文化祭でウキウキ!

いつの間にか9月も終わって10月を迎えると、夏の気配はすっかり消え去り、寒暖の差も激しくなってきた。
あれから強子たちインターン組は、オールマイトや相澤の引率のもと、ナイトアイのお葬式に参列した。生前、世に大きく貢献して慕う者も多くいたナイトアイのお葬式は、たいそう立派なもので、厳かに執り行われていた。
彼との別れは胸にくるものがあったけど・・・最後は、ちゃんと笑顔でお別れできたように思う。
そして、雄英のインターン制度は、学校とヒーロー事務所の話し合いの結果、しばらく様子見となった。
しばらくの間、ファットガムと会えなくなるのが名残惜しくて・・・周りから「いい加減にしろ」と言われるまで強子とファットガムは互いをギュウギュウと抱きしめ合った。

そんなこんなで、インターン組は再び日常を取り戻してきたわけだが―――


「文化祭があります」

「「「ガッポォオォイ!!(※学校っぽいの略)」」」


HRで相澤の口から出た“文化祭”というワードに、いっきに教室が沸き立った。


「文化祭!!」

「ガッポいの来ました!!」

「何するか決めよー!!」


クラスの大半がウキウキとはしゃいでいる。だが、そんな中、表情を険しくした切島がいきり立つ。


「いいんですか!?この時世に、お気楽じゃ!?」


切島のもっともな意見に相澤は頷きつつも、文化祭は、ヒーロー科ではなく“他科”が主役であり、寮制をはじめとしたヒーロー科主体の動きにストレスを感じている者もいるため、そう簡単に自粛できないのだと説明した。


「・・・主役じゃないとは言ったが、決まりとして1クラス一つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう」


ここでHRの進行役は学級委員にバトンタッチ。飯田と八百万が教壇に立つと、飯田がクラスに投げかけた。


「まず候補を挙げていこう!希望のある者は挙手を!」


途端に、教室中に風圧が巻き起こるほどの勢いで手が上がった。各々やりたいものがあるようで、血気盛んに挙手で自己主張している。
メイド喫茶に、おもち屋さんやクレープ屋さんといった飲食店から、腕相撲大会、ビックリハウス、触れあい動物園・・・様々なアイデアがクラスメイトたちの口から飛び出てくる。
それにしても、“暗黒学徒の宴”やら “僕のキラメキショウ”やらは、いささか個人的趣味に走り過ぎてる気がするけど・・・。


「さァ 他はないか?あと、まだ発言していない者は・・・」


飯田がぐるりと教室を見回すと、耳郎がそろりと小さく手を挙げた。


「あー・・・ば、バンドとか・・・?」


自信なさそうにおずおずと発言すると、それを聞き届けた飯田から「耳郎くんらしいな!!」と返され、彼女は照れくさそうに居ずまいを直していた。


「(・・・ん?)」


そんな彼女の行動に、強子は違和感を覚えた。
耳郎は楽器演奏や歌唱が好きで、プロと遜色ないくらい上手だけど・・・強子の知る彼女は、自分の趣味がヒーロー活動に根差していないと感じ、コンプレックスを抱いていたはずだ。だからこそ、皆の前で「バンドやろうぜ!」と、自らの意見を述べたことは意外だった。


「・・・これで一通り、皆からの提案は出揃ったかな」

「不適切・実現不可・よくわからないものは消去させていただきますわ」


黒板に各自が提案した21個のアイデアが列記されると、学級委員の判断で、いくつかの案が候補から除外された。


「あっ」
「無慈悲っ」
「は?」
「ハナから聞くんじゃねーや」


除外された案の提案者たちが不平不満を漏らし、そのうちの一人、峰田が、怒りの矛先を強子に向ける。


「つーか不適切ってんなら、身能の案もだろ!?なァにが、“身能強子 握手会”だ!!」

「え?あっ・・・やっぱり握手会より、サイン会のほうが良かった?」


握手会もいいけれど、やっぱり形に残るほうが皆も喜ぶよね、と強子がそう呟けば、「そーいう問題じゃねえよ!」と即座に突っ込まれた。


「こんなんただの身能の個人的趣味じゃねえか!ンなふざけた案はまっ先に却下されるべきだろ!?身能ばっか贔屓すんなよなァ、学級委員ども!!」

「うっ・・・いや、握手会もヒーローの奉仕活動の一環と考えれば、良い予行演習になるかと・・・」

「それで喜んで下さる方がいるのなら、と・・・つい」


峰田にどやされ、学級委員たちがタジタジと小さく縮こまる。
そして、強子の案はあえなく却下されてしまった。その後さらに、飯田発案の“郷土史研究発表”は「地味」「他が楽しそう」といった意見により却下され、八百万発案の“お勉強会”も「いつもやってるし」と、にべもなく却下された。
では、残った案の中でどれがいいかと、話し合いはどんどんヒートアップしていくが・・・結局、クラスの出し物は、HRの間に決めることが出来なかった。


「実に非合理的な会だったな。明日 朝までに決めておけ―――決まらなかった場合・・・公開座学にする」


公開っ、座学・・・!!
冗談抜き、合理的虚偽も抜きで相澤が宣言すると、楽しい文化祭の最中にひたすら座学させられる姿を想像して、肝を冷やすA組であった。







「すみませーん、身能さんいますか?」


その日、休み時間になると、A組の教室に訪ねてきた人物がいた。どうやら強子に用事があるらしい。
それ自体は、まあ、よくあることなので、クラスメイトたちも「いつものことか」とさほど気にとめていなかったのだが・・・その後に続いた言葉に、A組に衝撃が走ることとなる。


「ミスコン実行委員会の者ですが・・・」

「「「ミ ス コ ン!!?」」」


ざわっと教室中が慄いた。
そんな話、聞いてないけど!?といった面持ちで、実行委員と強子を交互に見つめるクラスメイトたち。
しかし、その強子自身、誰にも何も聞かされてないけど!?と混乱した面持ちで、廊下で待っている実行委員のもとへ向かった。


「あの、私に何のご用でしょうか・・・?」

「君にこれを渡しておこうと思って―――はい、ミスコンの参加要項です」


そう言って冊子をバサリと手渡されて、強子は「え、」と固まった。


「ミスコン参加者の皆さんには近いうちに一度集まってもらう予定だけど、それまでに一通り目を通しておいてね」

「ちょっ、ちょっと待ってください!?」


用件は済んだとばかりに「それじゃ」と去ろうとした実行委員を、慌てて呼び止める。
実行委員の、この話しぶりから察するに・・・


「もしかして私、ミスコン参加者ってことになってます!?私、エントリーした覚えないんでけど!!?」

「え?そんなハズないと思うけど・・・」


実行委員の彼は訝しげに首を傾げると、手元にある資料をパラパラとめくって何やら確認しはじめた。その様子をじっと見守っていると、


「・・・うん、やっぱり、身能さんのエントリーを確かに受けつけてるよ」

「えぇ!?」

「あ、エントリー用紙を代理の人が提出してるみたいだ。えーと、提出したのは・・・1年C組の―――心操 人使くんだって」

「え?・・・心操くん?」


なんだか思いも寄らない人物の名が出てきて、フリーズする。
心操とは、体育祭以降、すれ違えば挨拶を交わすような仲になったけど・・・言い換えれば、その程度の仲でしかないのだ。日ごろ彼と関わる機会など無かったし、これまでに会話らしい会話をした覚えもない。
それが、ここにきて・・・彼が、ミスコンに代理エントリーしただと?


「(・・・いやいや、何かの間違いでしょ?)」


心操とは希薄な関係であるという点を抜きにしても・・・彼の性格上、強子になんの断りもなく勝手にミスコンにエントリーするとは思えない。
そもそも、心操はミスコンなんかに興味ないんじゃないの?ミスコンに夢中になっているミーハーな心操なんて、想像つかないぞ。


「ま、とにかく身能さんはエントリー済みってことで、よろしく頼むよ!今年のミスコンは絢爛崎と波動の因縁バトルに加え、注目株の身能さんも参戦とくりゃ・・・盛り上がること間違いなしだ!!」


ミスコンの盛り上がりを想像し、ウキウキとした足取りで去っていく実行委員の背中を見ながら、そっと息を吐く。
とりあえず、心操に話を聞いてみないことには始まらない。
そう考え、C組の教室に向かおうとしていたのだが・・・その手間は省けた。C組の教室のほうから、バタバタと何人かがこちらに駆け寄ってくる気配がある。


「あーっ、ホラ!心操がチンタラしてるから、先に実行委員が身能のとこに来ちゃったじゃん!」


・・・と、強子のことを指さしながら騒いでいるのは、C組の人だ。よく心操と一緒にいるところを見かけるので、心操と親しい友人なのだろう。
そしてその背後から、ものすごく不本意そうな顔で心操がこちらに向かって来ていた。
強子は心操と目が合うと、ミスコン参加要項の冊子を掲げ、ニッコリと笑顔で問う。


「コレ、どういうこと?」


さて、どういうことか納得のいく説明をしてもらおうじゃないか。
そう意気込む強子の後ろでは、A組のクラスメイトたちも なんだなんだと事のなりゆきを見守っていた。ミスコン云々もだけど、心操という珍しい来客に興味をそそられたのだろう。


「・・・あー」


彼は気まずそうに後ろ頭をかき、視線を彷徨わせた。


「もう、聞いたかもしれないけど・・・身能のこと、ミスコンにエントリーさせてもらった」


勝手なことして悪かった、と申し訳なさそうに謝られるが・・・それよりも、肝心なところの説明がない。


「・・・なんで?」


これは当然の疑問だろう。
強子をミスコンにエントリーして、彼になんの得がある?目的も背景もわからないのでは、こちらもどうリアクションしていいものか、わからない。


「・・・実は、うちのクラスの服飾部のやつらが、身能に服を作って着せたいって騒いでて・・・」


心操のその言葉を合図に、彼の後ろに控えていた二人組が心操を押しのけ、ぴょんと前に飛び出した。


「どうも!私、衣縫(いぬい)です!」

「俺は裁皮(たちかわ)っス!」

「私たち、身能さんにインスピレーションを受けちゃって・・・それで どうしてもっ、身能さんに服をデザインしたくって!」

「俺たちが作る服、着てもらえないか!?最高の服を仕立てるから、俺たちにプロデュースさせてくれ!!」

「絶対にカワイイ自信あるの!だから私たちの服でミスコンに出て、身能さんのカワイイを皆に見せびらかせよう!?」


目をキラキラと輝かせ、前のめりに捲し立ててくる二人に、思わず圧倒される。ぽかんと呆けている強子を見かねて、心操の友だちが笑い交じりに口を開いた。


「コイツら、いつもこの調子なんだけど・・・そういや心操って身能と知り合いだったよなって思い出して、それなら心操を通して身能にお願いしてみようぜって話になったんだよ。でも心操が、身能に迷惑だろうし嫌だっつって頑なに断ってたからさ・・・代わりに俺が、心操の名前でエントリーしておいた!」

「いや、なんで!!?」


途中までは、ウンウンと納得しながら聞いていた強子だが・・・最後の一文だけは納得できるものではなく、ツッコまずにいられなかった。


「え〜、だって・・・ミスコンで可愛く着かざる身能、見たいじゃん?」


悪びれもせず、へらへらと笑いながら告げられて、強子の頬の筋肉が引きつる。
心操の友だち・・・ただの付き添いかと思っていたら、思いのほか、今回の一件に関わる重要人物であった。要するに、お前が元凶ってことだろ!?
どうりで、さっきから心操がムスッとした視線を彼に向けているわけだ。彼のとった勝手な行動がそのまま心操のせいにされているのだから、たまったもんじゃないだろう。


「・・・う〜ん」


事情はだいたいわかったけど・・・さて、どうしたものかと強子は顎に手を当てる。
この話に のるか、反るか・・・悩ましいところだ。
まあ、正直いうと、ミスコン出場はまんざらでもない。この雄英という超名門校で開催されるミス・コンテスト―――そこでグランプリを獲ったごく少数の者だけが、“ミス雄英”という肩書きを手にすることができるわけで・・・


「(ミス雄英――そのタイトルは、是非とも欲しいッ!)」


それに、自ら立候補してミスコンにエントリーするより、他者からの推薦という形でエントリーするほうが好感度は高い(実際、波動や拳藤たちは他者の推薦があってエントリーしていた)ことを考えると、今回のC組からの提案は都合がいい。
しかし・・・強子としては、この文化祭、A組の出し物に全力を注ごうと思っていた。強子の可憐なダンスを見れば、きっと、文化祭を楽しみにやってくる“彼女”も笑顔になってくれると、そう期待していたから。
そんなわけで、強子がミスコンに出るなど、想定外の事態である。
ミスコンに出ることで、A組のほうに参加できなくなる可能性はないだろうか?そちらの練習に影響が出ることはないだろうか?
それに―――


「(私がミスコンに出たせいで、波動先輩がグランプリを獲れなくなったら心苦しいし・・・)」


三年生である彼女にとって、グランプリを獲る機会は今年が最後だ。強子は来年も再来年もグランプリを獲れる機会があると思えば、今年は彼女に花を持たせてもいいかも・・・などと、ふてぶてしくも思い上がった思考をしている強子に、A組の教室から声がかかった。


「なァ身能、ミスコン出ろよ!お前ならイイ線いけんだろ!!」


そう激励を飛ばしてきたのは、峰田であった。「参加ついでに、他のミスコン参加者のスリーサイズをチェックしてこい!」と鼻息を荒くする峰田はともかく・・・他のクラスメイトたちも「出たらいいじゃん!」と乗り気な様子で強子を見ていた。


「俺もいいと思うぜ!身能なら勝てる!!漢らしく戦ってこいよッ!!」


漢らしくって・・・ミスコンは女の戦場だぞ。拳を握って力強く応援するわりに よくわかってなさそうな切島を見て、思わず肩の力が抜けてしまう。


「まあ、うちのクラスから出るんだったら身能が適任しょ!八百万にもファンついてっけど・・・人気取りといったら、身能の得意とするとこだしな」

「見た目だけなら文句つけようがないからなー 身能は!本性バレなきゃ優勝も夢じゃないぜ!?」


瀬呂の言うことは頷けるものであったが・・・上鳴、お前はあとで覚えておけよ。
そして、女子たちも「私たちも応援するよー!」と、にこやかに声援を送ってくれている。
クラスメイトたちの後押しを受け、むずがゆそうな顔をした強子が、C組の彼らに向き直った。


「あのね・・・私、クラスの出し物――まだ何やるか決まってないけど――そっちのほうに力を入れたいの」


これはもう決定事項であって、強子にゆずる気は毛頭ない。


「だから、そっちを優先させてくれるなら、ミスコンに出てもいいかなぁ・・・」


ふっと表情を弛めて言えば、C組の彼らがぱっと顔を輝かせた。


「クラスの皆に迷惑かけず、出し物にも影響が出ない範囲で、って条件でお願いしたいんだけど・・・それでもいい?」

「「「もちろんっ!」」」


服飾部の二人と心操の友だちが満面の笑みで頷いた。
彼らから快諾を得られ、ミスコンもクラスの出し物も、どちらも心置きなく楽しめそうだと 強子も笑みを深めた。


「当然、やるからにはテッペンとるつもりでいくから―――しっかりサポートしてよね、推薦人の、心操くん?」


友だちの勝手な行動が原因とはいえ、名義上、心操によってエントリー受付がされているのだから、彼にも手伝ってもらうのがスジだろう・・・そう、旅は道連れだ。
ニヤリと笑って 彼の胸元に拳を軽くぶつければ、彼も観念したように苦笑をこぼす。
巻き込まれた立場だろうに、嬉しそうにはしゃぐC組の子たちを見て「ありがとう」と小さく呟いた彼に、友だち思いな奴だなと強子は感心してしまった。










放課後―――インターン組が補習を受ける際、相澤から告げられた内容に、強子はぽかんと口を開けて放心していた。


「エリちゃんが、緑谷ちゃんと強子ちゃんに会いたがってる?」

「ああ・・・厳密には、緑谷と身能と通形を気にしている。要望を口にしたのは入院生活はじまって以来、初めての事だそうだ」


あの子が、強子に、会いたがっている・・・!
強子は、通形や緑谷のように、彼女のために出来た事なんてほとんど無かっただろう。なのに・・・それでも、強子を気にかけてくれているなんて。
少しだけ気後れしてしまうけど、それ以上に、嬉しいという感情が勝っていた。


「・・・で、どうする?行くか?」


相澤が口にした形ばかりのその質問、強子は間髪入れずに答えた。


「もちろん行きますともっ!!」

「ぼ、僕もっ!行きたいです!!!」


同じく放心していた緑谷も慌てて首を縦に振って、二人ともエリのお見舞いに行くことが決定した。







「エリちゃん、こんにちは!」

「会いに来れなくてゴメンね」

「フルーツの盛り合わせ!よかったら食べて!」


エリに会うのは、あの一件以来だ。
彼女に会えてテンションが上がった三人が一斉に話しかけたせいか、エリは呆気にとられてたようにこちらを見ていた。
それから、彼女はリンゴが好きだと言うので、見舞い品のリンゴをうさぎさんカットにしていると、ようやく彼女はぽつぽつと話しはじめた。


「・・・ずっとね、熱でてたときもね、考えていたの・・・救けてくれた時のこと。でも、お名前がわからなかったの。ルミリオンさんしかわからなくて、知りたかったの・・・」


申し訳なさそうに告げたエリに対し、緑谷が笑顔で答えた。


「緑谷 出久だよ!ヒーロー名はデク!えっと・・・デクのほうが短くて覚えやすいかな・・・デクで!デクです!!」

「ひーろめい?」

「アダ名みたいなものだよ」

「・・・デクさん」


緑谷とのやり取りのあと、噛みしめるように名前を呟いた彼女は、その澄んだ瞳を今度は強子に向けた。
そんな彼女に、強子はニッコリと笑顔で応じる。


「身能 強子っていいます。私のことは 強子お姉ちゃん、って呼んでね」

「「えっ」」


真っ先に反応を示したのは、緑谷と通形だった。
通形が驚いたように眉を上げながら強子を見る。


「お姉ちゃん呼びとは・・・身能さん、願望を前面に出してくるねー」

「通形先輩、こういうのは言ったもん勝ちなんですよ」


ふふんと鼻を高くして言う強子に、通形は「たしかに」と笑って返した。
だが緑谷のほうは、ヒーロー名で呼んでもらわなくていいのか?と解せない表情を強子に向けている。


「そりゃ ヒーロー活動中はヒーロー名で呼ばれたいけど・・・エリちゃんとは、ヒーロー活動中だけじゃなくて、プライベートな時間もいっぱい仲良くしたいから・・・だから、“強子お姉ちゃん”がベストなの!」

「・・・強子、おねぇ、ちゃん・・・」


呼びなれない様子で、たどたどしく発音されたそれに、強子は「うん!」と満足げに頷いた。


「強子お姉ちゃん、ルミリオンさん、デクさん・・・あと・・・めがねをしていたあの人・・・皆、私のせいでひどいケガを・・・」


エリの口からナイトアイの話題が出て、どきりとする。何でも自分のせいにしてしまう性格の彼女には、今はまだ、ナイトアイの事を伝えられていないのだ。


「私のせいで、苦しい思いさせてごめんなさい。私の、私のせいで、ルミリオンさんは力をなくして・・・」


ぐすっと鼻を詰まらせた彼女に、強子の目頭も熱くなる。
通形の個性喪失は、誰にとっても悔しくて、歯がゆいものであるが・・・もし、彼が個性を失った原因が“自分”だったらと思うと、強子は罪の意識で胸が張り裂けそうだ。まだ幼いエリがそんな想いをしていると考えると、またさらに胸が苦しくなる。


「エリちゃん!!苦しい思いしたなんて思ってる人はいない!皆こう思ってる!“エリちゃんが無事で良かった”って!」


強子も緑谷も言葉に詰まる一方で、通形が彼女の頭にポンと手を置き、そう元気づけた。やはり・・・彼は、すごいヒーローだ。


「存在しない人に謝っても仕方ない!気楽にいこう!皆、君の笑顔が見たくて戦ったんだよ!」


そうだ。大勢の人たちが必死に戦っていたのは、皆、この幼い少女を救けるという目的のためだった。エリの笑顔を見るためなんだ。
通形に同意するように、強子も緑谷もウンウンと大きく頷いてエリを見つめていると・・・彼女は、顔にグググと力を入れる。かと思えば、両手でグイっと頬を引っ張っている。
どうしたんだろうと彼女を見守っていると、


「ごめんなさい・・・笑顔って、どうやればいいのか・・・」


うまく笑えず、申し訳なさそうに俯いたエリを見て気がつく―――この子は未だ、治崎の影に覆われている。まだ、本当の意味で彼女を救えていないのだ、と。
病室が暗い沈黙に包まれる中・・・急にガタッと音を立て緑谷が立ち上がり、相澤を振り返った。


「相澤先生!エリちゃん、一日だけでも外出できないですか・・・?」

「無理ではないハズだが・・・というか この子の引き取り先を今・・・」

「じゃあ!エリちゃんも来れませんか・・・!!?文化祭!!エリちゃんも、来れませんか!?」


緑谷の言葉にパッと表情を輝かせた通形が、「ぶんかさい・・・?」と首を傾げたエリに、文化祭がどれほど楽しいものなのかを語って聞かせる。
リンゴアメが食べれるかもという誘い文句につられ、エリ本人も文化祭に興味を持つのを見て、相澤が校長に掛け合ってみると言い、電話を手に席を外した。


「それじゃあ・・・!エリちゃん・・・どうかな!?」

「・・・・・・私、考えてたの。救けてくれた時の・・・救けてくれた人のこと・・・ルミリオンさんたちのこと―――もっと知りたいなって 考えてたの」


彼女の可愛らしい要望に、三人は喜色満面になって頷いた。


「嫌ってほど教えるよ!!!」

「校長に良い返事がもらえるよう、私たちからもお願いしよう!」

「うんっ、そうだね!」

「俺、休学中だからエリちゃんと付きっきりデートできるよね!」

「・・・でぇと?」

「蜜月な男女の行楽さ!」

「みつげつなだんじょのこうらく?」

「先輩、何言ってんですか」

「デートっていうのはね、仲良しの男女が二人でお出かけすることだよ!二人っきりという事はつまり 自分がいかに魅力的な女であるかをアピールする絶好のチャンスで、デートした後、必然的に男は私の事ばかりを考え 「身能さんも何言ってるの!?」


強子が語る、いささか偏りのある“デート”の定義・・・そんなものにすら真剣に耳を傾けるエリを案じ、緑谷が強子をとめた。


「・・・ねえ、エリちゃん」

「?」


また、エリの教育上よろしくない事を言うんじゃないかと、緑谷が強子を警戒する視線を送ってきたが・・・そんな失礼な視線は無視してエリの前にしゃがみ込み、彼女と視線を合わせた。
不思議そうに強子を見つめ返す彼女に、早く、文化祭を楽しんでもらいたくてウズウズする。早く、彼女の笑顔が見たい。早く、彼女を・・・暗い影から、救い出したい。
そんな はやる感情を、強子はこの一言にぎゅっと詰め込むことにした。


「文化祭、楽しみにしててね!」












==========

というわけで、文化祭編です!楽しみにしててね!




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