A組 VS B組

ヒーローコスチュームを身にまとったA組の面々が運動場ガンマに向かい、颯爽と歩いていく。
自信と期待にあふれた顔で、どこか高揚とした様子のA組―――彼らと道中ですれ違った他科の生徒たちが思わず圧倒されるほど、彼らの士気は高まっていた。


「ついに・・・このときが、キター!!」


テンション爆上がりの葉隠が声を弾ませ、「ワクワクするねー」と笑顔をこぼす。そんな彼女につられて、周囲の女子たちも頬をゆるめた。


「ってか葉隠、寒くないの?」

「めっちゃ寒ーい!!」

「根性だね・・・」

「私 冬仕様〜、カッコイーでしょーが!」

「ええ!」


もう季節はすっかり冬だ。ここ何日かで気温が急激に下がったこともあり、冬仕様のコスチュームに変更した者は多い。そうでなくとも、個性や自身の成長に伴い、入学時と比べてコスチュームが大きく様変わりした者は多いのだ。
そしてそのうちの一人が、強子である。


「強子ちゃん、ガラッとデザイン変えてきたね!?」


そう言うと、葉隠は強子のコスチュームに視線を落とした。
今回、新たにお披露目された彼女のコスチュームは、両腕と両足までピッチリ覆う 黒のキャットスーツ。
それだけでは闇にまぎれる女ドロボウと間違われてしまいそうだが、黒地の服の上には蛍光発色の赤いラインが走るデザインで、その外見を“戦う者”であることを認識させている。とても格好いい。
全身をピチッと引き締めるタイトなフォルムのスーツに加えて、胸元や腰、大腿部といった局部をベルトで締めあげる小粋なデザインが、彼女の肉体美をこれでもかと見せつける。
足元に視線を落とせば、ごついフォルムの厚底ブーツが彼女の美脚ぶりを際立たせている。
そして、強子の背に赤色のマントがたなびいているのは以前と変わらずに、王道のヒーローらしさを演出していた。


「古代の女戦士アマゾネスから、SF感ただよう次世代ヒーローに転身・・・って感じだねっ!」

「たしかに、近未来っぽいデザインというか・・・サイバーパンクっぽさあるよね」


葉隠に続いて、耳郎がじろじろと強子を見ながら呟いた。彼女たちの物珍しげな視線を受けつつ、強子は「フフン」と笑うと手の甲で髪をハラリとなびかせる。


「前のデザインは動きやすさ重視だったけど、防御力をメインに機能性を追求した結果・・・この洗練されたデザインにたどり着いたってワケよ!」


キャットスーツの素材は絶縁体のため電気を通さず、さらには特殊加工が施されており耐熱・耐炎効果がある。つまり、物理攻撃と違って防ぎようがなかった電撃も、火炎攻撃も、爆破だって、多少であれば耐えられるようになったのだ!
しかも、そんな丈夫な素材なのに、生地は伸縮性があって動きやすいのでありがたい。
防御力を重視しながらも、自身の機動性とビジュアルも考えられた、素晴らしいコスチュームである。


「なぁんだ、露出を減らしたのは防御力アップのためかぁ!」


キャッキャとおかしそうに笑う芦戸に、強子は「うん?」と首を傾げた。


「てっきり、ラッキースケベ対策だと思ったよ!天喰先輩と濃厚な絡みあったばっかだしィ「違わいッ!」


肌の露出を減らしたのは事実だが、そんな理由じゃないやい!と強子は食い気味に否定した。
っていうか、触手責めのことはもう蒸し返さんでくれ・・・!


「それもそっか!だって、露出は減ったけど・・・逆に前よりセクシーになってるもんね!」

「うんうん!色っぽーい!」

「ケロ、大人っぽくて素敵ね」

「強子ちゃん、スタイル良くて羨ましいなぁ・・・」

「ええ!新しい装いも、とっても格好いいですわ!」

「・・・胸、強調しすぎじゃない?ひけらかしてんじゃないよね・・・!?」


好奇と羨望の眼差しを向けられると、強子は否定することもなく「まァね!」と口角をあげた。
彼女はぴょんと皆より一歩前に進み出ると、片足に重心を寄せて、くびれが強調された腰に片手を添える。そしてもう片方の手で、顔にかかった髪を耳にかけて、小さく首を傾けた。
女性らしい体のラインがよくわかる服装で、女性らしい妖艶な仕草を見せつければ、A組女子たちも思わず見入って「おぉー!」なんて手を叩いてはしゃぐ。
その後方では、A組男子たちが目のやり場に困ったように明後日のほうを向いていた(峰田は血走った目でこちらをガン見してたけど)。


「―――おいおい、まーずいぶんと弛んだ空気じゃないか・・・僕らをなめているのかい」


A組ではない者の声に、切島がニッと笑顔を浮かべてそちらを振り向く。


「なめてねーよ!ワクワクしてんだ」

「そうかい、でも残念・・・波は今 確実に僕らに来ているんだよ」


もったいぶるようにそう告げたのは、1年B組の物間寧人・・・そして彼の背後には、B組の生徒たちが揃っている。
そう―――今日は、皆さんご存知・・・A組対B組、初めての合同戦闘訓練である!!


「さァ、A組!!―――今日こそ、シロクロつけようか!?」


こちらもだいぶ士気が高ぶった様子で、物間がのけ反りながらA組に吠えてかかるが・・・


「その前に鼻血拭けよな、物間・・・」

「身能のこと見すぎだぜ」


鼻血たれ流しでB組のクラスメイトたちから諌められ、まったく格好がつかない物間であった。
その後、相変わらず彼はA組に食ってかかってきたけど、そんな彼を一蹴して先生たちは淡々と授業を開始した。


「今回、特別参加者(ゲスト)がいます」

「しょうもない姿はあまり見せないでくれ」


皆して「誰だ!?」と期待に満ちた目を向けた先にいたのは、


「ヒーロー科編入を希望している・・・普通科C組、心操人使くんだ」

「「「あ〜〜〜〜!!!」」」


見知った顔に、A組もB組も驚きの声をあげた。
それにしても、心操は以前と見違えるような風貌だ。明らかに体格が良くなっているし、相澤の捕縛布のようなものを持っているし、見たことのないマスクを付けているし・・・A組もB組も、彼に興味津々な様子で浮足立っている。


「心操、一言 挨拶を」


相澤に促されると、彼はすでに覚悟を決めているような表情で口を開いた。


「何名かは既に体育祭で接したけれど、拳を交えたら友だちとか・・・そんなスポーツマンシップ掲げられるような、気持ちの良い人間じゃありません」

「!」


言いながら、心操が強子のほうにちらりと視線を向けたものだから、強子は思わずギクリとして佇まいを正す。


「俺はもう何十歩も出遅れてる・・・悪いけど 必死です」


その真剣な眼差しからは、彼の必死さが伝わってくる。彼が、全力の限りを尽くしてヒーロー科(こちら)に食らいついてくるだろうと容易に想像させた。


「俺は立派なヒーローになって、俺の個性を、人のために使いたい―――この場の皆が 超えるべき壁です・・・馴れ合うつもりはありません」


ご丁寧に、体育祭で拳を交えた因縁の相手である緑谷にも視線を向けて、きっぱりと言い放った心操。
少なからずクラスメイトと慣れ親しんできたヒーロー科の面々は、彼の言葉に初心を思い出したように奮い立つ。


「おぉ、ギラついてる」

「引き締まる」

「初期ろき君を見ているようだぜ」

「そうか?」

「うん―――なァ?身能」

「(げっ!?)」


不意に轟と話していた瀬呂が強子に話を振るものだから、ぎょっと目を剥いて固まった。轟と会話をする機会を久しく与えてもらってないので、つい、緊張が走る。
ドキドキしながら瀬呂ごしにチラッと轟を盗み見ると・・・彼はもう前を見据えていて、ここに強子なんていないかのように振る舞っていたものだから、強子はガクリと項垂れた。


「(やっぱり、今日も私と会話する気ゼロか・・・初期ろき君を見ているようだぜ)」

「なによ、お前らまだ離婚調停中?」

「・・・そもそも結婚してないのにどうやって離婚しろと」


結婚の前にまずは恋仲・・・それ以前に、強子は友だちとしての立場すら怪しいってのにさ。
轟とギクシャクしているのを知っていながら茶化してくる瀬呂を、強子はギッと睨みつけた。


「―――じゃ、早速やりましょうかね」

「戦闘訓練だ!!」


A組とB組の対抗戦―――舞台はここ、工業地帯を模した訓練場 “運動場ガンマ”の一角だ。双方4人組をつくり、1チームずつ戦うことになる。
先生からの説明を聞いて、B組の宍田が考える素振りを見せた。


「A組は21名で、B組は20名・・・となると、心操氏をB組に加えて人数を揃えるのでしょうか?それにしても、4人1チームとすると半端が出ますな・・・」

「ってか戦闘経験の少ない心操を加えるって、B組ハンデにならない!?」


どうチーム分けをするのかとザワつく生徒たちに、「合理的じゃないな」と言いたげな顔で相澤が説明を続ける。


「心操は今回、2戦参加させる。A組チーム・B組チームそれぞれに1回ずつ・・・心操が加わったチームは5人で1チームってことだ―――それから、身能!」


唐突に名前を呼ばれ、強子は嫌な予感に眉根を寄せた。
21人のクラスで “4人1チーム”とくれば・・・おのずと、あぶれる一人が誰になるか限られてくる。


「身能、お前は今回・・・“特別枠”だ」

「・・・と、いいますと?」

「A組は身能を抜いた20人でチーム分けをする」

「うわ、やっぱりそうなる・・・待って、じゃあ私はっ!?」

「心操が参加する2試合のうちの1試合、心操と敵対するチーム側で参加だ」


全5試合あるうちの2試合は 心操を加えた5人対4人の試合になるけど・・・その4人チームのほうに強子を加えることで、5人対5人の試合とするわけか。ただし、強子の参戦は1回のみ。
人数調整のためとはいえ、久しぶりの“補欠”扱いにゲンナリする。
この割り振りなら、おそらく強子はB組+心操チームと戦うことになるんだろうな。チームの構成が“原作”と同じになるかは、クジを引くまでわからないけど。
まぁ、なんにせよ・・・強子の対戦相手の一人が心操なのは確定事項だ。心操のほうを見やれば彼も強子を見ていて、視線だけでバチバチとやり合う。


「さて、今回の状況設定は『“ヴィラングループ”を包囲し確保に動くヒーロー』!お互いがお互いを“ヴィラン”と認識しろ!4人捕まえたほうが勝利となる!」


双方の陣営には『激カワ据置プリズン』が設置されており、自陣のプリズンに相手を投獄することで捕まえた判定になるそうだ。
ふむふむと各々が勝利条件を確認していると、爆豪が何やら察したように口を開いた。


「“4人捕まえたほう”・・・5対4のチームにはハンデがあるっつーことか」

「ああ・・・経験の少ないメンバーを入れる事、そして5人チームでも4人捕らえられたら負けってことにする」

「ンで?そうなると“特別枠”を加えたチームだけ有利になるんじゃねーのか?5対5で敵対チーム側には数的有利もなきゃ、“お荷物”抱えて戦わなきゃなんねェんだからよ」


強子のほうを見ながら爆豪が訝しむように指摘する。
・・・そうなのだ。彼の言う通り、このチーム分けにはどうにもスッキリしないところがあった。いくら補欠扱いといえど、さすがにこの割り振りは、強子がいるチームに条件が良すぎる。


「もちろん、その点を考慮して彼女にはハンデを抱えて戦ってもらう!今回、1試合の制限時間を20分としているが・・・身能には、開始10分後から行動を開始してもらうこととする」

「はあ!!?」


嘘だろ?10分後からスタート!?試合の半分は動けないってこと!!?


「い、一応聞きますけど、もし開始10分以内に仲間4人が捕まった場合は・・・?」

「お前のチームの負けだな」

「そうならないためにも、しっかり仲間と作戦を立てておけよ」


非情すぎる・・・!
言い渡された“ハンデ”に衝撃を受けた強子がわなわなと震えている間にも、チーム分けのクジ引きがなされて着々とチームメンバーが決まっていく。
そして、クジの結果は、どのチームも“原作”で見たメンバー構成であった。
両クラスとも4人組チームに分かれたところで、心操もクジを引き―――A組チームは1戦目・・・蛙吹、甲田、上鳴、切島のメンバーと組むことが決まった。続いて、B組チームは5戦目・・・物間、小大、庄田、柳のメンバーと組むことが確定した。
やはりこれも、“原作”と同じ展開である。


「(私は5戦目だろうから・・・あぁ、デクくんたちとチームアップするのか・・・)」


試合の最中にワン・フォー・オールが暴走し、『黒鞭』を制御しきれず敵も味方も危険にさらすハメになる未来を知っている身としては、あまり気が乗らない・・・けど、仕方ない。A組の勝利に貢献するため、しっかり働くとしよう。
ため息まじりに、5戦目チームの麗日たちがいるところへ足を向けると、背後から相澤の声がかかった。


「あー・・・スマン身能、言ってなかったが―――今回お前が参加するのは、B組チームな」

「・・・・・・はい?」


言っている意味がわからず、強子はパチクリと瞬きながら相澤を見つめる。


「これもハンデの一環だ・・・普段から連携とってるA組とではなく、慣れないB組メンバーとチームアップするように」

「っ、はぁあああ!!?」


A組バーサスB組の戦いで・・・よもや、強子がB組サイドにまわることになろうとは!
強子が悲痛な叫びをあげた背後―――B組一同は「っしゃ!」とガッツポーズをとった。
一方、A組はというと・・・哀れな強子の境遇に、薄笑いを浮かべている始末。おかしいな・・・A組はもっと残念がってくれるものと思ったんだけど?


「っていうか、先生!そういう大事なことは先に言ってくれませんん!?」

「悪かったな・・・それよりお前、1戦目だろ?早く行ったほうがいいんじゃないのか?」

「はっ・・・そうだった!」


B組サイドとして心操と戦うってことは、強子の出番は 1戦目である。作戦会議の時間が少しでもほしいとこなのに・・・よりによって1戦目かよ、畜生!!
ツキに見放されたような心地になりながら、強子はB組のチームメンバーの元へダッシュで駆け寄った。










チームのメンバーは、塩崎、宍田、鱗、円場と強子の5人だ。
宍田は林間合宿にて“増強型”の括りで強子とともに訓練していたため、連携が取りやすい。それに、常日頃から物間を通してB組の情報を得ている強子にとっては・・・正直、B組とのチームアップはハンデにもなり得ない。
見誤ったようだな、イレイザーヘッド!
―――とはいえ、前半の10分間まったく動けないのは、けっこう痛い。


「・・・やっぱり、一番厄介なのは心操くんの『洗脳』でこちらの連携をくずされることだね」


前半は戦力になれないぶん、せめて、試合開始前にできることはやっておきたい。
わずかな時間の中、強子はチームメイトたちとの作戦会議に精を出す。互いの得意な戦法や、必殺技に、新技も・・・それから、A組と戦う上での傾向と対策。
考えろ―――心操を加えたあのA組チームを、どうすれば切り崩せるか。


「話すときは、お互いの口元を見るように気をつけよう!あと、対策としてはツーマンセル(二人一組)で動くのがいいんじゃないかな?バディが洗脳にかかってもすぐに解除できるし」

「ウム、洗脳にかかった味方に妨害されてはたまらんですぞ」

「“衝撃”で解けるって話だから、頭でも叩きゃ解除できるよな」

「それで・・・組み合わせはどうする?」


鱗に問われ、強子は口元に手を当てて思案する。


「宍田くんと円場くんが前衛で攻めて、遠距離にも強い塩崎さんと鱗くんは後衛でサポートするってのは?」

「いいね、それでいこう」

「謀だなんて罪深きことですが・・・仕方ありません」

「身能はどうする?参戦後は、前衛に合流か?」

「うん、後衛だとできることが限られちゃうから」

「んじゃ 俺ら前衛が攻撃の主軸、後半は身能もコッチに合流ってことで・・・よっしゃ、いっちょ暴れまわろうぜ!」


ざっくりとだけどB組チームの戦闘スタイルが固まり明るい兆しが見えてきたところで、強子はニッコリと笑顔で告げる。


「とにもかくにも・・・みんな、10分間頑張ってね!10分経ったら―――あとは この私がチームを勝利に導いてみせるから!」


調子のいい彼女の言葉にノセられ、B組チームは目の色を変えて闘志をみなぎらせた。










そして、試合開始の合図から10分が経とうという頃―――
強子はどうしているかといえば・・・自陣のプリズンの中で、軽いストレッチをして過ごしていた。
参戦できない10分間は、試合に影響を与えぬようプリズンに入っていろと指示されたからだけど・・・何も悪いことをしてないのに牢獄に閉じ込められるなんて、遣る瀬ないぜ。


「(にしても・・・結局、誰も投獄されなかったな)」


未だ自陣のプリズンにはA組の誰も囚われてないし、敵陣のプリズンにB組の誰かが囚われたという実況も聞こえてこなかった。
“原作”においては、わりと早々に両チームとも投獄されて人数を減らしていた気がするけど・・・なんの因果か、まだフィールド上の誰も欠けることなく、両チームの全員が戦闘継続中というわけだ。
ワクワクと参戦を心待ちにしていると、強子の耳にブラドキングの実況が届く。


『試合開始から10分経過―――身能、行動開始!!』


聞くや否や シュバッと牢を飛び出して、強子は入り組んだフィールドを縦横無尽に駆け抜けていく。複雑に、無秩序に立ちはだかる障害物を難なくかわし、飛び越え、かい潜りながら・・・目的地への最短距離を、びゅんびゅんと風を切って突き進む。
目的地の位置ならば、牢の中からでも“感覚強化”によって割り出すことは容易かった。だって強子の目的地は、喧騒が飛び交う戦場なのだから。


「・・・ん?」


かなりのスピードで移動している中で・・・ふと、強子と並行して動くものが視界に入ってきた。
それは、一羽の鳥だった。おそらくは口田が強子を偵察するために動かしているのだろう。しっかりと強子を警戒し、対策を講じてきているA組チームに、フッと笑みがこぼれる。
向こうが強子を見くびって油断してくれていれば、隠密行動で敵の隙をつき、揺動・撹乱する戦いもアリかと思っていたけれど・・・


「こっちの位置も動きもバレてんだったら、もう・・・堂々、正面突破でいいよねっ!!」


強子は超パワーで目の前にある建物にすばやく駆け登ると、屋上のフェンスにガシャンと乗り上げ、階下を見下ろした―――と同時に、階下にいた彼らも一斉に強子を見上げた。
そう、見下ろした先こそが強子の目的地・・・戦場である。


「待たせたね」


不敵に口角を上げ、強子が告げる。それに呼応して、


「来たなァ、身能!」


ニカッと楽しげに笑った切島。その隣では、先ほどの鳥に「感謝します」と告げながら、口田が警戒するように強子を見上げている。


「げェ!早ぇよ、もう来たのかよ〜」

「ケロ・・・ここからが正念場ね」


強子の登場に文句をたれる上鳴に、緊張感をもって告げる蛙吹も。彼らが一様にボロボロになっているのを見ると、この10分間の戦闘がいかに熾烈なものであったかが窺える。それと、姿は隠しているけど・・・心操もだいぶ息があがっているようで、疲労の色が見えている。
では、B組チームに優勢な戦いだったのか?と仲間たちを見ると・・・こちらも中々にボロボロであった。
両チームの実力は拮抗していて、かなりの接戦だったんだと気付かされる。


「ハッハァ!勝負あったな、A組!!身能が来たからにはコッチのもんだぜ!」

「眠れる獅子のお目覚めですぞ!!」

「龍の逆鱗に触れた者の末路を思い知れ!」

「今こそ、審判のとき・・・!」


いや、味方が増えて気が大きくなるのはわかるけど・・・獅子とか龍とか、なんか失礼なこと言ってない!?少し複雑な気持ちになったが、それだけ信頼されているのだと思い直して、強子はさっと戦場を見渡した。
彼らが戦っている場所は、工事現場で仮設される足場のように 鉄製の板やパイプが何階層にも積み上げられた、巨大なジャングルジムのようにも見える立体的なフィールドだ。
見通しが悪く、物陰に隠れやすいそこは、心操の強みを活かすには最適な場所といえる。
一方で、B組の攻撃の軸である宍田にとっては、『ビースト』化で体格アップすると動きにくいだろう。鱗にとっても『鱗』を飛ばす攻撃が当てにくく、塩崎の『ツル』攻撃も手数を絞られてしまう。


「(なるほど・・・こりゃ、苦戦を強いられるわけだ)」


不利な状況下、各個人の防御力が高いからこそB組はこの10分間を生き残れたんだろう。しかし、彼らはこの10分間で手の内を全てさらけ出して、すでにジリ貧・・・消耗戦に突入しているはずだ。
だとするなら、


「うん―――いったん、壊そうか」


ぽつりと呟くと彼女は建物の屋上から躊躇なく飛んで、彼らと同じ戦場へと降り立つ。
強子の行動にA組が一気に警戒を高める中・・・彼女は仲間たちを振り返る。そして、その顔を見たB組が、ハッとしたように動き出した。
円場は『空気凝固』で空中に大きめの足場を作り出して宍田と乗り上げ、塩崎は地に根を張るように『ツル』を伸ばして頑丈なシェルターを作ると、鱗と二人で中に閉じ籠もる。


「な、なんだ・・・?」


切島たちがB組の突然の行動を不審に思い、戸惑うのを見ながら、強子は自身のブーツにそっと触れる。そして、ブーツに取り付けられたダイヤルをカチリと回して、その足をゆらりと持ち上げる。
今の不利な状況を打破するのに有効な一手があるとすれば、それは・・・まだA組にも披露したことがない、強子の“新技”くらいだろう?


「いくよッ!このフィールドを・・・崩す!!」


持ち上げた足を、超パワーで振り下ろした。
ズドン、と衝撃波がくるほどの猛打―――直後、何階層もあった鉄製のジャングルジムが、そこに隣接する建造物を巻き込んで・・・まるで脆いオモチャのようにボロボロと壊れ、崩れ落ちていく。立体的だったフィールドが見晴らしのいい更地になるまで、1分とかからないだろう。


「うっわ・・・すげぇパワー」

「ウム、圧巻ですな!」


ジャングルジムを踏み抜いて壊した本人はというと、円場の作った足場に飛び乗って避難していた。
強子の超パワーに感心する彼らに「ありがとう」と笑顔で返し、ブーツのダイヤルをカチリと戻す。
そう―――このブーツこそ、強子が新たに導入したサポートアイテムである。ダイヤルを回して“スタンピングモード”をONにすると、強子の踏み抜く力を何倍にも増強して地面に伝播してくれるのだ。
まあ、自力でも同等のパワーを発揮できなくもないけど・・・このブーツがあると無いとでは、強子の身体への負担が段違い。そのうえ踏み抜いたパワーを、自身を中心に円周状に拡げるだけでなく、指向性をもたせることも可能。
つまり―――今まで出来なかった範囲攻撃、遠距離攻撃が出来るようになったということだ!これでもう身能強子に、死角はない!!


「さて、B組!!―――仕切り直しといきましょうか!」


そう言って眼下に見下ろした先には、A組の彼らがいる。
あらかじめ逃げ道を用意していたB組チームと異なり、彼らは見事に崩落に巻き込まれていた。山ほどの鉄材が崩れ落ちてくる中を必死に逃げ惑う彼らは・・・隙だらけ。
先ほどまで姿を隠していた心操も、隠れ場を失って姿を現した。


「っ、心操がいた!また見失うと厄介だ、ここで捕えるぞ!!」

「わかりましたぞ!」


宍田は背中に円場を乗せ、足場からバッと飛び降りる。そして、また姿をくらまそうと背を向けている心操に、ビーストモードで一直線に向かっていき・・・彼の雄渾な腕が、ついに心操を捕える―――その直前、


「さ せ ね ェ!!!!」

「「「!?」」」


切島が、周囲の鉄材を吹き飛ばしながら突っ込んできたかと思えば、『硬化』したまま宍田にタックルをかます。
これがなかなかのパワーで、怒涛の勢いで駆けていた宍田の巨躯がノックバックされるほど。さらに、その衝撃で宍田の背中に乗っていた円場も、背後にふっ飛ばされた。
そして、飛ばされた円場が宙に浮いている僅かな一瞬、彼は無防備になる。その僅かな隙を狙っていたかのように、蛙吹が動いた。


「っ!?」


シュルッと俊敏な動きで、蛙吹の舌が円場に向かって迫りくる。
駄目だ、捕らわれる!!と観念しかけた円場だったが・・・


「私のことをお忘れ!?」

「「!?」」


目にもとまらぬスピードで円場の背後に回り込んで彼をガシリとキャッチすると、強子は余裕の笑みを張りつけたまま蛙吹を見やる。
間髪入れず、円場へと伸ばされていた舌を ぐわしと掴んで、思いきり自分のほうに引き寄せれば・・・力負けした蛙吹の身体が地から離れ、強子のほうへとグンと引きずり出される。まるで魚でも釣り上げるように蛙吹の身体を強子の元へたぐり寄せたと思えば、


「ごめんね、梅雨ちゃん」


彼女の耳元に囁きながら・・・ボディに一発入れ、ノックアウトさせる。


「梅雨ちゃんっ!!」

「嘘だろ!?梅雨ちゃんがやられた!!」


完全に意識を飛ばした彼女を抱えあげると同時に、あちこちから驚愕の声があがった。
彼女を牢に入れられる前に取り返さなくてはと、即座に切島が行動をおこす。彼は安無嶺過武瑠(アンブレイカブル)状態で、凄まじい気迫とともに強子に向かってくるが、


「させませんぞォ!!」


宍田が切島の前に立ちはだかって、一触即発―――『ビースト』のパワーと『硬化』のタフネスが ぶつかり合う。
その激しい攻防を横目に見ながら、強子は蛙吹の舌を彼女の身体にぐるぐると巻き付けて手早く拘束する。


「よし、まず1人目!」


・・・正直、A組チームのこのメンバーの中で、最も警戒すべきなのは蛙吹だと思う。『蛙』らしい秀でた身体能力はもとより、彼女の洞察力、判断力・・・いかなるときも冷静さを欠かない彼女は、チームの精神的支柱といえる。
だからこそ強子は真っ先に蛙吹を片付けたいと考えていたわけで・・・こうして彼女を捕えたことで、戦況は大きく傾くはずだ。
それにしても と、強子は蛙吹を見下ろして眉をひそめる。


「このまま牢まで持っていくのが定石、だけど・・・往復の時間が惜しいな」


強子が蛙吹を牢に運んで戻ってくるまで、そこまで時間はかからない。けれど、双方の実力が拮抗している中で強子が抜けてしまうのは、いささか不安が残る。蛙吹捕獲で得た数的有利も無駄になるし。
せっかくなら、このままたたみかけて一網打尽にしたいところだけど・・・打つ手はないだろうかと考えた強子は、ある提案を口にする。


「ねえ、円場くんの個性で梅雨ちゃんを閉じ込められない?」


彼の必殺技“エアプリズン”なら、強固な空気の壁で箱型の檻を作れるので、一時的にそこに蛙吹を閉じ込めておけるはず。そうやってA組チームを1人ずつダウンさせては捕えていき、最後に4人まとめて牢にぶち込めば勝ちだ。
いちいち牢まで運んでいく手間と時間が省けて効率的じゃないか?と、強子が自信をもって円場に問うが、彼からの返答がない。


「・・・円場くん?」


どうしたんだろう?あ、心操ボイスを警戒してるから、顔を見て話さないと返答してもらえないのかも。
そう思って彼を見れば、彼は顔を真っ赤にして口元を押さえ固まっていた。ええと・・・本当にどうした?


「む、ムネが・・・っ!!」

「ムネ?・・・・・・ああ、胸ね」


そういえば、さっき彼をキャッチした拍子に、彼の身体がポヨヨンと強子の胸に押し当てられていた気がする。それで、戦闘中にもかかわらず 顔を赤らめてドキドキしちゃってるって?


「もうっ、集中して!戦闘中のラッキースケベなんて今更でしょ!?」


呆れまじりにため息をこぼし、円場にピシッとデコピンをお見舞いする。
しかし、それでも「身能に怒られちゃったやぁ」とヘラついた顔をしている彼に、なにをそこまで浮かれることがあるだろうかと強子は怪訝そうに小首を傾げた。



だが、一方で―――この第一試合の様子をモニターで観戦していたB組の生徒たち(とくに男子)は、血走った目でモニターにかじりつき、


「「「(羨ましい・・・!)」」」

「(円場め、身能さんとイチャイチャしやがって!!)」

「(身能にデコピンで叱られるとか最高!!)」


そんな具合に円場の境遇を心底羨みつつ、すこぶる共感していた。
その隣では、同じくモニターを見ていたA組の生徒たちが、


「「「(なんか・・・なんだかなぁ・・・)」」」


言葉には表現しづらい複雑な感情をモヤモヤと燻らせつつ、A組の勝利を心底願っていた。



ギャラリーが悠長に「アイツら楽しそうだなァ」なんて思っている間にも、戦況は動きつつあった。
上鳴、口田の二人が、蛙吹を取り返そうと躍起になっていたのだ。
上鳴のほうは塩崎のツルから逃げるので精一杯のようだが・・・問題は、口田だ。彼が操るカラスたちの集団が鱗に襲いかかり、彼の動きを封じている。鱗もウロコ銃で抵抗しているけど、なんせカラスはすばしっこく飛び回る上に、数が多い。
そうして鱗の足止めに成功した口田が、蛙吹を抱えている強子を鋭く見据える。


「っ、円場くん!」


緊迫した声で呼びかければ、色ボケモードを解消した彼が「はいよ!」と応えて息を吸い込んだ。たちまち、蛙吹を囲うように箱型のエアプリズンが作り出される。


「簡単に割られないよう、念のため・・・!」


そう言って、彼はエアプリズンを二重、三重と上から重ねあげた。うん・・・これだけ頑丈なら、うっかり割られて蛙吹を奪われることはないだろう。
強子は蛙吹から目を離し、口田のほうに振り向きながらブーツのダイヤルを回す。
彼女の視線の先には、口田に操られている 無数の虫。蜂やらムカデやら、毒持ちの虫もちらほら見えるので「たかが虫」と馬鹿にはできない。
だから・・・スタンピングモードとは別の、もう1つのモードを使わせてもらう。
強子は片足を浮かせると、超パワーを発動させて足を踏み落とす。


「・・・“ライトニングモード”!!」


瞬間、彼女の足元から眩しい稲妻が走り、まっすぐに虫の大群へと向かっていって・・・バチバチッと、感電した虫たちが地面に転がった。
しかし、それでも稲妻はとまらず、その先にいる口田へと向かっていく。まさか彼女から電撃を放たれるなんて夢にも思わず、回避も防御もできなかった彼をビリリと痺れさせた。


「っ!!」


身体が麻痺して動けなくなる一瞬、その僅かな隙を見逃さなかったのは・・・今度は我々のほうだ。


「迷える仔羊を導かなくては・・・」


ツルを口田に巻き付け、口元も塞ぐように全身ぐるぐると簀巻きにして彼を無力化する。円場がとどめとばかりに口田を三重エアプリズンで囲って、「2人目ゲット!」とサムズアップ。
すると、入り組んだ造りの建物を利用して塩崎のツルから逃げ回っていた上鳴が、「口田ぁぁ!!」と悲痛な叫びをあげた。


「フザけんな聞いてねえよ!俺の専売特許だろ、それ(電撃)は!!」

「ンな決まり、ありませんけど?」


強子に向かってがなり立てる上鳴に、強子はニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
この“ライトニングモード”では、ブーツに内蔵された発電機に強子が踏み抜く力が伝わると、発電が行われる仕組みだ。
水力発電や風力発電のように運動エネルギーから電気を作り出すわけだが・・・その運動エネルギーを、強子の超パワーで一瞬にして生み出している。『身体強化』だからこそ出来る攻撃なのだ。
そしてこの“ライトニングモード”でも、自身を中心とした無差別放電はもちろんのこと、指向性をもたせることが可能。あ〜、便利〜!


「やっぱコイツやべぇわ!―――切島ァ!頼む、身能 つぶしてくれ!!」


叫ぶように告げると、彼は、手元のシューターからポインターを射出し・・・宍田の背中に取り付ける。


「おい宍田!背中にポインターが・・・っ!」


円場が焦ったように声をあげる傍ら、強子は地面を蹴り上げ、宍田のもとへ瞬時に駆けつける。
・・・だが、あと一歩というところで強子の手は届かず、


「痺れろォオ!!」


上鳴の放った電撃が一直線に宍田へ向かって収束し、ビリビリと彼の身体が感電する。彼が電撃によって麻痺し、戦闘が出来ない状態になると同時・・・切島が強子に拳を振り抜いてきた。
本気で強子を仕留めにかかっている硬い拳をひらりと避け、間髪入れずに強子もぐぐっと腕に力をみなぎらせてから、彼の顔面めがけてパンチを放つ。

―――ドガッ!!

猛々しい衝撃音とともに、切島の顔面に拳が入った。しかし、


「・・・いったぁ」


ダメージを受けたのは強子のほうだった。打ち込んだ拳から、赤い血がポタポタと流れ落ちる。
彼の『硬化』した身体は刃物のような鋭利さを併せ持つため、迂闊に攻撃すればこうなるわけだ。攻防一体の良い個性だよなと、改めて思う。


「烈怒交吽咤(レッドカウンター)!!」


カウンターパンチをいなしつつ、キュッとその場でターンすると彼の横っ面に踵を打ち込む。瞬間、衝撃でふらついた彼の腕を掴み、背負い投げの要領で彼を地面へと叩きつける。
その連撃に対しても彼は怯むことなく受け身をとって、かと思えば、雄叫びをあげながら再び強子に殴りかかる。
殴り、殴られ、かわし、かわされ と、目にも留まらぬスピードで、激しい力のぶつかり合いが繰り広げられていく。強子も切島も、どちらも近接格闘タイプ。タイマンを得意とする者どうし、得意の押し付け合いがとどまるところを知らない。


「マジ頼むぞ切島!身能に対抗できんのお前しかいねェ!!」

「動け、宍田ァ!!身能に加勢しろ!」

「っ、今 行きますぞ!!」


感電して動けずにいた宍田が、ふらつきながらも円場の指示に応えて動き出す。
だが、アレ?と強子は疑念を抱く。


「(今の声・・・本当に円場くんだった?)」


チラと周囲に視線を走らせれば、上鳴を追っていた円場が「今の俺じゃねェぞ!?」と慌てた素振り。
次の瞬間には、強子の頭上にゆらりと影がさす―――どうやら、宍田は強子を狙うように洗脳されたらしい。

―――ドゴンッ!!

宍田の巨躯で、全体重をかけて繰り出されたパンチが強子に向けて振り下ろされると、退避した強子がいた場所にクレーターが出来あがった。えげつないパワーには驚かされるが・・・洗脳されているせいか、動きは単調で見切りやすい。
宍田が次の攻撃体勢に入ったのを視認し、強子は流れるような機敏な動きでするりと切島の背後にまわった。
咄嗟のことに、がっつりパワー勝負する気で腰を落としていた切島は反応が遅れる。すかさず彼の腰のベルトを掴んで、その場から逃げられないよう固定する。


「っ!?」


彼が強子の行動の意図を理解したときには、すでに宍田の腕は振り抜かれていた。圧倒的なパワーで剛腕が振るわれ、切島の身体が薙ぎ払われる。直線状にぶっ飛ばされた切島が行き着く先は・・・上鳴を捕えようと塩崎が伸ばしていた『ツル』の群生地。彼が無数のツルによって雁字搦めにされるまで、あっという間であった。
そして、切島を身代わりにし、ちゃっかり自分だけ宍田の剛腕を回避していた強子は、宍田が次のモーションにうつる前にと 彼の鼻っ面にチョップする。


「はい 起きてー」

「ハッ・・・!?」


宍田の洗脳が解けたところで、先程からちょこまかと逃げ回っている上鳴のほうへ向き直る。


「これで3人―――次は、上鳴くんでいいかな?」


フィールド上にはまだ心操もいるけど・・・次のターゲットは、ちょうど目と鼻の先にいる上鳴でいいだろう。
宍田が「上鳴氏の放電は侮れませんぞ!?」と警告するが、強子は笑顔で「私のコス、電気とおさないから」と上鳴にも聞こえるよう答える。
だってそりゃ・・・サポートアイテムで電撃を使うのに、自分が痺れてちゃ世話ないもんな。
意気揚々、上鳴へと距離をつめていると・・・先ほど切島を捕えたツルの群生地から、数多のツルが一斉に強子に襲いかかってきた。


「!?」


一瞬のうちに強子は簀巻きにされ、宙吊り状態に。
どうやら今度は塩崎が『洗脳』の餌食になったらしい。まったく、怒涛の勢いで洗脳かけまくりやがって 心操め!
強子は両腕・両足を突っぱるように力づくで広げ、身体に巻き付いたツルをブチブチッと引きちぎる。これで解放されたかと思ったが・・・また新たに幾本ものツルが強子に伸ばされ、巻き付いてくるという無限ループに陥る。


「(なんか最近、触手系にグルグル巻きされてばっかだな・・・)」


触手に恨まれるようなことしたっけ?と、自嘲気味に笑みをこぼしているうち、鱗がウロコ銃を塩崎に飛ばして『洗脳』を解いてくれた。ありがたい。
それにしても・・・捕縛系個性ってのは汎用性もあって強力だけど、敵にまわすと厄介極まりないもんだな。


「さて、と・・・」


ツルの妨害も乗り越え、ポキポキと拳を鳴らしながら上鳴に向かって足を進めれば、彼は青ざめた顔をヒクリと引きつらせた。
強子に電気は通用しない。取っ組み合ったところで、パワーでは彼女に勝てない。逃げたくとも、スピードだって勝てないし、居場所を即時捕捉されるので逃げようがない。たとえ彼女を出し抜いたとしても、宍田が後に控えている。


「ぁ・・・悪魔かよ、お前・・・」


悪夢でも見てるかのように怖気づく彼に、「悪魔だなんて、失礼しちゃうわ!」と頬をふくらませる強子。


「私が許せるのは、“小悪魔”呼びまでなんだけど?」

「いやもう悪魔こえて、“魔王”だろ!!」


小悪魔なんて可愛いモンじゃねえよ!と 上鳴が食い下がると、強子がキッと目をつり上げ「誰が魔王だ」と上鳴に平手打ちをかました。


「ぶべらっ!!!」


情けない悲鳴のあと、辺りに静寂が訪れる。
強子の平手打ちにより脳を揺さぶられた彼は、意識を飛ばしていた。
それを確認すると、B組メンバーがわっと活気にあふれる。


「よっしゃァ!これで4人落ちた!!」

「あとは牢に入れれば我々の勝ちですぞ!」

「それじゃ、さっさと運ぼうぜ!」

「これで罪なき仔羊たちが救われる・・・」


捕えた4人を自陣のプリズンまで運ぶ作業に入った彼らの傍ら、強子はあらぬ方向を見つめて佇んだまま動かない。


「・・・まだだよ」


ぽつりと呟く。
どうしたんだ?とB組メンバーが強子を見つめる中、「まだ、終わってない」と静かに告げる。


「フム・・・心操氏はまだ諦めてないようですな」


強子と同じく優れた嗅覚をもつ宍田も、心操の動きを察知した。
B組陣営のプリズンの方角に移動しているってことは、心操は強子たちを待ち伏せし、機をうかがって仲間を奪取する算段なのだろう。


「けどさ、洗脳さえ警戒してりゃ驚異にはならないだろ?」

「それはそうだけど・・・」


円場の言うとおり、面倒な心操にかまわずとも勝利条件を満たすことはできる。心操を深追いする必要性はない。


「だけど・・・今回は、ヴィラングループの確保って“設定”でしょ?なら、ヴィランを見逃すわけにはいかないじゃん」


ニヤリと笑んだ強子の言葉に、彼らも「確かに・・・」「さすが身能!」と納得する。そうそう、それに・・・せっかく心操とやれる機会があるのにやらないなんて、勿体ないじゃん!!





まだ、試合終了までは時間がある。
A組チームは4人捕らわれはしたが・・・試合終了までに“投獄”されなければ、A組チームの負けにはならない。今の時点なら0−0で引き分けに持ち込める。
だから心操は、なんとしても、仲間が投獄されるのを防がなくてはいけない。どうにかして、捕まった仲間たちを取り返さなくては。
多勢に無勢だ。けれど、


「(・・・絶対に、取り返す!!)」


入り組んだ場所に身を潜ませ、じっと “その時”を待っていると、


「心操くん、みーっけ!」


突如として頭上から陽気な調子で名を呼ばれ、ギクリと心操の肩が揺れた。
しかし即座に反応すると捕縛布を手繰り、上の階層から心操を見下ろしている強子の 足場を崩しにかかる。立て続けに、彼女の上に鉄材を落下させるよう周囲の建造物を崩落させていく。
けれど、彼女が鉄材の下敷きになるより早く円場が空気の壁を作り上げ、防御されてしまった。


「・・・俺を相手に 2対1か。お前にしては、ずいぶんと弱気じゃないか?」


ハッと鼻で嗤うように言って、強子を見やる心操。
小憎たらしく煽ってくれるが・・・そんな安い挑発にのるほど 強子は甘くない。彼の問いかけには口を開かず、ただニッコリと笑んで返す。
この状況じゃ、強子に洗脳はかからない。取っ組み合ったところで、パワーでは彼女に勝てない。逃げたくともスピードだって勝てないし、居場所を即時捕捉されるので逃げようがない。たとえ彼女を出し抜いたとしても、円場が後に控えている。


「今なら上鳴の気持ちがよくわかるな・・・」


その言葉に、強子はニッコリ笑んだままグッと拳を握って掲げてみせた。お前まで強子を悪魔呼ばわりするならブン殴るぞ、という警告である。
そして・・・どれだけ煽ったところで彼女が口を開かないことを悟った心操は、ふうと息をついて肩の力を抜くと、捕縛布から手を離した。


「・・・・・・やっぱり、お前はすごいよ」


強子が心操へと近づいていく最中、観念したような声音で告げられる。


「今日まで積み重ねてきたもんを、お前に見せてやる って・・・勝つつもりで挑んでたんだぜ?それなのに―――悔しいよ。こうも歯が立たないとはな」


卑屈っぽい笑みを浮かべて、悔しげに吐露する心操。
この戦闘訓練は心操の“編入試験”を兼ねている――そのことに勘づいている彼にとって、こうも一方的に敗北する結果は・・・悔やんでも悔やみきれないものだろう。
でも、そのわりに、心操はどこか吹っ切れたような清々しい表情で口を開いた。


「なぁ、身能・・・・・・俺さ、」


彼女から視線を外すようそっと顔を俯け、心操は少し緊張したような声で告げる。


「―――お前のことが、好きだ」


彼の言葉に、息がとまる。
強子は目を見開き、彼の言葉を頭の中で反芻して・・・


「えっ、えぇぇええええ!!!?」


・・・と、背後で円場が叫ぶのを耳にして、「あちゃー」と眉間を押さえた。
次の瞬間には、強子を囲うようにエアプリズンが作られて、心操はこちらに目もくれずダッと逃げ出した。


「もうっ、こんな見え透いた手に引っかかるか!?フツウ!」


まんまと洗脳にかかって強子を足止めしてくる円場に「信じられない!」と文句をたれつつ、エアプリズンを叩き割るため拳を握る。



だが、一方で―――この第一試合の様子をモニターで観戦していた生徒たちの大多数は、目をかっぴらいてモニターにかじりつき、


「ええぇぇええええ!!!?」


円場と同じく、あごが外れたかのように口をあんぐりさせて絶叫をあげていた。
その反応を見るに、心操の策に引っかからない者はむしろ少数派かもしれないなと、生徒たちの危機意識の薄さを案じて教師陣が渋い顔をしている。



ギャラリーが悠長に「告白シーン見ちゃったぁ!」とか思っている間にも、戦況は動く。
エアプリズンを叩き割った強子が、再び円場に妨害される前にとダッシュで心操を追う。
捕縛布を使った移動はなかなかのスピード。だけど、強子を振り切るには至らない。


「つかまえた」


すぐ彼に追いついた強子は、彼の身体に掴みかかり、うつ伏せになるよう床に押さえつける。腕を後ろにひねりあげて抵抗できなくしてから、彼の背に乗っかって体重をかける。
そうして身動きできなくなった彼を見下ろし、強子はフフッと笑顔をこぼした。


「・・・言い逃げだなんて、ヒドイじゃない?」


おちゃらけた口調で言えば、彼はウッと言葉につまる。
そんな彼を見てほくそ笑んでいると、強子を追ってきた円場が、心操を押さえつける強子をエアプリズンで囲った(アンタまだ洗脳にかかってたんかい!)。
エアプリズンは音を通さない独居房とあって、外界から切り離されたように、強子と心操がいる空間だけが静寂に包まれる。耳に届くのは二人の息遣いと、衣擦れの音くらいだ。
その静けさの中・・・強子はそっとかがむと心操の耳元に口を寄せ、


「―――私も 好き」


甘く囁やけば、心操が息をのんだ。
エアプリズンの外に、強子の声は聞こえない。つまりそれは、心操の耳にだけ届けられた 愛の言葉―――だったはずだが、


「・・・って、言うかもしれないのにィ?」


直後、イタズラっ子のようなケラケラとした笑い声がエアプリズン内に響きわたった。
おかげで先ほどの甘い空気なんて儚く吹き飛んで、一気に現実に引き戻される。
小憎たらしい彼女の笑い声を聞きながら、心操はゴッ!と勢いよく額を地面に打ちつける。その耳は赤く、熱をともっていた。


「私に色仕掛けしようなんざ、10年早いわ!」


撃沈するイケメンを組み敷くってのは、なかなかに気分がいいな・・・なんて悦に入っていると、A組メンバーの投獄を終えた宍田たちがこちらに向かっているのが見えて、強子は満面の笑みを浮かべた。
第一セットの結果は4−0圧勝、強子率いるB組チームの 勝利だ!!










==========

今回は思う存分に暴れられたんじゃないでしょうか・・・良かったね、夢主!

アニメ5期のED、誰の誕生日を祝ってるのかが謎ですが・・・あれ、夢主の誕生日を祝ってくれてるって認識でいいですかね?
スーパーでファットガムのお菓子を手に取る百ちゃん(カワイイ)なんて、絶対に「強子さんが喜びそうですわ!」って言ってますもんね!?
皆さまもぜひ検証してみてください!


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