皆一緒にニコニコ!

強子はミスコンに備えるべく、出場者たちにそれぞれ割り当てられた控室へと向かっていた。
控室には衣装を制作してくれた衣縫と裁皮の二人がスタンバイしており、彼らにウェディングドレスを着付てもらう手筈だった。
だが控室に着くと、服飾部の彼らではなく、心操が強子を待ち構えていて―――


「・・・はい?」


彼から告げられた言葉に、強子は耳を疑った。


「今、なんて・・・?」


彼の言葉に唖然として、ただただ言葉の続きを待つ。
頼むから聞き違いであってくれ、あるいは「冗談だ」と言って笑ってくれと、強子は祈るように耳をそばだてた。
けれど、強子の期待に反し、心操は真面目な表情を貫いたまま口を開く。


「本当に、勝手なことを言って身能には悪いと思ってるよ―――でも、」


抑揚のない声で、静かに告げる心操。


「ミスコンの出場を、辞退してくれないか」


字面こそ疑問系だけど、彼の目も口調も有無を言わさぬ様相で・・・問いかけというよりも強子に強いていた――ミスコンの辞退を、と。


「・・・なにそれ、」


おかしな話じゃないか。
強子をミスコンに出場するよう仕向けたのは、心操をはじめとするC組の人たちなのに。
服飾部の二人に、ミーハーっぽい心操の友だち、それから心操本人――彼らが推薦したから、強子はミスコンに出場することになったのに。


「(もともとミスコンに出るつもりは無かった私をその気にさせておいて・・・直前になって、やっぱり“出るな”って?)」


失礼な話じゃないか。
A組のクラスメイトや、ようやく笑顔を取り戻したエリだって、強子を応援してくれているのに。
強子がミスコンに出ることは学校中に知れわたっていて、多くの強子ファンが楽しみにしているのに。


「(他のミスコン参加者たちとも顔を合わせて、お互いに叩きのめす気満々に燃えてるところで・・・今さらしっぽを巻いて逃げろってか!?)」


聞き違いでも冗談でもなく心操から告げられたそれに、強子はわなわなと震える。


「(まったくコイツはっ、体育祭のときといい今回といい・・・どうしてこう、私の熱い闘志をふいにするようことばっかり言うかな・・・!?もう、もうっ・・・!!)」


苛立ちのあまり指先をわきわきと波立たせる彼女は、今にも心操に殴りかかりそうな様相である。
―――けれど、強子は一つ深呼吸して一拍おくと、思いのほか落ち着いた口調で心操に投げかけた。


「・・・なんで?」


これは当然の疑問だろう。
だって、強子の知る心操という男は、ミスコン開催直前で辞退なんて大勢に迷惑がかかることを、なんの理由もなく頼むような人間ではない。
そして、強子には、その理由を知る権利があるはずだ。


「理由は・・・言えない。ごめん、言いたくないんだ」


心操から返ってきたまさかの答えに、思わず「なんで!!?」と噛みつくように聞き返した。
ただでさえ無茶を言ってるんだから、せめてそれくらいは譲歩して教えてくれよ!せっかく飲み込んだ怒りも爆発しそうだ。
けれど、ふと心操の顔を見て、強子は再び冷静さを取り戻す。


「・・・なにか問題でもあった?ひょっとして、誰かに脅されてるとか・・・?」


ここはエリート校とはいえ、強子のミスコン出場を妨害しようとする不埒な輩がいないとも限らない。
理由を教えてもらえないなら自ら推測するしかないと、思考をめぐらし、考えられる可能性を口にしてみる。
もしそうなら強子自ら犯人を張っ倒してくれるわ!と、そう意気込んだが・・・彼はゆるゆると首を横に振った。


「いや、違う・・・そうじゃないんだ。ただ・・・、」


一度言葉を区切ると、心操はどうしたものかと逡巡して視線を彷徨わせた。
そして、迷いながら、ぼそぼそと言葉を紡いでいく。


「・・・ただ、俺のわがままというか・・・俺の、勝手な都合ってだけで・・・」

「はァ!?」


そんな言い分で、筋が通るわけがないだろ!
心操のはた迷惑な主張に、今度こそ強子の怒りが爆発する―――かと思ったが、やはり、心操の顔を見やった強子は 怒る気力をストンと失った。


「(まったく・・・なんて顔してんだよ、コイツは・・・・・・)」


弱り果てたような顔つきで、明らかに苦悩の色が見える表情で・・・彼は、強子に懇願するよう小さく縮こまっていた。
これまでに見たことがない、心操の新たな一面。
だって、体育祭前にA組に宣戦布告したり、騎馬戦で強子に歯向かったり、トーナメントでも緑谷を煽ったりと・・・強子が知る心操という人は、生意気というか、皮肉っぽい意固地なヤツという印象だったのに。
そんな彼の、あまりに弱々しい困窮ぶり・・・なんだか、親に怒られてしょんぼりする幼子のようで、情けないを通り越して、だんだん可愛くすら思えてくる。


「はあ〜〜〜・・・・・・・・・わかった、ミスコンは 辞退しよう」


悩んだ末、長いため息とともに頷けば、心操がハッと驚いたように顔を上げた。強子がこうも素直に承諾するとは思っていなかったらしい。
でも、だってさ・・・


「心操くんに、そんな顔されちゃあねぇ・・・」


理由はよくわからないけど、強子がミスコンに出ることで困る人がいる。それも、普段は生意気で気丈なヤツが幼子のように殊勝な態度を見せるほどだ。
そして、これはきっとヒーローのサガなんだろうけど―――弱々しく強子に頼み込む彼を前にして、彼の頼みを断る気には到底なれなかった。


「というか、もともと心操くんが推薦したから参加することになったんだし・・・心操くんが推薦を取り消せば私に参加する資格はないんだよね」


あっけらかんと笑いながら言えば、心操の顔色がじわじわと良くなっていき、


「・・・・・・ありがとう」


ほっと安心したような顔で礼を告げられた。
ところで・・・服飾部の彼らの了承は得なくていいのだろうか?元はと言えば彼らが強子を着飾りたいと言い始めたのがキッカケで、ミスコンに参加することになったのだし。
気になって心操に訊いてみると、


「衣縫たちには俺から話を通してあるから、心配しないでいいよ。というか今、あの二人が実行委員に身能の参加辞退を伝えに行ってるんだ・・・あいつら、身能にドレス着てもらって写真もいっぱい撮ったから、もう満足したんだってさ」


とのことだった。
いやしかし、すでに参加辞退を伝えてるって・・・事後承諾じゃないかよ!彼の手際の良い根回しぶりに、よほど強子にミスコン出場してほしくなかったのだなと気付かされる。
まあ、でも・・・最終的に、辞退すると決めたのは自分の意思だ。今さらグチグチ言うのはやめておこう。
―――それよりも、だ。


「心操くん・・・このあと、ヒマだよね?」

「え?」


藪から棒に強子が問えば、心操はぽかんと呆けた様子でぱちくりと目を瞬かせた。





強子は八百万や耳郎たちと ミスコンが終わったあとに一緒に文化祭をまわる約束をしているが、それまで他に予定がない。
心操も、ミスコンが終わってからクラスの出し物に参加することになっており、それまではヒマだそうだ。
つまりは、手持ち無沙汰な者同士。
ミスコンが終わるまでの時間つぶしは彼に付き合ってもらおうと、強子は彼を引き連れ、屋台が立ち並ぶ出店通りにやってきた。


「わ〜、これ美味しそう!あ、こっちのも美味しそう!!」


各科の各クラスが今日のために精を尽くして準備してきただけあり、どの屋台も熱気がすごい。ちょうど昼どきというのもあって、とくに賑わっているのが食べ物の屋台だ。
たこ焼き、焼きそば、クレープ、フランクフルト、焼きトウモロコシ、ベビーカステラ、ハンバーガー、ドーナツなどなど・・・どれも美味しそうなもので、強子は、片っぱしから全て食べていた。


「・・・よく食べるな・・・」


額に汗を浮かべた心操が、強子を凝視しながら呟いた。
だって、仕方ないだろう?
ミスコンに備えて高めていた強子の熱意は行き場をなくし、そのフラストレーションのはけ口を求めた結果・・・食べるという行為に、有り余った熱意をぶつけるしかなかった―――平たく言えば ヤケ食いだ。
そして心操は、そんな強子に律儀に付き合ってくれるばかりでなく、迷惑料のつもりなのか、強子が食べるもの全てを奢ってくれていた。
食い意地モードの強子の食費は馬鹿にならないのに・・・心操くん、君の誠意は十分に伝わったよ。


「なあ、さっきから気になってたんだけど・・・なんで根津校長のお面をつけてるの?」


首から下はいつも通り雄英の制服を着ているのに、首から上がにこやかな白ネズミになっている強子。
その顔面を指さして「お面してたら食べにくくないか?」と不可解そうに訊ねた心操に、強子は「わかってないなァ・・・」と呆れたように頭を振った。


「あのねぇ心操くん・・・いい?ミスコン優勝候補の身能さんは、敗北を恐れて逃げ出したんじゃなく、急遽!のっぴきならない事情で!!やむを得ず!!!悔しくも、ミスコンを棄権したってことになってんの!!!!」


校長の顔でズイと身を乗り出し、持っていたわたあめをブンブンと振り回しながら心操に言い聞かせる。


「なのにッ、この時間にこんなところで男とデートしてるなんて知られたらマズイでしょう!!?」

「え、デッ・・・!?」


驚いたように目を見開く心操は、どうやら本当にわかってなかったらしい。
男女が二人で文化祭を見てまわるとか、誰がどう考えても“デート”だろう。そして、ミスコンをサボって悠々とデートを楽しんでいるなんて、そんな姿を周囲に見られては強子の評価がガタ落ちだ。
だからこそ、心操と文化祭を見てまわるにあたってまず初めに強子がやったのは、お面を買って、身バレを防ぐことだった。


「(それに、心操ファンの女子たちを敵にまわしたくないし・・・)」


強子の知る“物語”では語られなかった気がするが、実は、心操はモテる。
この顔立ちだし、タッパもあるし、高校1年生にしては落ち着きのある性格―――その上、普通科でありながら体育祭の最終トーナメントに進むという快挙を成したことで、『普通科の星』、『雄英期待のホープ』などと評価されるほど、周囲の彼を見る目は変わった。
そんな心操に想いを寄せる子がいるなんて話が強子の耳にも届いている。
となると、余計な面倒ごとを起こさないためにも、強子は顔を隠しておくほうがいいのだ。


「あっ・・・もうミスコンが始まる時間か」


ミスコンの特設ステージ前に大勢が集っているのを見て、強子がぽつりとこぼす。
そして、ふいと校舎を見上げると、校舎の3階にある「カフェ」の文字に目をとめた。


「ねえ、あそこのカフェに入らない?」

「え!まだ食べる気・・・?」


そんな嘘だろ・・・?と、驚愕した表情で引いている心操に、慌てて「違う!」と否定する。
さすがにお腹は満たされたし、心操の財布も寂しいことになっているに違いない。これ以上食べ続けるような大食漢、ファットガムくらいなものだろう。


「そうじゃなくて・・・あそこなら、窓からステージを見下ろせそうだから」


辞退したとはいえ、やはりミスコンの顛末は気になるところ。心操の同意を得ると、二人で校舎に向かった。
ミスコンが一番の目玉イベントなだけあり、今は多くの者がステージに集まっていて、校舎内は人が少ない。
カフェの中もそれほど混んでなくて、幸い強子たちは窓際のテーブルに座ることができた。
どうやらここはサポート科のクラスがやっているカフェらしく、各テーブルの上に、あらゆる発明品がこれみよがしに展示されている。ものによっては、天井につきそうなほど大きい発明品もある。
それらの発明品が室内の見通しを悪くしていて、窓際にひっそりと座る強子と心操の姿は人目につかなそうだ。ここなら、お面を外しても問題ないだろう。
注文したドリンクを提供してくれた店員が去ると、強子はお面を外してふうと一息ついた。


「・・・ちょうど始まるところみたいだ」


窓の外を見下ろした心操が告げたので、強子も窓の外へと目を向ければ、ちょうどいいタイミングでミスコンが始まった。


「(・・・・・・あ、A組の皆がいる)」


観客席の前方――ステージ正面のいい場所に、見慣れた顔ぶれが並んでいる。
きっと彼らは、強子を応援してくれてるんだろうけど・・・彼らが見つめるステージに、強子が立つことはない。強子は心中で「ごめんね」と彼らに謝った。


『・・・それでは続いて、1年B組の拳藤さん!』


ミスコン参加者に与えられる、数分間のアピールタイム―――そこで拳藤は力強い演舞を披露し、何枚も重ねて並べたベニヤ板を手刀でバキバキに叩き割ると、観客たちの歓声があがった。


『華麗なドレスを裂いての演舞!!強さと美しさの共存!素晴らしいパフォーマンスでした!!』


続いて絢爛崎が、絢爛豪華な絢爛崎の顔をした巨大な装甲車を乗り回せば、たちまち観客たちは圧倒される。


『高い技術で顔面力をアピール!圧巻のパフォーマンス!!』


そうして強子の知る“物語”の通りに進んでいくのを見守りながら、強子は眉間にシワを寄せた。
まるで この世界に強子なんか存在してないみたいな、強子不在のミスコンを見せられて、思う。


「(・・・やっぱり、私の知ってる“物語”は、変えられないの・・・?)」


身能強子という存在は、ミスコンの順位だなんて日常パートの些細な展開さえも変えられないのか。
身能強子というイレギュラーは、ミスコン参加者に名を連ねることすら許されないのか。


「(・・・なんで?)」


なんで心操は、強子に辞退するよう頼んだ?
理由がわからないからこそ、余計に考えてしまう―――理由なんて無くても、“物語”には決して抗うことができないんじゃないか?
この世界の出来事は“物語”の通りに収束するよう、“強制力”のようなものが働いているのではないか、なんて。


「(心操くんの“都合”って、なに・・・?)」


どれだけ考えても理由がわからず悶々としていると、いよいよ波動の出番がやってきた。
ヒラヒラと愛らしいドレスを纏い、空中でくるくると華麗に舞う彼女に、観客たちは心を打たれたように見入っている。
ふと強子は、観客たちの中に天喰の姿を見つけた。小さく微笑み、温かな目で波動を見守っている彼は、


「(純真無垢な妖精のようだ・・・とか思ってるな?あんなウットリ見惚れちゃって・・・)」


考えていることが丸わかりの彼の表情を見ているうち、否応なしに強子は察してしまった。


「(環先輩は、波動先輩に投票するんだろうなぁ・・・」)


たぶん―――強子がミスコンに参加していたとしても。
そりゃ、波動のほうが強子より彼との付き合いは長いし、仲が良いかもしれないけど・・・なんとなく面白くなくて、むすっと唇を尖らせた。
理解はできても納得できないことってあるよね、なんて拗ねながら波動に視線を戻して、再び強子は察してしまった。


「(・・・ああ、うん。やっぱり・・・勝てないかも)」


おそらく―――強子がミスコンに参加したところで、彼女には勝てない。
その妖精は、一瞬で強子の目を奪い、モヤモヤが渦巻いていた強子の心を綺麗に澄みわたらせた。それほどに彼女は美しく、可憐で、魅惑的だった。


「・・・きれい」


思わず心の声が漏れ出るほどである。すると、


「・・・ああ、きれいだ」


予期せず同意の声が耳に飛び込んできて、驚いた強子は目を見開いて心操を凝視した。


「な、なんだよ」


心の声がうっかり漏れてしまったかのように慌てた様子で、恥ずかしそうに顔を赤らめた心操が、強子を睨む。
その態度に、強子はピンとひらめいた。


「(心操くんってば・・・・・・ねじれちゃんファンだったの!!?)」


そうか、そういうことだったのか!
強子の知る“物語”では語られなかった気がするが、心操がビッグ3のねじれちゃんに憧れてても 不思議じゃない。
どうりで強子のミスコン参加を嫌がるわけだよ。優勝候補の強子がいると、波動が優勝する可能性が下がるもんな!敗北を恐れていたのは強子ではなく、心操のほうだった。
それにミスコンの推薦人であれば、ミスコン関係者として波動とお近づきになるチャンスも得られるわけで・・・心操にもメリットがあったというわけだ。
謎は すべて解けた!


「(・・・ってことは、コイツも波動先輩に投票するんだろうなぁ)」


お前は強子の推薦人のくせによぉ・・・!
新たに察してしまった面白くない事実に、再び唇を尖らせる強子だった。


「―――・・・さて、ミスコンも終わったし、そろそろ行こうか?」

「そうだな」


最後までミスコンを見届けて、二人が席を立つ。
お会計をしようと財布に手を伸ばしたところで、心操が「俺が払うよ」と強子の伝票を持っていった。


「いや、大丈夫だよ。もう十分奢ってもらったし・・・」


迷惑料なら、出店通りですでに十分すぎるほど払ってもらった。
これ以上は逆に申し訳なくなるので断ったのだが・・・彼は首を横に振ると、気恥ずかしげに後ろ頭に手を置いた。


「・・・だって、デートなんだろ?女の子に金出させるなんてカッコつかないし・・・ここは俺に奢らせてよ」


はたと目を見開いて、それから強子は、フフッと笑みをこぼす。
たぶん そういうことに慣れてないだろうに、初々しくも格好つけようと背伸びする男子高校生を微笑ましく感じた。
それから・・・ねじれちゃんファンでありながらも、強子をちゃんと“女の子”として扱ってくれることに、喜びを感じた。


「―――次は、私に投票してもらうからね」


確固たる決意を胸に抱いて、心操に宣言する。
ビッグ3の波動と強子とでは積み上げてきたものの大きさが違うんだから、魅力が劣るのも仕方がない。
だけど―――今はまだ、投票してもらえるほどの魅力が強子にないのなら・・・すべての男どもを強子に夢中にさせるくらい、自分を磨けばいいって話だ。


「ははっ・・・そうだな」


心操には強子の決意を軽く笑いとばされてしまったけど―――覚悟しておけよ?今回は無理だとしても、次こそは、強子に投票させてやるからな!












「百ちゃん、耳郎ちゃん!お待たせー」

「あ、きたきた」

「強子さん!待ってましたわ」


待ち合わせていた二人と落ち合うと、彼女たちは笑顔で強子を迎え入れた。


「今までどちらにいらしたんです?」

「急にミスコン出なくなったって聞いて心配したよ・・・なんかあったの?」

「いやぁ、まあ、うーんと・・・色々あって。ミスコン優勝は来年に持ち越しになったよ」


どう説明したものか悩んだ末にそう誤魔化すと、彼女たちは腑に落ちない表情で顔を見合わせた。
だが、強子の様子から問題ないと判断したようで、それ以上は詮索してこなかった。


「そうだコレ、強子のぶんも買っておいたよ」


そう言って耳郎に手渡されたのは、セメントスを形どったカップに入ったジュースであった。紙素材のカップなのだが、忠実にセメントスが再現されている。


「え〜っ、何これカワイイ!!」

「よく出来てるよね、このカップ!」

「大人気でしたので、売り切れる前に強子さんのぶんも購入しておいたんですの」


周りを見てみると、そこかしこで生徒たちがセメントスジュースを飲んでいる。確かに大人気のようだけど・・・


「何味なんだろう?セメント味?」

「それ、絶対に不味いでしょ・・・」

「中身はココナッツジュースですわ!」

「へぇ、ココナッツか・・・セメントスと関係なくない?」

「まぁね。でも美味しいからいいよ」

「・・・あっ、硬いものつながりでしょうか?ココナッツの殻は硬いですから」


彼女たちと取り留めない会話をしつつ、セメントスの頭部に刺さったストローをくわえる。ジュースを一口飲んでみると、口当たりのいいほんのり甘いジュースに思わず笑みが漏れた。


「(は〜・・・癒される・・・)」


気心知れたいつもの顔ぶれで、美味しいものに舌鼓を打つだけの、平和な時間―――人ごみの多い通りから少し離れているせいもあって、今、ここだけは・・・のんびり、のほほんとした空気が流れている。
お祭りの喧騒も遠くに聞こえ、午前中にライブをやっていたのが今日だったなんて信じられない。
気づけば三人は、完全に息抜きモードだ。
耳郎はふーっと背を伸ばしながら息を吐いた。


「初めはウチにできるかなって少し不安だったけど・・・・・・やってよかったな」


晴れ晴れとした耳郎の顔を、八百万と二人で微笑ましく見ていたのだが、ふと、八百万が表情をくずして言った。


「私は・・・少し残念ですわ」

「「え」」


意外な彼女の言葉に、強子も耳郎も驚く。八百万は「だって」と続けた。


「一度、歌う強子さんと耳郎さんを前から観てみたかったんです。できれば最前列で」

「えぇ?」

「ぷはっ、何それ」


強子がおかしそうに吹き出した横で、恥ずかしそうに眉を寄せた耳郎のイヤホンジャックが戸惑うように揺れる。


「でも、ライトを浴びて歌うお二人の後ろ姿もとてもカッコよかった・・・だから、結局は最高でしたわ!」


にこっと笑う八百万に、A組のロックな歌姫は照れ隠しに「もうヤメテ」と強子に肩を預けてきたので、強子も笑ってそれを受け止めた。





彼女たちとひと通り文化祭を楽しんだあと、夕方には本日シメのイベント――ミスコンの結果発表が行われる。


「(あ〜・・・やだなぁ・・・・・・)」


本当なら強子も登壇していたはずのステージを見上げ、陰気なため息をもらす。
八百万や耳郎、他のクラスメイトたちも、このイベントを見逃すまいと観覧しており・・・彼女たちと行動をともにしていた強子も必然的に結果発表を見るハメになったのだ。
なにが悲しくて、強子が登壇しないステージに拍手を送らなきゃいけないのか。強子が不戦敗した相手に、祝福の言葉を送ってやるほど 強子の懐は広くないぞ。
自分で決めたこととはいえ陰鬱な気持ちを抱えながらステージを観覧していれば、投票結果が下位から順番に発表されていく。


「(わざわざ見なくても、結果なら知ってるし・・・)」


どうせグランプリが波動で、準グランプリは絢爛崎だ。
結果の知れた退屈な順位発表にあくびを噛み殺していると、熱狂する司会者の声が荒ぶっていく。


「さあ、いよいよ第3位!なんと、ここに来て番狂わせがッ!!ミスコン3位入賞者は・・・・・・身能、強子ー!!棄権したはずの彼女が まさかの入賞だぁあああ!!」

「ンぐっ!!?」


あくびを噛み殺していたせいで、驚いた拍子に喉のあたりが変なことになってゲホゲホとむせた。


「(・・・いやいやいや!こんなことある!?)」


参加を辞退した人間が、上位入賞って・・・!!投票のシステムどうなってんだ!?
混乱する頭で「?」をいくつも浮かべながら、歓声をあげる人々に押しやられてステージまでやってきてしまった。
強子を待ち構える司会者から視線をそらし、壇上から観客たちを素早く見回した。そして、目当ての彼を見つけ出す。


「(・・・いた、心操くん!)」


ミスコン辞退を頼んできた彼に、指示を乞うよう視線を送る。
彼に頼まれたとおりミスコンは辞退したけど・・・3位に入賞してしまって、いいのだろうか?波動のグランプリを邪魔しなければ問題ないのかな?
そんな強子の不安を拭い去るよう、心操は強子に笑顔で頷いてみせた。眉尻をさげて微笑み、ぱちぱちとこちらに拍手を送っている彼に、強子はホッと息をつく。
かくして、司会者から銅色のトロフィーを恭しく受け取ると、強子は心からの笑顔を観客たちに向けた。


「―――そして、本年度ミスコングランプリに輝いたのは〜・・・・・・波動っ、ねじれェェエ!!」


その結果に、強子も笑顔で惜しみなく拍手を送った。
だが・・・どうにも、隣でニッコニッコと笑顔を浮かべて強子を見てくる人物が気になってしまう。


「身能さん、さすがだね」


隣から眩しい笑顔でそう声をかけてきたのは、ミスコン4位の拳藤一佳であった。
えっと・・・嫌味かな?いや、拳藤さんってそんなイヤな性格じゃないよな・・・?とリアクションに困っていると、彼女は少し恥ずかしそうに笑みを見せる。


「実を言うとさ、アピールタイムで演舞を披露するとき・・・頭の中では身能さんをイメージしてたんだ」

「えっ・・・(どーいう意味?)」


まさか、あのベニヤ板を強子に見立ててバッキバキにへし折り、日頃の恨みを晴らしていたとか・・・!?


「やっぱり、“本物”には敵わないなぁ」


晴れ晴れとした笑顔で拳藤がそう告げた。
だが・・・その笑顔が逆に怖いと、強子は顔を強ばらせた。










夕日が辺りを赤く染める頃―――
病院に戻ってしまうエリを見送るため、緑谷は校門まで来ていた。


「今日はありがとう!楽しかった!」

「・・・うん」


うつむきがちで暗い表情をしているエリに、緑谷と通形は困ったように顔を見合わせた。
先ほどまではあんなに楽しそうに笑顔ではしゃいでいたのに・・・きっと、別れを寂しく思っているのだろう。
エリを見守る相澤も、心なしか いつも以上に気難しい表情をしている気がする。


「(そういえば身能さん、どこに行ったんだろう・・・?)」


エリの見送りには来ると言っていたはずだけど、彼女の姿が見えない。
こんなときに彼女がいればエリの表情も明るくなったかもしれないのに・・・仕方ない。気持ちを切り替え、緑谷はエリの前にかがんだ。


「エリちゃん、顔をあげて」


彼女が顔をあげると同時、「サプライズ!」と彼女の目の前にリンゴ飴を差し出した。
プログラムを見たところ彼女が楽しみにしていたリンゴ飴がなさそうだったので、緑谷が自らつくったのだ。
エリがぽかんとリンゴ飴を見つめていると、


「おーい、エリちゃーん!」


校舎のほうから聞こえてきた声に、皆がそちらを振り向いた。


「えっ!?」

「「身能さん!!?」」

「・・・何やってんだ、お前」


皆が目をかっ開いて驚くのも無理はない(相澤は驚くというより呆れていたが)。
何せ、強子が着ているのは、ミスコンで着る予定だったウェディングドレス――ここにいる彼らには初披露の装いである。


「へへっ、サプラーイズ!」


今日は何もかも初めて尽くしのエリが、せっかくミスコンを楽しみにして、強子を応援してくれていたのだ。
ミスコンでは披露できなかったけど、せめてエリにだけでもこの姿をお披露目しなくっちゃ!と、C組連中に事情を話したら、彼らは快く衣装を用意してくれたのである。


「どうかな?」


強子は自信に満ちた表情でくるりと回って、エリに感想を求めた。


「っ、わあ〜!すごい、きれいっ、おひめさまだぁ!」


きらきらと瞳を輝かせ、夢と希望あふれる純粋な視線が強子に向けられる。その子供らしい素直な反応に、強子は嬉しそうに肩を揺らした。
正確には “おひめさま”でなく、“およめさん”だけど・・・彼女が喜んでくれるなら細かいことはどうでもいい。


「身能さっ、エッ!?ど、どうしたのその格好!?まさか、どなたかとご結婚を・・・!!?」


んなわけあるかい。
顔を赤くしたり青くしたり挙動不審な緑谷に呆れつつ、「ミスコンで着る予定だった衣装だよ」と説明した。


「あっ、そ、そうなんだ・・・!」

「よかったね、エリちゃん!強子お姉ちゃんのドレス姿も見たかったって言ってたもんね!」

「うん!あの、みすこん?のお姉さんたち、みんなキレイだったけど・・・やっぱり強子お姉ちゃんがいちばんキレイ!!」


くぅ、嬉しいことを言ってくれる。
ミスコンでは3位だったけど、これは、実質1位だと言っても過言ではないな!


「エリちゃんも、大きくなったら私みたいなイイ女になれるよ!」


上機嫌にふわりと笑って彼女に告げると、パシャリと音がした。


「・・・通形先輩?なに勝手に撮ってるんですか」

「ゴメンゴメン、つい!でも、写真を悪用する気はないから安心してよ!ただ君の大ファンである俺の友人に写真を送ってあげるだけなんだよね!」

「それ、世間一般には“悪用”に分類されるのでは?・・・まぁいいですけど、どうせなら皆で撮りましょうよ!」

「お、いいねえ!そしたらエリちゃんにもプリントしてあげようっと!」


ワーワーと騒がしい強子たちを見つめるエリは、笑顔を浮かべてはいるけど、やはりどこか寂しそうで・・・そんな彼女に相澤がそっと声をかける。


「まァ、近い内にすぐまた会えるハズだ」


すぐ、また会える。
その言葉を胸に、パクリとリンゴ飴を口に含むと―――リンゴをさらに甘くしたその味に、彼女は蕩けるような笑顔を浮かべた。





エリとお別れしてから、緑谷と二人、静かな敷地内を寮に向かってテクテクと歩いていく。
校舎内や敷地内にはお祭りの熱気を含んだ残滓がまだガラクタとともにあったが、片付けは明日やることになっていた。そして、またいつもの日常へと学校は戻っていく。
そう・・・楽しかった文化祭が、終わったのだ。


「・・・皆には言ってないんだけど、」


唐突な切り出しに、強子が不思議そうに緑谷を見ると、彼はいたって真面目な表情で告げた。


「実は、今朝、買い出しに出かけたときに・・・なんていうかその、外部の人が雄英に侵入しようとしてて・・・その人たちを止めるために戦ったんだ」


強子はぱちりと瞬きして、緑谷をじっと見つめる。
彼が語るのはジェントル・クリミナルとラブラバのことで間違いないだろう。
開幕直前にボロボロになって戻ってきた彼は、クラスメイトたちに「転んだ」なんて説明していたけど、強子には本当のことを話してくれるらしい。


「その人、自分のことをヒーロー落伍者の成れの果てだって言ってた・・・その人にも、僕と同じように夢や想いがあって・・・とても、戦いづらかった」


戦いの中で指を痛めた緑谷が、疼く指をにぎにぎと動かしている。そして、指だけでなく胸も痛むかのように、彼の顔がくしゃりと歪む。


「・・・・・・僕も、オールマイトに出会ってなければ・・・彼みたいになってたかもしれない・・・」


それは、秘密の共有者だからこそ打ち明けられる弱音だった。
複雑そうな顔して考え込む緑谷を見て、強子も難しい顔になる。


「・・・負けられないね」


緑谷の気持ちは、よくわかる。
強子だって、オールマイトに補欠として拾ってもらえなければ今ごろどうなっていたか・・・考えたくもない。


「ヒーローが脚光を浴びる影には、たくさんのヒーローを目指してきた人たちがいる。だからこそ、私たちは負けられない。たくさんの想いも背負って、勝たなきゃならない―――そうでしょ?」


まったく、ヒーローってのは背負うものが多いよな。多くを背負い、そして多くを乗り越えていかねばならない。
強子の言葉に、緑谷は覚悟を決めたような顔になって「・・・うん」と頷くと、にぎにぎしていた指をギュッと強く握りこんだ。


「ところでデクくん―――私には無茶するな的なことを口酸っぱく言うわりに、自分は結構な無茶するよねぇ?」

「うっ・・・・・・返す言葉もないです・・・」


途端に情けない顔になって肩を落とした彼に、強子は声をあげて笑った。










ウェディングドレスから制服姿に戻ると、一気に日常感が戻ってきた。
名残惜しく思いながらドレスを服飾部に返して、「ただいま」と寮に帰ると、一階の共有スペースでワイワイやっていたA組の面々が強子を出迎える。


「あ、強子帰ってきた!」

「これで全員揃ったな!そんじゃ、始めようぜー!」


浮かれた様子で騒いでいる彼らに「なんだ?」と強子は小首をかしげる。
それに、さきほどから寮内に漂っている甘い香り。これは、いったい・・・?


「ほらよ・・・みんな、好きなの取ってくれ!」


そう言って砂藤が持ってきたのは、リンゴやイチゴ、みかん、ぶどうなどのフルーツ飴だった。
一口サイズに作られたカラフルポップなフルーツ飴は、メルヘンかわいい。そして美味そうだ。


「えっ なに、どうしたのそれ!?」


目を輝かせて訊ねる強子に、砂藤が笑みを浮かべて答える。


「もらい物のフルーツがあったんだが・・・緑谷がリンゴ飴作るっていうから、じゃあフルーツ飴にしたらみんな食べられるかなと思ってよォ」

「フルーツ飴で打ち上げだよー!」

「いぇーい!」


ぴょんっとジャンプする芦戸と葉隠。
彼女たちが率先して砂藤の持つフルーツ飴に飛びつくと、それを皮切りに、他のクラスメイトたちも飴を選ぼうとわらわら集まっていく。


「わぁ、どれにしようかな」

「わたし、みかん!」

「オレはリンゴだ、絶対に」


皆がわちゃわちゃと飴を手に取っていく中で、一人どっかとソファに座ったままの爆豪に切島が「ほら、爆豪も」とフルーツ飴を勧めるも、「んな甘えモン、食えるか」と毒づいている。
そんな爆豪に砂藤がサッと尖った赤い飴を差し出し、ウィンクしながらサムズアップする。


「そう言うかと思って、トウガラシ飴作っといたぜ!」

「ヘンな気遣いしてくれてんじゃねえ!辛えか甘えかわけわかんねぇだろうがぁ!」


そのままのトウガラシに飴がからんだそれに、爆豪が手のひらで爆破させて怒る。その傍らで、瀬呂が「まぁまぁせっかく作ったんだし」とトウガラシ飴を無理やり爆豪に渡していた。
そんな様子をケラケラと笑いながら見ていた強子の肩に、ぽんと手が置かれる。


「身能、お前はどれにすんだ?」


轟が色とりどりのフルーツ飴を指差して強子に問いかけた。どれも美味しそうなフルーツ飴を見比べ、強子は迷う素振りを見せる。


「んー、どれにしよ・・・轟くんはどうする?」

「じゃあ、コレ」


どの飴がいいかなんて、轟はとくに頓着しないんだろう。彼は迷う素振りもなく、一番手前にあったイチゴ飴を手に取った。


「轟くんらしいね」

「?・・・そうか?」


フルーツ飴に無頓着なところもそうだけど・・・“イチゴ”というチョイスがまた、轟らしい。


「だってほら・・・“ショート”でしょ?」


轟に向けてピッと指差して、強子はにんまりと悪戯に笑う。


「ショートといえば、イチゴだよ!イチゴの乗ったショートケーキ!」


それに、イチゴの色味が赤と白で、彼の髪の色とマッチしているじゃないか。
カラフルポップなイチゴ飴を持つ轟という画を可愛らしく思いながら、強子もイチゴ飴をその手に取った。


「ねえねえ強子ちゃん、もう聞いた?」

「?」


ニヤニヤと含み笑いしているであろう葉隠の声に、嫌な予感がしながら振り向いた。


「あのねー!轟くんねー!ミスコンで強子ちゃんに投票したんだよー!もう迷わず即決即断!って感じで!!愛だよね〜!」

「えっ?」


葉隠の言葉に、強子はぱちくりと目を瞬かせる。


「轟くん、私に投票してくれたの・・・!?」


ミスコンなんてこれっぽっちも興味なさそうなのに!ミスコンなんてものには、フルーツ飴以上に無頓着を発揮すると思ってたよ。
しかも強子はミスコンを棄権したのだから、投票してもらう権利などなかったのに・・・それでも投票してくれたのか。


「ああ・・・皆に誘われて、俺もミスコンを見てたんだが・・・」


何やら考えながら難しい顔で喋りはじめた轟に、強子も葉隠も、彼が何を言うのかと固唾を飲んで見守る。


「・・・俺は身能しか知らねーからな、お前に投票した」

「あ、ウン、そうだよね」


やはり思ったとおり、轟は無頓着だった・・・他人に対して、無頓着。ミスコンに出てた人のうち、彼がきちんと認識できている人物は強子しかいなかったというオチである。


「(というかこの調子だと、私がミスコンを棄権したこともわかってないな・・・)」


苦笑をもらす強子の背後では、“何か”を期待していたらしい葉隠ががっくりと項垂れている。
残念だけど、轟に“そういうの”を期待するだけ無駄だぞ。


「それでも・・・轟くんの一票は嬉しいよ」


あの轟焦凍が、強子に投票してくれた。
波動推しではなくて、強子を推してくれている人が、ここにいる。
その事実に、強子の胸がじーんと熱くなる。


「轟くんがミスターコンに出るときは、私、轟くんに投票する」


本心からそう告げれば、轟は無表情で「んなもん出ねえぞ」と返してきたが、強子の背後からはハイテンションで「ヒャー!両思い!?」なんて嬉しそうな声が返ってきた。


「もー、二人とも相変わらずラブラブなんだから!さすがは雄英の公認カップル!!」


いや、公認カップルではないんだが・・・?


「カップルっつーか、もはや熟年夫婦の空気感出てない?」


えっ、そんなもの出てないよね・・・?
悪ノリしてきた瀬呂の一言に衝撃を受けていると、ガタッと大きな音がして強子の注意がそちらに向く。


「てめぇ、このフシアナ女ァ・・・お れ に 投 票 し ろ やァアア・・・」

「・・・ええ!?」


歯をギチギチと噛み鳴らしながらこちらを睨む彼に、強子は驚いて口元を手で覆う。
そんな、まさか、ひょっとして・・・


「爆豪くん・・・ミスターコンでもトップに立とうとか思ってる?それはさすがに、畑違いじゃない?」

「違わねンだわっ、ボンクラ女がァ!!」


彼の常にトップを目指す姿勢は尊敬に値するが・・・ミスターコンテストなんて人気取り合戦は、明らかに爆豪の苦手とする分野だろう。
前世で見たキャラクター人気投票ならいざ知らず、この現実世界での爆豪は、わりとマジで人々から嫌悪されがちだ。
残念だけど、期待するだけ無駄だぞ。


「・・・つかてめえ、あのアスレチックやったんか」

「アスレチック?なんのこと?」


爆豪の言葉が足りず首を傾げている強子を見て、近くにいた尾白が代わりに口を開いた。


「在学中のオールマイトの記録がまだ抜かれてないヤツだよ」

「「えっ!?そんなのあったの!?」」


強子の驚く声にかぶせて、緑谷の悲鳴にも近い声が響いた。
知らなかったなどファンとして一生の不覚と言わんばかりに愕然とする緑谷に、爆豪は「ざまぁ」と言わんばかりに小気味よさそうにケッと笑う。


「爆豪も何回も挑戦したんだけど、結局オールマイトの記録は抜けなかったんだよなー」

「よけいなこと言うんじゃねえっ、クソ髪!!」


切島を小突いてから、爆豪はトウガラシ飴の先端を強子に突きつけた。


「来年の文化祭でてめぇもやれや。オールマイトの“秘蔵っ子”とやらの記録がどんなモンか見てやらァ」

「・・・いいけど、吠え面かいても知らないからね?」

「てめぇもだ、クソデク!俺はてめえもオールマイトの記録も抜かすからな!」

「・・・わかった!僕も負けないようにがんばるよ!」


爆豪からの挑戦に、強子も緑谷も触発されて意気込んでいる。メラメラと闘志を燃やす強子の隣で、轟が静かにこくりと頷いた。


「・・・身能がやんなら、俺もやる」

「テメーはお呼びじゃねンだよ半分野郎っ!!」


そんな騒がしい応酬を端から見ていた飯田が、パッとひらめいたように手を打った。


「いっそみんなで挑戦するっていうのはどうだろう!?競争力を養うことで、クラスのモチベーションが上がり、団結力も高まるというわけだ!ヒーローとして必要な素養を学べるアトラクションだ!」

「いいな!やろうぜ!」

「記録に挑戦ってやっぱ燃えるよなー」

「運動場ガンマってアスレチックの動きに効きそう」

「こう、くびれがつく感じだよね!」

「―――みなさん、」


まとまりなく各々くっちゃべっているところに、八百万が声をあげた。


「来年のお話もけっこうですけれど、とりあえず今日のシメをなさっては?」

「そうね、せっかく作ってくれた飴、早く食べたいわ」


蛙吹が持っている飴を見て、ほかの全員も飴を持ち、なんとなく円になる。しぶしぶといった様子の爆豪を切島たちが輪に招き、飯田がかしこまったように口を開いた。


「えー、今日という文化祭のために、全員で寝る間も惜しんで準備してきました。ですが、思えば出し物を決めるのにひと苦労したのが昨日のことのよう。あのときは出し物も決められず相澤先生にお叱りを受け、それから・・・「そっから振り返るのかよ!」


思わずツッコんだ上鳴が、「こういうのは手短に!」とつけ足す。
飯田は「俺としたことが」と咳払いをして改めて皆を見回してから持っていた飴を掲げる。


「それでは簡素に・・・・・・みんな、お疲れさまでした!」

「「「おつかれさまー!」」」


皆もそれに合わせ、飴を掲げて叫んだ。
ふと、隣でおそろいのイチゴ飴を掲げる轟と目が合う。
なんとなく強子は、“乾杯”の合図でグラスを打ち付けあうノリで、自分の飴を轟の飴にコツリとぶつけて「おつかれ」と笑う。
すると轟はキョトンと不思議そうに飴を見やって、再び強子に視線を戻し、それから ふわりと微笑んで「おつかれ」と返した。


「(ああ・・・なんか、こういうの、久しぶりだなぁ・・・)」


久しぶりに間近で直視した轟のご尊顔は、相変わらずの造形美で、目の保養だった。
うっとりしちゃう甘いマスクに、ほとばしるイケメンオーラ・・・もし轟がミスターコンや女装ミスコンに出れば、きっとダントツで圧勝するんだろうなぁと強子はほくそ笑む。
そうして最近ご無沙汰だった眼福に酔いしれながら、手元のイチゴ飴にパクつけば・・・飴の甘さと、フルーツの酸味が口の中で溶けながら合わさっていく。
それは、甘酸っぱい青春の味がした。










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ミスコン回と思わせておきながら、辞退させてごめんなさい。今回はデート回でした。やっぱり文化祭デートは外せません!

次話は心操視点で、答え合わせです。




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