本番はノリノリ!

気がつけば、文化祭本番はもう明日に迫っていた。
体育館で最後の通し練習をしながら、A組の誰もが適度な緊張感と期待感に気持ちを浮わつかせていた。


「本番で変なアドリブしないでね?」

「あ?」


アドリブ常習犯の爆豪に向け、「混乱しちゃう奴いるから」と耳郎が改めて警告する。


「言い方トゲあんな!」

「上鳴、お前だけではないぞ」


もはやバンド隊では恒例のやり取りに、強子は呆れたように笑みをこぼした。
でも、明日の本番を終えてしまえば、もうこのやり取りを見ることもないのだと思うと、なんだか寂しい気もする。
そんな思いにふけるうちに下校時刻を過ぎていたらしく、体育館に怒鳴り込んできたハウンドドッグから追い出されるようにしてA組は体育館から撤収した。
これで、あとはもう・・・寝て起きたら 朝の9時から文化祭が始まり、10時には本番をむかえることになる―――


「寝れねー!!」

「しずかに!もう寝てる人もいるから!」


もう日付が変わるという時間になっても上鳴や峰田が共有スペースで騒ぐものだから、芦戸が注意を促した。
この時間、いつもなら自室に戻っている人がほとんどなのだけど、今日ばかりは共有スペースが賑わっていた。誰だって、イベント前日は興奮状態になってなかなか寝付けないものだよね。


「皆、盛り上がってくれるだろうか・・・」


飯田が明日の本番のことを想像して不安げに呟くと、耳郎が口を開いた。


「そういうのはもう考えないほうがいいよ。恥ずかしがったり、おっかなびっくりやんのが一番よくない。舞台に上がったらもう後は楽しむ!」


と、そう言って飯田を元気づける耳郎だって、さっきまで不安そうな顔をしていたくせに・・・強がっちゃって、かわいいヤツめ。
強子がニヤニヤと耳郎を見ていると、視線に気づいた耳郎に「なに?」と睨まれてしまった。


「まったく、アンタはいつ見ても余裕そうでいいよね・・・それよりミスコンのほうは大丈夫なの?バンド練習ばっかで、ミスコンの準備してるトコあんまり見てない気がするけど」

「ご心配なく!皆を魅了する準備なら日頃からバッチリよ!」

「あ、そう」


耳郎から冷ややかな視線を向けられたところで、芦戸が皆に「そろそろガチで寝なきゃ」と声をかけた。


「そんじゃ、また明日やると思うけど・・・夜更かし組!!一足お先に―――絶対成功させるぞ!!」

「「「オー!!!」」」












―――文化祭当日の朝、9時前。
ミスコン実行委員より指示されていた通り、ミスコン参加者たちは一所に集まっていた。文化祭が始まる前に、段取りの最終確認やら、ステージ衣装の最終確認をする必要があるらしい。
そんなわけで、拳藤もステージ衣装であるドレスに着替えてきたのだが・・・


「あっははは!何だい拳藤、その衣装は!暴力に魂を売った人間とは思えないなァ!!」

「ほめてんのか貶してんのか どっち」

「ほめてんのさ!何てったってエントリーしたのはこの僕だぜ!?」


ひやかしに来た物間が、何が面白いのか拳藤を見てゲラゲラと笑っている。
今すぐこいつを追い出してやろうかと悩むが、周囲には物間以外にも、他のミスコン参加者たちの付き添いで来ている人が多くいた。おかげで物間がそこまで悪目立ちしていないこともあり、彼を追い出す必要もないかと思い直す。
すると彼は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて拳藤に熱弁しはじめた。


「CM出演で人気のある拳藤なら、優勝候補No.1の身能さんともいい勝負に持ち込めるに違いない!女性的な魅力でいえば彼女には圧倒的に劣るけど、こっちは品行方正な姉御肌のクラス委員という好印象が浸透してるんだ!女子からの投票数なら負けないハズさ!!男子票では到底勝てないとしても!!」

「だから ほめてんのか貶してんのか・・・」

「万が一にも君が身能さんに勝って優勝すれば、B組がA組に逆転勝ちしたようなものだろ!!?優勝して、B組の存在を雄英に知らしめるんだよ!!」


ミスコン参加者が集う部屋に物間の高笑いが響き渡って、拳藤は居心地悪そうに肩を丸めた。やはり、さっさと追い出しておくべきだった。
そのとき、勝利への欲にまみれる物間の前にひょっこりと、ある人物が顔を出した。


「ねぇねぇ待って、何で身能さんが優勝する前提で話すの、まだわかんないよ」

「波動ねじれ先輩!!」


波動は、物間が大口を叩くせいで恐縮していた拳藤に歩み寄ると、笑顔で「よろしくね」と握手をかわした。


「おやおや・・・私を差し置いて優勝のお話を!?有終の美を飾るのは、この私!!」

「絢爛崎美々美先輩!!」


続いて絢爛崎が勝利を確信したような高笑いで登場したが・・・こちらはミスコンの二連覇という実績もあるため、部屋にいた者たちは皆、気圧されるように押し黙った。


「女の戦いだ・・・!」


この状況で面白半分にそんなことを言えるのは、物間に付き添って来ていた泡瀬くらいである。
張りつめた空気の中―――カツンと、ヒールが床を踏み鳴らす小気味いい音が響いた。
自然と皆の視線が音のほうへ向けられると、視線の先には、


「あれ?皆さん もうお揃いで・・・もしかして私、遅刻しちゃいました?」


きょとんとした様子で周囲を見回しながら入室してきたのは、身能強子である。
ミスコンに参加する彼女がここに来るのはわかっていた事のはずだが・・・彼女の姿を目にした全員が、目をまん丸にして驚愕の表情を見せた。
驚愕する彼らが一様に釘付けになっているのは、彼女が身に纏う、その衣装―――


「「「う・・・ウェディングドレス!!?」」」


雄英のミスコンでは参加者がドレスを着るのが通例となっているが、過去に幾度と行われてきたミスコンにおいて、ウェディングドレスを着る勇者など一人もいなかった。いや、着ようという発想にもいたらなった。
学生の身分で着るには敷居が高く、ともすれば、衣装に“着られる”おそれもある。憧れはあれど、手を出すには抵抗がある、そんな代物だ。
しかし・・・彼らの目に飛び込んできたのは、純白にきらめくドレス。一切の汚れのない白色の生地は 清純そのもの。精巧で美しいレースに飾られ、腰からフワリと広がるドレスのデザインは、女性らしさを象徴している。
アップに結い上げた髪からベールが垂らされて、ティアラを始めたとした装飾品を身につけたその姿はハレの日にふさわしい。
彼女の今の姿はまぎれもなく―――女たちの憧れと男たちのロマンが詰まった、理想の花嫁姿・・・!!
それはもう大人も顔負けするほど、完璧に花嫁衣装を着こなしている。その場にいたすべての者が、言葉も忘れて見入ってしまうほどに。


「?・・・参加要項に書いてあった 衣装に関するルールは守ってますけど?」


遅刻もしてないのに、集合場所に来た途端、なぜ全員からじろじろと無言で見つめられなきゃいけないんだ?と、困惑気味に強子が物言うと、


「身能さん、すっごくキレ〜!」


波動がパチンと手をたたいて、瞳を輝かせて強子に駆け寄ってきた。
それに続いて絢爛崎も、優美な笑みを携えてツカツカと彼女に歩み寄る。


「身能さん、あなたは“美”というものをきちんと理解なさっているようね」


優勝候補たちからのお褒めの言葉に、強子は誇らしげに笑って「ありがとうございます!」と返した。
もちろん、強子に向けられるのは好意的な視線だけではなく、嫉妬や警戒心に満ちた視線も向けられるが・・・そんなのは望むところだ。どんとかかってこい!
ミスコンとは 女の戦い―――やるからには、本気で叩きのめしてくれるわ!!












「え?デクくんが戻ってないって?」

「買い出し一つで何してんだか、アイツは!」

「もー!」


ミスコンの集いから解放されてクラスに戻ると、クラスメイトたちが憤慨していた。
早朝から買い出しに行ったという緑谷が、まだ戻ってこないのである。文化祭の開催時刻もとうに過ぎ、A組の出番までもう30分もないというのに・・・携帯に連絡しても応答すらない。
クラスメイトたちが苛立ちまじりに彼を待つ姿を見て、今日という日を楽しみにしていたエリの顔が曇る。


「デクさん・・・踊らないの?」


不安そうに通形の服をぎゅうと握って、強子に視線を向けたエリ。
緑谷ならきっと今頃、買い出しの途中で出逢ったジェントル・クリミナルとラブラバと戦っているのだろう。彼らに雄英文化祭を邪魔させるわけにはいかない、と。
けど、心配はいらない。緑谷なら、どんなに戦いづらい相手にだって、決して負けたりはしないさ。


「大丈夫だよ、エリちゃん!デクくんなら大丈夫。だから、楽しみにしてて!」

「・・・・・・うん」


強子が笑顔で告げると、彼女は小さく頷いた。そして彼女はおもむろに、顔にグググと力を入れ、かと思えば、両手でグイグイと頬を引っ張った。


「エリちゃん?どうかした?」

「・・・私も、強子お姉ちゃんみたいな、きらきらした笑顔になれるかな、って・・・でも、やっぱり、うまくいかない・・・」


そう言って、がっかりしたように視線を下げたエリに、「はうっ」と心臓を押さえた強子。


「ははっ!身能さんってば、すっかりエリちゃんの “憧れのお姉さん”だよね!」


通形が微笑ましそうに告げたそれを耳にしながら、強子は感動に打ち震えた。
エリちゃん・・・なんて健気で、いじらしく、可愛い子なのだろう!こんなの、強子の中の母性が爆発するわ!!


「ああもう、エリちゃ〜ん!!」


溢れ出る母性に突き動かされた強子はエリにがぱっと抱きつき、彼女の柔らかな頬にウリウリと頬ずりする。
そして突然の行動に驚いたように目を瞬かせているエリに、彼女の言う“きらきらした笑顔”を向けた。


「待ってて!私もデクくんも、最高の歌とダンスで エリちゃんをきらっきらの笑顔にしてあげるから!!」


だから、もうちょっとだけ待っててね。
改めて気合いを入れ直すと、強子はエリたちと別れ、体育館のステージに向かって颯爽と歩き出した。










―――AM10:00
開幕のブザーが体育館に鳴り響く。と同時に、ステージの幕がゆっくりと上がっていく。


「お、始まるぞ」
「1年ガンバレー!」
「身能さーん!」
「ヤオヨロズー!!」
「どんなもんだぁ!?A組ー!」


強子の耳に届く、純粋にステージを楽しみにしてくれてる人たちの声。中には、A組をこき下ろそうとしている人たちの声も時おり混ざっているが・・・いずれの人間も含めた大勢の視線が、幕の上がったステージへと集中している。
そのステージ上には、開幕前ギリギリに帰ってきた 件のお騒がせ問題児――緑谷も立っていた。
それから・・・ステージのど真ん中、一番目立つ位置に仁王立ちしているのが、強子である。
一つ、大きく深呼吸してから、強子はくるりと後ろを振り返る。そこにいるのは、今日までずっと一緒に頑張ってきた バンド隊の仲間たち。

ギターの腕は不安定だけど、持ち前の快活な性格でいつも場を和ませてくれる、上鳴。
誰よりも堅実に忍耐づよく練習をこなす常闇は、皆のモチベーションを支える礎のような存在だ。
いつでも優しく、温かい心配りをしてくれる八百万のおかげで、いつも練習に全力を注げた。
びっちりアドバイスを書き込んだノートをバンド隊の各メンバーに渡し、日々の練習でも的確な指導をしてくれた耳郎。音楽を愛し、突きつめてきた彼女がいたからこそ、バンド隊が形を成した。
それから・・・引くほどにストイックな性格は面倒くさいけど、それ故にバンド隊を何度でも奮い立たせてくれる 爆豪。彼の「音で殺る」宣言は、バンド隊だけではなく、ダンス隊や演出隊をも昂らせたものだ。

彼ら、一人ひとりと視線を交わすと、強子は力強くコクリと頷いた。
それを合図に、爆豪がすぅと息を吸い込む。


「いくぞゴラァアア!!雄英全員、音 で 殺 る ぞォ!!」


間髪入れずステージ上で起こった爆破により、観客たちに爆風が吹きすさぶ。その風圧とともに、ギター、キーボード、ベース、ドラムが織りなす重厚感のある音圧が観客に叩きつけられた。
さらに、音楽に合わせたダンス隊の一体感ある動きが観客の視線を奪う。
ツカミは ばっちり。観客は誰も彼もが圧倒されたようにステージに見入っている。
それが嬉しく、誇らしく・・・強子の口角が自然と上がっていく。
見てくれ、聞いてくれ!そして、知ってもらいたい。
私の自慢のクラスメイトたちを、その皆が今日まで重ねてきた努力を・・・ここにいる全員に知らしめたい――そんな願いを込めて、息を吸い込む。


「よ ろ し く お ね が い し ま ァ す!!」


スタンドマイクの前で思いっきり叫べば、自ずと観客の注意が強子に引きつけられる。それを感じとりながら、強子は歌いはじめた。


「♪〜―――」


毎日のボイトレ、耳郎からの指導――どちらも間違いなく強子の歌唱レベルを上げてくれた。素人芸なんて言わせるもんか。すでに“歌がうまい”という域を超えて、“プロレベル”と言ってもいいかもしれない。
その証拠に・・・耳に心地よく、愛らしい強子の歌声が体育館に響くと、観客たちがわかりやすく沸き立った。
中には、強子のファンと思わしき人たちが目をハートにしてペンライトを振っていたもので、あやうく自分はアイドルなんじゃないかと錯覚しかけたくらいだ。
歌いながらふと、観客の中からエリを見つけると、通形に抱えられた彼女は目をかっ開いて緑谷と強子とを交互にキョロキョロ見ていて、とても可愛らしい。
そうして観客たちの様子をうかがいつつ、煽ってさらに盛り上げるうちに、曲はサビへと差し掛かる。


「(みんな、いくよ・・・!)」


サビの出だしは、ダンス隊がピョンと飛び跳ねてから地面に拳を叩きつける、ヒーローらしい、力強さあふれた振り付けだ。
強子の歌と、彼らのぴたりと揃った動きが見事にハマって、ステージ上に一体感が生まれる。
バンド隊とダンス隊とが一つにまとまったような感覚に、人知れず強子は胸の高まりを覚える。さらに、サビの部分は耳郎の美声がコーラスをかぶせてくれるので、言い知れない気持ち良さが胸を揺さぶる。
そしていよいよ、サビの終盤。


「(デクくんと青山くんの、見せ場・・・!)」


緑谷が青山を天井高くブン投げると、青山が空中でレーザーを放った。息ピッタリの二人が見せた“人間花火”に、観客がワッと盛り上がる。
無事に見せ場を終えると、緑谷は演出隊のほうに加わるため舞台袖にハケていく―――それとタイミングを同じくして、強子もスタンドマイクの傍から離れていく。
すると、事前情報で「身能がボーカル」だと聞いていた観客たちは、「じゃあ誰が歌うんだ!?」と意表をつかれた様子で目を見張った。







「う〜ん・・・やっぱりさ、私の声、かわいすぎると思わない?」

「「「は?」」」


練習中、思ったことを口にすると、バンド隊の仲間たちから呆れた視線、冷ややかな視線などが返ってきた。その辛辣な反応に焦り、強子は慌てて補足する。


「あっ、えっと、今のは言葉が足りなかったけど・・・つまり言いたいのは、この曲の歌詞――覚悟とか決意とか、強い意志を持った内容だけどさ、私の声質だと、迫力が足りないっていうか、パワー不足に感じて・・・」


耳郎からボーカルの指導をしてもらう時、お手本のように彼女が歌ってくれることが多々あるのだが・・・彼女の歌声を聞くたび、思うのだ。やはり、この曲は、耳郎のハスキーで力強い声質のほうがしっくりくるな、と。


「あ゛!?てめぇ、今さら出来ねェとか抜かす気じゃねーだろな!?」

「もちろんボーカルを降りる気はないよ!ただ、より良いモノにするためにはどうしたらいいかって話で・・・」


エリに「歌う」と言った手前、強子だって、ボーカルを諦めることはしたくない。


「・・・声質か。まあ、強子の言うことも一理あるけど・・・」


耳郎は口元に手を当て、う〜んと悩ましげに眉を寄せている。
歌い方の工夫は出来るだろうけど、声質については、努力でどうこう出来るものではないのだ。


「強子さんの声質ですか?私はとくに違和感を覚えませんが・・・」

「俺もー」

「そうだな。身能の歌声から十分に熱意が伝わってくる」


・・・だけど、強子本人は、確かに自分の力量不足を感じていた。
この曲の終盤に向けて高まっていく、“何か”――それを歌に乗せて、聴いている人たちに届けることが出来るのは、耳郎しかいないんじゃないかって。
納得いかない様子の強子を見て、爆豪が口を開いた。


「・・・ラスサビ」

「え?」

「勢い足りねぇってのはラスサビんとこだろ。そこだけ耳女が歌えゃ、どうにかなんだろうが」

「・・・ああ、なるほど!」


確かに、ラストのサビこそ この曲でもっとも力強さが必要な部分だ。爆豪の提案は結構いいんじゃないか?と耳郎の顔色をうかがうと、彼女は悩ましげに唸った。


「でも、そうすると流れが・・・」

「流れが狂うってんなら、その前の落ちサビもてめーが歌えばいいだろ」

「・・・ああ、それならアリかも」


耳郎の顔がぱっと明るくなったのを見て、これで話がまとまったと安堵する。
曲の終盤、ラストのサビにかける部分だけ耳郎にボーカルを代わってもらえば、強子の不安は解消される・・・


「ちょっと待ったァア!話は聞かせてもらったよ!」

「えっ?三奈ちゃん?」


突然話に入ってきたのは、なぜかグラサンにスーツという どこぞの業界人かのような格好をした芦戸であった。


「いやぁ実は、曲の後半でダンス隊の人数減っちゃうから、もう少し人手が欲しいなーって思ってスカウトに来たんだけど・・・強子が歌わないとこあるんなら、そこだけでもダンス隊に貸してもらえない?」

「あー、そっか・・・青山と緑谷が抜けるぶん、ステージが寂しくなるんだ」

「そんじゃ、ラストの耳郎が歌うとこで身能はダンス隊に交じるカンジ?」

「・・・忙しないな」

「マイクはあらかじめ2本用意しておくと良ろしいかと」

「あっ、待って!」


とんとんと話が進んでいく中で、強子が声を張りあげた。


「それなら、いっそのこと・・・ツインボーカルにしちゃう!?」


はたと思いついて口にしたアイデアだったが、考えれば考えるほど素晴らしい案に思えてならない。


「だって私、やっぱり耳郎ちゃんの歌も聞きたいもん!二人で 一緒に歌おうよ!」


我ながら天才的な提案に満面の笑みを浮かべて耳郎を見やれば、彼女は「うっ・・・」と悩ましげに眉を寄せたが・・・逡巡したあと、何やら覚悟を決めた様子で「わかった」と頷いた。


「となると、パート分けは・・・―――」







そんなわけで、この曲の2番からは、A組の 真の歌姫の登場だ!
緑谷の穴を埋めるべくダンス隊に交ざった強子に代わり、耳郎が歌いはじめれば―――途端に彼女のハスキーセクシーボイスが観客の耳を魅了した。
彼女の歌のうまさに驚く声が会場のあちこちから聞こえてきて、思わず強子はほくそ笑む。
・・・が、しかし、耳郎にばかりいい格好させてもいられない。
彼女の歌に引き込まれている連中の意識を強子に引き戻すよう、強子は己のダンスに力をそそぐ。
『身体強化』という個性持ちであり、身体を使うこと全般が得意なわけだけど・・・それはもちろん、ダンスにも同じことが言えるわけで。


「(何を隠そう、歌って踊れるヒーローとは 私のことよ!!)」


ダンス隊に見劣りしないキレッキレのかっこいいロックダンスを披露する。さらに、時おり愛らしさも出して観客を魅了すれば、マイクを持っていなくとも彼らの目は強子に奪われる。
峰田のハーレムパートに差し掛かった際には、峰田を惑わすような振り付け(そうしてくれと血涙を流す峰田に懇願されたのだ)で踊ると、すかさず男性客たちから峰田に向けてブーイングが起こったが、峰田本人はどこ吹く風で満足げな顔をしていた。
そして・・・2番のサビからは、観客たちをさらに畳みかけるような演出を仕組んでいる。


「くるぞっ・・・!」


サビに入る直前、出番を待ってましたと言わんばかりに、控えていた演出隊の面々が奮起する。
ステージ上からそちらを見やると・・・轟や切島たちと目が合った。彼らとアイコンタクトをとり、強子はタタッと勢いをつけてステージ上を小走りする―――と同時に、観客たちの頭上に大きな氷の柱がいくつも連なる。
口田の操る鳥たちが会場の光源を上下左右に動かし、天井からロープで吊るされた青山の人間花火も縦横無尽に動き回る。
さらに、ステージ上では爆豪が連続爆破を放ち、八百万が創造した特大クラッカーから色とりどりの色帯が舞って・・・会場は光と色、熱風と冷気とで、非日常の幻想的な空間を創りあげる。


「(よし、いくぞっ!)」


強子は強く足を踏み込むと、誰よりも高く跳び上がり・・・そのまま空中で一回転すれば、サビに合わせて拳を地面に叩きつける体勢での着地がキマった。
ワッと歓声を浴びせられながら会場を見渡すと、ダンス隊は氷の支柱に登って観客とより近い場所で踊り、会場に一体感を作り出している。麗日とハイタッチした人たちが、フワフワと浮き上がって無重力遊泳を楽しんでいる。会場全体が一つになって、熱狂していく。


「(やばい―――最っ高に、楽しい!!)」


観客がワァッと盛り上がるその熱気が、ビシビシと伝わってくる。A組の皆が楽しんでいるのはもちろんだけど、今や、この会場内にいる人で、楽しんでない人なんか いないに違いない。
会場の後ろのほうで、ひっそり見守っている仏頂面の相澤だって、きっと、内心では楽しんでいるはずだ。
そう考えた強子は、彼に向け、親指と人差し指で「バーン!」と銃を撃つフリをしながらウインクを飛ばしてみたのだが・・・相澤には虫でも払うかのような仕草を返され、強子のファンサービスは拒絶された。ちぇっ。
まあ代わりに、相澤の隣にいたプレゼント・マイクは指笛をピーピーと鳴らし、周囲の観客たちもワーキャーと盛り上がってたので良しとしよう。
再びスタンドマイクの元に戻って、ラスサビ前のCメロ部分を耳郎とともに歌いあげていく。
そのあとの落ちサビからラスサビにかける部分は、前述した通り、耳郎にソロで歌ってもらうことになっている。強子は安心して、彼女の安定感ある歌声に聴き惚れていたのだが・・・


「――― Yeah I’ll be!!!」

「!?」


歌の最中ふいに耳に飛び込んできた、今まで練習で一度も聞いたことの無いフレーズに、強子はぎょっと目を剥いた。
会場の熱気にあてられたせいか、それだけ歌に入り込んでいたせいか・・・耳郎響香、本番になってまさかの、アドリブ投入である!
驚いた強子は思わず後ろを振り返り、演奏中のバンド隊に目を向けるが、彼らも楽しげな様子で耳郎のアドリブに合わせていた。
ただし、さんざん耳郎に「アドリブやめて」と言われていた爆豪にいたっては「おめーがするンかい」と、もの凄く渋い顔をしている。
それがなんだか面白くて、本番中だというのにフハッと吹き出せば・・・つられたように、爆豪もふっと顔をゆるめた。めずらしく、凶悪な笑みでも嫌味な笑みでもない、自然体な笑顔。
ほんの一瞬だけ垣間見れたそれを目にしたんだろう、一部の女性客たちから黄色い歓声があがったような気がした。
そんな珍しいものに気を取られつつも、強子は前に向き直って再び歌声を響かせる。


「♪〜―――」


ノリにノっている耳郎の、魂のこもった歌声が会場に響き渡り、観客らの魂をも揺さぶる。
彼女の“楽しい”という感情が、“音楽が好き”という気持ちが、歌を通して、彼らの心にも伝播していく。そして・・・会場にいる皆の心が、一つになる。
会場を見渡せる位置にいる強子だからこそ、その嬉しい変化を実感できた。強子がその変化をもっと目に焼きつけようと、歌いながらも会場を見渡していたとき、


「わあぁ!!」


そんな、小さな女の子の歓声が耳に届いた。
声のほうを見れば、目をきらきらと輝かせて、笑顔でステージを見つめるエリの姿。高まった感情を小さな体全身で表現するよう、目いっぱいに両腕をひろげ、笑顔をこぼしている。


「っ・・・!!」


ずっと、見たかった―――彼女が心から楽しみ、喜び、年相応にはしゃぐ姿。それをようやく目にして、目頭に熱がこもり、声が詰まりそうになる。
エリを抱えている通形と視線を合わせれば、彼は目を潤ませて、笑ってるんだか泣いてるんだかよくわからない顔で、何度も何度もしきりに頷いていた。


「(エリちゃんが、笑ったよ―――ナイトアイ!!)」


ナイトアイが命を賭して救けた女の子が、今日、治崎の暗い影から抜け出した。本当の意味で、彼女を救えたんだよ。
勝手な考えかもしれないけど、あの壮絶な戦いの中で傷ついたもの、失ったもの――それらが今、この瞬間に、報われたような気がした。
彼も、空から見守ってくれているのなら・・・きっと、穏やかな笑みを浮かべて喜んでくれていると思う。










A組の出し物は、大盛況で幕を閉じた。
我々をこき下ろそうとしていた奴らも負けを認めて謝罪してくるくらいだし、大成功をおさめたと言っていいだろう。
しかし余韻に浸る間もなく、強子たちはせっせと会場を片付ける。どデカい氷の塊をよいしょと担ぎ上げ運んでいると、先生方に怒られていた緑谷がよろよろと帰ってきた。


「よーう、オツカレ!」


ちょうどいいタイミングで、通形がエリを連れてやってきた。緑谷も強子も、彼女に視線を合わせると・・・


「最初は大きな音でこわくって、でも強子お姉ちゃんがキラキラしてて、ダンスでピョンピョンなってね、それからピカって光ってデクさんいなくなったけど・・・ぶわって冷たくなってね、プカーって、グルグルーって光ってて、」


感動を伝えようと必死になって、支離滅裂ながらも一生懸命に語ってきかせてくれるエリが、なんとも可愛らしい。


「女の人の声がワーってなって、強子お姉ちゃんも楽しそうに笑って、私・・・わああって 言っちゃった!」


はち切れんばかりの笑顔のエリに、ウンウンと頷いて聞いていた強子も緑谷も、涙腺がゆるんで仕方ない。
緑谷はゴシゴシと袖で目元をぬぐうと、「楽しんでくれて良かった」と、そう告げた。


「良かねんだよ!遅刻の次はサボリか、運べや!」


峰田の叱責に、緑谷は慌てて謝りながら、付近に落ちている氷塊を回収していく。
強子も片付けを再開しようとしたのだが、


「身能!お前はンなことやってる場合じゃねーだろ!?ミスコン控えてんだからよォ!!」

「あ、もうそんな時間?」


峰田に叱られ、手を止める。
これからドレスを着付けて、髪整えて、メイクして・・・準備にかかる時間を考えると、結構ギリギリかもしれない。
でも、まだ片付けが終わっていないんだよな・・・と、クラスメイトたちのほうを見ると、


「こっちはもういいから、行って来いよ!」

「ミスコンでみっともない醜態さらすなよ〜」

「強子ファイトー!」


クラスメイトたちからの声援。
そして、「僕が代わるよ」という声とともに、強子が腕に抱えていたどデカい氷塊がヒョイと緑谷の手に渡った。
彼らのありがたい言葉に甘えることにして、強子は彼らに背を向ける。


「・・・それじゃ、行きますか」


強子にはまだ、もう一つ戦いが残っている。
胸の内に勝負開始までのカウントダウンを刻みながら、強子はワクワクがとまらず、舌なめずりした。










==========

当連載はどの話でも、困惑、屈辱、後悔、怒り、悲しみ・・・そういったマイナス感情になるシーンを1つは入れるようにしています。乗り越えるべき試練みたいなもんですね。
でも今回の話ではめずらしく、あまりマイナス面はないですね!みんなハッピー!毎話こうなら良かったのにね、夢主よ・・・。



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