準備中もワクワク!

強子たちインターン組が補習に出ている間に、A組では熱い話し合いがなされ、ようやくクラスの出し物が決まった。
その出し物とは―――バンド演奏とダンスホールを融合したような、パリピ空間の提供である。
ヒーロー科に不満を抱えた他科へ、何か貢献できないかと考えてたどり着いた案だそうだ。


「うーす」

「補習、今日でようやく穴埋まりました!本格参加するよー!」

「ケロ!」


ようやく文化祭に本腰を入れられるぞ!と、やる気に満ちたインターン組は、補習を終えて寮に戻ると早速、クラスメイトたちに出し物の進捗状況を聞いてみる。


「なるほど・・・音楽はニューレイヴ系のクラブロックになったのね」

「耳郎がベースで、八百万がキーボードってのはわかるんだけど・・・」

「爆豪くんがドラムっていうんは、なんていうか・・・」

「うん・・・インパクトあるよね」


インターン組が爆豪をじろじろ見ていると、彼が「なんか文句あっか!!?」と凄んできたので、みんな慌てて首を横に振った。


「それで、肝心のボーカルは誰が担当するの?」


蛙吹が耳郎に訊ねてみるが、その問いに彼女は困ったように視線を泳がせた。


「いや・・・それが、まだ、決まってなくて・・・」

「へ?うたは耳郎ちゃんじゃないの?」


当然のように耳郎がボーカルだと思っていたようで、麗日が口を挟んだ。強子も麗日に同意するよう、ウンウンと頷いて耳郎を見る。
けれど、耳郎は煮え切らない様子でイエスともノーとも言わず、ならば自分がと、峰田や青山、切島たちがボーカルに立候補した。
試しに彼らの歌を聴いてみようってことで、寮内でちょっとしたオーディションが行われるが・・・彼らの歌を聴いても、どうにもしっくり来ない。やっぱり、A組でボーカルっつったら耳郎だよなぁと 強子が勝手に結論づけていると、その耳郎が声を張った。


「あ、あのさ!ウチ・・・ボーカルは強子がいいと思うんだ!!」

「ふぁいっ!?」


耳郎のとんでもない発言を耳にして、驚愕のあまり強子が固まった。
今、彼女はなんと言った?強子が、ボーカルだと・・・?耳郎ではなく、強子が・・・ボーカル!?


「強子なら発声も声量も音程も問題ないし、華があるからステージ映えするし・・・強子がボーカルやってくれたら、きっと・・・」

「ちょっと待ってよ!!」


周りから期待のこもった視線を向けられて、たまらず強子はストップをかけた。


「・・・い、いきなり、ボーカルをやれと言われても・・・」


緊張した面持ちで、弱々しく皆に告げる。
だって強子は、知っている―――本来なら、耳郎が立派にボーカルを務め上げることを。耳郎の歌によってエリが笑顔を取り戻せる・・・そんな未来を知っているのだ。
何をどうしたって、強子の中ではボーカル=耳郎で揺るぎないというのに・・・強子が代われと!?冗談だろっ!?
・・・いや、いったん落ち着こう。ビークールだ、強子。まだ慌てる段階じゃない。
A組での強子の扱いを思い出せ・・・いくら耳郎の提案といえども、強子がボーカルを担うなど、クラスの皆が許すはずもないよな?と、周りを見渡せば、


「強子さんの歌声っ、きっと皆さん感動されますわ!」

「私も、ボーカル強子ちゃん良いと思うー!」

「強子にもダンスやらせたかったのに・・・ま、耳郎がそう言うなら仕方ないかー」

「確かに、身能は他科からも人気あるからなぁ・・・客寄せパンダにはなるか?」


意外にもクラスメイトたちが賛同的であったので、強子は冷や汗をかいた。
それと、強子を“パンダ”呼ばわりした上鳴は、あとで覚えておけよ・・・。


「待てよ・・・オイラたちの魂の叫びをさしおいて、どんなモンだよコラ・・・?ええコラ!?」


だけど、まだ、クラス全員の総意として決まったわけではない。ボーカルに立候補していた峰田が強子にいちゃもんつけてきた。それに加えて、


「身能の歌、聴いてみてェな!いっちょ頼むぜ!」


笑顔の切島からマイクを押し付けられると、皆が押し黙って強子に注目するので、思わず腰が引ける。
だが・・・見くびってもらっちゃ困る。こちとら、曲がりなりにも、耳郎から推薦された身だぞ?
それに中学の頃だって、流行りのアイドルの歌とダンスを完コピして披露し、歌姫と呼ばれていたくらいだ。
覚悟を決めると、強子はすっと息を吸い込んだ。


「♪〜―――」


心を込めて、丁寧に歌声を響かせる。
・・・こんなもんだろうかと、歌い上げた強子が一息ついて皆を見ると、


「すっごーい!天使の歌声ーッ!」

「耳が癒されるー!」

「忘れてたけど、コイツも爆豪に負けず劣らず才能マンだった・・・!」


歌い終えた途端、聴衆がワッと盛り上がり強子を褒め称えた。
峰田を含め、立候補していた者たちも納得せざるを得ないといった表情で、もはや、強子がボーカルを務めることに異論がある者などいないようだ。


「ねぇ・・・強子は、ボーカルなんて荷が重いって思うかもしんないけどさ・・・ウチは、強子とバンドを組みたい。強子の歌で、A組の皆とライブが出来たら楽しそうだなって思う。だから・・・一緒にやってくれない?」


―――ここまで言われて やらないのも、ロックじゃない・・・よね?
強子は吹っ切れたように息を吐きだした。


「・・・言っとくけど、やるからには「“テッペンとる”、でしょ?わかってる」


強子の言うことなど彼女にはお見通しらしい。強子の言葉の続きをまんまと言い当て、得意げな顔をしている耳郎に、強子はふっと笑みをこぼした。
耳郎は、強子にとって大事な、大好きな友だちだ。彼女のお願いを無下に出来るはずもない。友人の可愛らしい願いを聞いたからには、そりゃあ・・・叶えてあげたいと思ってしまうってもんだ。
爆豪が「馴れ合いじゃなく 殴り合いだぞ!!」と横から凄んでくるのを適当にいなして、強子はボーカルを謹んで引き受けた。
こうしてバンド隊が結成すると、続いて演出隊、ダンス隊のメンバーも割り振っていき、A組全員の役割が決定したのは深夜1時を過ぎた頃だった。


「これで・・・全役割、決定だ!!」

「明日から忙しくなるぜ!!」

「「「オオー!!!」」」







―――土曜日。
今日は授業がないし、爆豪たちの補講も今週はない。ということで・・・バンド隊、演出隊、ダンス隊は各グループで集まり、文化祭の準備を進めていた。


「曲は決まった!ウチらはひたすら・・・「殺る気で練習ぅう!!」

「・・・いや 気合い入り過ぎてて怖いんだけど」


鬼の形相で、マジで人を殺さん勢いでスパルタ練習を強いてくる爆豪に若干顔が引きつるが・・・強子は気を取り直すと、耳郎に手渡された楽譜に目を落とした。
A組のバンドを率いる花形・・・ボーカルという重役を引き受けたからには、何としてもやり遂げないと―――笑い方を知らない女の子に、笑顔になってほしいから。
そんな想いを胸に練習に明け暮れていると、寮の外がざわざわと騒がしいことに気がつく。なんだろうと窓の外を覗くと、なんと、その女の子本人がいるではないか!


「身能さん!今 エリちゃんが来てて・・・これから通形先輩と雄英を回るらしいんだけど、身能さんも一緒にどうかって!」

「わあっ、行きたい行きたい!」


誘いに来た緑谷にコクコクと頷いてから、ちらっとバンド隊に視線をやると、


「ア゛ァ!?練習はっ!!」


バンド隊、練習の鬼――爆豪が睨みをきかせた。睨まれたのは強子であったにもかかわらず、条件反射のように、強子の背後にいた緑谷がヒッと声を漏らしていた。
強子は顔の前でぱちんと手を合わせると、眉を下げて申し訳なさそうに彼らを見る。


「ごめん!ちょっとの間だけ練習抜けさせて!休んだぶん、後でしっかり自主練しとくから・・・」

「うん、気にしないでいいから、行ってきなよ」


快く送り出してくれた耳郎たちの笑顔と、「次の練習でトチったらコロス」という爆豪の脅しに背を押されて、強子は寮の外へと飛び出した。


「強子お姉ちゃん・・・」


強子の姿を見つけると、どこか嬉しそうに表情を和らげたエリ。そのあまりの可愛さに、胸をズキュンと撃ち抜かれた。
しかし・・・エリは先程からどこか落ち着きない様子で周囲に視線を配っている。慣れない場所でたくさんの人に囲まれているせいで、彼女も不安なんだろう。
どうにも母性をくすぐられ、強子はそっと不安げな彼女の手を取った。強子の行動に首を傾げたエリに、「手、つなご!」と笑いかけ、彼女の小さな手をきゅっと握る。少しでも彼女の不安が軽くなるように願いながら。
そして、愛らしい彼女と手をつなぐと、通形と緑谷とともに雄英見学ツアーへと向かった。


「―――まだ1ヵ月前なのに、慌ただしいですね!」

「皆、去年よりもすごいものを・・・“プルスウルトラ”で臨んでるんだよね」


校内のあちこちで、何やら物をつくっていたり、色を塗っていたり、あーだこーだと議論する姿が目についた。休日だというのに、多くの生徒たちが文化祭に向けて張り切って準備をしているのだ。
そんな彼らを横目に、校舎に向かってゆったりと歩みを進めていると、


「うわぁ!!?」


突如、目の前に現れた恐ろしいドラゴンに、緑谷が驚きの声をあげた。すると、ドラゴンの下から、見慣れた顔がひょっこりと現れた。


「すンません―――って、A組の緑谷と身能じゃねェか!」


B組の鉄哲である。彼は作り物のドラゴンを持ち上げ、運んでいる最中であった。


「アレアレアレー!?こんなところで油売ってるなんて余裕ですかあァア!?」


そして、B組といえば・・・な、あの人もやってきて、嬉々として強子と緑谷に絡んできたけど、


「エリちゃん、平気!?」

「ビックリしたねー」

「・・・ふってきた人(※リューキュウのこと)かと思った」

「オヤオヤ無視かい!?いいのかい!?」


しきりにエリを気にかけ、物間のことなど眼中にない二人へ、こっちを見ろとばかりに物間が声を張り上げる。


「ライヴ的なことをするんだってね!?いいのかなァ!?今回ハッキリ言って君たちより僕らB組のほうが凄いんだが!?」


B組は、完全オリジナルの脚本で描かれる、超スペクタクルファンタジー演劇をやるそうだ。タイトルを聞いただけでも、いろいろな要素が詰め込まれていて 大がかりな劇になるだろうと想像がつく。


「準備しといたほうがいいよ!B組に喰われて涙する、その時のためのハンカチをね!!あぁでも、身能さんの涙なら僕が拭ってあげなくもないけど!!?」


その背後、泡瀬がバットほどのサイズの木材を振り下ろし―――辺りに沈黙が訪れた。


「いつにも増してめっちゃ言ってくる・・・!」

「ごめんよA組、拳藤がいねーからハドメがきかねー」

「ううん、(黙らせてくれて)ありがとう泡瀬くん」


申し訳なさそうに謝る泡瀬に礼を言う強子の後ろでは、通形がエリに「いきなり雄英の負の面を見せてごめんよ、エリちゃん」とフォローを入れている。


「拳藤さん、物間くんとセットのイメージあったけど・・・」

「今回は別!あいつはミスコン出るのよ」


泡瀬から得た情報に、やはりそうかと、強子は目を細めた。予測していた通り・・・彼女もミスコンに出場する。ということは、強子とはライバルどうしというわけだ。
“ミスコン”というワードに反応した緑谷が、緊張感をもった様子で強子の顔色をうかがってきたので、強子はニンマリと挑戦的な笑みを返した。
やるからには、狙うはトップ――それだけだ。たとえライバルが、CM出演によってファン急増中の拳藤であろうと、負けてやるつもりはないのさ!!


「ミスコンといえば、そうだ!あの人も今年は気合い入ってるよ!」

「あの人?」

「去年の準グランプリ――波動ねじれさんだよね!!」


通形に連れられてやってきたのは、ミスコンに向けて準備中の波動のところである。
彼女は友人たちと衣装合わせ中のようで、華やかなドレスをその身にまとっていた。体のラインが際立つドレスのせいか いつも以上に挙動不審な緑谷が、こんなに素敵な波動が“準”グランプリだったことを不思議そうに独りごちると、


「そー聞いて!聞いてる!?毎年ねェ勝てないんだよー、すごい子がいるの!ミスコンの覇者――3年G組の絢爛崎 美々美さん!」


サポート科3年の絢爛崎といえば、1年生の間でも有名だ。サポートアイテムにも美を追求する彼女は日々を美しく生きる美の化身であり、その美しく長いまつ毛は その長さのあまり、地震を察知するとか、避雷針だとか、UFO着陸の目印だとか言われている。
ライバルは手ごわそうだと空気が重たくなる中で、さらに空気を沈ませるような発言をするのは・・・波動の手伝いに駆り出されていた、天喰である。


「注意すべきは絢爛崎さんだけじゃない・・・何せ今年は、校内外をとわずファン急増中の、身能さんも出る・・・っ!」


その一言に、皆がハッとしたように強子を見やった。


「以前にはマスコミの批評もあったが、インターンの影響もあってか、今は世論じゃ身能さんを支持する声が多い。彼女のそのカリスマ性から、校内ですでにファンクラブも出来てるようだし・・・一筋縄ではいかない相手だ」


たらりと汗を流し、ビクついた様子で強子を見つめる天喰に、まんざらでもない様子で微笑む強子。
強子がちらりと波動の様子をうかがうと、彼女は「へー、そうなんだ!」と どこか他人事のように、軽く笑顔で流していた。年上の余裕ってやつか?ぐぬぬ・・・!


「波動さんも、身能さんも・・・二人とも、大変だろうけど頑張って・・・大衆の面前でパフォーマンスなんて考えただけで・・・いたた・・・お腹いたくなってきた・・・」


想像しただけでも そのプレッシャーに耐えられなかったらしい。青い顔をして地面に膝をつく天喰を、強子たちは呆れた顔で見つめた。


「・・・まったく、環先輩はなにをビビってるんだか。大衆の面前と言っても、相手は同じ雄英高校の学生ですよ。凶悪なヴィランと対峙するわけでもあるまいし・・・ミスコンなんて、そうビビるもんじゃないでしょう?こういうのは楽しんだもの勝ちなんですよ!ねっ、波動先輩?」

「うん、何だかんだ楽しいし・・・負けたら悔しいよ」


最初は友だちに言われるまま出てみただけだったという波動が、そう溢した。
他者の薦めでミスコンに参加した彼女だって、1年目、2年目と立て続けに絢爛崎に負けたとなれば・・・そりゃ悔しくも思うだろう。


「だから、今年は絶対優勝するの!最後だもん!」


きらきらと眩しい笑顔で、きっぱりと宣言した波動。


「身能さんにも負けるつもりないよ!お互い、正々堂々がんばろうね!」

「!・・・はいっ!胸を借りるつもりで挑ませてもらいます!!」


清廉潔白で気持ちがいい彼女の宣誓に、強子も笑顔になって頷き返した。
たとえライバルが、原作でミスコン優勝する波動であろうと、負けてやるつもりはないのさ!!


「―――さて!次は・・・サポート科!!」


続いてエリちゃんとやってきたのは、サポート科の工房。生徒たちがアイテム開発に勤しむ作業場であった。


「彼らは全学年一律で技術展示会を開くんだ!」

「これ知ってます!毎年注目されてますよね!」

「そう!文化祭こそサポート科の晴れ舞台なんですよ!」


突如、緑谷の背後から会話に割って入ってきたのは、発目であった。
おフロに入る時間ももったいないからと、薄汚れた格好も気にせず、彼女はサポートアイテムの開発に精を出していた。


「より多くの企業に よりじっくり我が子を見てもらえるのです!恥ずかしくない子に育てあげなくてはっ!」


そう語る彼女の顔は、きらきらと楽しげに輝いていた。
彼女もまた、この文化祭にかける、情熱と呼べるほどの強い思いをもっているのだろう。


「ところで身能さん!」

「!?」


ぐるんと勢いよく首をまわし、そのきらきらとした瞳を強子に向けてきた発目に、思わず引きつった笑みで身構える。


「な、なにか・・・?」

「あなた、入学されてから まだコスチュームの改良もサポートアイテムの考案もされてませんよね!?どうでしょう!その役目、この私に任せてみませんか!!?私なら、クライアントのどんな無茶な要望にも応えてみせます!!」


これまで関わることのなかった彼女から、いったい何を言われるのかと思えば・・・“営業”であった。
サポート科にとってヒーロー科の人間は、いわば、自分の作ったアイテムの広告塔である。サポート科からすれば、より名の知れた人・より活躍した人に、自分のアイテムを使ってほしいのだ。
ゆえに、有名かつインターンでも活躍があった強子は絶好の広告塔であり、サポート科の人たちがこぞって“クライアント”にしたがる存在なのである。
とはいえ、文化祭を目前に控えるこんな時にまで営業活動とは・・・商魂たくましいものだと、発目には感服する。


「えっと・・・ありがたいお話だけど、今は、私も色々と考えてるところで・・・ごめんなさい」

「そうですか!では、気が変わったらいつでもお声かけくださいっ!」

「うん、ありが・・・」


強子のお礼の言葉は、爆発音にかき消された。


「ベイビー!?」

「わー、発目またかよ!?」

「水!水!!」


発目が製作中の作品が爆発したことで、いっきに騒がしくなった工房から、強子たちは逃げるように退散した。







「―――まあ、こんなもんかなァ」


その後も、文化祭の準備に盛り上がっている校内をうろうろ回ったあと、強子たちは食堂に立ち寄ってひと休みする。


「慣れ・・・っていうか、どうだった!?」


緑谷が期待を込めてエリの様子をうかがうと、彼女は少し考えて・・・


「・・・よく、わからない・・・」


率直な彼女の感想。
まあ、そうだよね・・・と脱力しながら通形たちと笑みを交わしていると、


「けど・・・たくさん、いろんな人ががんばってるから・・・どんなふうになるのかなって・・・」

「「「!」」」


その、小さいけれど前向きな変化に、強子たち三人がぱっと顔を明るくした。


「それを人はワクワクさんと呼ぶのさ!」

「「「!!?」」」


根津校長だ。その隣にはミッドナイトもいる。どうやら彼らは食事中だったようだ。
校長は手に持っていたチーズをぺろりと平らげると、「有意義だったようだね」とエリに視線を向けた。


「文化祭、私もワクワクするのさ!多くの生徒が最高の催しになるよう励み、楽しみ・・・楽しませようとしている!」

「・・・ケーサツからも色々ありましたからねェ」

「ちょっと香山くん」


校長は言わないけれど・・・ミッドナイトが仄めかしたように、この時世ゆえ、警察からは文化祭の自粛を言い渡されていたはずだ。
オールマイトの不在とヴィランの増長、そしてヒーロー社会や警察への不信感。ここでまた雄英に何かあれば、次こそは歯止めが効かなくなる、と。
それでも校長は、生徒たちのために、警察に頭を下げてまで、文化祭の開催を推し進めてくれたのだ。開催には大きなリスクを伴うのに・・・。


「校長先生・・・私たちに文化祭をやらせてくれて、ありがとうございます」


根津校長の影の活躍を知っている身としては、雄英生を代表して これを言わずにはいられない。


「それに、エリちゃんも来れることになって本当に良かった。世間はどうにも暗い話題ばかりですけど・・・この文化祭は、きっと、私たちにとって、かけがえのない思い出になると思います。それこそ、この先の人生が変わっちゃうくらいの!」


そう言って、にこっとエリに笑いかけると、彼女はよくわからないながらも、何かに期待するような表情で強子をじっと見返していた。
まだ治崎の暗い影に捕らわれている彼女を救い出すため、この文化祭は、必要不可欠なのだ。


「なに、礼には及ばないよ。子供たちの安全も明るい未来も守るのが、私たち大人の仕事なのさ!文化祭、存分に楽しんでくれたまえ」


にこやかに告げて去っていった校長の背を見送っていると、ミッドナイトが思い出したように口を開いた。


「そうそう!A組の出し物、職員室でも話題になってたよ。青春、頑張ってね!」

「「はい!!」」


ミッドナイトから期待する声をもらって、強子たちは元気よく返事した。
それから彼女も席を立ちいなくなると、エリがおずおずと口を開く。


「・・・デクさんと強子お姉ちゃんは、何するの?」

「僕たちは ダンスと音楽!僕が踊って、身能さ・・・えっと、“強子お姉ちゃん”は歌うんだよ!エリちゃんにも楽しんでもらえるよう頑張るから、必ず見に来てね!」


はたと、緑谷は思い出したように時計を見て、慌てて立ち上がった。


「すみません、そろそろ休憩終わるので行ってきます!」

「あ、私もそろそろ・・・」

「ああ!言っとくけど、俺も楽しみにしてっからね!」


通形とエリに笑顔で手を振りながら、強子と緑谷は寮へと急ぐ。
廊下を早歩きで進みながら、強子は隣を歩く緑谷を見て、ニヤリと口角を上げた。


「・・・私、いつの間にデクくんの“お姉ちゃん”になったの?」

「っ!そ、それはっ、エリちゃんにわかりやすいようにって!!もう、からかわないでよ・・・」


赤い顔をした緑谷が疲れたように言うのが面白くて、強子は肩を揺らして笑った。


「別に、そう呼んでくれてもいいんだよ?私たち二人、腹違いの子だと勘違いされることもあるくらいだし?」

「・・・もしかして、体育祭で轟くんに勘違いされた時のことを言ってる?あのときはビックリしたなぁ・・・」


そう言って朗らかに笑う緑谷と強子の姿なんて、体育祭のときは想像もしなかった。
あの頃の自分たちに、今のA組の一致団結している姿を見せたら、きっと驚くだろうな・・・なんて考えて、顔を綻ばせる。
―――が、しかし。


「そういえば身能さん、発目さんの話を断ってたけど、いいの?」

「・・・それなんだよねぇ」


その話題が出た途端、強子は顔を歪めて深く息を吐きだした。
発目にサポートアイテムを作ってもらっている緑谷が、「発目さんって、結構すごい人だと思うよ?」と助言するのを聞きながら、強子は難しい顔で唸る。
インターンで治崎という強敵と戦い、強子と緑谷が直面した問題――我々のような近接攻撃型の個性持ちは、遠距離攻撃を得意とする相手とぶつかると、八方塞がりに陥るという難点。
緑谷はこの問題を解決するため、遠距離攻撃を自分も習得しようとするはず。そこに発目の作るサポートアイテムが役立ち・・・彼は、この文化祭中に、遠距離攻撃をものにすることだろう。
ならば、強子はどうすべきか?
緑谷と同じように、遠距離から攻撃するすべを得る?緑谷と同じように、発目にサポートアイテムをお願いする?
だけど・・・緑谷に倣ってあとを追ってるだけじゃ、いつまで経っても、緑谷を超えるどころか、緑谷と並ぶことさえままならないだろう。


「(うーん、どうしたものか・・・)」


考えるべき事もやるべき事も山積みだ。
この先もこうやって彼と並んで歩いていくには、強子だって、文化祭と同時進行で模索していかなくてはならない。










さて、文化祭に向け、A組は日夜を問わず、各グループで練習や話し合いなどの準備を進めているのだが・・・寮の共有スペースはダンス隊や演出隊が使っており、強子たちバンド隊は耳郎の部屋や、休みの日には教室まで楽器を持ち運んで練習に励んでいた。
普段なら休みの日は校舎が閉鎖されていて生徒は入れないけれど、文化祭前のこの時期だけ、休日も校舎が開放されているのだ。
そんなわけで、日曜日である今日、バンド隊は朝から教室に入り浸って練習していたのだが・・・


「てめェ!走んじゃねえって 何度言やァわかんだ!?」


爆豪の怒号で、演奏が一時中断される。
怒鳴られた上鳴は、頭をかきながら不服そうに爆豪を見やった。


「いやだから、お前が勝手にアレンジすっからこっちも狂うんだろ!?」

「あ゛!?んなもん意地でもついて来いや!」

「無茶いうなよ・・・」


今日だけでももう何度目かになるやり取りに、バンド隊の女子たちはやれやれと息を吐いた。
爆豪は ドラムの腕前に関しては申し分ないのだが・・・それゆえか、楽譜どおりの演奏では終わらそうとせず、隙あらばと色々なアレンジを試していた。
彼なりの、楽曲をより良くしようという気合いの表れだと思えば微笑ましいものだが・・・未だ、楽譜どおりの演奏さえままならないギター初心者の上鳴や常闇にとっては、はた迷惑な話であった。
彼らのやり取りに耳を傾けながら、八百万が水筒に入れてくれた美味しい紅茶をごくごくと飲んでいると、


「強子、やっぱりさっきのとこ、ブレスの位置変えたほうがいいかも」


耳郎に声をかけられ、「了解」と返して譜面に目を落とした。
これは、彼女の指導を受けているうちに知ったことだが・・・ただ”歌う“というと、単純な事のように素人は考えがちだが、実はそうではない。
歌い手が注意すべきは音程だけでなく、ブレスの仕方や声の出し方、音の強弱や抑揚で表現力を高めるのにとどまらず、ビブラートなどのテクニックも求められるし、今回は英語の歌詞のため発音なんかにも耳郎(や爆豪)から厳しいチェックが入るのだ。
求められるレベルに達するため、指導された部分は修正して徹底的に練習するし、日々のボイトレも欠かせない。


「っだァああああ!もう休憩にしようぜえ!!」


限界に達した上鳴が、四肢を投げ出して白旗をあげた。
完全に集中力を欠いた様子の彼を見て、いったん休憩を挟んだほうがいいだろうと耳郎も頷くと、途端に、張りつめていた教室の空気が弛緩した。
練習に厳しい爆豪がいることのプレッシャーに加え、本職さながらに高レベルな耳郎の指導もあって・・・練習中は、常に緊張感と隣り合わせ。たかが学生の文化祭、とは言えないくらい、我々はストイックに練習と向き合っているのだ。
しかし、休憩中となれば話は別である。各々、どこかホッと肩の力が抜けた様子で楽器や楽譜から視線を外した。


「皆さん、お紅茶はいかがですか?水筒に入れてきましたので、よろしければお召し上がりください」

「やったぜ!飲む飲むー!」

「ちょうど渇きを癒したいと望んでいたところだ」

「ありがとー、ヤオモモ」


八百万の淹れてくれた紅茶を嗜もうと、彼らが腰を上げる中・・・強子が「あっ」と声を漏らした。その手にあるのは、八百万の持ってきた水筒である。


「あー・・・ごめん。水筒の中身、さっき全部飲み干しちゃった」


てへっと可愛らしく言ってみたものの・・・休憩中の数少ないお楽しみである紅茶がもうないとわかった彼らを誤魔化すことはできず、ギロリと恨みがましく睨まれてしまった。


「お前っ、遠慮なくガブガブ飲みやがって・・・もっと味わえよ!高級な紅茶だぞ?」

「失礼な、ちゃんと味わってるよ!昨日淹れてもらった紅茶より甘味があって美味しかった!」

「まぁ、違いがわかりますの?さすが強子さん!今日のダージリンはセカンドフラッシュで、昨日のはファーストフラッシュでしたの」

「八百万、身能を褒めそやすのはちょっと待ってくれ、話がブレる。今は、こいつが俺らのぶんの紅茶も飲み干したことについて尋問中だ」

「だ、だって、歌ってると喉が渇くから、つい・・・」

「まぁ、私ったら、気遣いが足りていませんでしたわ。今度からはもっとたくさん紅茶を淹れておきますね。それと、強子さんのぶんは、油分が喉の粘膜を保護してくれるミルクティーにしましょうか?」

「ヤオモモ、強子を甘やかしちゃ駄目だって。この子、すぐにつけあがるんだから」


食べ物の恨みは怖いというけど・・・どうやら、飲み物に関しても同じことが言えるようだ。
八百万はいつもどおり優しいが、上鳴と耳郎は、なかなかに手厳しい。
常闇は強子にうるさく文句を言ってこないけど・・・代わりに、彼の体から出てきたダークシャドウが強子に向けて「みんなに怒られてヤンノー!」と嘲笑ってきた。生意気なので、ダークシャドウの首にガシリと腕を回してスリーパーホールドを決め、黙らせた。

それから、紅茶を飲み損ねた彼らは、自動販売機まで飲み物を買いにいくため、教室を出て行った。
そして教室が静かになると、強子は何の気なしに窓の外を見やる。
窓の外からは、文化祭を控えた生徒たちの賑やかな声や作業する音が、朝から絶えず聞こえていた。天気は快晴、それに秋の心地良い気温も相まって、今日は絶好の準備日和といえるだろう。


「(だからって・・・休憩時間中も眉間にシワを寄せて楽譜と睨み合うほど、ストイックにやることないだろうに)」


今も、静かに楽譜を睨みつける爆豪に視線をやって、小さく肩をすくめる。
彼は、上鳴たちが「爆豪も自販機行くか?」と声をかけても「行かねぇ」とだけ返し、モクモクと楽譜や楽器と向き合っていた。
常にストイックを貫く彼の生きざまには、尊敬の念を抱く。
だが・・・学生でいられる時間は、人生の中の、ほんの短い期間しかないのに。クラスメイトとの些細な会話や、何てことないやり取りだとか・・・今しか味わえない日常を、もっと楽しまないと勿体ないじゃないか。
そんなことを考えていた強子が、ふと思い立って、口を開いた。


「ねえ、爆豪くん・・・ドラム、教えてよ」

「は?」


意表をつかれたように爆豪が楽譜から顔を上げ、眉間にシワを寄せたままの彼と目が合う。強子は楽しげな笑みを浮かべて爆豪のほうに歩み寄った。


「私もドラム叩いてみたい!ドラムが出来るのってカッコイイし・・・私にも教えてくれない?」

「やなこった」


ケッ、と不遜な態度で即答された。けど、これはまあ、想定内の反応である。


「ねー、ちょっとくらいイイでしょ?かわいいクラスメイトがお願いしてるんだから・・・」

「自分でかわいいとか言ってんじゃねーよ、人間性疑われんぞ」

「爆豪くん、クラスメイトとの交流はもっと大事にしたほうがいいと思うよ?ついでにその口の悪さも直したほうがいいと思う」

「余計なお世話だわ」


押し問答を繰り返すも、やはり、教えてくれる気ゼロの爆豪。だが・・・強子には、とっておきの秘策がある。


「・・・しょうがないか、ドラムを演奏するのは難しいって言うもんね。それを人に教えるなんて、さらに難易度あがる事、さすがの爆豪くんにも無理だよね」

「無理じゃねンだよっ、余裕だわクソが!!とっとと座れ!教え殺したる!!」

「うん、ありがとう!」


爆豪は即座にドラムの椅子から立ち上がると、そこに座るよう強子に言いつけた。
彼のコントロールなど容易いものだ。期待どおりの反応に強子はニンマリと口角を上げると、彼の指示に従って椅子に座る。


「・・・んじゃ、まず、スティック持て。持ち方はこうだ」

「こう?」


スティックを手渡されて、見せてもらった手本どおりに握ってみたのだが、「違ぇ」と一喝されてしまった。彼と同じようにやったつもりだったけど、微妙な違いがあるらしい。
強子がもたもたと持ち方を修正していると、爆豪が呆れたように小さく息をこぼした。


「だから・・・指はここに、こうすんだよ」

「!」


爆豪がしびれを切らしたように、すっと腕を上げた。
一瞬、爆豪にはたかれでもするのかと条件反射のように身構えたのだが・・・彼の手は思いのほか優しく、スティックを握る強子の指にそっと触れると、指の位置をツツツと正しい位置までずらしていく。
そして、スティックを持つ強子の手を、爆豪の手が上から覆うようにゆるく握った。


「これが基本の持ち方。それから・・・」


次いで、彼の指はするりと強子の手の甲をなぞっていき、優しく手首をつかんで、スティックを振り下ろすような軌道で強子の腕を動かす。


「これが、叩くときのスティックの振り方な」


・・・意外だった。まさか、こんなにもちゃんと教えてくれるなんて。
しかし、せっかく教えてくれているところ申し訳ないが・・・正直、スティックの扱い方よりも、爆豪との距離感のほうが気になってしまう。
ドラムを教えるときって、こんなに近づく必要があるものなの?耳郎が上鳴や常闇にギターを指導する際も、こんなに距離近かったっけ?年頃の男女の距離感としては、少しばかり、不健全なんじゃないの!?
それに・・・普段は粗暴で、手加減なんかするイメージのない爆豪のくせに、強子に触れる指使いがこんなにも繊細で柔和だなんて・・・調子が狂う。
今も手首に添えられている爆豪の指は、綿でも掴むかのように優しく加減されているし。
でも、優しい手つきの割に・・・彼の手は強子とは違って大きく、ごつくて、男らしい。その指先から伝ってくる彼の体温は、秋の涼しい気温の中では、熱いくらいに感じる。


「・・・おい、聞いてんのか」

「!」


爆豪が強子の様子をうかがうように小さく屈んだので、二人の距離がさらに近くなった。
彼の顔は強子の頭のすぐ横にあるらしく、彼が喋ると、彼の声はダイレクトに強子の耳に入ってくる。彼の声だけでなく、彼の呼吸音だって・・・口を動かすと聞こえる唇の微かな音だって、聞こえてしまう。
・・・こんな時ばかりは、己の超高感度な聴覚を恨みたくもなる。


「あの、さ・・・なんか、距離、ちかくない?」


耐えきれず、強子は爆豪に訴えた。
ちなみに彼の顔がすぐ傍にあるので、強子は後ろを振り返らず、ドラムを見下ろしたまま。おかげで彼の表情は読み取れないけど、「あ?」と不本意そうな声を聞くに、彼も、強子に変な気を起こしてやったわけじゃないんだろう。


「ドラムを教えろっつーから教えてやってんだろ。文句言うんじゃねえ」

「ですよね・・・!」


やっぱり、ドラム指導のためには、これくらい近づかないと駄目ってことだ。爆豪に悪気はないのに・・・というかむしろ親切心でやってくれてるのに、彼を変に疑うなんて良くないよね!


「じゃ、続きやんぞ・・・基本の動作だ。右手でハイハット、左手でスネアを叩く」

「!?」


そう説明しながら爆豪がとった行動に、強子はカッと眼を見開いた。
だって、彼は強子の背後から強子の両手首を持ち(この時点で強子に覆い被さるような姿勢である)、右手と左手を交差させたのだ。そうすれば自然と、強子は彼に背後から抱きしめられているような状態になるわけで・・・


「ちょ、ちょっと待って!?やっぱ距離感おかしくないぃ!!?」

「うるせぇな・・・わかりやすく丁寧に教えてやってんだろうが」

「それはありがたいけど、言葉で説明してくれるだけでいいからっ!」


さっきよりもグッと近づいた距離に、嫌でも顔が熱くなる。爆豪が喋るたびに強子の後頭部に彼の吐息がかかって、背筋のあたりがゾワゾワして落ち着かない。
無意識のうち、彼から少しでも距離をとろうと前かがみになっていると、爆豪がハッと笑い声をもらした。


「座る姿勢ひとつマトモに出来ねーくせに、言葉だけでドラムが出来るようになるかよ」


そう言って、彼は片手を強子の腹部に回し、グイと彼女の上半身を後ろに引き寄せた。
『身体強化』を使っていない状態の強子の身体は、いとも容易く、彼の身体に密着するよう抱きとめられてしまう。
驚きのあまり、思わず強子が顔を上げると、頭上から強子を見下ろしていた爆豪とバチリと目が合う。そして・・・赤く火照った顔も、バッチリ見られてしまった。
慌てて顔を隠すように彼から顔を逸らすが、クッと笑いを堪える声が聞こえてきたので、やはり手遅れだったと強子は悟る。


「ンだよ、お前・・・意識してんのか?」

「いっ・・・!!?」


そそそ、そんなわけないだろう!!?爆豪相手に!!!?
彼の発した衝撃的な一言に、強子がクワッと表情を険しくさせた。と同時に、うっかりスティックを床に落としてしまった。
カラーンと教室に響いた音に、強子ははたと我に返る。
そして、「ごめん、落としちゃった」と謝りながら慌ててスティックを床から拾いあげれば、その動作にあわせ、強子の腹部に巻き付いていた爆豪の手がするりと離れていったので、ほっと安堵する。


「(・・・何なの?この、妙な雰囲気は・・・)」


軽い気持ちでドラムを教えてもらおうとしていたはずが・・・何がどうして、爆豪とあんな密着することになるんだよ。ヴィランから悪質な個性攻撃を受けているわけでもないのに。
あげくに、「意識してんのか?」だと・・・?なに、色気づいたこと言ってんだよ!爆豪のくせに!
・・・とにかく、どうにも妙な雰囲気になってしまったので、もうドラムの指導はこのあたりでやめてもらったほうがいいと、強子のカンが告げている。うん、そうしよう、それがいい。
強子はくるりと爆豪に振り返ると、スティックを彼へと差し出した。


「ドラム、教えてくれてありがとう。今日はこのへんで・・・」


爆豪の手が、スティックを取る―――かと思いきや・・・スティックを持つ強子の手ごと、包みこむよう、ぎゅっと握られる。


「っ・・・!!」


ドクリと心臓が跳ねる。
いつもなら、「ふざけるのも大概にしろ!」とか「さっきから一体どういうつもり?」とか言ってやるのに・・・なにか、予感がして、強子は口を開くのを躊躇った。
そして、恐るおそる、ゆっくりと顔を上げて爆豪の表情を見て、息をのむ。
彼の表情からわかったのは、彼は、ふざけてなどいないという事。どこまでも真剣に、真摯に強子に向き合っているのだと、ひしひし伝わってきた。
それから・・・じっと強子の瞳を見つめていた彼の、その熱い視線が強子の唇へと移るのがわかって、反射的にごくりと唾を飲みこんだ。こんなの誰だって、イヤでも、彼が“どういうつもり”なのかわかってしまうだろう。


「・・・身能」


めずらしく眉間にシワはなく、ただ、その眼に熱い情を滾らせた彼が、小さく強子の名を口にした。けれど、強子の口からは何も出てこず、身動き一つ取れない。
すると、爆豪がしびれを切らしたように動きを見せた。彼の端正な顔が、ゆっくりと近づいてくる中・・・強子は抵抗することなく、彼をじっと見つめて―――


「アー!?フミカゲ、コイツらキスしてるゾ!!」


突如、教室に響き渡った元気溌剌な大声に、唇が触れる“直前”だった強子と爆豪の肩がびくりと揺れた。
強子はしゅばっと勢いよく立ち上がると、声の主へと振り返った。


「してないからッ!!見違い、勘違い、間違いだからね!?わかった?ダークシャドウ!!?」


声の主は、常闇の体から出てきたダークシャドウであった。
ダークシャドウに一歩遅れて常闇が教室に戻ってきて、続けて上鳴と耳郎と八百万も戻ってきた。


「お前ら・・・誰もいないからって、教室でイチャついてんなよ・・・」

「だから!違うってば!!」


上鳴が呆れたように顔を崩して言うので、強子は赤い顔で目いっぱい否定する。
それから、悪ガキのように「絶対キスしてたダロ!お前ら、恥ずかシー!!」などと騒ぎ立てているダークシャドウの首を絞め、物理的に黙らせる。
ダークシャドウにスリーパーホールドを決めながらも、まだ、強子の心臓はドキドキと暴れていた。


「(あ、危なかった・・・!)」


危うく、流されるところだった・・・。
ダークシャドウが邪魔しなかったら、強子はあのまま、本当に爆豪とキスしていたかもしれない。
時おり忘れてしまうのだが、彼も一応、イケメン枠。黙ってさえいれば、あいつは普通にカッコイイ顔しているのだ。
強子ともあろう者がうっかり流されそうになるとは、あの顔の威力は凄まじいものである。


「(それにしても・・・爆豪くん、どうしたんだ?)」


爆豪ともあろう者が、クラスメイトの女子にキスをぶちかまそうとするなんて・・・キャラ崩壊なんてレベルの事案じゃないぞ。気でも狂ったか?何か、相当に嫌なことでもあったんだろうか・・・。


「(―――いや、違うな)」


一つ、思い当たることがある。
ここ最近、雄英内では続々とカップルが誕生していた。
文化祭の時期になると、よく聞く話である。文化祭というイベントにより、普段とは異なる学校の雰囲気にあてられ・・・誰かに好意を抱いたり、好きな人との距離が縮まったりする現象だ。世間一般には“文化祭マジック”だなんて呼ばれている。
言ってしまえば、文化祭の空気に酔い、一時的に舞い上がっているだけなので・・・文化祭マジックの勢いで付き合ったカップルは、すぐに別れるケースも多いのだけど。


「(爆豪のさっきのアレも・・・文化祭の雰囲気にあてられたせい?)」


そう考えれば、納得できる。
まわりを見渡せば、あっちもこっちも文化祭の準備でワクワク、ソワソワと浮かれている。そんな非日常の学校という特殊な環境。それこそ、学生でいられる短い時間の中でも、今しか味わえないものに違いない。
だからこそ、強子も・・・さっきは、学生時代だけの特殊な魔法にかかっていたのだと思う。


「(恐るべし、文化祭マジック・・・)」


さっきのアレは、一時の気の迷いのようなものだった。事故にあったようなもの・・・そう、お互い不運に見舞われただけのこと。
―――そう結論づけると強子は、キス未遂事件のことを深く考えることをやめた。










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夢小説らしい恋愛話も、少年マンガらしいバトルもだけど、クラスメイトとの些細な会話や何てことないやり取りなんかも当連載では書いていきたいですね。

ちなみに、体育祭以降ダークシャドウと夢主は仲良いと思います。お姉ちゃんと弟のような感じでじゃれててほしい。


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