そして未来へ
―――ジリリリリ!!
突然、けたたましい警報音が鳴り響いた。
『ヴィランによる大規模破壊(テロ)が発生!!』
直前に起きたちょっとしたハプニングにより 弛緩していた空気が、一瞬にして、ぴりりと切迫したものに変わる。
控室にいる100名が気を引き締め、アナウンスされる内容に耳を傾けた。
強子もふるふると頭を振って 脳裏にチラつく現見(トガ)の姿を消し去ると、気持ちを切り替え、演習のシナリオに集中する。
『規模は○○市全域!建物倒壊により、傷病者多数!』
アナウンスとともに控室の四方の壁が展開し、フィールドが再び強子たちの目の前に広がる。だが、そこにあったのは・・・一次選考で見たフィールドと同じものとは思えないほど、あちこちが損壊したフィールドだった。
その瓦礫の山が、テロの凄惨さを物語っている。
『道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れ!到着するまでの救助活動は、その場にいるヒーローたちが指揮をとり行う!一人でも多くの傷病者を救助すること!!』
強子は自分を落ち着かせるよう、ふぅと小さく息をつき、身構えた。
プロヒーローの仮免試験―――その最終選考となる、救助演習が始まろうとしている。
『スタートォ!!』
その指令が響いた瞬間、まるで蜘蛛の子を散らすように、100人の受験生がワッと控室を飛び出した。
「とりあえず一番近くの都市部ゾーンへ行こう!なるべくチームで動くぞ!」
最も被害が大きそうな市街地へと足を運べば・・・予想どおり、流血してうずくまる人や、倒壊した建物の下敷きになっている人など、いたるところに要救助者がいた。
さっそく、緑谷や八百万が要救助者に手を差し伸べているのを見ながら、強子は顔を曇らせた。
「けっこう、多そうだな・・・」
HUC(要救助者)が全部で何人いるのか不明だが、仮免試験に対する 公安の力の入れようを見る限り・・・相当数のHUCを集めてるんじゃないだろうか。それこそ、やたらと広いこのフィールドに見合うだけの数を・・・。
おそらく、目に見える人たちだけでなく、障害物の下に隠れてたりもするんだろう。
だとすれば、
「私、ここから離れる!要救助者を探しながらフィールドをまわってみるよ!」
A組の面々に声をかけ、強子はぐるりとフィールドを見渡した。
これだけ広いフィールドだ。索敵能力に優れた人がいない区画では、要救助者の捜索に難航するだろう。
この近辺は耳郎や障子に任せて、強子は他所へ行って索敵した方が効率いい。
「身能、俺も行く」
強子の加勢に、轟が名乗りをあげた。
心強い味方の登場により、少しばかり強張っていた強子の表情に いつもの笑顔が戻った。
「―――この瓦礫の奥に、一人います!それと、そこの建物にも三人 取り残されてます!!」
感覚強化して要救助者を見つけると、強子はその位置を居合わせた他校生たちに伝達する。
「わかった!僕らは建物にいる三人を救けるから、瓦礫の奥(そっち)は 君たちに任せていいか!?」
「「はい!」」
強子と轟は他校生と協力し合い、救助活動を進めていた。
二人の救助活動は、なかなか順調のように思う―――
まず、強子が要救助者の位置を特定する。
そこで、機動力・応用力・判断力などに秀でた轟が、要救助者を救けるのが基本パターン。
なお、障害物があって救助が難しい場合は、轟が氷で障害物を支える支柱をつくり、強子がそこに滑り込んで、要救助者を救い出す。
もちろん傷病者の応急処置も抜かりない。
患者の状態確認なら 強子の感覚強化によって、呼吸音や心拍数などから把握する。打撲などの怪我の冷却なら、轟の右手(氷)が役に立つ。
自分で言うのもなんだが―――強子と轟のチームアップは、無敵に近いんじゃなかろうか。
お互いの個性の相性はバツグンで、互いの痒い所に手が届くし、何より・・・気心知れた仲なので やりやすい。
「うわぁあああん!!ママぁ!!」
「「!?」」
突然の 耳をつんざく大声に、ぎょっとして身を縮める。
轟に氷で支柱をつくってもらい、強子が瓦礫の奥にたどり着いたときだった。
「ママ、どこぉ!!?痛いよぉ!怖いよぉ!!」
ただひたすら泣きじゃくる少年。まわりが一切見えてない様子で、パニックを引き起こしているようだ。
彼を落ち着かせようと、強子は声を張り上げた。
「大丈夫、救けに来たよ!大丈夫だから 落ち着いて・・・!」
「う゛わぁあああん!!」
駄目だ・・・強子の声は、この子にまったく届いていない。
かくなる上は―――強子は泣きわめく少年の両頬を手で包みこむと、グイと力任せに、無理やり強子のほうに振り向かせた。
「ほら・・・お姉ちゃんの目を見て」
力強い口調で言い聞かすと、少年と強子の視線が合わさり、呆然としたまま静止した。
「ね?――― 大 丈 夫」
「・・・」
ふわりと 慈愛に満ちた優しい笑み。
ほっと安堵させるような温かな笑顔は、否応なく 見た者の心を満たしていく。
けれど同時に、どこか凛々しさを感じさせる力強さもあって・・・もう“大丈夫だ”と、この人になら“任せられる”と、そう思わせるほどの説得力があった。
それを視界いっぱいに捉えて、HUCの彼は、彼女の笑顔に魅入っていた。
「(ハッ・・・!思わず、素で見惚れてた!ふむ・・・人間ってのは 本能的に“美しいもの”に意識が向くものだが・・・こいつの容貌は、錯乱状態の人間からも 目を奪うだけの力があるとみた。顔なんて 生まれ持ったものとはいえ、そういった“魅力”も、ヒーローに求められる重要な素質!)」
それに、彼女の 表情のつくり方を見ればわかる。
どうすれば自分がもっとも愛らしく見えるか、どんな表情をすれば相手の心を掴めるか・・・彼女は、それをわかっている。
彼女はその美貌に甘んじることなく、日々、鏡に向かって研究するという 努力を重ねてきたのだろう。そうでなければ、こんな完璧な表情はつくれない。
「(だが・・・魅力だけでは、ヒーローは務まらないぞ!?もう少し、こいつを試してやるか―――)」
「怖いのに、今までよくガマンしたね!今救けるから、もう心配いらないよ!」
「・・・お姉ちゃん、ママのことも探してくれる?はぐれちゃったんだ」
「わかった!君のママも探すよ!だけど、まずは君を安全なところに・・・っ!?」
少年を瓦礫の下から連れ出そうとしたのだが、ふいに、少年がふらりとバランスをくずしたので慌てて支えた。
「大丈夫?」
「うん・・・なんだか、左足がしびれちゃって」
「!」
ふらつきながら少年が告げた言葉に、強子は目を見開いた。これは、もしかして―――
「君、頭をぶつけたりした?」
「え?・・・そういえば、さっき、あそこにぶつかったよ」
やはり、そうか。
瓦礫に頭を打ったという少年の頭部を確認してから、強子は少年を横抱きに持ちあげ、ゆっくりと轟のところへと戻る。
「手間どってたみたいだが、平気か?」
轟が首を傾げて強子と少年を見やる。強子は眉をひそめ、声のトーンを落として答えた。
「この子・・・たぶん、外傷性の脳出血を起こしてる」
「!」
これでも医者の娘だ。一般常識以上の医学的な知識も、ある程度は頭に入っている。
片側のしびれに、ふらつきといった症状。しかも頭をぶつけたということは・・・脳出血している可能性が考えられる。
「立たせるのは危険だから、横抱きのまま救護所まで連れていかないと!」
「それなら、俺が救護所に連れていく。身能は捜索を続けたほうがいいだろ」
「(・・・ヨシ。二人ともなかなか良い判断だ)」
少年がほくそ笑む中・・・強子は、不満げな表情で頭をひねっていた。
要救助者に対し、救助者が少なすぎる現状―――
轟の案は正しいと思うが・・・救助者を一人見つけるたび、いちいち救護所まで運んでいては 効率が悪くないか?
強子一人で捜索を続けたところで、救助活動を一人でやるには限界もある。それに救助したなら、結局は強子も、その人を救護所まで運ぶことになる。
・・・とはいっても、傷病者を放置するわけにもいかないし。
うーん、これで いいのだろうか。これが、最善なんだろうか・・・?
「やあ、お困りの様子だね」
「「!」」
突如、強子の視界が 移道の笑顔によって埋め尽くされた。どうやら、強子の目の前に『瞬間移動』してきたらしい。
「怪我人の搬送なら、俺に任せてくれ。揺れもなく快適に、最速で連れて行けるよ」
移道の提案に ハッとする。
傷病者の搬送に、これ以上に適した個性があるだろうか。
瞬間移動なら、速やかに、傷病者を安全な場所へ届けられる!それに、移道が搬送している間、強子たちは救助活動に専念できる!
強子は一も二もなく、即座に移道の申し出を受け入れた。
「受け答えはしっかりしてるけど、脳出血の症状がみられるので 治療優先度が高いです。それと、なるべく揺らさないよう気をつけて」
「了解」
伝えるべきことを伝えて少年を引き渡すと、少年と目が合い、強子はニコリと笑いかけた。
「君のお母さんも、必ず救けるよ!君は安心して、しっかり治療してもらってね」
「(こいつ・・・大事なことを、ちゃんとわかってるじゃないか)」
強子を審査していた少年は、密かに感心した。
各々が自分の役割に徹するような状況だと、目の前のやるべきことばかりに目がいき、どうしても、要救助者の心に寄り添うことを忘れがちになる。
しかし、要救助者は・・・怖くて、痛くて、不安でたまらないのだ。彼女は、そのことを理解し、きちんと心に留めている。
「(やっぱりヒーローたるもの、人々の心までケアしてなんぼのもんよ!)」
強子は“死”を感じさせる恐怖をよく知っている。そんな彼女が、要救助者の心に寄り添うのを忘れるわけがない。
そして、彼らの心に 希望の光を与えるのも、忘れない。
顔つきの明るくなった少年が『瞬間移動』で救護所に向かったことを確認すると、再び強子は傷病者の捜索に戻った。
「・・・よし。この辺りには、もう要救助者はいないみたい」
「なら、他の区画へ移動しよう」
「そうだね」
あれから強子たちは、HUCを見つけては 救護所まで移道に運んでもらうという、連携プレーを繰り返し・・・もう何人ものHUCの救助に貢献していた。
要救助者を捜索しつつ他の区画へと移動しながら、強子はその心内で、しめしめと愉悦を覚えていた。
「(これ、もしかして私・・・満点で合格できちゃうんじゃないの!?)」
この試験、HUCが主だって受験者を採点するシステムになっているが、今のところ、強子も轟も 減点される要素はないように思う。
このまま滞りなく進めば、満点合格――つまり、1位合格もあるんじゃないか!?
まあ、轟の方は・・・このあと、夜嵐と喧嘩するという愚行をおかして 不合格になるわけだけど・・・。
「・・・あのさ、轟くん」
「どうした」
強子が声をかければ、当然のように轟は強子に視線をくれる。
大事な試験中だというのに、決して強子のことを軽視することなく、こうして気にかけてくれる・・・友達思いの、良い奴なのだ。
「夜嵐くんってさ・・・」
「・・・誰だ、それ」
「えっ・・・えーと、士傑高校の坊主頭の人、いたでしょ?」
「ああ・・・アイツがどうかしたのか?」
夜嵐を認識していないとは、轟らしいというか何というか・・・とりあえず、彼が夜嵐を認識したところで、強子は口を開く。
正直、これを言っていいものかと、悩ましい。本当は、言うべきじゃないんだろうと思う。
だけど・・・轟が仮免試験で落ちてしまうのを黙って見過ごすなんて、あまりにも薄情に思えたから。
それに、いつも強子を助けてくれる彼に、ちょっとくらい 有益なアドバイスをしても、バチは当たらないだろう。
「もしかしたら あの人、轟くんにイヤな態度をとるかもしれないけど、気にしないほうがいいよ。夜嵐くんって、その・・・いわゆる エンデヴァーの“アンチ”ってやつみたいでっ」
原作と異なる展開になるかもしれない。そんな緊張感からか、強子の口調がいつもより早口になる。
「・・・なるほどな。どうりで、嫌な目で俺を見てくるわけだ」
「と、とにかく・・・!もしエンデヴァー絡みで何か言われても、相手にしたらダメだよ!わかった!?」
強子が語気を強めて言い聞かせる。
これで強子が言うべきことは言った・・・あとは、轟次第。
半ば呆気にとられながらも、轟が強子の言葉に「わかった」と頷いた、そのとき―――フィールドに爆発音が鳴り響いた。
『ヴィランが姿を現し、追撃を開始!現場のヒーロー候補生は、ヴィランを制圧しつつ、救助を続行してください!』
・・・始まった。
ヒーローたるもの、救助活動だけでなく、ヴィランとの戦闘もこなせなくてはならない。
轟と強子は、瞬時に顔を見合わせ、
「轟くんは先に行ってて!私は この区画の捜索を終えてから向かう!」
「・・・一人で平気か?」
「うん、大丈「俺もいるから、大丈夫!」
唐突に、強子と轟の間に 移道が『瞬間移動』して割り込んできたもので、思わず強子はくしゃりと顔をしかめた。
もうちょっと、移動してくる先を選べよ!
せっかく格好よく決めようと思ったのに・・・移道の姿が被って、轟から強子が見えなくなったじゃないか。ついでに、セリフも強子と被ってるし。
「俺たちは救助を続行して、範囲制圧に長けた轟は ヴィラン制圧に向かう、ってのが効率いい筋書きだと思うんだけど」
移道の言う通り、それがもっとも効率的な選択だろう。
時間が惜しいので、すぐさま轟と別れ、強子は移道とともに傷病者の捜索を続行した。
戦闘音の聞こえる中、傷病者の捜索と救助を続けるのは、気が急ってしかたない―――だが、どうにか近辺の傷病者すべてを避難させると、強子もヴィランの制圧に向かう。
続々と戦力が集結しつつある戦いの前線に到着して・・・まず強子の視界に入ったのは、上空まで突きあがった炎の渦だ。
轟の炎と 夜嵐の風、その合わせ技によって作られた、熱風牢獄。改めて近くで見ると、とてつもない規模、もの凄い勢いで炎が渦巻いており、近づくのも憚られる。
こんなものの中に、乾燥にめっぽう弱い“ギャングオルカ”が閉じ込められてるはずだが・・・し、死んでないよね?大丈夫だよね!?
僅かに不安に駆られるが、ふと、熱風牢獄の傍に倒れている二人に気が付く。
「(轟くん、夜嵐くん・・・!)」
二人とも、地面に突っ伏したまま、身動きがとれない様子だ。
やはり二人は、強子がアドバイスした甲斐もなく、原作と同じように喧嘩をしてしまったのだろうか。だとしても・・・
「(さすがに侮れないな、ギャングオルカ・・・)」
喧嘩して互いに邪魔しあってたとしても、轟と夜嵐の二人をダウンさせるなんて、容易なことではない。
ヒーロービルボードチャート10位の実力は伊達じゃないのだ。
それに、今は熱風牢獄に閉じ込めているが・・・彼の個性は『シャチ』だ。超音波を扱える――つまりは、空気を振動させて、炎を打ち消すことも可能だろう。
強子は地面を強く蹴り、ギャングオルカの部下たちの合間をかいくぐって・・・熱風牢獄に向かって突っ込んでいく。
「・・・撃った時には既に、次の手を講じておくべきだ」
炎の中から、ギャングオルカの声が聞こえた。
次の瞬間、キンッと衝撃が走り、あれだけの炎の渦が一瞬のうちに消え去った。
そして姿を現したギャングオルカは、獰猛な 海の王者――その威圧感を漂わせ、問う。
「―――で? 次は?」
“次”をお望みなら、私が相手だ!
強子は高く飛び上がると、腕に“個性”を発動させる―――
「お母さん!お願いがあるの!」
「なによ、急に改まって・・・」
それは、強子たちが寮に入る 少し前のこと。
“強くなりたい”、そう一心に望む強子は、決意を抱いた表情で母に告げた。
「お母さんの“個性”で、私の“個性”を 視てほしいの!」
「・・・はい?」
以前、個性をどう使ってるのかとファットガムに問われたとき、強子は答えられなかった。感覚を強化するという新たな発想も、ファットガムから助言されなければ、気づけなかった。
つまるところ・・・強子自身のことを、強子自身が全然わかっていないのである。いまだに、自分の個性の仕組みをきちんと理解していないのだ。
そんなだからか、自分自身のことをしっかり考えろと、相澤から指摘されたこともある。
自分自身と向き合う―――きっと、そうすることで新しい道が開け、さらに先へと進めるにちがいない。
「個性を使ってるときの私の身体を視て、教えてほしいの!私の個性が、どういう仕組みで筋肉のパワーを強化してるのか・・・まずはそれを知らなくちゃ!」
強子の超パワーは、おそらく、筋肉繊維のパワー出力を強化することで発揮されている。
なら、そのパワーの限界は?筋肉量を増やせば、出せるパワーも増すのか?逆に、パワーを強化できなくなる条件や、弱点はあるのか?
自分の個性のことを、ちゃんと理解したい。そのために―――強子の母親の“身体把握”の個性は、うってつけ。
使えるものは親でも使ってやろうという心持ちで、強子は母の個性に頼ることにしたのだ。
「まあ、それはいいけど・・・私が視たかぎりじゃ、あなた、そもそも筋肉のパワーを強化なんて してないわよ」
「・・・へっ」
母がさらりと告げた内容を理解できず、強子はぽかんと口を開けて、ぱちぱちと瞬きした。
今・・・彼女は、なんと言った?強子が、筋肉を強化していない?
じゃあ、強子がいつもふるっている超パワーは、なんなんだ。
「あなたも聞いたことあるかもしれないけど―――生物は、もともと筋肉の力を 常に100%使ってるわけじゃないの。普段はリミッターで出力を制御されてるけど、危機的な状況下になるとリミッターが外れて、筋力の100%が発揮される・・・よく、“火事場の馬鹿力”とかって言うでしょ?いわゆるソレね」
それなら、聞いたことがある。
筋肉の潜在能力を100%使うと、骨折したり、肉離れを起こしたり・・・身体を痛めてしまうという。だから、普段は100%が出ないよう、脳がリミッターをかけているのだ。ただし、火事や事故などで命が危険に晒されりゃ、それどころじゃないのでリミッターも外れるという。
「私が視たところ―――強子が言ってる“個性を使ってる”状態って、筋力の100%を発揮してる状態なんだと思う」
「え!?でも、そうだとしたら・・・私、身体がボロボロになってるんじゃ・・・?」
「それが、そうならないよう、強子の身体は “耐久力”を強化してるみたいなのよ」
「た、耐久力・・・」
強子は目を点にして、母の語る内容に耳を傾けた。
要するに・・・強子の個性は、身体の耐久力を強化することで、筋力の100%でも壊れないような身体にしている。だから、火事場じゃなくても リミッターは働かず・・・強子の望むままに100%の馬鹿力を発揮できていた、と。
それが、強子が超パワーを発揮するメカニズム。
自分が思っていたのと、ちょっと・・・いや だいぶ違って、唖然として言葉を失った。
けれど、正しく知ったおかげで、新たな可能性が見えてきた。
耐久力を強化した上で―――さらに、強子は・・・筋肉のパワー出力の強化も出来るのではないか、と。
「・・・二人からっ、」
地面から高く飛び上がった強子は、今までと同じく“耐久力強化”と、それに加えて・・・自身の腕に、“筋力強化”の個性を発動させる。
「離れろっ!!」
そして、剽悍なパンチを放つ―――今までの強子を大きく上回るパワーで!!
「(筋肉強化(マッスルビヨンド)――150%!!)」
この必殺技こそ、圧縮訓練の成果の神髄といえる。
これまでの強子の100%(馬鹿力)を50%底上げした、超・馬鹿力!今日という日のため、5割増しまで引き上げてきたのだ!
この強大なパワーでギャングオルカに殴りかかり、彼の拘束プロテクターに ひびの一つでも入れてやるぜ・・・と意気込んでいたのだが、
「!?」
強子の拳は、彼の体に届く前に 彼の掌によって阻まれた。
ギャングオルカのその手で ぐわしっと強子の拳を掴まれ、ヒッと息をのむ。
まずい、このままでは彼の超音波で、強子はダウンさせられ・・・
「身能さんっ!!」
「っ、デクくん!」
ギャングオルカの背後から緑谷が飛びかかり、彼に向けてフルカウルの蹴りを入れる。彼のシュートスタイルも、いつの間にか、随分とサマになっている。
それをギャングオルカが腕で防ぎ、その拍子に、腕のプロテクターにひびが入った。
ああっ・・・それ、強子がやりたかったヤツ・・・!
ビ――――!!
『えー、只今をもちまして、配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。まことに勝手ではございますが・・・これにて、仮免試験全工程、終了となります!!』
テンション高めの目良によるアナウンスが響く。
ギャングオルカは強子を掴んでいた手を緩め、解放した。試験終了と同時、ギャングオルカとの模擬戦闘も終了ということだ。
自由になった手をグーパーと動かしていると、緑谷が強子に駆け寄ってきた。
「身能さん、大丈夫っ!?怪我はない?」
ギャングオルカをちらちらと気にしながらも強子を気遣う緑谷に、強子はむすっと唇を尖らせた。
今なら、爆豪の気持ちがよくわかる。
彼に救けられたことも面白くないし、自分に出来なかったことを出来た緑谷が妬ましい。その上、こちらの怪我まで心配してくるとは 余計に腹立たしい。
「・・・言っとくけど、私、デクくんには負けてないから」
入学時から競いあってきた、パワー増強型の強子と緑谷。だが、ふたを開けてみれば、二人の個性はダダ被りじゃなく・・・本質的に異なるもの。
彼の個性には、上限がある。過去の継承者たちから受け継がれてきたパワーと 緑谷自身のもつパワー、それが100%(上限)だ。
対して、強子の上限は―――未知数。100%(上限)を底上げしていくのが、強子の個性なのだから。
ワン・フォー・オールにはパワーで敵うはずないと思いこんでいたけど、そんなのは誰にもわからないってことだ。
だったら、強子と緑谷のパワー勝負を・・・ここからまた、仕切り直そうじゃないか!
「・・・うん、そうだね。僕も負けないよ!」
そう答えた緑谷は、いつもと変わらず緊張感のないヘラついた笑顔で、それがまた強子の癪に障った。
「それにっ、私・・・デクくんと違って、ギャングオルカに握手までしてもらっちゃったもんねー!」
緑谷を悔しがらせたいあまり、彼女がとっさに口にした言葉はそれだった。
憧れの プロヒーロー、それもトップ10に入る実力者。緑谷がギャングオルカに憧れていないわけがない。きっと、血涙を流す勢いで強子を羨むことだろう。
「握手って・・・さっきの、手を掴まれたときのこと言ってる!?あれは 違うんじゃ・・・」
「ギャングオルカの手、ヒンヤリしっとり、なんとも言えない滑らかな肌触りで 気持ちよかったなぁ・・・」
「!?ぼ、僕も、握手を・・・」
「私、出来れば、一緒に写真を・・・」
物欲しげな顔をした二人が きらきらとした目でギャングオルカを見ると、彼はギロリと視線を鋭くして、ガパッと大口を開けた。
「試験は終わった!貴様らにも指示は聞こえただろう!?下らんことを言ってないで、とっとと帰り支度を済ませるんだな!」
ひっ・・・調子に乗ってごめんなさい!
さすがは“ヴィランっぽい見た目ヒーローランキング”第3位・・・超こわい。
青ざめた顔でそそくさと退散した強子と緑谷は、ギャングオルカのサイドキックたちが「シャチョーのあれは・・・照れ隠しだな」と温かく見守っていたことには気づかなかった。
「身能、身能・・・あった!」
掲示された合格者一覧の中に 自分の名前を見つけて、強子はパッと笑顔をこぼした。
もちろん、自信はあったけど・・・こうして自分の名前を確認すると実感がわくというか、やはり 嬉しいものである。
八百万や耳郎、他のクラスメイトたちが続々と喜びの声をあげていく中で、
「ねえ!!!」
「・・・」
爆豪と轟――A組ツートップの名前は、そこには無かった。
「轟!!ごめん!!あんたが合格逃したのは、俺のせいだ!!」
やはり・・・二人は試験中に喧嘩をして不合格になってしまったようだ。強子がちょこっと助言したくらいじゃ、この展開を変えるなど 無理な話だったのである。
夜嵐が轟に向かって盛大に謝罪しているのを見ながら、強子は深くため息をついた。それは、原作の展開を変えられない 自分の無力さに対する、失望のため息だった。
「―――続きまして、プリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますので、しっかり目を通しておいてください」
この試験は減点方式で採点されており、合格のボーダーラインは50点。
プリントを配布されると、真っ先に自分の点数を確認しては、受験者たちが一喜一憂している。
「61点ギリギリ・・・」
「俺84!見て すごくね!?地味に優秀なのよね俺って!」
瀬呂が自分のプリントを 強子の方に向けて勢いよく突きつけてきた。
84点という優秀な成績を自慢したかったのだろうが、それを見た強子はゆとりのある様子で ふふっと笑んで返した。
「あまいよ瀬呂くん・・・私のほうが、もっと優秀」
そして、瀬呂の眼前にひらりとプリントを持ってくると、
「げっ、92点ってマジかよ!?」
瀬呂が悔しげに顔を歪ませるのとは対照的に、強子の口角はぐんぐん上がっていく。
92点という強子の優秀な成績――この高得点に敵うやつは、いないんじゃないか?
他校生の成績までは把握できないけど、少なくともA組の中では、強子が1位の可能性あるぞ!?A組ツートップは合格圏外(50点未満)なわけだし・・・!
「待って・・・ヤオモモは さらに優秀、94点!」
「くっ・・・!」
強子の淡い夢が、瞬時に砕け散った。
何事においても、“1位”をとるってのは、そう生易しいものではないのである。
「合格した皆さんは、これから緊急時に限り、ヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわち、ヴィランとの戦闘、事件・事故からの救助など・・・ヒーローの指示がなくとも君たちの判断で動けるようになります」
―――そうだ。
とにもかくにも、夢に向かってまた一歩、進んだのだ。
できうる限りの 最速で、持ちうる限りの 全てをこの手に掴んで・・・強子は今日も、夢見るヒーローへと近づいていく。
「そして・・・えー、不合格となってしまった方々、」
浮かばれない顔をした者たちが、目良の言葉に視線をあげた。
「君たちにもまだチャンスは残っています―――三か月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば、君たちにも仮免許を発行するつもりです」
実力がありながら 最終選考で不合格となった者たちへの、救済措置。
目良の話を聞きながら、強子は深くため息をついた。それは、この展開だけは原作と変わらなくて良かった という、安堵のため息だった。
「やったね轟くん!!」
「すぐ・・・追いつく」
良くも悪くも、原作どおりの展開にて―――ヒーロー仮免許取得試験、終了!!
「おーい!!轟!」
試験会場を出て、バス乗り場へ向かう途中、夜嵐が轟に駆け寄ってきた。
「また講習で会うな!けどな!正直 まだ好かん!先に謝っとく!!ごめん!!」
どんな気遣いだよ と突っ込む切島に強子も思わず同意するが、轟は生真面目に「こっちも善処する」と答えていた。
笑顔の夜嵐と、そんな彼に実直に向き合う轟。二人の出会いは、すべてが悪い方に繋がったわけではなくて、少なからず、良い影響もあったのだろう。
「強子、合格おめでとう」
夜嵐がこっちに来た時点で、移道も強子のところに来るんじゃないかと思っていたら・・・やっぱり来たな。
そして、彼の名前が合格者一覧にあったことは確認済みだ。
「瞬も合格おめでとう!採点、何点だった?」
「俺は80点だった」
「・・・ぃよっしゃあ!!!」
「えっ」
移道の成績を聞くなり、力強くガッツポーズをした強子。そのあまりの勢いに、移道は目を丸くした。
「勝った!私 92点!!」
血色のいい顔で満面の笑みを浮かべる強子は、まるで歌うように自分の点数を自慢する。
上機嫌な強子をぽかんと見ていた移道だが、ふと、不思議そうに口を開いた。
「・・・体育祭とか、テレビで見ていて思ったんだけど―――強子は、変わったよね」
唐突な話に、え、と声をもらす。
「中学の頃の強子は、もっと余裕があっただろ。いつも悠然と構えて、そんなふうに感情をむき出しにすることなんて無かった。“負け”を知らない、完璧超人みたいでさ・・・実際、どんな勝負にも負けなかったし」
彼の言葉を聞いて、懐かしく思う。
あの頃は―――雄英に来るまでは、強子は確かに そんな人間だった。
余裕があったし、余裕ぶってるのがカッコイイと思ってた。ヒーローにふさわしい“人格者”を演じているフシもあった。
彼の言う通り・・・今の強子は、以前とは違う。
でもね、
「ひとつ、訂正すると・・・“変わった”んじゃなくて、“変えた”んだよ」
言っとくけど強子は、まわりに流されて変わったのではなく、自分の意思でもって、変えたんだ。受動的ではなく、能動的。
そりゃまあ・・・初めこそ、余裕なんかマジで無くて、感情あらわにしていた強子だったけど―――負けず嫌いな性格を前面に出したからこそ、強子はそこを相澤に認められ、除籍処分を免れた。
感情を表に出すのは、そう悪いことばかりじゃないのである。
それに―――無個性で誰より余裕ないくせに、必死に足掻いて のし上がってきた緑谷を、カッコイイと思うから。同時に、誰よりも能力高いくせに、余裕ぶらず ストイックなまでに勝利を欲しがる爆豪に、憧れたから。
けっして、余裕があることだけがカッコイイのではないと、気づかされたのだ。
「雄英に入って1−Aとして過ごすうちに、私の価値観が変わって・・・私は、自分のあり方を“変えた”んだよ」
以前の強子を知る者にとっては、違和感があるかもしれない。
強子をよく知らない者にとっては・・・感情的で、ヒーローにふさわしくない性格と思われるかもしれない。
それでも強子自身は、今の強子を、けっこう気に入ってたりする。
「・・・うん、いいと思う」
強子の言葉をぽかんと聞いていた移道が、ハハッと楽しげに笑みをこぼした。
「前よりずっと人間らしくて、取っつきやすいし・・・今の強子も、俺は好きだよ」
「そうでしょ?」
当然!とばかりに、ニッと笑顔を見せた強子。
「っていうか、“変わった”のは瞬のほうだよ!一次選考で1位、最終選考でもオイシイ活躍して 高得点とってるし。瞬の『瞬間移動』って、中学のときはもっと、こう、なんていうか・・・」
「しょぼかった?」
強子が慎重に言葉を選んでいると、先に続く言葉を、移道が代わりに口にした。
そう―――希少なテレポーターという存在でありながら・・・彼の個性は、しょぼかったのだ。
移動できる距離はほんの2、3メートル。しかも個性発動までに何秒も要する 愚鈍っぷり。『瞬間移動』するメリットが見出せない、まさしく“没個性”であった。
「だけど、移動距離も、個性発動までのインターバルも・・・今は 全然ちがうだろ?」
うんうん、と大きく頷く。
今は移動距離は何十メートルにも伸びて、インターバルも縮み、1秒程度だろうか・・・。
中学のときとは見違えるようだ。成長の幅が、すごく大きい。
「努力して、“変えた”んだよ・・・あのままじゃ、いつか強子に相手にされなくなるのは、目に見えてたから」
「え、」
「俺はお前に見合う男になりたくて、とにかく必死に個性を磨いて、鍛えてきたんだ・・・まあ、結局はフられたけど。フられてからも、いつか強子を見返してやろうって、努力しつづけてきた」
すっと強子を見据えた移道の目には めらめらと燃える闘志に満ちていて、強子は気まずそうに首をすくめた。
そんな彼女を見て、移道はニッと笑顔を見せた。
「だから、実をいうと・・・一次選考で強子に勝ったときは、スゲェ気分よかったわ!」
「っ!」
その憎たらしい嫌味に、強子の表情がひくりと引きつった。
しかし、なんという皮肉な運命だろうか。
原作連中を出し抜こうと奮闘し、せっかく強子が1位をとれそうだったのに・・・その強子を出し抜こうと研鑽してきた移道――原作には不在の彼が、まんまと強子から1位を掠めとっただなんて。
移道はどこか満足した様子で、強子に背を向けた。
「それじゃ、また会おう」
「・・・次も勝てると思わないでよね」
「そっちもな―――言っておくけど俺、このまま“元カレ”で終わるつもりないよ」
士傑生の集団へと戻っていく移道を見送りながら、強子はやれやれと頭を振った。
向上心が高いというか、負けず嫌いというか、あきらめが悪いというか・・・総じて、面倒くさい性格とでもいおうか。
そのうえ強個性の彼は、敵にまわすと面倒くさいこと この上ない。
「(まったく・・・やっかいなライバルの登場だよ)」
これまで雄英生ばかりをライバル視してきた強子だが・・・他校にも、警戒すべきライバルはいるんだと思い知らされる。
けっして、油断は許されない。
他校生だって、各々の抱える事情で ヒーローを夢見て、雄英生に負けず劣らず 相応の努力を積み重ねてきているんだから。
強子は、新たにできたライバルにも負けてたまるかと、これまで以上に気合いを入れた。
そうして、彼女は また―――望む未来へと向かっていく。
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仮免試験編は、時間の流れにフォーカスしてみました。
過去を積み重ねてきて今があり、今ある自分が未来の自分をつくる。良い意味でも、悪い意味でも。
きっと夢主は、過去を引きずって進むタイプではなくて、過去を踏み台にして登り詰めてくタイプだと思います。
そして、新しい必殺技の筋肉強化(マッスルビヨンド)!
緑谷のOFAと“対”になる技として書いています。
フルカウルで、出力を5%、8%、20%・・・と、100%(上限)に向けてレベルアップしていく緑谷に対して、夢主は100%から始まり、150%、180%、200%・・・といった具合にレベルアップを目指します!
緑谷はゴールが100%、夢主はスタートが100%、みたいな。
これからも夢主は成長し続けますので、のんびり見守ってくださいね。[ 63/100 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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