自信 ※心操視点
「あっ、心操くんだ」
陽気な調子で名を呼ばれ、振り向くと身能がにこやかに手を振っていた。
体育祭で面識を持ってからというもの、彼女はこうして廊下ですれ違うたびに声をかけてきた。
「これから体育?」
体操服でクラスメイトたちと移動している心操を見て、身能が尋ねる。それに心操が「ああ」と頷けば、彼女は「そっか」と短く返し、そこで会話が途切れる。
クラスメイトでもなければ友だちと呼べる間柄でもない、そんな希薄な関係の会話なんて そんなものだろう。これ以上は会話を掘り下げるつもりもなく、心操から「・・・それじゃ」と会話を切り上げた。
「うん、それじゃ―――体育、がんばってね」
去り際、彼女が笑顔でさらりと放った一言に、ウッと胸がつかえる。
深い意味はないのかもしれない。けれど、どうにも彼女相手だと、言葉の真意を神経質に深読みしてしまう。
―――だって、心操くんも来るんでしょ?ヒーロー科!だったら、“普通科”の体育なんかで負けてられないよね?って・・・そんな煽りの言葉に思えてならない。
だって、心操が知る身能という人は、好戦的というか、誰彼構わずにマウントとっていくヤツという印象だし。
辟易したような顔になって身能の去っていったほうを見つめていると、一部始終を見ていたクラスメイトが口を開いた。
「んな淡白な挨拶だけじゃなくて話をもっと広げりゃいいのに。せっかく身能から話しかけてくれてんのに、もったいねぇ・・・」
「べつに、話すことなんてないし。向こうだって無駄話するほどヒマじゃないだろ、ヒーロー科なんだから・・・」
「え〜、でもさ・・・心操が身能と長く話せば、俺もそれだけ長く、可愛い身能を近くで見てられるじゃん?」
悪びれもせず、へらへらと笑いながら告げられて、心操は深くため息を吐いた。
体育祭での活躍で、心操はヒーロー科への編入希望を認めてもらえた。
あくまで“希望”を認められただけであり、編入を許可されたわけではない。おそらくは、編入可否を判断するための試験が何らかの形式で行われるんだろうけど・・・それがいつになるのかはわからない。
学校側から何の音沙汰もない今は、ヒーロー科編入に向けた訓練を積みながらも、普通科の生徒として学校生活を送るしかなかった。
「そういや、もうすぐ文化祭だよな」
放課後―――日直だった心操が日誌を書いていると、まだ教室に残っていたクラスメイトたちの会話が耳に入ってきた。
「(もうそんな時期か・・・)」
雄英に入ってからは体育祭に向けて、そして体育祭が終わってからはヒーロー科編入に向けて・・・日々を追われるように過ごしているせいか、季節が過ぎるのが早く感じる。
「クラスの出し物、何しようかね」
「部活のほうも出し物やるし、忙しくなるぞー!」
「先輩から聞いたけど今年もミスコンやるってさ」
クラスメイトたちが文化祭に思いを馳せ、教室中がウキウキと浮わついた空気で満たされる。
どこの学校でも文化祭は息抜きだ。勉強だけでは学べないこともある。
「ミスコンといえば・・・身能さんもエントリーするのかなぁ」
日誌をあらかた書き終えたところで聞こえてきた名前に心操がふと顔を上げれば、衣縫がうっとりとした表情で夢想していた。
「身能さんにドレスを着せたい・・・ヒラヒラの綺麗な服着せたいし、キラキラな可愛い服も着せたい・・・」
「着飾り甲斐あるだろうなぁ。アイドル並みの顔立ち、モデル並みのプロポーション・・・何を着せたって映えるに決まってる!」
触発されて裁皮も熱く語り出すと、他のクラスメイトたちも入れ代わり立ち代わりに話し始める。
「身能がミスコン出るならもう優勝確定っしょ!」
「今や身能人気は雄英内にとどまらないもんなぁ」
「まだ仮免ヒーローなのに、フォロワー数エグいって聞いたよ」
「でも身能さんってさ、気さくだし優しいよね!この前、重たい荷物持ってもらっちゃったー」
「俺なんて失くしたスマホをさがすの手伝ってもらったぜ!?」
キャッキャと語るクラスメイトたちは目を輝かせていて・・・その表情はまるで憧れの“ヒーロー”を語るそれだ。
彼女の人気ぶりをまざまざと思い知らされるようで、心操は手元のペンをぎゅうと強く握りしめた。
「はぁ〜・・・身能さんに似合うカワイイおべべ作って着せたい」
「くっ、俺も創作意欲を抑えきれない・・・!」
熱に浮かされたように興奮している服飾部を見やり、クラスメイトの一人が「ふむ」と顎に手をあて、ある提案を口にする。
「いっそ本人に頼んでみれば?私たちの作った服を着てミスコンに出てください、ってさ」
「「え?」」
彼の言葉にきょとんと呆けて、衣縫と裁皮が顔を見合わせた。
「でも私、身能さんと話したことないや」
「俺も、ヒーロー科のヤツと関わりなんて一切ないぞ」
初対面の人間が突然教室に押しかけ、おこがましくも頼み事をするなんてハードルが高すぎるが・・・
「そこはホラ、C組(うち)にはいるじゃん!普通科でありながら、ヒーロー科の身能とも親交があるヤツが」
その言葉を合図に、教室にいた全員の視線が、今まで傍観に徹していた心操へと向けられた。
「なあ、心操から身能に口利きしてやれよ!そしたら衣縫たちがミスコン衣装を作らせてもらえんじゃね!?」
その提案に、この場にいる全員が「それはいいね!」と賛同する。
勝手に盛り上がる教室を見渡し、心操は深いため息とともに、こめかみを押さえた。
「つーかもう心操の名前でエントリーしちゃえば 「駄 目 だ」
強い口調できっぱりと言い放てば、教室がしんと静まり返った。
「普通に考えて迷惑だろ・・・ヒーロー科は俺らより忙しいだろうし、ミスコンなんかに出る余裕ないよ」
「波動先輩もヒーロー科だけど、1年のときからミスコン出てるぜ?」
補欠入学者の比較対象に、ビッグ3は出すべきじゃないだろ・・・。
それに、もし身能がミスコンに出るなら、同じクラスとか仲いい友だちがバックアップするだろうし、心操たちのようなヨソ者はお呼びじゃない。
「・・・とにかく、俺は嫌だから」
ガタリと席を立って日誌を引っ掴むと、騒がしい教室をあとにする。
日誌を提出すべく職員室に向かって廊下を歩きながら、心操はふうと小さく息を吐き出した。
「(アイツに頼み事なんて、できるわけないだろ)」
彼女とは、体育祭の騎馬戦でチームアップした仲だけど、そのチームアップは順風満帆とは言えたものじゃない。
方向性の違いから揉めたあげく、心操は彼女に『洗脳』を使った。味方だった彼女を無理やり従わせたのだ。
当然ながら、『洗脳』を解除したあとの彼女はそれはもう激怒し、その“仲間割れ”の様子をプレゼント・マイクに中継され、身能だけでなく心操までも悪目立ちしてしまったことは印象深い思い出だ。
あれ以来ずっと、心操は身能に対して思うところがあった。
だけど―――彼女は過去の怨恨などすべて水に流したかのように、友だちのような気軽さで心操に接してくる。
「(まったく、ご立派だよな・・・こっちは“拳を交えたら友だち”とか、そんな気持ちの良い人間じゃないのに)」
一度『洗脳』されたくせに、心操と話すときも構えることなく堂々としていたり・・・人徳さえも彼女に敵わない気がして、悔しさがじわじわと顔を出す。
無意識に手元の日誌を握りしめていたことに気づくと、慌てて手の力をゆるめる。そして日誌を見て「あ、」と声をもらした。
「(・・・最後のとこ、書き忘れてた)」
書き足そうにも筆記具は教室に置いてきてしまった。
仕方ないので教室まで取りに戻ってくると、クラスメイトたちはまだワイワイと話していて、
「あの流れなら、心操にバレない自然な感じでアシストできると思ったのに・・・」
「(俺・・・?)」
心操は思わず廊下側に隠れた。クラスメイトたちは心操が戻ってきたことには気づかず話し続けている。
「しかし、まったくアイツはいつまで隠し通すつもりかね?身能が好きだってこと」
「とっくにバレてんのになー」
「心操、あぁ見えてけっこうシャイだからね」
聞こえてきたクラスメイトたちの会話に心操は驚き、頬を赤らめて一人で廊下に立ち尽くす。
「(・・・・・・嘘だろ)」
まさか、バレていたなんて・・・。
誰にもさとられないよう気をつけていたはずなのに、バレてないと思っていたのは自分一人だなんて、間抜けすぎる・・・!
「陰ながらひっそり身能を想う心操なんて、もどかしくて見てられないぜ」
「心操はもっとアピールして身能との距離を縮めるべき!」
「ミスコンは良いキッカケになるのに・・・身能さんを想うあまり遠慮しちゃったか」
「というより、“どうせ普通科の俺なんて”って卑屈スイッチが入ったとみた!」
客観的に語られる自分像に、「もうやめてくれ」と赤い顔を手で覆った。
認めたくないが・・・おおむね、彼らの言う通りである。
―――だって、心操くんも来るんでしょ?ヒーロー科!ヴィラン向きだと言われ慣れていた個性を、強個性だと彼女は言った。心操と力を合わせて騎馬戦で1位を獲ろうと本気で考え、チームアップを申し出てきた。
そうして、
―――待ってるよ笑顔で明るい道を示してくれた彼女に、心操が好意を抱くのは当然のことのように思う。
そうでなくたって、彼女は容姿に優れているし、常に勝利を掴もうとする姿勢や、困ってる人を放っておけない性格に、彼女に惹かれる者は多いのだ。
「アイツには頑張ってもらいたいな」
「あの二人、結構お似合いだよね!?」
「なんたって、雄英の“期待のホープ”と“特例入学者”だもんな!」
「俺ら“普通科の星”を 全力で応援してやろうぜー!!」
心操は弛みそうになる口元を引き締め、そっと踵を返して再び職員室へ向かう。
今はとても教室には戻れそうにないから、このまま日誌を提出してこよう。書き損じた箇所は職員室でペンを借りて書けばいい。
そうしてその場から離れた心操は、そのあとに続く会話を知る由もなかった。
「―――やっぱ、俺らが心操に発破かけてやらねーとな!」
「は?今、なんて・・・?」
彼らから告げられた言葉に、心操は耳を疑った。
目を点にして固まっている心操に、クラスメイトたちはニンマリと笑って繰り返し告げる。
「身能をミスコンにエントリーしといたぞ!心操の名前で!」
とんでもないことをしてくれたものだと、思わず顔を手で覆って天を仰いだ。
彼らの行動が善意からくるものだと、心操も理解はしている。理解してはいるが・・・余計なお世話だと感じざるを得ない。
「(俺が何のために、身能と距離をとってきたと思ってるんだ・・・!)」
彼女が「ヒーローになるまで恋愛はしない」と宣言しているのは有名な話だが・・・心操も、彼女に同意見であった。
ヒーロー志望者に恋愛する余裕はない。ヒーロー科にすら入れていない未熟者なら、なおさら。
だから心操は―――芽生えた淡い恋心にフタをすることにしたのだ。
この感情をしまっておくため、彼女と必要以上に関わらないようしてきた。いずれヒーロー科に編入すれば関わる機会は増すだろうけど、せめてそれまでは、挨拶を交わす程度の仲にとどめておくべきなんだ。
「(そもそも、あいつは“ヒーロー科”なんだよ)」
あつらえ向きの個性に生まれて、自分より何十歩も前を進んでいる彼女は、つまり―――心操にとっての“超えるべき壁”だ。
正直いって・・・“好き”の感情より、“負けたくない”って感情のほうが ずっと大きい。
「ほら、心操!いつまでもゴネてないで、実行委員に先越される前に身能のところに行こうぜ?俺らも付いてってやるから、なっ!?」
この状況を面白がっているとしか思えないクラスメイトたちに急かされ、重たい足を引きずって身能のもとへ向かえば、
「コレ、どういうこと?」
“ミスコン参加要項“と書かれた冊子を掲げ、黒い笑顔を浮かべる身能に冷や汗をかいた。
C組の勝手な行動に彼女の怒りが炸裂するかと思ったけれど・・・意外にも、クラスメイトたちの説明を聞いた彼女は怒ることなく、すんなりと事情を飲み込んだ。そして、A組の生徒たちの後押しもあって、なんとミスコン参加を承諾したではないか。
「当然、やるからにはテッペンとるつもりでいくから―――しっかりサポートしてよね、推薦人の、心操くん?」
ニヤリと笑って心操の胸元に拳を軽くぶつけてきた身能に、ウッと胸がつかえる。
彼女に触れられた胸元がじんわりと熱を孕んで、フタをしていたはずの感情に浸食されていく。
彼女と必要以上に関わるべきじゃないって、そう決意してたはずなのに・・・男なんて、単純(バカ)な生き物である。
気がつけば、心操に機会を与えてくれたクラスメイトたちに「ありがとう」と感謝の言葉をこぼしていた。
一人で強くなれはしない、一人では何も出来ない―――そんな個性のせいで、心操はずいぶんと出遅れてしまった。
初めからヒーロー科で訓練に励んできた生徒たちとは大きな差がある。彼らと同等に訓練できるようになるまで、自力で鍛えなければならない。
そんな心操に自分と似たものを感じたのか、相澤がその訓練に協力してくれていた。
「お前、身能を推薦エントリーしたんだってな」
その日の訓練を終えたところで、唐突にミスコンの話題を振られた。
気難しげに眉間にシワを寄せた相澤を見て、心操は気まずそうに口を開く。
「・・・やっぱり、駄目でしたか?」
やはり多忙なヒーロー科の生徒をミスコンに巻き込むべきじゃなかったんだ。
とくに身能はA組のライブでボーカルという重役を担うこともあり、毎日忙しそうに練習に励んでいるのに。
それに、A組はミスコンがあることを相澤から知らされなかったらしいが、そこには指導者としての彼の考えがあったのかもしれない。
「あー・・・頭ごなしに駄目だと否定するつもりはないが、」
相澤は遠い目をしてため息をこぼした。
「身能はどうにも“人気取り”に目がないっつーか、他人の気を引く事への欲が深いっつーか・・・あの目立ちたがりは、そっち方面に没頭するあまり努力の方向性を見失うことも少なくない」
相澤から語られる彼女の一面は意外だったけれど、「日頃のヒーロー基礎学でも、アイツのスタンドプレーは目に余るもんだぞ」と彼が低く唸るのを聞いて、なんとなく想像がついた。
たぶん、体育祭のときのように自信あふれる様子で暴れまわるんだろうな、彼女は。
「プロにとっちゃ“支持率”を上げることは重要だが、それ以前にアイツは、まずプロになることに没頭しなきゃならん立場だ。人気取りなんざ後回しにしてほしいもんだよ」
なるほど、と相澤の小言をそっと心に留める。
支持率だとか人気取りだとか、心操にはまだ現実味ゼロの遠い未来の話に思えるが・・・身能はすでにそこまで見据えているのか。
・・・でも、
「わざわざ人気取りなんかしなくても、身能は自然体でも好かれるだろうに」
ボソッと呟いた心操の言葉に、相澤は無言で頷いた。
「ま、ミスコンに出るのは構わないが・・・間違っても優勝だけはされたくないな。万が一にも優勝すりゃ、アイツは今以上に調子に乗るから」
げんなりと呟いた相澤の言葉に、今度は心操が無言で頷いた。彼女が調子づく様子は、心操にも容易に想像がついた。
そうして、気づけば、あっという間にミスコン当日をむかえ―――
「どう?似合うかな」
純白のウェディングドレスを身にまとい、小首を傾げてふわりと微笑んだ身能を前にして・・・息が、とまった。
一目見た瞬間に、息を飲むほどに魅入られる。
好きな子だから、という欲目ではない。着飾った彼女は、客観的に見ても惚れ惚れするような立ち姿であった。
ドレスを瀟洒に着こなし、凛と佇んでこちらに笑みを向ける彼女に、心を奪われない人間などいないだろう。
「心操くん?」
「ああ・・・いいんじゃない」
ハッと我に返った心操がかろうじて返した言葉はそんな素っ気ないもので、衣縫と裁皮には「それだけ?」と睨まれてしまった。
当の本人は、心操の塩対応など慣れたようにケラケラと笑っている。
「まぁ、似合わないワケないよね!私のためだけに作られたオーダーメイドドレスだもの!それを着こなすのが、この私だもの!!」
「・・・」
その通りなのだが・・・それを自分で声高に言ってしまえるのが身能の凄いところである。そんなに自信があるなら、いちいち心操の意見なぞ聞かなくても良かったろうに。
「それにしても、手作りとは思えないクオリティだよこのドレス!二人とも、大変だったでしょう」
「ううん、やりたくてやってるんだもん!それより、私たちのドレスを完璧に着こなしちゃう身能さんが凄すぎるよ・・・!」
「ああ、イメージ通り・・・いや、イメージしてた以上の出来栄えだ!」
「「「とりあえず写真撮ろう!!」」」
いくつものポーズをあらゆる角度からパシャパシャと撮りまくる彼女たちを傍から見ながら、心操は一人思案する。
「(これは・・・ひっくり返るかもな)」
下馬評では、優勝候補に名前があがっていたのは絢爛崎と波動の二人だった。順当にいけばこの二人がグランプリ・準グランプリを飾り、巷で人気沸騰中の身能が3位に来るのではないかと。
だけど、今の身能の姿を見て、その予想順位が覆される可能性が心操の頭をよぎった。
「そろそろ行こうか!ミスコンの最終打ち合わせに遅れちゃう!」
時計を見れば、集合時間が迫っていた。
最終打ち合わせでは、段取りの説明やステージ衣装の実物確認などやることが多く、ミスコンの関係者たちは朝早くから招集されているのだ。
心操と衣縫たちも身能に付き添って集合場所の教室へと向かうと、
「あれ?皆さん もうお揃いで・・・」
すでに身能以外のミスコン参加者は揃っているようだった。
身能に続いて心操も教室へと足を踏み入れて、瞬間―――ギクリと身を固める。
室内にいたミスコン関係者たちの誰も彼もが目をかっぴらき、穴が開くかと思うほどにこちらを見つめている。いや、正確には“身能を”見ていた。
じろじろと不躾なまでに視線が集中したものだから、身能も気まずそうに首をすくめた。
「・・・もしかして私、遅刻しちゃいました?」
時計を見れば、まだ集合時間前だ。
こちらに非はないのに、全員が目をまん丸にして身能に見入っている理由なら、おおよその察しがつく。
「「「う・・・ウェディングドレス!!?」」」
彼らが釘付けになるのも当然だ。
衣装をウェディングドレスにすると事前に聞いていた心操でさえ、実際にその姿を目にした途端、あっけなく陥落したものだ。
彼女に“見入っている”者たちの中には、心操と同じように彼女に“魅入っている”者も多いだろう。
「身能さん、すっごくキレ〜!」
「あなたは“美”というものをきちんと理解なさっているようね」
水を打ったような静けさを打ち破ったのは波動と絢爛崎であった。彼女たちに話しかけられれば普通なら恐縮しそうなものだが・・・彼女は「ありがとうございます!」と誇らしげに応えた。
「あなたでしたら、私がサポートアイテムをデザインしてさしあげてもよろしくてよ」
絢爛崎といえばサポート科のなかでも有名で、優秀な人だと聞いている。大胆で斬新かつ豪華絢爛なデザインから、彼女にはすでに熱狂的なファンがついているとか。
そんな人に認めてもらえるなんて凄いなと、少しばかり羨ましく感じていると、
「ご厚意は嬉しいですが、結構です」
あっさりと絢爛崎の誘いを断ってしまった身能に、心操はぎょっとして目を見開いた。
「実は今、とあるサポート科の生徒にアイテム作成を依頼してるところでして・・・なので、大丈夫です!」
「あら、そうでしたのね」
絢爛崎は納得したように頷いて、身能に背を向けた。
せっかくのチャンスを逃すなんて心操には勿体なく思えるが、本当にいいのだろうか?彼女に聞いてみると、彼女は「いいのいいの!」と陽気に笑った。
「ようやくサポートアイテムの方向性が定まってきたところなんだ!今さらデザイナーを変える気はないよ」
それに、と彼女は声を落として、心操にだけ聞こえるように囁く。
「先輩の豪華絢爛なデザインのせいで、主役(私)がかすんだら困るでしょ?」
いたずらっ子のような笑顔を向けられて、心操は笑っていいのか呆れていいのか、はたまた感心すべきなのかとリアクションに困っていると・・・
「―――ねえ、知ってる?ウェディングドレスを着ると婚期が遅れるらしいよ」
どこか嫌味っぽい響きをもった声が部屋に響いた。
「身能さんも、婚期を逃しちゃわないように気をつけてね〜?」
そう告げた彼女は普通科の3年生で、たしか昨年のミスコンでは3位だったと聞いた。
優勝候補にあがっている身能にライバル意識を持っているんだろうか。
クスクスと笑っているが、身能を見るその目は笑っていない。対する身能もフフッと笑って応じたが・・・やはり、その目だけは笑っていない。
この瞬間、室内にいた誰もが察した。「女の戦いが始まる・・・!」と。
「そんなジンクスを真に受けるなんて、先輩はとても純粋な方なんですね〜」
こちらも負けじと嫌味っぽい言い方で、ライバルを煽っていく。
「ご心配なく、婚期が遅れるなんて私にとってはむしろ好都合!なるべく現役でヒーローを続けたいんで、結婚も出産も遅めが理想なんです」
「口だけは達者だけど・・・そんな可愛げない性格じゃ、やっぱり結婚は難しそう「え、え〜!それでは皆さん揃いましたので、最終打ち合わせを始めます・・・!」
バチバチと火花を散らしはじめた二人に、実行委員が慌てて声を張り上げた。
打ち合わせの間、室内にはピリついた空気がずっと漂っていて、心操は「早く終わってくれ」と願い続けた。
そして、ようやく打ち合わせが終わると、A組のライブを控えている身能はいち早く教室を出たのだが・・・教室を出る間際、身能があの嫌味な先輩と睨みあっていたのを心操は見逃さなかった。
負けん気の強い彼女に小さく息をこぼすと、心操も教室を出ようとして―――ドサドサッと何かが落ちた音に、何の音だろうかと振り返った。
「あーっ、ちょっと天喰!なに荷物落としてんのよ!機材、壊れてない!?」
騒ぎの中心は、波動の付添人たちだ。そして今怒られているのは、波動と同じくビッグ3と称される天喰である。
彼の足元に荷物が散乱しているのを見るに、持っていた荷物を落としたんだろうが・・・中にはカメラなんかの精密機器など、落としたらまずそうなものもある。
「もう何やってんの、って―――大変!ねじれ、どうしよう!?天喰が 息してないっ!!」
「ねー、不思議!身能さんのドレス姿みてから息してないの!どうして?」
天喰は目をかっぴらいて口も半開きの状態のまま、完全に停止していた。大丈夫だろうか・・・。
そして、彼を囲んで騒がしくしている団体からそっと視線を移すと、また別の団体が目についた。心操の目にとまったのは1年B組の拳藤と、その付添人の物間たちだ。
床にガバッと手をついて四つん這いになった物間が、拳を床に打ち付けながら何やら呻いている。
「どうしてっ・・・君はっ・・・A組なんだよぉぉ・・・・・僕の・・・ジュリエットぉ!!」
なにか病名のつく精神状態なんじゃないかと思うほど、鬼気迫る物間。
その横では、拳藤が両手で顔を覆ってぷるぷると全身を震わせながら、ボソボソとか細く訴える。
「かっ、かわいすぎ・・・・・・ねえ何あれ、見た?ンンンもうっ・・・どうしよ・・・・・・スキッ・・・!」
「うん、一佳、わかったから・・・メイクくずれるからそれやめて?」
拳藤の付添人である柳が、腫れ物でも扱うような慎重さで拳藤を宥めている。
そんな彼らの様子を見た泡瀬は、「身能の破壊力、すげー」と面白半分に笑っている。
「(・・・なんだこの、異様な光景)」
日々を全力で生きているヒーロー科の人間ともなると、“好き”の感情ひとつにも全身全霊を捧げないと気が済まないのだろうか。
なんというか―――重い。
廊下ですれ違うだけで小さなトキメキを得るとか、そんなささやかな恋愛をしている心操とはえらい違いである。
こんな異様な光景も身能の為せるワザなのかと末恐ろしく思いながら、心操は騒がしい教室に背を向けた。
「心操ー、そろそろミスコンのスタンバイするよ!」
「もうすぐA組のライブが終わる頃合いだ」
C組の出し物であるお化け屋敷『心霊迷宮』のほうの手伝いをしていると、衣縫と裁皮から声がかかった。
心操はクラスメイトたちに断りを入れて、衣縫たちとともにミスコンの控室へと向かう。
「・・・で、どうするの?」
控室へと向かう道すがら、衣縫が気遣わしげに心操に尋ねる。続いて裁皮も不満げに心操に問いかける。
「本当に、身能さんがミスコンに出てもいいのか?」
二人からの問いにハアとため息をつくと、心操は「いいよ」と投げやりに答える。
すると、その答えに納得いかなかったようで、二人は眉を釣り上げるとワッと心操に詰め寄った。
「でもさ!心操も見たでしょ!?打ち合わせにいた人たちの反応!!」
「ミスコン関係者たち、みーんな身能さんに釘付けだったろ!?」
「着飾った身能さんを見て、惚れない人なんかいないんだよ!!それがこの世の摂理!」
「あの姿でミスコンステージに立たせてみろ!全雄英生が身能さんを狙って、恋愛バトル大戦が勃発するに決まってる!!」
すごい熱量で語りかけてくる二人に、心操は疲れたようにこめかみを押さえ、ハアと再び息を吐く。
困ったことにこの二人は、今朝の打ち合わせ以降ずっとこんな調子であった。
「やっぱり、もう少し身能さんの魅力を抑えたドレスに変更する?」
「今から準備できるか?やっぱり、ミスコンを辞退してもらおうぜ」
二人がこんな調子なのは、心操が身能に想いを寄せているのを知ってるからだろう。心操のことを応援してくれているのは素直に嬉しい。だけど・・・
「・・・そういうわけにはいかない」
ミスコンに出てほしいと頼んだのは心操たちだ。こちらの都合で巻き込んでおきながら、こちらの都合で辞退を願うなんて身勝手極まりない。間違ってもそんなこと、身能に頼めやしない。
「予定通りやろう」
きっぱりと言い放てば、物言いたげな顔をしていた衣縫も裁皮もそっと口をつぐんだ。
そうして心操たち三人が控室に着くと―――そこには、先客がいた。
ここは身能のために用意された控室なのに、その人物が身能ではないことに気がついて・・・それから、ウェディングドレスの前に立つそいつが、その手に真っ赤なペンキを持っていることに気がついた瞬間、心操は口を開いていた。
「おい、お前!」
「えっ!?」
心操の声に驚いたそいつがこちらを振り返った途端、カクリと不自然に動きが止まる。
そいつが無事に『洗脳』がかかったことを確認して、心操はほっと胸をなでおろした。
落ち着いて状況を確認してみれば、そいつは今にも、ウェディングドレスに真っ赤なペンキをぶちまけそうな体勢だった。あと一歩遅れていたら、血染めのウェディングドレスが出来上がっていただろう。
一拍遅れてようやく状況を把握した衣縫と裁皮が、「わーっ!」と慌ててドレスに駆け寄り、宝物のようにぎゅっと腕に抱え込む。
心操はスタスタとそいつに歩み寄ると手に持っていたペンキ缶を奪い取って、それから『洗脳』を解いた。
「・・・えっ・・・あ!えっ!!?」
自分が『洗脳』にかかったなどとは知らず、状況を理解できぬまま混乱しているそいつの顔は見覚えのあるものだった。
今朝の打ち合わせで、身能に嫌味を言って突っかかってきた3年生だ。
彼女が身能に明らかな敵意を持ってたのはわかっていたが、こんな姑息な手段をとるなんて・・・まったく、実害を被ったわけじゃない心操までイヤな気分になるってものだ。
「ち、違うの・・・あ、あの子が悪いのよ・・・!」
状況を理解したのか顔を真っ青にすると、彼女が悔しげに吐き捨てる。かと思えば、彼女は両手でワッと顔を覆って泣きはじめた。
「だって!!こうでもしなきゃ、勝てないからっ・・・!!わ、私はっ、あの子と違って今年が最後のチャンスなんだもん!なのに、みんなして、あの子のことばっかり・・・っ!」
耳障りにワンワンと泣き叫んでいる彼女に、心操は煩わしげに眉間にシワを寄せる。
「・・・そうじゃ、ないでしょう」
本気で“勝ちたい”と望むのなら、もっと他にすべきことがあったんだ。最後のチャンスなればこそ、ずる賢く勝利をかすめ取るのではなく、全力で勝利をつかみ取る努力をすべきだった。
「“上”にのし上がるのに、他人を陥れる方法でしか戦えないようなヤツは・・・何やったって身能には勝てないよ」
人間の内面ってものは、意外と、表面にまでにじみ出るものだ。内面の醜い者が、内面の美しい者に勝てる道理はない。
その事実を彼女に教えてやれば、彼女はまたワッとさらに大きな泣き声をあげ、控室から走り去っていった。
「「心操・・・」」
振り返れば、衣縫と裁皮がきらきらと瞳を輝かせてこちらを見ていた。
「心操ってば、かっこよ・・・!」
「あ〜、今の録画して身能さんに見せてあげたかった!」
真っ直ぐに褒められて、照れくささから「やめてくれ」と二人を諌めた。
あの先輩の所業を実行委員に報告すべきかとも考えたが、やめておくことにした。心操も彼女に対して個性を使ってしまったし、ルール違反はお互い様だ。
というか、挑発的な態度であちこちに敵をつくる身能にも非はあるような気がするし・・・。
それに、控室に荷物を置きっぱなしで離れた衣縫と裁皮も不用心だったなと考えていると、「それより、」と二人が真剣な表情で心操を見た。
「ヤバいよ、心操!!」
「マズイぞ、心操!!」
同時に左右から声を浴びせられ、ステレオ効果で心操の脳に響く。
「人気が出るとアンチが湧くのが世の常!ミスコンでまた身能さんに敵が増えるよ!?」
「身能さんがミスコンに出たら男たちのむさ苦しい戦いだけでなく、女たちの醜い嫉妬も止まらないぞ!?」
「もう私たちの目的は果たして十分楽しんだし・・・ミスコンに出てもらう必要ないんじゃない?」
「さっきみたく妬まれて余計な面倒ごとに巻き込まれるのが、身能さんにとって一番迷惑な話だろ?」
「・・・」
二人の話に耳を傾けながら、心操は手元のペンキ缶に視線を落とした。
それからじっくりと思案したあと、そっとまぶたを伏せて「そうだな」と声を漏らす。
「身能に、ミスコンを辞退するよう頼んでみるよ」
その言葉に、ぱっと顔を明るくした二人がウンウンと何度も頷いて賛成した。
「それなら、私たちが実行委員に伝えにいくから!心操はその間に身能さんを説得しといて!」
「あの性格じゃ、簡単に説得できるとは思えないけど・・・」
善は急げとばかりに、衣縫と裁皮が忙しなく控室を出ていく。そして、裁皮が去り際に残していった一言にウッと胃が痛んだ。
―――アンタねっ・・・ヒーローなめんなよ!!騎馬戦のときの身能の形相を思い出し、額に汗がつぅと伝う。
確かに、彼女を説得するのは一筋縄ではいかなそうだ。
ライブを終えて控室にやってきた身能に、心操は準備していた言葉を決死の覚悟で伝えた。
「・・・なにそれ、」
呆然とする彼女に、緊張感をもって心操はじっと佇む。
だんだんと彼女の目がつり上がっていき、指先を苛立たしげにわきわき動かす仕草から、今にも殴りかかられるのはではないかと肝を冷やしていたのだが・・・
「なんで?」
意外にも、落ち着いた口調で理由を問われて、虚をつかれた。
体育祭のときの彼女だったなら、間違いなく怒り狂ってただろうに。
「理由は・・・」
色々ある。
身能に嫉妬するアンチが湧くからやめたほうがいい、とか。
担任の相澤が、お前の努力の方向性について心配してるぞ、とか。
“それらしい理由”なら色々あるんだ。だけど・・・
「(・・・相変わらずセコい奴だな、俺は・・・)」
自分は、体育祭のときから何も変わってないじゃないか。
個性を使って他人を利用して、勝利するために必要な労力や耐えるべき苦痛すら他人任せで。
体育祭では、自分にとって勝ち筋の見える戦い方がそれしかなかった。罪悪感はあれど後悔はしてない。
「(だけど・・・今もまた、他人任せにするのか?)」
本当はただ―――キレイに着飾った身能を 他のやつらに見せたくないってだけなのに。
彼女にミスコンに出てほしくない理由なんか、彼女のウェディングドレス姿を独り占めしたいって、そんな心操のわがままでしかないのだ。
彼女がステージに立ったなら、大勢の者たちがドレスアップした彼女に魅せられるだろう。そしてあの“ウェディングドレス”には大勢の男たちが、心操がしたのと同じように妄想するに違いない――彼女の結婚相手が自分だったら、なんて。
それが無性に不愉快だってのは、心操の勝手な都合だ。
彼女のミスコン辞退を頼む理由がそんなことだとか、
「・・・言えない。ごめん、言いたくないんだ」
ああ・・・自分が情けなくて、嫌になる。
他人任せにしたくないと言いつつ、本当の自分の気持ちも言えず・・・ただ身能を混乱させるばかり。
こんなふうに理由をぼやかされて、わけがわからない状況で、身能が承諾するはずもないよな―――と、なかば諦めかけていたとき、
「わかった、ミスコンは 辞退しよう」
ハッと顔を上げて、彼女を見つめる。
怒っている様子はない。少しばかり呆れたように「そんな顔されちゃあねぇ・・・」とこぼした彼女の顔は、なんだかいつもより大人びて見えた。
「というか、もともと心操くんが推薦したから参加することになったんだし・・・心操くんが推薦を取り消せば私に参加する資格はないんだよね」
あっけらかんと、後悔などなさそうに言う身能に、ウッと胸がつかえる。
体育祭のときのように、怒りの感情に身を任せて心操をなじってくれたほうが、まだ罪悪感を感じずにすんだのに・・・―――
「心操くん・・・このあと、ヒマだよね?」
「え?」
藪から棒に問われて、心操はぽかんと呆けた様子でぱちくりと目を瞬かせた。
編入希望が通ったときは、これで一歩近づいたと思った。けれど、訓練を積んでいくにつれて、見える現実に焦りだけが募った。そして焦りは不安を呼んだ。
ヒーロー科の奴らは、全速力ではるか先を走っているから。
「―――よく食べるな・・・」
身能と文化祭をまわりながら、心操はげっそりと呟いた。
彼女の暴飲暴食に付き合っていた心操の胃はもう悲鳴をあげていて、胃のキャパシティでさえ彼女に劣っている事実にそっと落胆する(こんなことで競ってもしょうがないけど)。
たぶん、目についたものを片っぱしから食べ尽くすのは、彼女なりのストレス発散方法なんだろう。謝罪の意を込めて食事代を支払ってみたが・・・彼女への罪悪感はその程度で払拭できるものではない。
「(・・・俺に、もっと自信があればな)」
心操に自信があったなら、身能のミスコン出場を止めることなどしなかった。気張ってこいと、彼女の背中を押してやる余裕もあったはずだ。
でも―――自信が 持てない。
だから心操は、彼女にミスコンの辞退を願った。それにあの先輩も、自信がないから妨害行為に走ったんだろう。
人は、自信がなければ卑屈になるし、姑息にもなる。
「身能はいつも自信に溢れてて・・・羨ましいよ」
そんな言葉が自然と口をついて出ていた。
どんな時でも、立ちはだかる壁に正面から突っ込んでいける心の強さが羨ましい。その壁を超えていけると自分を信じて突き進む、彼女の胆力に憧れる。
「・・・そうでもないよ。私にだって、自信が持てなくて、不安で、逃げ出したくなるときもある」
社交辞令とか、心操を励ますための方便かとも勘ぐったけど・・・ほんの少しだけ恥ずかしそうに声を潜めたのを見るに、どうやら彼女は本音を語ってくれているらしい。
そうか・・・そうだったのか。
「(みんな、普通の高校生なんだな―――自分も含めて)」
憧れが強すぎて見過ごしていた当たり前のことに、心操は改めて気づいたような気がした。
なんだか少し身能を身近に感じた心操は、恥を忍んで彼女に尋ねてみる。
「そういうとき、お前なら どうする?」
彼女が自信を喪失したとき、どんな選択をするのかと気になった。
彼女は「そうだなぁ」と考える素振りを見せ、屈託なく笑う。
「結局は、積み重ねていくしかないよね―――努力を、経験を」
そう語った彼女は、これまでにどれだけの努力を積み、どれほどの経験を積んできたのだろう。彼女の言葉には、とてつもない説得力があった。
しかし・・・こんなに格好いいことを言っているのに、その顔面がにこやかな白ネズミとあっては決まりがつかない。
「さっきから気になってたんだけど・・・なんで根津校長のお面をつけてるの?」
ずっと気になっていたことを指摘すれば、彼女の口から、思いも寄らない言葉が出てきた。
「この時間にこんなところで男と“デート”してるなんて知られたらマズイでしょう!!?」
「え、デッ・・・!?」
デート!?これってデートだったのか!!?
認識した途端にカァっと顔が熱くなる。と同時に、思考をぐるぐると超高速で回転させる。
デートって、何をするものだっけ?何をしたらいいんだ?もう何を喋ったらいいかもわからなくなってきた・・・誰か、デートの定義を教えてくれ。
というか自信を持てずに悩んでいる男子高校生に、いきなり好きな子とデートしろとか、無茶振りにもほどがある。
心操があーだこーだと頭を悩ませているうち、身能の提案でカフェに入ることになった。
ミスコンのステージが見える窓際のテーブルに座ると、人目につかない場所だと判断したんだろう・・・身能が校長のお面を外してふうと一息ついた。
「っ!」
校長のお面もかわいいけど・・・お面の下から現れたかわいい顔に、今 自分が“身能とデートしている”という事実を再認識して、どっと緊張する。
とっさに彼女から視線を外して窓のほうを見ると、
「・・・ちょうど始まるところみたいだ」
ちょうどいいタイミングでミスコンが始まったので、身能とともに見物を開始する。
ミスコン参加者たちが順々にアピールしていくのを見ながら、途中、あの先輩も何食わぬ顔で参加していたもので思わずムッとする。身能が棄権扱いになったから、あの先輩の不戦勝となるわけだが・・・本来なら、身能があの先輩に劣る部分など何ひとつないのにな。
ちらりと正面に座っている身能を見やると、じわじわと心操の頬が染まる。
「(くそっ・・・お前が、“デート”なんて言うから・・・!)」
妙に彼女を意識してしまって、彼女の良いところばかりが心操の頭を占めていく。
自信に満ちあふれる生きザマだったり。どんな相手にも真っ正面からぶつかっていく気概だとか。困っている人に自然と手を差し出せる、ヒーロー然とした優しさも。
すべてが、心操の気持ちを奮い立たせてくれる。「俺も頑張ろう」って、前を向く力をくれる。
「(・・・ああ、やっぱり・・・・・・好きだなぁ)」
フタをしていたはずの感情が、心操の意に反して溢れ出てくる。
けど―――うん、惚れちまったもんは仕方ないよな。
そう開き直ると、だんだん“好き”の感情を押さえつけるのがバカらしく思えてきて・・・彼女に“負けたくない”とか“距離をとろう”とか、色々と思うところがあったのも どうでもよくなる。
そのとき、
「・・・きれい」
身能が波動の舞う姿を目にして、ふわりと笑みを浮かべた。慈しみに満ちた、朗らかな微笑み――それを正面から見つめていた心操は、無意識のうちにコクリと頷いた。
「ああ、きれいだ」
きっと、今ミスコンのステージ上にいる誰よりも、今目の前にいる彼女のほうが・・・。
直後、目を見開いて凝視してくる身能に、うっかり心の声が漏れていたことに気づいて慌てて取り繕った。
・・・己の感情に素直になりすぎるのも考えものだな。
「―――俺が払うよ」
ミスコンも終わり、カフェを出るタイミングで伝票を手に取る。遠慮する彼女に、
「・・・だって、デートなんだろ?」
そう格好つければフフッと笑われて、後悔する。
“デート”の作法なんか知らないのに背伸びするんじゃなかった。身能はこういうことにも慣れてるだろうけど、こっちは初心者なんだぞ。
決まりが悪くて彼女を睨んでいれば、出し抜けに彼女が宣言する。
「―――次は、私に投票してもらうからね」
いつだって、どんな些細なことにも、“次は”、“今度こそ”と先を見据えている彼女に、尊敬の念を抱く。
けど・・・心操が投票するなら、身能しかいないんだけどな。
そうとは知らずに燃えている彼女に、心操は思わず笑ってしまった。
「ミスコン3位入賞者は・・・・・・身能、強子ー!!棄権したはずの彼女が まさかの入賞だぁあああ!!」
嘘みたいな展開に、エッ?と間抜けな声がもれた。
投票のシステムどうなってんだと疑問を抱きながらも、戸惑いがちにステージに登壇する彼女へ笑顔で拍手を送る。
同じステージ上にはあの先輩もいて、身能に不戦勝すらさせてもらえなかった彼女は悔しげに顔を歪めている。“いい気味だ”と清々するのと同時に、不戦勝を阻止した身能を誇らしく思った。
「やっぱ身能ってすげェ・・・まあ、組織票があるヤツはそりゃ強いよなぁ」
心操の隣でクラスメイトが感心したように告げるが、“組織票”?なんのことだろうと首をひねる。
「とりあえず、うちのクラスは全員身能に投票してるじゃん」
「・・・いや、何それ。初耳なんだけど」
「だって、C組(俺ら)の“推し”は心操で〜、その心操の“推し”が身能だろ〜?だからC組は全員一致で身能に投票したんだよ!っていうか、みんな普通に身能のこと好きだしさ」
・・・誰が、誰の“推し”だって?しれっと語られた内容に、心操の思考がフリーズする。
「聞いた話じゃ、A組もみんな身能に投票したっぽいぜ?」
それは、なんとなく想像がついた。何だかんだ言ってA組の連中が彼女のことを大好きなのは、傍から見ていてもわかるし。
一部、同調圧力に屈しなさそうな奴がいるけど・・・最近は「丸くなった」と噂になってるし、さすがの彼も、身能に投票したかもしれないな。
「―――で、推薦人の心操くんは・・・身能の付添人をやってみて、どうだったワケ?」
付添人をやるハメになった元凶から問われて、心操はステージ上の彼女へと視線を送ってから、考える素振りを見せる。そして、重々しく口を開いた。
「アイツと関わるたび、思い知らされるよ・・・強く想う“将来(ビジョン)”があるなら なり振り構ってちゃダメなんだ、ってさ・・・」
「ふーん?・・・その“将来(ビジョン)”ってのは、ヒーローになりたいって話?それとも・・・惚れた女をモノにしたいって話か?」
こちらを見てニヤリと笑ったクラスメイトに、心操もニッと口角を上げた。
「―――両方だよ」
相変わらず自信はないし、不安はなかなか追い払えない。けれど、それでも絶対に叶えたい“将来”がある。
努力を、経験を積み重ねていき・・・もっと力をつけた自分になって、自信を持てるようになったなら―――“次は”心操のほうから彼女をデートに誘って、“今度こそ”は彼女をスマートにエスコートできるといいな。
それから彼女に、“好き”の想いを伝えるんだ。
「(俺は絶対にヒーローなって・・・それで、絶対に身能を振り向かせてみせる)」
心操は夢が叶うその日を楽しみにしながら、背中を押してくれたクラスメイトに心の内でそっと感謝した。
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小説版にインスパイアされて書きました。心操くんはC組に愛されてますね・・・!
そして夢主もC組から推されてます![ 88/100 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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