距離 ※爆豪視点

「バレたくねェんだろ、オールマイト・・・あんたが隠そうとしてたから、どいつにも言わねえよ」


緑谷を負かしてやった後、先程までの騒音が嘘のように静まり返った運動場で オールマイトに告げる。


「―――ここだけの 秘密だ」


そう聞くと、オールマイトはほっとしたように表情を和らげ、爆豪に感謝の意を示したが・・・もとより、言いふらすリスクとデメリットがでかすぎて、この事を誰かに話せるわけもなかった。
それから、彼らの抱える秘密――緑谷を後継に選ぶまでの経緯をオールマイトから聞きながら、爆豪はふと、ここにいない彼女を思った。


「・・・アイツは、知らねぇのか」


無関係なあいつが、この場にいるわけがない。この話題に混ざれるはずがない。そう理解はしているのに・・・彼女がここにいないことに、爆豪は違和感を覚えていた。


「え、身能さんのこと!?な、なんで・・・?」

「彼女が知ってるハズはないと思うが・・・」


当然ながらこの二人も、前触れなく話題に出た身能に虚をつかれたようだが、


「アイツの眼、クソデクを見るときだけ、他を見るのと違ぇンだよ。まるで圧倒的に高ぇ壁でも見てるような眼で見てやがる・・・期末んときの、オールマイトを見る眼みてェな・・・」


得体の知れない敵を見るような、自分とはまったく異なる存在を見るような・・・絶対にかなわない、脅威でも見るような。
気のせい、なんてことは無いと断言できる。だって爆豪は、その眼をよく知っている。爆豪自身も、同じような眼で緑谷を見ていたのだから・・・。


「身能が“秘密”を知らねーとしても、薄々何かは感づいてるかもな・・・バレたくねェなら、しっかり隠せや」


あいつは勘がいい。というより、人よりも感覚が鋭いぶん洞察力に長けるので、少しでも迂闊なことをすれば彼女には見抜かれてしまうだろう。
特に緑谷とは、期末試験以降グッと距離が縮まって、随分とご立派な信頼関係を築いているようだしな―――と、そこまで考えて・・・身能に対する、度し難いほどの苛立ちがぶり返してきた。


「(なにを勘違いして浮かれとんだ、俺は・・・)」


入学当初から やたらと目について感情を揺さぶってくる存在であった身能。神野での一件を機に、それは爆豪が彼女に“好意”を抱いているからなんだと、(誠に不本意ながら)爆豪も認めていた。
そして、認めてからというもの、以前よりも身能との距離が縮まって、今では気の置けない間柄だと思っていた。爆豪にとって身能が特別であるように、身能にとってもまた、爆豪が、特別な存在になれたような気がしていた。
そう・・・あくまでも、”気がしていた”に過ぎないのである。


「(あの女にとっちゃ・・・所詮、俺は、ただのクラスメイトの一人でしかねェだろ)」


近づいたような気がしてたって・・・あいつは勝手に線引きして、その一線から先には誰も近寄らせない。そういう奴なのだ。
爆豪も、緑谷も・・・どれだけ距離を縮めたところで、それはあくまでもクラスメイトとして、仲間としての躍進である。
身能本人が「ヒーローになるまでは恋愛してる場合じゃない」と公言している通り、身能は、”特別”な存在をつくる気がないのだから。


「(わかりやすく、“予防線”なんか張りやがって・・・)」


彼女の公言は、予防線としての意味合いが大きいだろう。
ヒーローになるという夢を叶えるまで、身能強子は誰とも付き合わないし、誰にも惚れない――そう公言していれば、彼女自身を律すると同時に、他者をも牽制できるのだ。実際、彼女に告白するような無謀な輩は減少傾向にある。
そして当然ながら、“他者”の中には爆豪も含まれているわけで・・・爆豪がどう足掻いたところで、“ただのクラスメイト”という枠からは抜け出せない。
それでも・・・身能に言い寄るモブどもをいちいち蹴散らす手間が省けると思えば、寛大な心でそれを許容しようとしていた。彼女の意志を尊重しようと考えていた、のに・・・


「(なにが、”元カレ”だっ!!)」


仮免試験の会場で見た、あのいけ好かない顔が脳裏をちらついて、自然と額の血管が浮き上がる。
そりゃあ、身能とは、互いに特別な存在だろうよ。あの男は、爆豪が彼女と出会うより前に、彼女の線引きを乗り越えるくらいには彼女と紡いできたものがあるんだろう。
それが“元”だったとしても、すでに“過去の話”だったとしても・・・身能への感情を自覚する爆豪をイラつかせるには充分な話だった。もっとも、あの男がまだ身能に未練がありそうなところを見るに、完全に“過去”だとも言い切れないが。
何にせよ、“ただのクラスメイト”である爆豪には・・・そもそも 彼らに疎外感を覚える資格すらないのである。


「(・・・胸クソ悪ィ)」


“特別”をつくらないと豪語していたくせに“特別”をつくった身能も。身能の“特別”であったという、あの男も。さらに言うなら、奴らにとって部外者でしかない自分自身にも、腹が立って仕方ない。
沸き上がる不快な感情を発散させたくて、誰彼かまわずに当たり散らしてやろうかなんて緑谷を睨みつけ・・・すでに散々暴れ倒した後だったことを思い出した。
その私闘の罰として、相澤から数日間の謹慎と寮内清掃を言い渡され、翌日―――


「謹慎なんてしてる人は 脅威じゃないけどね。寮内にこもって、どれほどの成長を望めるのやら・・・」


鼻につく笑みで言い捨てると、爆豪と緑谷をしり目に颯爽と学舎へ向かった身能の後ろ姿に、「ぐぬぬ・・・」と歯を食いしばる。
どうしてこんな女に惚れたんだ!?と、己の正気を疑わずにはいられなかった。










仮免資格を取得した者とそうでない者とでは、進む速度も異なる。
身能がインターンを開始して華々しく活躍している間も、爆豪には、仮免の補講を受けるくらいしか出来ない。日々、置いてかれている感を味わいながら、焦燥するばかりだった。
そんなある日、厳しい補講を終えて寮へと帰ってくると、目を疑う光景がそこにあった。


「・・・は?」


寮の談話スペースにあるソファーで、身能がすやすやと寝こけている。
インターンで数日間学校を離れていたと思ったら・・・そうか、ようやく帰ってきたのか。
しかし、テーブルの上に教科書やらノートが開かれている状況から、宿題をやっていて寝落ちしたんだろうと予想はつくが・・・こんなところで、そんな無防備に眠るとは、いったいどういう了見だ。
いつもパチリと開かれていた意志の強そうな瞳が 今は閉じられ、長い睫毛が柔らかそうな頬に影を落とす。普段は憎たらしく毒づく口だが、今は艶やかな桃色の唇を力無くうっすら開いて、すぅすぅと気持ちよさそうに呼吸を繰り返すのみ。
起きているときとはまるで違う印象の彼女から、目が逸らせなくなる。
だって、穏やかに眠る身能は、こんなにも・・・


「・・・かわいいな」


一瞬、自分の口から漏れたのかと思いギクリとするが・・・声を発したのは爆豪ではなく、隣に立つ轟であった。


「・・・はぁっ!?」


すっかり轟の存在を忘れていたため反応が遅れたものの、奴の発言を理解すると同時、噛みつかん勢いで轟に凄みをきかせた爆豪。しかし轟は、


「?そんなに変なこと言ったか?」


まるで爆豪の反応が過剰だとでも言うように返すと、再び身能に視線を戻す。その、愛おしいものでも見つめるかのような温かな目つきが、妙に爆豪の神経を逆撫でした。
爆豪は衝動的に机の上のノートをひっ掴むと、形容しがたい感情ごと、身能の頭に叩きつけてやろうと頭上に構えたが・・・なおも穏やかに寝息をたてる彼女を前に、ぴたりと手が止まる。


「っ〜〜〜!」


結局、形容しがたい感情のぶつけ先を見失って、手に取ったノートを叩きつけるように机に戻した。
その拍子にスパーン!と大きな音が響いて、眠りの中にいた彼女が目を覚ました。


「おかえりー・・・」


寝ぼけまなこで、まだ半分夢の中なんじゃないかと思うくらいポヤポヤしている彼女。舌足らずに「遅い時間まで大変だったね」と労う言葉と、おっとりとした笑顔をこちらに向けた彼女は、こう、なんというか・・・

―――・・・かわいいな

ふいに先程の轟の言葉を思い出して、ぐっと言葉に詰まる。
ちらりと轟の様子を盗み見れば、やはりというか・・・奴は身能の寝ぼけ顔に見とれて茫然としていた。
それから表情をやわらげると、むず痒いほど甘ったるい声色で身能に語りかける轟に、思わずサブイボが立つ。
そんな轟をのうのうと甘受し、ヘラヘラと締まりのない顔をしている身能には、腹が立つ。


「・・・テメーは、こんなとこで 何やっとんだ」


苛立ちの感情を隠しもせず、責めるように彼女に問う。
誰が通るかもわからない共有スペースで寝こけるなんざ、隙だらけにも程がある。いくら疲れていたにしても、不用心だろ。現に、轟には寝顔をガッツリ堪能されてるだろうが。
その無防備さは女としてどうなんだと、怒鳴りつけてやりたいくらいなのに、


「はい これ、お土産!たこ焼きだよ!これを渡そうと思って待ってたんだー」

「ンなこと聞いちゃねーんだよ アホ女!」


見当違いの能天気な返答に、爆豪は思わずテーブルに置いてあったノートをひっ掴んで、スパーン!と勢いよく彼女の頭を叩いた。
だが、爆豪は悪くないはずだ。悪いのは、共有スペースで無防備に間抜けな寝顔をさらしていた お気楽女のほうだろ。
これは身能のための、親切心からくる、れっきとした忠告であり、指導である。にもかかわらず、轟は眉を寄せて不機嫌そうに爆豪を睨んできた。


「なにも頭を叩く必要はないんじゃねーか。身能はインターンで疲れてんだから仕方ねえよ。それに、身能の寝顔は間抜けじゃねえ、かわいいだろ」


いたって真剣な表情で告げられたそれに、ポカンとあっけにとられた。
元々ズレたとこのある野郎だとは思っていたが・・・身能に関わると、よりいっそう顕著になるらしい。
身能の寝顔を「かわいい」と言って譲らず、爆豪にもそれを強要しようとする轟には辟易するし・・・爆豪を「ツンデレ」だのとほざく身能にもうんざりする。
もう一発 身能の頭を叩いて黙らせると、これ以上コイツらといられるかと、爆豪は自室へと足を向けた。
けれど、そんな爆豪を轟があとから追いかけきて、エレベーターを待っている間に追いつかれた。


「爆豪、忘れもんだぞ」


そう言って差し出されたのは、身能がお土産だと言っていた たこ焼きだった。
大阪でのインターン実習とやらは、身能にとってさぞや有意義なものになっていることだろう。爆豪が補講でしごかれている間に、彼女は、爆豪よりもっとずっと先のところを走っている。その事実に、焦燥するなというほうが無理な話だ。

・・・それとは別に、爆豪が焦燥する理由はもう一つある。
身能と轟―――この二人の距離が、近すぎるのだ。
先ほども見ての通り、轟は、身能に甘い。それはもう、友人に対して優しいとか、そういうレベルを通り越し・・・周囲の人間が胸やけを起こすくらいに、どろっどろに彼女を甘やかしているのだ。そして身能もそれを拒否するどころか、甘んじて受け入れているフシがあるので、轟はすっかり我がもの顔で身能の隣を陣取っている。
当たり前のように日常的に寄り添い合う二人に、二人が特別な仲なのではと邪推する者も多い。誰がどう見たって一般的な男女の距離感ではないし・・・いつ何度見ても、不快極まりないものである。


「・・・いらないのか?」


爆豪が轟を睨んだまま いつまでもたこ焼きを受け取ろうとしないので、轟が不思議そうに首を傾げた。
何もわかってなさそうなキョトンとした顔に、爆豪はチッと舌打ちをもらすと、轟から奪い取るようにたこ焼きを受け取ってエレベーターへと乗り込む。轟も、爆豪に続いてエレベーターへと乗り込んできたかと思えば、


「身能、久しぶりに会ったが・・・相変わらず元気そうで良かったな」


仲良く世間話をするような仲でもないのに・・・安堵したような、朗らかな表情で爆豪に話を振ってきた轟に、再び舌打ちがもれた。
どうにもコイツの言動は、いちいち癪に障る。そのせいか・・・気づいたときには、すでに言葉が口をついて出ていた。


「テメーに、譲る気はねェからな」


日ごろから抱えていた焦燥感に、日々溜まっていく鬱憤も相まってか・・・爆豪の口から、滑るように言葉が溢れていく。


「我がもの顔でアグラかいてるテメーにも、他の誰にも・・・渡してやる気は微塵もねンだわ」


それは、爆豪が自分の感情を自覚したときから決めていたことだ。彼女への想いを自覚した瞬間からもう、彼女を他の誰かに奪われるなんてこと、爆豪には到底許しがたいものであった。
だからこそ、たとえ誰かに“みみっちい”だのと罵られようと、爆豪は 他を牽制することに躊躇しない。


「爆豪・・・?」


敵意まる出しに轟をギロリと睨みつければ、奴はハッと何かに気がついたように目を見開いた。
その様子に、満足げにフンと鼻を鳴らす。
これで、コイツも少しは焦るといい。当然のように“身能の一番は自分だ”と驕っているが・・・その地位は、いつ何どき崩れ落ちるともわからないのだと。
轟は神妙な顔になると、意外そうにポツリと呟いた。


「お前、そんなに好きだったのか・・・たこ焼き」

「ちっげぇわ!!!」


見当違いも甚だしい返答に、夜遅くだというのに、思わず寮全体に響き渡る大声を発してしまった。
続けざまに盛大に舌打ちしてから、爆豪は声のトーンを下げて(でも確実に苛立ちの感情を込めて)、轟に吐き捨てる。


「自覚もしてねえヤローなんかに負けるかよ」


その宣誓にポカンとしている轟を残して、爆豪はエレベーターからずかずかと降り立った。










―――そうは言ったものの・・・いくら自覚していようが、やはり、“ただのクラスメイト”という括りから抜け出すというのは、難題だ。


「なんっで、コイツがいんだ!!」


仮免講習を受ける日々は、言わば、すでに仮免資格を持つ奴らへの屈辱との戦いの日々だ。
常々、焦りと苛立ちを覚えながら講習をこなしているというのに・・・ヘラヘラしながら「けんがく〜!」とか言ってノンキについて来ようとする身能には、恋愛感情うんぬんよりも反発心が先立って、喧嘩腰にならざるを得ない。
しかも、講習の会場に着けば、身能の“元カレ”であるいけ好かない野郎もいて・・・「見学」という名目をつけちゃいるが、要は、あいつらが逢い引きするための口実なんだと気付き、より一層に腹が立った。
さらに身能は、会場にいる連中にまでご丁寧に愛想を振りまくのを忘れない。その徹底ぶりには、怒りを通り越していっそ感心するわ。

厄介な講習をどうにか終えて、さっさと帰ろうというタイミングで・・・ふと、身能が誰かと話している姿を見かけ、足を止めた。
話している相手の一人は、先ほどまで爆豪たちと一緒に講習を受けていた士傑の女生徒と・・・


「おい、強子・・・俺以外のヤツばっか見てんじゃねェよ」


妙に聞き覚えのある声。しかし、切なげに絞り出された、歯が浮くようなセリフに、爆豪は気づくのが遅れた。


「はあっ・・・!!?」


やけにキラキラとした眼差しで、切なげに身能を見つめている“アレ”は・・・もしかして、自分か!?
まわりに大量のバラが咲きほこっている不自然な絵面に、士傑生の個性である『幻惑』でつくり出された姿だと察しがつくが・・・


「ッ・・・お前にそんなに見つめられると―――心が爆発しそうだ・・・」

「ッッッ・・・!!」


前髪をくしゃりと押さえて、はにかむ表情を見せた幻惑の自分が、自分なら絶対に言わないようなことを口にしている――そんなものを見せられて、ゾゾゾと鳥肌が立つ。
講習中に見たオーロラの幻惑は目を奪うものであったが・・・同じ幻惑といえど、こっちの幻惑は こうもヒト様を不快な気持ちにさせるのか。


「ンブッ・・・ッ、アッハッハッハッ・・・!!!おかしっ、もう駄目・・・お腹いたいぃ!!」

「(つーか テメーは笑いすぎだろ!!)」


幻惑の爆豪に気を取られている彼女は、背後にいる爆豪に気付かず、お腹を抱えて、涙が出るほどに爆笑している。
幻惑とはいえ、笑われているのが“自分”とあって、いい気はしない。ヒーヒー言いながら笑い悶える身能を黙らせてやろうと、足を踏み出しかけたのだが、


「つか爆豪って、黙ってればソコソコ良さげ?」

「そう!そうなんですよ!!」


しげしげと幻惑を眺める士傑生の呟きに、身能が肯定するのを耳にした瞬間、爆豪の足がぴたりと止まった。

―――ソコソコ良さげ。

見た目の良し悪しなんて、そこまで執着するものでもない。他人から見た自分の評価なんてものも、正直いって、そこまで興味がない。爆豪はそういう性格だ。
だけど・・・そんな爆豪だって、惚れた女からの評価となれば、さすがに気にかかるというもの。
“ソコソコ”という失礼な形容詞はついているが、自分を褒める言葉に違いないのだから・・・まあ、悪い気はしない。


「あの性格のせいであんまり気付かれないんですけど、実は爆豪くんって、イケメンに分類される顔してるんですよねー!」


身能が爆豪の見た目をどう思っているかなんて初めて聞いたが・・・これは間違いなく、爆豪を褒める言葉と言っていいだろう。
自分至上主義なところがある身能のことだ。ヘタすりゃ、自分以外の人間は全員ジャガイモに見えるとか、ぶっ飛んだことを抜かす可能性もあったろうが・・・身能にとって、爆豪は、イケメンに分類されるらしい。

―――イケメン。

彼女からの己の評価を噛みしめれば、おのずと口元の筋肉が緩んで情けないツラを晒しそうになったが、次の瞬間、それどころではなくなった。


「俺も・・・お前のこと、かわいいと思ってたんだ。いつもは、素直になれねぇだけで・・・本当はずっと、お前のことを・・・」

「!?」


眉根を寄せ、切なげな眼差しで身能を見つめる幻惑の爆豪。素直になれない自分を責めるような、悔いているような、思い詰めたその表情に・・・幻惑だとわかっていても、ぎょっとした。


「待てよ爆豪・・・お前より、いや、誰よりも強子のことを想ってるのは 俺だ!今までみてぇに“友だち”なんて枠じゃ、いい加減、ガマンできねぇくらいにな・・・」

「!?」


さらに、キリリと雄々しい顔つきで(幻惑の)爆豪を牽制して身能に熱い視線を送るマボロキにも ぎょっとした。
幻惑だとわかっていても・・・いつか、現実に、同じものを見せられる日がくるのではと、そんな嫌な予感に胸がざわつく。


「強子・・・俺を見てくれッ」
「強子・・・俺を選んでくれ!」


真剣な表情で身能にたたみ掛ける二人の姿に、思わず「やめてくれ」と頭を抱えていると・・・爆豪の後方から、轟(幻惑ではなく本物)や夜嵐がやってくるのに気付き、さらにぎょっとする。
幻惑とはいえ、こんなシーンを見られるのは、色んな意味でマズい。
慌てて身能のほうへと足を踏み出せば・・・ニマついた顔で、幻惑の爆豪たちを動画におさめようとしていることに気付き、ヒクリと顔が引きつった。


「―――・・・ずいぶん、楽しそうだなァ?」


後ろから頭をガシっと鷲づかみにすれば、「あっ・・・」と情けない声をもらし、顔を青ざめさせた身能。
彼女がそっとスマホをしまうのを見届けながら、どうしてこんな女に惚れたんだ?と、切実に自問自答していた。










「ねえ、爆豪くん・・・ドラム、教えてよ」

「は?」


意表をつかれ顔を上げれば、楽しげな笑みを浮かべてこちらを見ている身能と目が合う。


「私もドラム叩いてみたい!ドラムが出来るのってカッコイイし・・・私にも教えてくれない?」

「やなこった」


人懐っこい笑みを浮かべて爆豪のほうに歩み寄ってくる身能。大抵の男はこの笑顔にやられて二つ返事で頷くんだろうが、爆豪は即座に断った。
身能にドラムを教えたって、時間も労力も無駄にするだけで生産性がないし、爆豪にはなんの得もない。
それより・・・ドラムが出来るやつがカッコイイと言うのは、爆豪をカッコイイと言ってるのと同義と受けとれる。無意識なのか、ワザトなのか知らないが・・・紛らわしい言い方はやめるべきだと教えてやったほうが、よほどコイツの為になるだろう。


「ねー、ちょっとくらいイイでしょ?かわいいクラスメイトがお願いしてるんだから・・・」

「自分でかわいいとか言ってんじゃねーよ、人間性疑われんぞ」

「爆豪くん、クラスメイトとの交流はもっと大事にしたほうがいいと思うよ?ついでにその口の悪さも直したほうがいいと思う」

「余計なお世話だわ」


押し問答を繰り返す。このやり取りも無駄と言えば無駄なのだが・・・案外、身能とのこういう時間は嫌いではないと、最近になって気がついた。とはいえ、これが“ただのクラスメイト”の交流と思うと、些か不愉快ではあるけども。
なんて思考を巡らせていれば、


「・・・しょうがないか、ドラムを演奏するのは難しいって言うもんね。それを人に教えるなんて、さらに難易度あがる事、さすがの爆豪くんにも無理だよね」


そんな煽り言葉にノせられ、まんまと爆豪はドラムを教えるハメになった。


「・・・んじゃ、まず、スティック持て。持ち方はこうだ」

「こう?」


渋々と身能へ指導し始めたわけだが・・・素直に爆豪に従う身能ってのは、悪くないなとほくそ笑む。
大人しく言われた通りに動く彼女に、なんだか満たされた心地に浸っていると、教えた通り出来ずにもたつく彼女を見て、しょうがねぇなと息をこぼした。


「だから・・・指はここに、こうすんだよ」


―――最近、周囲の人間から「丸くなった」とよく言われる。
爆豪としてはそんなつもりなかったので、言われて初めて、確かにその通りかもしれないと自覚した。
以前の爆豪ならば、他人に何かを施してやる事など無いに等しかったし、誰かの為にここまで丁寧に指導してやるなんて、想像もしなかった。


「(ま、コイツのせいだろうな・・・)」


爆豪が「変わった」と言われるなら、それは(誠に不本意ながら)、身能の影響に他ならない。
身能という存在は、爆豪を狂わせる。爆豪に、爆豪らしからぬ言動を駆り立てる。
現に、今も。
身能に、どうしようもなく触れたくなって、欲望に駆り立てられるまま、彼女の手に己の指を滑らせる。
白くて、なめらかで、爪先までキレイに整えられた手。自分より一回り小さくて女らしい手は、屈強な大男をぶっ飛ばすほどのパワーを発揮するとは、とても思えない。
そして、彼女の手を、壊さないようそっと包み込む優しい手も、とても自分のものとは思えない。


「・・・これが基本の持ち方。それから―――」


彼女に触れる指先だけが、妙に熱を帯びていく。
もっと、彼女に触れていたい。手だけでなく、もっと、もっと彼女のいろんなところに触れてみたい。
すらりと伸びた細腕も、艶やかに揺れる髪も、髪の下からのぞく眩しいうなじも、触り心地の良さそうな頬も、かぶりつけば美味そうな唇も・・・。


「―――これが、叩くときのスティックの振り方な」


ドラムの指導をしながらも、爆豪の頭は、目の前にいる彼女のことしか考えられなかった。
彼女の、なんとも言えない魅惑的な薫りが鼻をくすぐるせいで、頭がくらくらして正常に思考が働かない。
それもそのはずだ。二人きりという状況で、こんなにも二人の距離が近いのだから。
自分から仕掛けておいてなんだが、年頃の男女の距離感としては明らかに異常。それでも、時おりそのブッ飛んだ言動から、異性に対する倫理観が欠けてるのではと感じさせる身能なら、この距離感にもどうとも思わないかもしれないが・・・。
ふと気づくと、いつもは余計なことばかり口走る身能が、いやに大人しい。


「・・・おい、聞いてんのか」


俯きがちに、不自然なほどに黙りこんでいる彼女の様子をうかがうよう、爆豪が小さく屈む。


「あの、さ・・・なんか、距離、ちかくない?」

「あ?」


ドラムを見下ろしたままの身能に困惑気味に告げられ、一瞬ぎくりとした。
さすがの彼女も、この距離感には思うところがあったようだ。
しかし、爆豪勝己ともあろう者が、身能に変な気を起こしているなどとバレたら・・・爆豪はもう立つ瀬がない。爆豪の経歴に傷がつく。一生消えない恥となるだろう。
どうにか誤魔化そうと、ドラム指導のためだと苦しい言い訳をすれば、身能はそれをすんなり信じて受け入れた。
・・・もっと人を疑うべきだと指導してやったほうが、よほどコイツの為になるだろうな。


「じゃ、続きやんぞ・・・基本の動作だ」


彼女が納得したのをいいことに、爆豪は距離感をそのままに指導を続行する。
身能の背後から彼女の両手首を持ち、そのまま右手と左手を交差させれば、擬似的に彼女を抱き締めるような体勢になった。
別に、狙ってやったわけではなかったけど・・・いざやってみれば、自分の腕の中に彼女を閉じ込めるという征服感は たまらないものであった。


「ちょ、ちょっと待って!?やっぱ距離感おかしくないぃ!!?」

「うるせぇな・・・わかりやすく丁寧に教えてやってんだろうが」


今さら身能が慌てた声をあげたって、こちらには、ドラムを教えるという大義がある。
こうなることを望んだのはお前だぞと言外に含ませて、爆豪は悪びれるどころか、口元をニヤリと歪ませて笑う。


「それはありがたいけど、言葉で説明してくれるだけでいいからっ!」


言いながら、爆豪から距離をとろうと前かがみになっている身能。その耳が真っ赤に染まっているのを見るに、どうやら彼女は恥ずかしがっているようだと理解する。
いつになく逃げ腰な彼女に気分を良くして、爆豪の口からハッと笑いがこぼれる。


「座る姿勢ひとつマトモに出来ねーくせに、言葉だけでドラムが出来るようになるかよ」


彼女をもっと困らせたい、彼女の恥ずかしがる姿をもっと見たい――そんなガキみたいな嗜虐心に煽られるまま、爆豪は片手を身能の腹部に回し、グイと彼女の上半身を引き寄せた。
『身体強化』を使っていない状態の彼女の身体は、いとも容易く、爆豪の身体にポスンと凭れかかる。と同時に、彼女が驚いたように顔を上げた。
目が合った彼女は、顔を赤く火照らせ、弱々しく眉を下げた 情けない表情をしていた。


「ンだよ、お前・・・意識してんのか?」


それはどう見ても異性を意識した “女”の顔で・・・その表情をつくらせたのは、間違いなく自分だ。
その事実に、爆豪の気持ちは高揚し、なんだか声を出して笑いたくなるような、浮かれた気分だった。


「いっ・・・!!?」


身能はといえば、雷に打たれる衝撃でも走ったかのようにビクリと硬直して・・・その拍子に、彼女の手からスティックがすべり落ち、カラーンと教室に音が響いた。


「ごめん、落としちゃった」


慌てて彼女が床からスティックを拾いあげる。その動作にあわせ、いとも容易く、爆豪の腕からするりと彼女が抜け出ていく。
途端に覚えた喪失感に・・・爆豪は、自己嫌悪せずにいられなかった。


「(・・・なにを勘違いして浮かれとんだ、俺は)」


身能を手中に収めたような気になったって、そんなのは所詮 まがい物だ。
彼女が意識し、恥ずかしがったのは、あくまで“異性”との距離感に対してだ。今ここにいるのが爆豪ではなく、轟だったとしても、士傑の野郎だったとしても・・・相手が男なら、きっと彼女は同じような反応を見せるんだろう。
爆豪だけに見せる反応じゃない。爆豪だけが味わえる征服感でもない。
まざまざと思い知らされる―――爆豪は、彼女にとって、“ただのクラスメイト”に過ぎないのだと。


「ドラム、教えてくれてありがとう。今日はこのへんで・・・」


彼女がそれを言い終えてしまえば、爆豪は、ドラムを教えるという大義を失う。そうなれば、身能に触れられる理由も、身能を腕に閉じ込めておく言い訳も失うことになる。
身能とは、そういう関係性だ。


「(・・・遠いな)」


ふと気がつくと、爆豪の手は、スティックを差し出す身能の手を、スティックごと固く握りしめていた。
手を伸ばせば、触れられるのに・・・。
物理的にはこんなにも距離が近いのに・・・“身能”と“爆豪”という二人の間には、とてつもない距離がある。決して踏み越えられない領域が、そこにある。

それがどうにも―――もどかしい。

爆豪の唐突な行動に停止していた身能が、ゆっくりと顔を上げて、二人の視線が合わさった。
彼女の瞳はきらきらと光を反射して、まるで宝石みたいだ。その生きた宝石が、じっと爆豪を見つめている。


「(―――ほしい)」


本能的に、そう思った。
その宝石に写るのは、爆豪だけであればいい。彼女の思考を占めるのも、常に爆豪だけであってほしい。
“ただのクラスメイト”には到底手に入らないものを、喉から手が出るほどに欲する。

―――いつもは、素直になれねぇだけで・・・本当はずっと、お前のことを・・・

こんな時に頭をよぎるのは、幻惑の自分が吐露していた言葉。

―――・・・お前のこと、かわいいと思ってたんだ

幻惑とは違い、本物の爆豪はそんなこと言わない。言うわけがない。
いや、正確には・・・言えないだけだ。
言葉にしたことはないけれど、身能のことを“かわいい”と、爆豪が思っていないわけがない。自分が惚れた女という贔屓目なしに、客観的に見ても、身能は かわいい。
ただ・・・轟のように、恥ずかしげもなく、歯の浮くセリフを素直に口にできるはずがない。あの唐変木と一緒にされては困る。
爆豪は、心からの本音を簡単には曝さないだけ。爆豪の性格上、言わない(言えない)だけなんだ。
現に、今だって・・・。


「・・・身能」


好 き だ。
心に浮かぶ その3文字を、言葉にできないまま胸の内に燻らせる。
爆豪の性格上、というのもあるし・・・彼女が予防線を張っているから、というのもある。
彼女の予防線があるかぎり、“ただのクラスメイト”から逸した言動は許されない。爆豪はあと一歩を踏み出せないまま・・・“身能”と“爆豪”の間に、クラスメイトとしての適切な距離が保たれる。
だけど―――


「(コイツが勝手に作り上げた予防線のために、俺がそこまで気を遣ってやる義理があるか?)」


予防線のことを気にして、爆豪が自分の言動を制限してやる必要はないのでは と思い直す。
もとより爆豪は気が短く、我慢が嫌いだ。
やりたくない事は嘘でもやらないし、やりたい事は誰がなんと言おうが やり遂げる。
たとえば爆豪が 怒りたいときに怒るように、笑いたいときに笑うように、


「(・・・キス、してェな)」


そう望んでしまったからには、もう我慢なんて出来ない。
まったく、好きな女の唇というものは、どうしてこんなにも魅力的なんだろうか。
この唇から発せられる生意気な言葉に激怒することも少なくないのに・・・口付けたくて、たまらない。他の誰にも、触れさせたくない。
彼女の唇に吸い寄せられるように、ゆっくりと距離を縮めていく。
身能なら、嫌だったら抵抗するだろう。避けるだけの反射神経も、男を突き飛ばすだけの腕力も持ち合わせてるんだから。
しかし、彼女が抵抗する気配は一向になく、ただじっと、爆豪を見つめて―――


「アー!?フミカゲ、コイツらキスしてるゾ!!」


突如、教室に響き渡った元気溌剌な大声に、唇が触れる“直前”だった二人の肩がびくりと揺れた。
身能はしゅばっと勢いよく立ち上がると、声の主へと振り返った。


「してないからッ!!見違い、勘違い、間違いだからね!?わかった?ダークシャドウ!!?」


一気に騒がしくなった教室には、先ほどまでの蕩けるような空気は もう微塵もない。ガラリと変わってしまった雰囲気は、先ほどまで見ていたものは幻惑だったのでは?と疑うほど。
やんややんやと騒ぎ立てるバンド隊を遠い目で見つめ、げんなりと萎えていると、ふと爆豪の目に身能の姿が写った。
耳まで真っ赤に染まっているのを見るに、どうやら彼女は恥ずかしがっているようだが・・・それはつまり、先ほどの爆豪の行動に、彼女が爆豪を男として意識したからではないかと推察する。
いまだ顔の赤い彼女に、思わずクッと喉元から笑みがこぼれた。


「いやぁ〜安心したね、俺は!」

「・・・あ?」


ガシリと肩を組まれてそちらを見れば、上鳴がヘラついた顔で笑いかけてきた。


「爆豪ってば文化祭の準備中いっつもブーたれた顔してっから、楽しくねーのかと心配してたけど・・・爆豪も、すっかり文化祭を満喫してんじゃねぇか!」


上鳴にサムズアップしながら「なあ?」と同意を求められて・・・いつもの爆豪なら否定するか、適当に流すかしているところだが、


「まァな」


機嫌よく答えれば、上鳴は驚いた様子で固まった。


「・・・身能、お前さ・・・マジで爆豪に何したの・・・?」

「だからっ、ドラムを教えてもらってただけで、何も変な事はしてないってば!!」


己の体面を守ろうと必死に言い張っている身能を、少し離れたところから見つめる。
生産性のない会話だなと呆れ半分に耳を傾けつつ・・・案外、こういう時間も嫌いではないなと、爆豪は口元をゆるめた。
これまでは、学校生活なんて、ゴールに向かうまでの“過程”にすぎないと考えていた。ゴールに向けて、最速・最短で進むことだけを考えてきた。
だが・・・学生でいられる時間は、人生の中のほんの短い期間でしかないのなら。


「(確かに、“クラスメイト”との交流を大事にしたほうがいいかもな)」


そのうち学生でいられる時間を終えて、爆豪も、身能もゴールへとたどり着いたなら・・・身能の予防線はその時点で崩れ去るだろう。そのときはもう―――爆豪が、“ただのクラスメイト”でいてやる理由はない。
つまり、“ただのクラスメイト”としての些細な会話や、何てことないやり取りだとかは・・・今しか味わえないのである。
それなら、今のうちにせいぜい楽しませてもらわなくては、もったいないだろ?


「(けどな・・・大人しく時が過ぎるのを待ってやるつもりはねェぞ)」


お利口さんに我慢してやるほど、爆豪は優しくない。
身能に触れたい、抱きしめたい、口付けしたいと欲に駆られたなら、“ただのクラスメイト”が相手だろうがお構いなしに・・・爆豪は、爆豪のやりたいようにやらせてもらう。
もちろん、抵抗したければ、してくれて構わない。どちらにしたって爆豪の行動は、彼女が爆豪を意識するキッカケとなるはずだ。
いずれ来る そのときのために―――学生である今のうちから布石を打っておくかと、“ただのクラスメイト”は謀をめぐらせ、口角をあげた。










==========

たぶん現時点で、どうやったら夢主をモノにできるかを誰より真剣に考えているのは、爆豪じゃないかと。
彼は何か欲しいものがあれば、建設的に計画たてて動いていきそうですよね(反面、衝動的に動いちゃってる気もしますが)。




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