしたら―――世界が変わるぞ!」







その後、美味しいそばに舌鼓を打っているとエンデヴァーが帰ってきた。彼と幾ばくか言葉を交わして帰省の目的も果たすと、少し忙しないけれど、すぐに雄英へ戻ることにした。
そんな焦凍を見送りに玄関までついて来た冬美は、ほくほくと嬉しそうに顔を綻ばせている。


「焦凍、変わったね」


おそらく良い意味で言われているのだとは察しがつく。けれど思い当たる節はなくて「そうかな?」と頭を傾げれば、「そうだよ!」と自信満々に言い切られた。


「大人になった、っていうのかなぁ?最近の焦凍は落ち着きがあるというか、達観してるというか・・・」


そう語る冬美の頭にあるのは、先ほど焦凍が父親に向けて放った言葉だ。
「ヒーローとしてのエンデヴァーって奴は凄かった」、「“親父”としてこれからどうなっていくのか見たい」なんて・・・以前の、父親を否定することばかり考えて生きていた焦凍の口からは、まず出てこない言葉である。


「夏もね、言ってたよ・・・昔は暗い目ですべてを拒絶するような空気を出してたのが ガラリと変わった、って!」


兄の目に自分はそんなふうに写っていたのかと、姉の言葉を聞いて感慨深く思う。
姉に別れを告げて送迎車に乗り込んだあとも、彼らとの会話を思い返していた焦凍は、しばらくして、はたと思い至る。


「(ああ、そうか・・・)」


久しぶりに面と向かって話をした兄に、以前とは違って、「話しやすい」と感じた。まるで普通の兄弟みたいに話せていると喜びを覚えるほど。
それは、兄が変わったからなんだと、そう思っていた。
兄に好きな人が出来て、その人と想いが通じ合って・・・そうして“世界が変わる”体験をした彼は、人が変わったのかと思うくらいに、彼自身のあり方も変わった。その結果、兄弟の距離が近づいたのだと・・・。
でも、兄だけじゃない。


「(“俺も”、変わってたんだな・・・)」


姉に言われたように、焦凍自身も変わってたんだ。たぶん、兄に「話しやすい」と感じてもらえるくらいに、焦凍自身のあり方も変わったんだ。
だって、そうだろ・・・自分も、“世界が変わる”体験をしたことがあったじゃないか。世界がひっくり返るような、そんな変革を経て、今の自分があるんじゃないか。

「人間、恋をしたら―――世界が変わるぞ!」

ふと脳裏によぎった兄の言葉。
すると、計算が合わないときのような違和感が ざらりと胸を撫でつける。


「(恋をしたら・・・、世界が変わる?)」


それならば、過去に“世界が変わる”体験をした自分は・・・?
なぜ、自分の世界は変わったんだ?なぜ、自分は変われたんだ?その原因を探ろうとすると、ひとつの可能性が浮上してくる。

兄と同じように、自分も―――“恋をした”のではないか?

自分が変われたのは、つまり・・・誰かに恋をして、世界が変わったからだと、そうは考えられないか?
その仮説に行き当たった途端、ブワッと身体(主に左半身)が熱くなって、火が出そうなほどに熱い顔を右手で覆う。


「(俺が・・・誰かに、恋・・・・・・?)」


左半身の体温上昇に伴い、車内の温度まで急上昇してしまったようで、相澤に「何やってんだ」と迷惑そうな顔を向けられた。
しかし、そんなことに気が回らないくらい脳みそをフル回転させて熟考するも・・・考えれば考えるほど、その仮説が有力に思えて、身体の熱は上昇していくばかり。


「(俺が・・・“アイツ”に、恋っ!?)」


仮説のとおり、自分が誰かに恋をしたのだとすれば―――そんなの、“誰か”なんて一人しか思い浮かばない。
その人は・・・過去にとらわれ、何も見えていなかった自分に、考えるキッカケをくれた。視界が狭まっていた自分の視野をひろげ、知らない世界を見せてくれた。二の足を踏む自分に、一歩を踏み出す勇気をくれた。
数え切れないほど、感謝してもしきれないほどの変革を与えてくれた彼女以外、ありえない。


「(そうか―――俺は身能のこと、“友だち”としてじゃなく、ひとりの“女の子”として好きだったんだな・・・)」


つまりは、そういうことだったんだ。
気づくと彼女を目で追っているのも。彼女と目が合うだけで舞い上がってしまうのも。彼女の笑顔を見ると温かい気持ちになれるのも。彼女に触れると心臓がドキドキと高鳴って、でも心地よくて、離れがたくなってしまうのも。
何故か 自分以外の男が彼女と親しげだとイヤな気持ちになるし、彼女が邪な目で見られているとムカムカするのも、そういうこと。“元カレ”とやらに、どうしようもなく不愉快な気分にさせられたこともだ。
これまでの全ての事象が、点と点が繋がり線になるように―――彼女に恋をしているという事実を突きつけてくる。
それに、振り返ってみれば・・・自分の無意識の行動の中にも、彼女への恋心が表れていたじゃないか。
たとえば、無意識のうちに彼女の隣に居ようとする自分がいたり。小さなことでも彼女の役に立ちたいと願ったり。いかなる時でも彼女の言葉なら信じたい、信じられると思えたり・・・。


「(なんで、今まで気づかなかったんだ?)」


一度自覚してしまえば、今まで気づかなかったのが不思議なくらい、自分は彼女を好きだったんだと認識する。
そして、恋心を自覚した轟は、たちまち彼女に会いたくなったのだが・・・ふと思い出す。過去の自分が、彼女にした仕打ちを。

「俺は“馴れ合い”のために雄英(ここ)にいるわけじゃない」

それが、彼女とのファーストコンタクト。クラスメイトとして仲良くしようと声をかけてくれた彼女に、轟が冷たく言い放った言葉だ。
それでも轟を見放すことなく距離を縮めようとしてくれた彼女に向けて「必要最低限にしてくれ」だなんて・・・思い出すだけで、罪悪感のあまりみぞおち付近に鈍い痛みが走る。
そのくせ、自分が今までどれだけ彼女に支えられてきたかを考えると、己の不甲斐なさに嫌気が差す。こんな自分が、いったいどの面下げて身能に会えばいいと言うのか・・・。


「(・・・ちょっと待て)」


ふと、疑問を抱く。これまで自分は、彼女にどんな顔を見せていたんだろうか、と。
まさかと思うが、兄のように 恋にのぼせたような腑抜けた顔を晒してないよな?
誰が見ても身能に恋してると丸わかりだとか、恥ずかしすぎて面目立たない。自身の振る舞いには気をつけたいところだが―――

「身能は、かわいいな」

「身能の寝顔は間抜けじゃねえ、かわいいだろ」

「俺が身能を見限るなんてこと、あるわけねぇのにな」

「俺は、“今”の身能が 好きだ」

「身能のこと、大事にしたいと思ってる」


無自覚のうち、慎みもなく口走っていた己の失言の数々・・・それらを思い出しては羞恥に悶え、送迎車が雄英に着く頃には、とてもじゃないが身能の顔を直視できる気がしなかった。







「轟くん!」


HRが終わると同時、身能に呼び止められてギクリと身体が強ばる。
恋心を自覚してからというもの、どうにも気恥ずかしくて・・・轟は彼女と顔を合わせられずにいた。何かと理由をつけては彼女を避けていたので、そのことで彼女から問い詰められるに違いない。
そう覚悟して彼女の言葉を待っていると、左腕の袖のあたりをきゅっと掴まれる。そして、


「一緒に帰ろう?」


甘えるような、鈴を転がす声で誘われて、轟の心臓にボディブローでも食らったかのような衝撃が走る。


「っ・・・!」


か わ い い・・・!!
轟の脳内がそんな形容詞で埋め尽くされ、ブワッと身体(主に左半身)が熱くなる。振り返って今すぐにでも彼女を抱きしめたい衝動に駆られるが・・・なけなしの理性でどうにか堪え、彼女の手を振りほどいた。


「(くそ・・・ずりィだろ、こんなの)」


轟だって、出来ることなら今まで通り身能と接したいのに・・・好きな子にそんな、男心をわし掴みにするようなことをされては、とても平常心を保てない。
熱く火照った顔を見られまいと彼女に背を向けると、おのずと轟の顔は、心配そうに教室後方を見守っていたクラスメイト19人の目に晒される。
その瞬間 彼らが目撃したのは、今まで見たこともない轟の表情―――熟れたイチゴのように赤い顔、へにゃりと骨抜きにされた顔つきに、のぼせたような熱っぽい眼差し・・・。


「「「(・・・あ〜(察し))」」」


心配そうにしていたクラスメイトたち、ほぼ全員が、途端に事情を察したような顔に変わる。
だが、轟を見る視線が生温かく変わったのにも気づかないほど、轟は平常心を失っていた。ドギマギと目を泳がせながら、轟は弱ったようにため息をこぼして彼女に頼みこむ。


「・・・・・・もっと、節度ある距離感で接してくれ」


そう気安く触れられて、熱くなった左半身でうっかり火傷させでもしたら大変だ。





あれを機に、ますます身能と顔を合わせづらくなった頃―――A組対B組の合同戦闘訓練が行われた。
正直、身能の新コスチュームは目のやり場に困るが・・・第1セットでの彼女の暴れぶりは、見ていて気持ちのいいものだった。
しかし、戦闘中にふっ飛ばされた円場を彼女が抱きしめるように庇うと、円場が鼻の下を伸ばして浮かれているものだから、ムッとせずにはいられない。さらには、『洗脳』個性の特性にかこつけ、身能にぬけぬけと告白した心操に「はっ?」と思わず声が漏れた。

「戦闘訓練中に身体が触れあうなんて、よくあることだよな」

「身能を好きにならない奴なんていないだろ」

ほんの数日前に自分の口から出た言葉が、今になって、呪いのように轟にズーンと重くのしかかる。
そんな中で、いよいよ第3セット。轟の出番がやってきたが・・・鉄哲相手には氷結も炎熱も効かず、ダウンさせられ、仲間に救けられるという情けない戦いぶりであった。
じくじたる思いがこみ上げてきて、深く反省する。己の限界を知り、課題にぶち当たり、今のままではいけないのだと危機感を覚える。
それともう一つ、今のままではいけないと危機感を覚えることがある―――


「轟さん!」


B組との対抗戦が終わり、寮に戻ってきたところで八百万に呼びとめられた。


「私っ・・・もう、見ていられませんわ!!」


共有スペースに彼女のヒステリックな声が響くと、そこに居合わせたクラスメイトたちが口を閉ざし、寮内がしんと静まりかえる。
なんだなんだ?と注目を浴びる中、八百万はキッと鋭く轟を睨みつけた。


「私には、なぜ轟さんが強子さんを避けているのかわかりませんが・・・」


彼女がそう切り出すと、クラスメイトたちが物言いたげな表情で顔を見合わせる。


「(いや、わかるよ)」

「(八百万と身能以外、わかってると思う)」

「「「(どう見ても、“好き避け”だって!!)」」」


好きだからこそ、恥ずかしさや 恋心に気づかれたくないという心理から避けてしまう―――いわゆる、“好き避け”。
まさに今の轟がその状態なのだが・・・そうと理解していない八百万は、親愛なる彼女のためにと、噛みつくような勢いで轟に物申す。


「轟さんに避けられて、寂しげに瞳を潤ませる強子さんなんて・・・これ以上見ていられません!いったい何が気に入らずそんな態度をなさるのですか!?」

「そうだぞ、轟くん!喧嘩はよくない!早急に身能くんと仲直りすべきだ!!」

「「「(あ、飯田もわかってなかった・・・!)」」」


轟の心理を理解している者たちは、雛の巣立ちを見守る親鳥のような心境で彼を見守っていたのだが・・・野暮ったい学級委員たちは、ちょっとばかり察しが悪い。


「以前・・・私と強子さんの仲がぎこちなかった時、轟さんは私におっしゃいました・・・“お前のせいで身能が泣いてたぞ” と。それからあなたは、“寂しそうなアイツは見たくないから、アイツを笑顔にしてやってほしい”と、そんな温情あふれる言葉をくださったじゃないですか!!あの言葉のおかげで私は、つまらないプライドを捨て去り、強子さんと和解ができたんです!」


そういえば期末試験の頃、八百万とそんな話をしたなと思い出す。
あのときは八百万とうまくいっていない身能が瞳に涙をためるのを見て・・・どうしようもなく彼女のために何かしたくなって、八百万にお節介をやいたのだ。


「あの言葉、そっくりそのまま あなたにお返ししますわ!―――轟さん、あなたが強子さんを避ける理由は知りませんが・・・それは、強子さんに寂しい思いをさせてまで すべきことなのですか?」


もどかしげに八百万に問われて、轟はハッとする。
そんなのは、当然―――答えは「ノー」だ。
轟が身能を避けたのは、彼女にどんな顔をして会えばいいか わからなかったから。彼女を前にした自分がどう見られているのか 自信がなかったから。
でも、自分がどんな顔だとか、どう見られるとか・・・そんなことはちっとも重要じゃない―――本当に重要なのは、彼女が笑顔でいてくれることなのに。


「(なんでこう いつも、大事なことばかり見落としてんだろうな、俺は・・・)」


霧が晴れたように、自分がなすべきことが見えてきた。すぐにでも身能に会って、話をして・・・それから謝らなくては。
そう思うのに―――そういうときに限って、なかなか彼女に会えない。
どうやら、彼女はまだ寮に帰ってきてないようだった。いつになるかわからない彼女の帰りを、ソワソワしながら待っていると、


「・・・お、」


午後7時をまわった頃―――窓から外をうかがっていた轟は、寮に向かって歩いてくる身能の姿を見つけた。
・・・同時に、彼女の隣にいる爆豪の姿も視界に入る。
身能も爆豪も、対抗戦のあとから姿を見なかったが・・・二人ともジャージ姿で、こんな時間まで、どこで何をしていたんだろうか。
モヤモヤした気持ちになりながら二人を見ていると、爆豪の表情に目がとまった。普段よりずっと穏やかな顔色で、どこか機嫌よく見える表情に、轟には向けられたことのない優しげな眼差し・・・。
それに、身能の歩幅に合わせるよう、ゆっくりと足を進める爆豪なんて・・・いつも自分のペースを崩すことなくズカズカ歩く彼からは想像もつかない。

「自覚もしてねえヤローなんかに負けるかよ」

ああ、そうか・・・と、今更ながら、爆豪の宣誓の意味を理解する。
狐につままれたような気分で、楽しげに会話しながらのんびり歩いてくる二人を呆然と見ていると・・・次の瞬間、爆豪のとった行動に轟はぎょっと目を剥いた。
爆豪は身能の正面に立ちふさがると、顔をズイと彼女の顔に近づけた。轟の位置からは、まるで二人がキスをしているかのように見えて―――


「身能っ!!」


もしかして二人はもうそういう関係なのかとか、自分は今 彼女と気マズイ関係だったとか・・・考えるより先に、身体が動いていた。
もつれそうになる足を必死に動かして、慌てふためきながら寮の扉を開け放ち、息を切らす勢いで二人のもとへと駆け寄る。


「とっ、轟くん!?」


爆豪の肩越しにヒョイと顔を出した彼女と目が合って・・・二人がキスしてるなんて見間違いだったことに安堵する。
そして、恋心を自覚してから見た彼女の顔は、これまで以上にかわいく思えて仕方ない。驚いた顔ですらかわいいのだから驚きだ。


「身能・・・その、ちょっと いいか・・・?」


彼女と久しぶりに話すせいか緊張しながら問えば、横から「よかねーンだよ!!」と爆豪が口を挟んできた。
そりゃ、好きな子と二人で過ごす時間を邪魔されるのは嫌だろう。自分が爆豪の立場でも口を挟んだはずだ。
でも・・・こちらも譲ってやる気はない。
爆豪と言葉もなく睨み合っていると、そんな爆豪を押しやって身能が「もちろん!!」と大きく頷いた。彼女が応じてくれたことに安堵するとともに・・・爆豪より自分を優先してくれたことに、密かに優越感を覚えた。





身能と二人で寮の前のベンチに座ってから、どうしたものかと轟は思い悩む。
彼女と話さなくては、そう思ってはいたけれど・・・どう話せばいいだろう。どこから話せばいいのか。どこまで話していいものか・・・。
誰かに何かを“伝える”というのは、なんとも難しい。悩みぬいた結果、轟の口から出てきたのは、


「・・・最近、どうだった」


そんな無骨な話題提起だった。もはや彼女に丸投げという暴挙である。
にもかかわらず、彼女の舌は軽快にまわり出す。距離を置いていた数日間を埋めるかのごとく、彼女の口からポンポンと飛び出してくる言葉に、轟は静かに耳を傾けた。
何てことない雑談のように語られるものでも、彼女が語る内容はいつだって・・・轟とは違う視点で、轟には無い感性で、轟に新たな気付きを与えてくれる。
そうやって、轟は彼女のおかげで気づかされるのだ。自分は、今までどれだけ周りが見えていなかったのか・・・自分はこれまで何も知らなかったし、知ろうともしなかったんだな、と。
そうして広まった視界で、まだ見ぬ景色を見たくなって、轟は新たな一歩を踏み出していく。
きっと、こういうのを―――“人は人によって磨かれる”と言うんだろうな。


「あの、轟くん・・・」


彼女が改まって言うから何かと思えば、


「私、もっと、ちゃんとするから・・・ダメなところは 直すから・・・・・・もう一度、チャンスがほしいです」


殊勝な態度でそんなことを言うので、轟ははてと首を傾げる。
身能にダメなところなんてあっただろうか?少なくとも轟には、彼女のダメなところなんて思いつかない。むしろ・・・


「ダメなのは、俺のほうだ・・・」

「え?」


彼女を見やれば、彼女は不思議そうにパチクリと目を瞬かせているけど・・・客観的に見れば誰だってそう思うだろう。


「ここんところ ずっと・・・お前を避けてて、悪かった」


心からの謝罪を口にする。
轟の身勝手な行動が、なんの非もない彼女を傷つけた。自分が大事なことを見落としていたせいで、大事なひとを傷つけたのだ。
まったく、自分の愚かさに嫌気がさす。いっそ過去をなかったことにしたいくらいだ。


「さんざんお前を傷つけておいて、都合いいこと言ってる自覚はあるが・・・俺のほうこそ 言わせてくれ――― “もう一度、チャンスがほしい”」


本来ならまず轟から言うべきだった言葉を告げる。
我ながらズルいと思うが・・・そんなことを言いながら実は、身能なら、断りはしないだろうと確信があった。
今まで彼女の近くで、彼女の人となりを見てきた轟にはわかる。身勝手にさんざん彼女を振り回してきた轟を、彼女なら、許してくれるに違いない。


「(俺は・・・身能に、甘えすぎだな)」


思い返せば、彼女と出会ってからというもの、轟は彼女の厚意に甘えてばかりだった。
器の大きい彼女は、友を見放すようなことはしない。それこそ、“初期ろきくん”なんて揶揄されるあの頃の自分にさえ、見限ることなく接してくれた。轟と距離を縮めようと奮闘してくれた。
これでは、“友だち”というわりに、ずいぶん一方的な関係だ。愛想をつかされたって仕方がない。
でも。だけど。そうだとしても、俺は―――


「んじゃ、お互いに合意ってことで・・・これで 仲直り!」


断られないだろうと高を括っていたくせに、満面の笑顔の身能から許しを得ると、心底ホッとした。
そうして、ここ数日間ずっと胸に抱えていたものがスッと晴れると、なんだか肩の力が抜けてしまった。ベンチの背もたれにぐたっと体重をあずけて、脱力したように夜空を見上げる。

すると―――轟の視線の先には、澄みきった濃紺の夜空がどこまでも広がっていた。そこに点々と散りばめられた星が、ダイヤモンドのように煌めいて見える。
その夜空は・・・轟がこれまでの人生に見上げたどの空よりも、美しい。
ぱちぱちと瞬きながら見入っていれば、A組とB組の談笑している声が寮から漏れ聞こえてきて、賑やかで楽しげな声が耳に心地良いBGMを奏でている。
キンと冷えた冬の空気を大きく吸い込んでみると、全身の細胞が目覚めるような清々しい感覚に、今なら何だって出来そうな気分になった。

「人間、恋をしたら―――世界が変わるぞ!」

兄の言っていたとおりだ。
恋をして、恋心を自覚して・・・そうして好きな人と並んで見る世界は―――こんなにも色鮮やかに輝いて、愛おしい。


「・・・お前と離れてみて、ようやく気づいたんだが、」


離れてみたからこそ、気付いたことがある。
彼女の“隣”が、どんなに居心地が良いか。彼女の言葉が、彼女の笑顔が、どれだけ轟に力を与えてくれていたか。


「(ああ・・・やっぱり、俺は・・・・・・)」


彼女が、好きだ。彼女を大事にしたい。彼女の声が好きだ。彼女の声で名を呼ばれる、あの瞬間が好きだ。彼女に俺を見てほしい。彼女の笑顔が好きだ。彼女の笑顔を、ずっと隣で見ていたい―――とめどなく溢れる想いを噛みしめて、自分の本音を彼女にさらけ出す。


「俺は―――身能がいないと、ダメみてェだ・・・」


普通とはちょっと異なる家庭環境で育った自分がこんな感情を抱く日がくるなんて、夢にも思わなかった。
轟にとって、初めての感情。
だけど―――本能的に、これだけはわかる。
自分がこんな感情を抱けたのは、彼女のおかげだ。轟をこんな気持ちにできるのは彼女だけ。轟の世界を色づかせることができるのは、彼女だけなんだ。
もう・・・彼女から離れるなんて、無理だ。


「気づくの遅いよ、も〜」


冗談めいた調子で指摘された内容に、まったくだと頷きながら焦燥する。
おそらく、轟がこの感情にたどり着くまでの間にも、ライバルたちは着実に彼女との距離を縮めていたことだろう。
今のままでは駄目だ―――轟が今まで通り彼女の“隣”に居すわりたければ・・・今まで通りじゃ、駄目なんだ。
この身能 強子という魅力的な女性の隣に居続けるためにも、前に進まなくてはいけないな と、轟は強く決意するのだった。










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日常的に、轟と夢主はよく一緒にいる(八百万・耳郎にも引けをとらないくらい)と考えてるんですが・・・当連載を読み返すと、二人が一緒にいるところをあまり描写してなかったみたいで、反省してます。ごめんね、轟くん。

轟のお母さん・お姉さんは、轟の恋心にすぐに気づいて、ついでに本人に自覚がないことまですぐに気づいて、巣立ちを見守る心境で見守っていたと思います。
本人のいないところで「焦凍、また手紙に身能さんのことばっかり書いてる(笑)」とか、「あれから進展あったかな!?」とか話して盛り上がっててほしい。



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