たからもの

11月も下旬に差しかかる頃―――
強子や切島、緑谷といったインターン組の面々が相澤に呼び出されたので、なんだろうかと首を傾げながら教師寮へ向かうと、


「雄英で預かることになった」


そう言って相澤が指し示した先に、ビッグ3と戯れるエリの姿を見つけると緑谷が声を張り上げた。


「近いうちにまた会えるどころか!!」


名残惜しくもエリとお別れした文化祭の日から、さほど経っていない。予想外に早く再び顔を合わせることができたのは嬉しい誤算だった。


「どういった経緯で・・・!?」

「いつまでも病院ってわけにはいかないからな」


気難しい表情で告げた相澤をしり目に、強子は満面の笑みになってエリのもとへと駆け寄った。


「エリちゃ〜ん!会いたかったよ〜!!」

「強子お姉ちゃん!」


強子の顔を見て、嬉しそうにパッと顔を明るくした彼女に、心臓がぎゅっと鷲づかみにされる。


「また会えて、うれしい・・・!」


そう言って愛らしく顔を綻ばせるものだから、感情が昂った強子はエリをガバッと抱え上げるとヒョイヒョイ頭上に持ち上げて“高い高い”をする。初めこそ驚いたように身をすくめたエリだったが、すぐに慣れたようで強子の腕の中でキャッキャとはしゃいでいた。
その子供らしい反応に、強子はへにゃりと笑顔を崩す。


「これからはいつでもすぐに会えるからね〜!」

「わー!エリちゃんやったー!」

「私、妹を思い出しちゃうわ・・・よろしくね」

「よろしくおねがいします」


麗日、蛙吹も一緒になって、ほんわか和やかな空気の中でエリとの再会を喜んでいると、天喰が控えめに口を開いた。


「身能さんには子供に慕われる才能がある。エリちゃんだけでなく、職場体験のときに救けた女の子にも懐かれているし・・・素晴らしい才能だよ―――子供にまで“頼りない”と指を差され笑われる俺とは天と地ほどの差だ・・・」

「またそんな卑屈なこと言って・・・」


隙あらばネガティブを発動する天喰にため息をこぼす。実力を考えれば、彼ほど頼りになる存在はそういないだろうに・・・。
試しに天喰を指差して「頼りなくないよね?」とエリに聞いてみると、彼女も笑顔でウンウンと頷いて応えた。


「こんな幼い子にまで気を遣わせてしまうなんて・・・・・・帰りたい」


天喰がドヨ〜ンと陰気に項垂れると、何か悪いことをしただろうかとエリが不安そうな顔をしたので、「気にしないでいいよ、いつものことだから」とフォローしておいた。

その後―――強子たちは、エリを預かることになった経緯を相澤から聞かされた。
親に捨てられ、血縁にあたる八斎會組長も意識不明のままで、現状 寄る辺がないこと。彼女の個性の放出口になっている“角”がまた伸び始めていること。
そんな事情で、以前のように彼女の個性が暴発しないように、暴発しても止められるように・・・養護施設ではなく、相澤のいる雄英が引き取り先となったそうだ。
今後は教師寮の空き部屋でエリを監督し、いずれは強大すぎる力との付き合い方も模索していく、と。


「検証すべきこともあるし・・・まァ、おいおいだ」

「相澤先生が大変そう」

「そこは休学中でありエリちゃんとも仲良しなこの俺がいるのさ!」


通形が明るく放った一言に、相澤も頷く。


「幸い、エリちゃんはお前たちに懐いてるようだし・・・お前たちもあの子を気にかけてくれると助かる」

「忙しいだろうけど皆も顔出してよね」

「「「もちろんです!」」」


雄英(ここ)で過ごすうちに、エリの体も心も安定するようになれば・・・通形の個性を戻すことが叶うかもしれない。そんな明るい未来を見据え、皆の表情も自然と明るくなった。


「早速で悪いが3年、しばらく頼めるか?」

「ラジャっす、オセロやろっと!」


それを聞いた1年メンバーも「僕らもいいですか!」と乗り気だったが、相澤は首を振る。


「A組は寮へ戻ってろ―――このあと来賓がある」












寮の共有スペースで、クラスメイトたちと談笑しながら“来賓”を待っていると、


「へっちょい!!」


前触れなく耳に飛び込んできたくしゃみの音に、強子の肩がビクリと跳ねた。
音の発信源へと強子が視線を向ければ、くしゃみをした常闇に麗日が声をかけている。


「風邪?大丈夫?」

「いや、息災!我が粘膜が仕事をしたまで・・・身能、驚かせてすまなかった」


常闇の謝罪にばつが悪くなって苦笑をもらすと、隣で強子をケラケラ笑っている瀬呂を小突いて黙らせた。
それにしても、くしゃみごときにビクつくとは我ながら情けない。どうにも寮でくつろいでいるときは気が緩みすぎていけないな・・・。
まだドキドキがおさまらない胸を押さえていると、轟に「大丈夫か?」と心配されてしまったので「息災」とだけ返しておく。


「噂されてんじゃね?ファン出来たんじゃね!?身能の信者とか、ヤオヨロズー!みたいな」


そして、くしゃみごときでも騒ぎ立てるのが上鳴という男である。
というか、お前・・・強子のファンを“信者”扱いするんじゃないよ!


「常闇くんはとっくにおるんやない?だって、あの“ホークス”のとこインターン行っとったんやし」

「いいや、ないだろうな・・・あそこは“はやすぎる”から」


そんな会話を横目に見ていると、寮の玄関の戸がガチャリと音をたてる。それにいち早く気づいた飯田が「あ!!」と声をあげた。


「来たぞ、皆!お出迎えだ!!」


それを合図に、共有スペースでたむろしていた面々がバタバタと玄関へ駆けつければ―――


「煌めく眼でロックオン!」

「猫の手 手助けやって来る!」

「どこからともなくやってくる」

「キュートにキャットにスティンガー!」

「「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」」


お馴染みの口上とともに現れたのは、強子たちが林間合宿でお世話になったプロヒーロー集団だ。
そう、相澤の言っていた“来賓”とは彼女たちのことである。


「プッシーキャッツ!お久しぶりです!」

「元気そうね、キティたち!」


合宿以来の再会とあって、みんな歓迎ムードではしゃいでいる。そのうち数名は手土産に頂いた“にくきゅうまんじゅう”とやらに浮かれ騒いでいるけど。
そんなこんなで挨拶を交わしていると、緑谷がプッシーキャッツの背後に人影を見つけて目を見開いた。


「洸汰くん!!久しぶり!!」


洸汰を見つけて駆け寄っていく緑谷を、強子は後方からそっと目で追った。


「手紙、ありがとうね!宝物だよ」

「別に・・・うん」


嬉しさを表現するように洸汰の手を取ってブンブンと振る緑谷に対して、洸汰も満更でもない様子だ。


「緑谷くん、見てよ」

「え?」


マンダレイが指し示した先には、洸汰の靴がある。どこかで見たことあるような赤いスニーカーだけど・・・


「自分で選んだんだよ、“絶対赤だ”って」


緑谷をマネして、彼の履いていた靴と似た靴を履くとは、かわいいことをしてくれる。
照れくささから「べっ、違っ・・・!」なんて慌てて誤魔化そうとするも、緑谷に「お揃いだ!」なんて笑顔を向けられて、大人しく口を噤む洸汰。
彼らの微笑ましいやり取りに強子がニヤついていると脇腹をこつんと肘で突つかれ、そちらに振り向く。すると、上鳴が洸汰を見ながら強子にコソコソと耳打ちしてきた。


「アイツ、合宿んときよりカンジよくなったよな?」


合宿のときの彼は、個性や超人社会、そしてヒーローを否定する考えをもっており、ヒーロー志望である雄英生にも反発するような生意気小僧であった。
だが、今のしおらしい態度を見ると・・・否定的だった彼に、心境の変化があったことがうかがえる。


「もしかして、お前にサトされたのが効いたんじゃね!?」

「んー・・・そうだったら、嬉しいけど」


たぶん、それはないだろうな。
合宿所襲撃のあと、洸汰に色々と説教じみたことを語った覚えはあるが・・・言葉で相手に与えられる影響なんて、たかが知れている。言葉ではなく行動で示した緑谷こそ、洸汰が心境を変えた要因だろう。
なんたって、命を賭して守ってくれたヒーローだもの。緑谷に「たすけてくれてありがとう」といった趣旨のファンレターを送った事も、それを裏付けている。


「(まぁ・・・それぐらい、カッコよかったもんなぁ・・・)」


強敵マスキュラーから洸汰を守ろうと死闘を繰り広げた緑谷は、それはもうカッコいい、最高のヒーローであった。
その姿を前世で見て知っている強子としては、洸汰の変わり様も納得できるというものだ。


「―――しかし、また何で雄英に?」


プッシーキャッツに紅茶を勧めていた砂藤が、彼女たちの突然の訪問に疑問を投じた。


「復帰のご挨拶に来たのよ」


その返答に一同は目を見開く。
ラグドールの個性を奪われたことで、合宿以降、プッシーキャッツは活動を見合わせていたのだが・・・それが、ついに復帰とは!めでたいニュースだ。
ただし、未だ個性が戻っていないラグドールは事務仕事で3人をサポートしていくことになる。


「でも・・・何故このタイミングで復帰を?」

「今度発表されるんだけど・・・ヒーロービルボードチャートJP下半期、私たち411位だったんだ」


その順位を聞いて、ヒーローオタクの緑谷がすかさず口を開く。


「プッシーキャッツは前回32位でした」

「なるほど、急落したからか・・・ファイトッす!!」

「違うにゃん!全く活動してなかったにも拘わらず3桁ってどゆ事ってこと!!」


彼女たちは支持率の項目が突出していたらしいが―――つまり、プッシーキャッツを応援し、待ってくれている人がいるというわけだ。であれば、立ち止まってなんかいられない!


「そういう事かよ!漢だ、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」

「ビルボードかァ・・・」

「そういえば下半期まだ発表されてなかったもんね」

「色々あったからな」

「オールマイトのいないビルボードチャートかァ・・・どうなってるんだろう、楽しみだな」


みんながビルボードに思いをはせていると、強子の袖がクイクイと引かれる。そちらを見て、「えっ」と驚きの声が漏れた。強子の袖を引っ張っていたのは、洸汰だったのだ。


「洸汰くん?どうしたの?」

「・・・これ、」


洸汰はもじもじとポケットから何かを取り出し、強子に差し出した。


「えっ・・・手紙!?くれるの!!?」


彼がしおらしくコクンと頷いたのを見て、ぱぁっと笑顔になる強子。


「わぁ〜!嬉しいなぁ!デクくんだけじゃなく、私にもファンレターくれるなんて!!」


やっぱり上鳴の言うように、洸汰がヒーローに対して肯定的になった要因には強子も含まれているのかも!
なにか物言いたげな顔をしている洸汰に気付かずルンルンと浮かれていると、マンダレイが苦笑まじりに口を開いた。


「あー・・・身能さん?それ、ファンレターっていうより・・・」

「“ラブレター”だよ!!ねえ、洸汰〜?」


マンダレイの言葉を引きついだピクシーボブが、悪戯な笑みを浮かべて「ねこねこ」と独特な笑い声をあげる。
彼女の言葉に一拍遅れて「ええ!?」と驚きの声が漏れた。


「ラブ、レター・・・?」


合宿では強子を「お節介ババア」だなんて罵ったガキンチョが、今や強子に恋心を抱いている、と?
にわかには信じがたい話であるが・・・恥ずかしそうに視線を反らした彼の顔が 茹でダコのように真っ赤に染まっているのを見るに、事実のようだ。


「合宿のあとからずっと身能さんのことが気になってたみたいで・・・たぶん、洸汰にはこれが初恋ね」

「いいじゃない!洸汰ってば、見る目あるよ!いい趣味してるじゃん!」


そう言って楽しげに笑っているのは、以前 強子に「男だったら本気で落としにかかってた」と発言したピクシーボブである。
騒ぎ立てる外野に、洸汰は目をつり上げて「う、うるせェな!」と怒鳴りつけるが・・・そんな赤ら顔では ちっとも怖くないどころか、可愛げしかない。


「はっ・・・マセガキが」


幼い少年のウブな態度を見て、爆豪は洸汰を見下げたように鼻で笑う。
だが直後、轟に「やっぱり、お前に似てねぇか?」と話しかけられると爆豪の笑みは消え失せ、目をつり上げて「似てねェわ!」と怒鳴りちらしていた。やっぱり似てるじゃん。


「洸汰くん、お手紙ありがとう!あとで部屋に戻ってからゆっくり読ませてもらうね」

「・・・うん」

「洸汰くんに私を好きになってもらえて、本当に嬉しい・・・ありがとね」

「・・・・・・うん」


プシューッと湯気でも出そうなほどに顔を熱くさせ、洸汰が恥ずかしそうに俯く。その可愛らしい反応に強子は思わず笑みをこぼして、彼の頭を優しく撫でつけた。
うら若き少年の初恋相手に選ばれるなんて、女冥利に尽きるってもんだ。今から10年後が楽しみだぜ!


「こんな年下まで籠絡するとは・・・身能、恐ろしい女だぜ」

「とうとう年端もいかない純粋な少年まで取り込まれてしまったか・・・」

「ちょっと、言い方・・・」


しみじみと告げる峰田と上鳴に、強子の頬がひくりと引きつった。
彼らは人聞きの悪いことを言ってくれるが・・・つまり、強子がそれだけ魅力的って話だろ!?でなきゃ、ミスコンで辞退しておきながら入賞するなんて伝説をつくれるはずもない。


「洸汰くんに、エリちゃんに、大阪にも仲良くしてる女の子がいたし・・・身能は子供が好きなんだよな!」


切島の言葉にはたと目を見開くと、強子は悠々と頷いて「もちろん!」と肯定した。


「子供ってかわいいよね〜!それに、子供は人類の“宝”よ?無限の可能性にあふれ、これからの未来を担っていく存在・・・大事にしなきゃね!」

「フン、一丁前の口をききおって・・・貴様も子供だろうが」


一般的に高校1年生といえば まだまだ子供なのに・・・およそ子供の口から出たとは思えない大人びた発言に、虎が口を挟んだ。
強子はこちらにも悠々と頷くと、「もちろん!」と笑顔で肯定する。


「私も、無限の可能性を秘めた子供ですから―――人類にとっての宝ですよ」


当然のことのように堂々と言い放った強子に、その場にいた誰もが閉口した。
寮内の雰囲気が「またコイツは・・・」と呆れの色に染まっていく。上鳴にいたっては、憐れみの表情で「次はもっと良い恋愛しろよ」なんて洸汰にアドバイスをする始末だ。
だけど、ちょっと待ってくれ。


「間違ったことは言ってないと思うんだけど・・・」


とくに我らがA組は、この世界の未来を担っていく子供たちの宝庫だ。“物語”においても、一人ひとりが重要な役を担っているわけだし?
誰かに賛同を得られないかと周囲を見回した強子は、自然と轟に目を止め、彼に問いかけた。


「ねっ、轟くん?」


轟なら、大抵の場合は強子に肩入れしてくれるので、きっと今回も味方になってくれるはずだ。
ダメ押しで、首をコテンと傾げてじっと見つめて彼の反応を待つ。
それを見た上鳴が「うわぁ、あざとい・・・」と慄いたように、大抵の男は、可愛らしいこの仕草に弱いのである。
そして、轟の反応はというと―――なぜ自分に振られたのかと不思議そうな顔で、強子の仕草を真似るように首をコテンと傾げた。


「(やだカワイイ)」


まるで、大人の挙動を真似る子供みたいな・・・合わせ鏡のように強子と同じ角度で首を傾げてじっと見つめてくる轟に、母性本能を掻き立てられる。
そんな可愛い技どこで覚えたの!?と思わず問いただしたくなったけど、彼のは 強子のような計算された可愛さじゃなく・・・純粋な、天然モノの魅力である。
予期せず可愛いカウンターを食らって狼狽えていると、強子を見つめる彼がふっと表情をゆるめ、「そうだな」と頷いた。


「身能は、かわいいな」


うん・・・?なんだか、思ってたのと違う回答が返ってきたな。
もしかして、“子供はかわいい”、そして“強子は子供”という情報から、「身能はかわいい」という結論に至ったんだろうか・・・。
毎度のことながら、轟の天然っぷりには恐れ入る。


「身能のこと、大事にしたいと思ってる」

「ンぐッ(やだイケメン!)」


これは、たぶん、子供を“大事にしなきゃね”の部分に同意したつもりなんだろうな・・・。
でも、待ってくれ。さっきから轟のワードチョイスが絶妙すぎて、強子を口説いているようにしか聞こえないんだが!?
周囲を見れば皆もムズ痒そうな顔をしていたので、皆も同意見に違いない。
ただ「そうだな」と頷いてくれるだけで十分だったのに・・・優しげな表情のイケメンから殺し文句を囁かれて、さすがの強子もイチコロよ。


「(まさしくイケメン天然記念物――この人こそ、人類の宝に違いない!!)」


尊い存在を前にして拝む強子の傍ら―――洸汰が、幼いながらに男として敵わぬ何かを轟から感じとったらしく、四つん這いになって打ちひしがれていた。










それから数日後にビルボードチャートが発表されて、強子の知る通り、エンデヴァーが正真正銘のNo.1となった。
No.2以降の順位も強子の知る“物語”と変わりなく、取り立てて語るほどのことはない。
ただ一つ言及するとしたら、ファットガムの順位が前回より上がっていたことだろうか。強子たちインターン生の活躍が、ファットガムのランクアップに一役買っていたら嬉しいのだけど・・・それはさすがに、おこがましいかな?
いずれにしても、ビルボードの結果がA組の生徒たちの生活に影響するようなことはなく、日々が過ぎていく。

その日も、いつもと同じように共有スペースでクラスメイトたちと他愛ない会話をしていると・・・テレビの前を陣取っている者たちが、何やら騒がしい。


「おい、轟・・・!」

「ヤベェことなってんぞ!テレビ見てみろ!!」


やけに慌てた様子で呼ばれ、何があったんだろうかと怪訝そうにしながら轟は立ち上がり、テレビ画面が見える位置へと向かう。
そして轟と話していた強子は話し相手を失い、手持ち無沙汰になって彼の後をトコトコと追うと、テレビを見てハッとした。


「(エンデヴァーが、脳無と戦ってる・・・!!)」


テレビに映し出されていたのは、街の真ん中で No.1ヒーローと脳無が戦っている映像であった。それも、ただの脳無ではなく、ハイエンドと思わしき黒い脳無・・・特別製だ。
激しい戦闘の様子がライブ映像で流れ、リポーターの緊迫感ある声が状況を伝えている。


『ああ今!!見えますでしょうか!?エンデヴァーが!!この距離でも眩しい程に!!激しく発火しております!!』


テレビ越しでも眩しく感じるほどの炎だ。そして、エンデヴァーが必殺技“プロミネンスバーン”を繰り出した。
塵ひとつ残さず、全てを灼きつくすような大火力。さすがの改人とて、これには勝てまい。これでエンデヴァーの勝利だ!―――と、誰もがそう思っただろう。
けれど、頭部から再生可能なハイエンドは、首をちぎって投げることで攻撃を回避していた。そして間髪入れず、変容する腕を伸ばして、エンデヴァーの胴体と、顔面を・・・貫いた。


「っ・・・!」


ライブ映像で映し出される、エンデヴァーの凄惨な姿。
神野のときと同じく、ただ、画面越しに祈るしかない。彼の無事を祈るしかない。
こんなの、彼と“面識がある”だけの強子でも精神的に耐え難いものがあるのに、これが血の繋がった“父親”ともなれば・・・。
テレビに釘付けになっている轟の後ろ姿を見やれば、轟の左半身に ふわりと小さな炎があがった。


「・・・轟くん」


彼のことを案じた強子が隣に立って顔をのぞきこむと、彼はギリリと歯を食いしばっていた。
険しい顔でテレビを見つめながら、彼は低い声で苦々しく吐き出す。


「・・・アイツ、俺が胸を張れるようなヒーローになるなんて言ったんだ・・・なのにっ」


そんな大それた約束をしておきながら反故にされては、たまったもんじゃないだろう。怒りと心配が入り混じった複雑な感情を抱えて熱くなるのも わかる。
だけど・・・そうやって強く拳を握りしめては、手に爪が食い込んで怪我してしまう。
はたと思い立つと、強子は轟の拳をこじ開け・・・そこに己の手を滑り込ませた。
互いの指を交互に絡ませて手を密着させれば、彼が手に力を込めても、爪で自身の手を傷つけることはないだろう。


「!?」


突然の恋人つなぎには、さすがの轟も驚いたようだ。思わずテレビから目を離して強子を見た。
こちらを凝視する轟に、強子はニコッと微笑んで返す。


「大丈夫だよ―――信じて 待とう」


信じて待つことしか出来ない心細さなら強子も知っているから・・・少しでも彼の不安が軽くなればと、手に力を込めた。
きっと、エンデヴァーなら大丈夫。
親バカで、頑固で、人の話は聞かないし、あきらめの悪い面倒くさい人だけど・・・


「・・・No.1ってのは、伊達じゃない」


たとえ望んでいたかたちじゃなくても、No.1にまで上り詰めた “努力”の人だもの。
視線をテレビへと戻すと、まさに、エンデヴァーがハイエンドに反撃を開始したところだった。
ハイエンドの圧倒的なパワーとスピードで凌駕されながらも、エンデヴァーは必死に食らいついている。
しかし・・・No.1とNo.2が力を合わせても倒せない敵とあって、街はパニックに襲われていた。人々が逃げ惑う中、あちこちで暴動も起きている。
目を覆いたくなるような惨状に、リポーターが思わず言葉をこぼす。


『象徴の不在・・・これが、象徴の不在・・・!!』


神野以降、ヴィランの増長が人々に不安を与え、ヒーロー社会への不信感を煽ってきた。積もり積もったそれが漏れ出た故の言葉だろうけど・・・失礼極まりない発言である。
轟が「ふざけんな・・・」と悪態をつき、繋いだ手を強く握るのも当然だ。


『てきとうな事 言うなや!!』

「「「!」」」


突如テレビから聞こえてきた大声に、皆が目を見張った。


『どこ見て喋りよっとや、テレビ!あれ 見ろや!!』


逃げ惑う人々の中で、一人の少年が報道陣に向かって叫んでいる。遠くで炎をあげて戦うエンデヴァーを指差し、訴えかける。


『おらん象徴(もん)の尾っぽ引いて勝手に絶望すんなや!今 俺らのために体張っとる男は誰や!!見ろや!!!』


よくぞ言ってくれた と、強子はフンと鼻息荒く吐き出した。
象徴(オールマイト)はもういない―――だけど、“ヒーロー”がその歩みを止めることはないのだ。オールマイトの意志は、次の世代へと継がれていく。


『―――エンデヴァーが・・・戦っています。身をよじり・・・足掻きながら!!』


正真正銘のNo.1になった日、彼は言った――”俺を見ていてくれ”と。
強子が繋いでいる轟の左手が、熱を帯びる。


「親父・・・っ、見てるぞ!!!」


皆が見守る中・・・エンデヴァーは複数の個性を持った強敵へと立ち向かう。
ホークスの力を借りて、ハイエンドを道連れに空高く飛んでいき―――はるか上空で、とんでもない爆炎があがった。太陽よりも眩しく感じるその光を、人々は息を飲んで見守っている。
そして・・・燃え盛っていた炎が消えると、上空を飛ぶヘリがその姿をカメラで捉えた。


『エンデヴァーーー!!スタンディング!!立っています!!腕を、高々と突き上げて!!勝利のっ・・・いえ!! “始まりの” スタンディングですっ!!!』


轟が脱力したようにズルリとしゃがみ込んだ。
強子の手を握ったまま、彼はおでこの前で両手を合わせると、そっと目蓋を閉じて息を吐き出す。
神に祈りを捧げているような体勢でガッチリと強子の手をホールドされ・・・いいかげん手汗をかきそうだなとヒヤヒヤしていると、彼は祈りの姿勢のまま顔を上げた。


「身能・・・・・・ありがとう」


穏やかな表情で礼を告げた轟に、強子の顔もゆるむ。
強子はただ隣にいて「大丈夫だ」と励ましただけだけど・・・少しは、彼の支えになれたみたいだ。


「こんなことで良ければ、いつでも任せてよ!」


ちょっとだけ気恥ずかしく思いながら、彼にホールドされている手をぴょこぴょこと揺らす。
轟はちらりと強子の手を見やり、再び強子の顔を見上げると「それなら・・・」と呟いて、ふっと微笑んだ。


「・・・ずっと こうしてたいな」


んぎゃああああ!!!?
希少な笑顔で、上目使いで、甘えるように繋いだ手にキュッと力を込められて・・・ドッックンと強子の心臓にボディブローでも食らったかのような衝撃が走る。


「(ぐぅぅっ!ウソだろ・・・なんて威力だっ!!)」


彼はいったい、いつどこでこんな技を身につけたんだ!?
イケメン天然記念物から不意打ちを食らい、当分はドキドキがおさまりそうにない胸を押さえていると、轟に「大丈夫か?」と心配されてしまったが・・・これは、だいじょばない。


「ドサクサにまぎれて じゃれついてンじゃねェわ!!!」


さらに背後から大声を叩きつけられ、その不意打ちに強子の耳がキーンと痛んだ。


「ちょ、爆豪!空気読めって・・・」

「今は見逃してやれよなぁ」


ブチギレ状態の爆豪を瀬呂や上鳴が諌めてくれているが・・・正直、爆豪の言うことはもっともなので、強子は決まり悪くなってそっぽを向いた。
エンデヴァーの一大事にかこつけて、ちゃっかりイケメンとイチャコラしてんなよ!と、客観的に見たら強子でもそう思う。
でも別に、下心があったわけじゃないんだ。
友として、純粋に、いつも強子に味方してくれる轟を支えてあげたいと思っての行動であり・・・下心はない。断じてない。


『た、大変ですッ―――ヴィラン連合!!荼毘です!!』


再び聞こえたリポーターの声に、腑抜けていた空気がピンと張り詰め、皆の意識が再びテレビへと向けられる。
映像では、青い炎の壁がエンデヴァーとホークスを囲いこんでいた。


「(荼毘・・・!!)」


炎に囲まれ孤立させられたエンデヴァーもホークスも、ハイエンドとの戦いですでに満身創痍だというのに・・・。
窮地に立たされてしまった彼らに、血の気が引く。しかし、


『てめェ連合だな!―――蹴っ飛ばす!!』


No.5ヒーロー、ミルコが現場に駆けつけると形勢逆転。部が悪いと判断した荼毘はワープでその場を退いていった。
そうして・・・今度こそ敵は消え、危機が去った。


『エンデヴァー!!そしてホークス!!守ってくれました!!命を賭して!勝ってくれました!!』


喜びのあまり興奮冷めやらない様子のリポーターの声を聞きながら、強子は歯を食いしばった。
まだテレビの映像には、荼毘の炎の残り火が映っているが・・・その青色を見ると、嫌でも思い出させられる――合宿襲撃の際、あいつに腕を焼かれたときの感覚を。
あの熱さと痛みは、今でも鮮明に思い起こせた。


「(荼毘ぃ・・・この恨み、はらさでおくべきか)」


実際には強子の腕を焼いたのは荼毘本人ではなく、トゥワイスが作り出したコピーの荼毘だけど・・・そんなことはどうでもいい。腕を焼かれた恨み――いずれ荼毘本人にぶつけてやるからな!
今に見てろよと、強子は息を巻いた。










==========

夢主にとってはA組の一人ひとりが宝物のような存在で、大事にしていることでしょう。

きっと、誰かを“大事にしたい”って気持ちはちゃんと相手に伝わるし、相手からも返ってくるものだと思います。





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