男のロマン
「やーっと来たにゃん」
「遅かったねぇ」
PM 3:30
満身創痍でぼろぼろのA組生徒、21人がようやく宿泊施設に到着した。
3時間ほどで着くと聞いていたのに・・・実際には その倍の、6時間もかかってしまった。
「でも、正直もっとかかると思ってた」
そう言ったピクシーボブは「ねこねこねこ」と、特徴的な笑い声をあげた。
「私の土魔獣が思ったより簡単に攻略されちゃった。いいよ 君ら・・・特に、そこ5人!躊躇の無さは、“経験値”によるものかしらん?」
彼女が指さしたのは、爆豪、轟、緑谷、飯田、そして強子の5人だった。
「(よっしゃ!)」
ここで強子の名前もあがったことに、内心でガッツポーズを決める。林間合宿―――なかなか幸先のいいスタートじゃないか!
そして、「三年後が楽しみ」だと言って 男子にツバをつけようとするピクシーボブから、そっと強子は距離をとった。
「それにしても・・・土魔獣だけにとどまらず、まさか私にまで反撃してくるとは思わなかったよ!ネズミも追い詰められればネコを噛むってことね」
男子にツバを飛ばして満足したらしいピクシーボブは、また「ねこねこ」と独特な笑い声をあげた後、くるりと強子に振り向いた。
キョトンと見返す強子の顔を、彼女は品定めするようにじっと見つめ、
「優れた洞察力に、柔軟な思考と大胆な発想、そして それを実行する度胸・・・極めつけに、この 整った顔だち!」
「・・・はい?」
「あぁーもうっ、残っ念!!これで男なら めちゃくちゃ有望株なのにィ!君が男だったら 私、本気で落としにかかってたよ・・・!」
頭を抱えて、悔しげに天をあおいでいるピクシーボブ。
これは・・・褒められてるんだよね?そうだよね!?
強子は複雑な気持ちになりながら、「それはドウモ」と固い表情で礼を告げたのだった。
その後、マンダレイのいとこの子供――洸汰に 緑谷が話しかけると、緑谷の陰嚢を殴られるというイベントをこなして・・・ようやく我々は、待ちに待った夕食にありついた。
「肉も魚も野菜も・・・!」
「贅沢だぜぇ!!」
「美味しい!米 美味しい!!」
空腹は最高のスパイスだという言葉を、今ほど自覚したことはない。
土鍋で炊いたホカホカご飯に、旬の とれたて食材たち・・・ランチラッシュに負けずとも劣らない、素晴らしいご馳走であった。
強子は飲み込むように食事をかきこんでいたが、ふと目線をあげると、緑谷の手が止まっていることに気づく。
「(ああ・・・洸汰くんか)」
緑谷の視線の先には、マンダレイの手伝いで野菜を運んでいる 洸汰がいた。
「ヒーローになりたいなんて連中と つるむ気はねぇよ」と言っていた彼を、気にしてるんだろうな。男の急所を殴られたというのに・・・。
「(お人好しめ・・・)」
普通の人間は、あんな生意気なガキと 必要以上に関わろうなんて思わない。
ヒーロー科である自分たちを拒絶する彼と わざわざ親しくするメリットがあるか?いや、無いだろう。それも、一週間後にはお別れするような 行きずりの間柄。相手に深入りしないのが、お互いのためだ。
それでも―――洸汰のことを放っておけず、つい気にかけてしまうのが、緑谷という男であった。
ズケズケと他人のデリケートな話に首をつっこむのはどうかと思うが・・・でも、だからこそ緑谷は、洸汰にとってのヒーローとなり得るに違いない。
洸汰のことは、緑谷に任せておけば万事問題ないだろう。
自分の出る幕ではないと判断すると、再び強子は飲み込むように食事をかきこみ始めた。
「むっ?身能くん!食事は飲み込まずに きちんと咀嚼したまえ!消化に良くないぞ!!」
美味しいご飯をたらふく食べた後は、温泉でリフレッシュだ!体の汚れを落とし 体の疲れもとって、心身ともに癒されようじゃないか。
「ふぁー・・・極楽、極楽・・・」
「だねー・・・気持ちいいねぇ・・・」
「温泉あるなんてサイコーだわ」
露天風呂に浸かり、朗らかな笑みを浮かべた強子がまったりと呟けば、ノリの良い芦戸も同じようにまったりと頷き、耳郎もうっとりと声をもらした。
「お腹もいっぱいだし、あとは寝るだけ・・・文句なしだね」
膨れたお腹をさする強子は満足気だ。
そんな彼女に、すすすと葉隠が近づいていく。
「ねえねえ、前から思ってたんだけど・・・強子ちゃん、結構たくさん食べるのに、全然太らないよね!」
「あっ!それ私も思った!いいよねー」
「羨ましぃーっ!」
葉隠に続き、芦戸も便乗すると、二人して強子に羨望の眼差しを向けてきた。
確かに、強子の体は 食べても食べても太りにくい体質のような気はするが・・・
「うーん、基礎代謝が高いのかな・・・?まあ、高校生なんて育ち盛りだし いくら食べても太らないでしょ?」
それに我々ヒーロー科は、普段から運動量がえげつなく多いから、大丈夫。
彼女らはまだ知らないだろうけど、本当に恐ろしいのは 年をとってからだ。太りやすいし、一度太ると痩せにくい・・・年齢とともにそんな体になっていくのだが、それは 大人になればわかるだろう。
「それにしては・・・ねえ?」
「うんうん・・・あるよねぇ」
「?」
顔をつき合わせてコソコソと話している葉隠と芦戸に、首を傾げていると・・・
「ていっ」
「んゃっ・・・!?」
突如、乳房をつかまれる感覚に、身をすくめる。
うっかり変な声が出たことに恥ずかしさを覚え、顔を赤らめた強子は手の甲で口元をおさえた。
同時に 自分の胸元に視線を落とすが・・・しかし、そこにあるはずの 強子の胸をもみほぐす犯人の手は、見当たらない。
「うひゃー!強子ちゃん、おっぱい おっきーい!」
「ちょ、コラ!そこの透明人間!やめなさいっ・・・!」
姿の見えない人間を相手に、抵抗する強子。けれど、葉隠の魔の手を思うように回避できず、羞恥心と焦りから、彼女はさらに顔を赤くしていく。
そんな強子は―――浴場の淵に立ちそびえる 高い壁をちらりと見た。
あの壁を越えた向こう側には、男湯がある。
A組の男女とも入浴時間は重なっているので、今、あの壁の向こうには うちのクラスの男子たちがいるはず。
つまり・・・強子たちのこのやり取りは、全部、男子に筒抜けというわけだ。
「わっ本当だ!やわらかくてマシュマロみたーい!」
「ん、ぁっ・・・ッちょっとォ!!」
今度は芦戸がツンツンと指でつついてきた。
思わず漏れ出た くぐもった声――それを誤魔化すよう、強子は慌てて抗議の声をあげた。
「(なんで男湯は、こんな時にかぎって静かなんだよ・・・!)」
先ほどまでは、談笑する声や、バシャバシャと水をかけあうような音なんかも聞こえていたのに・・・今となっては、無人なのではないかと思うほどに静かであった。
念のため、聴覚を強化して男湯の様子をうかがうと・・・やはり、男たちの気配はそこにある。そこにいるのに、まるで息を殺すかのようにじっとしているのだ。
こっちの恥ずかしいやり取りが聞こえるのは嫌なので、何か喋っていてほしいところだが―――
「・・・確かに、身能の身体、やわらかかったな・・・」
男湯の方でぽつりと呟いたのは、轟だった。
「(お前は 余計なこと言ってんじゃねぇよ・・・!)」
羞恥なのか怒りなのか、温泉のせいか、あるいは、恥辱とかいうヴィランに襲われたときのことを思い出してか―――強子の頭には血がのぼって、もう のぼせそうだ。
そして、誤解を招くような轟の発言に、当然、A組男子たちには動揺が走っている。
「え、轟と身能ってやっぱりそうなの!?」とか言われてるけど、そういう時に彼は その天然っぷりを発揮して「何がだ?」とかトボけるので、まじで手に負えない。
「もうっ、やめてよ!!」
男湯も、女湯も。
我慢ならず強子が声を荒げれば、どちらもしんと静まり返った。
「だいたい 私よりも百ちゃんの方が巨乳なんだし、そっちを揉めばいいじゃないっ」
「えっ?私ですの!?」
急に巻き添えをくらった八百万が、怯えるような表情で固まった。そんな八百万を見て、芦戸は逡巡すると・・・左右に首を振りながら苦笑をもらした。
「いやぁ・・・強子だったら別に平気だけど、ヤオモモにいたずらするのは なんか気が引けるー」
「あと、強子ちゃんの反応がいちいち面白いっていうのもあるね!」
「なんじゃ そりゃ・・・!?」
憮然とした態度で、肩を落とした。
そんなとき、男湯の方の話し声が強子の耳に届く。
「お前ら、女子風呂から聞こえる音を聞き漏らすなよ?身能が体を張って紡ぎだす、この官能的な音色を・・・。そう、あいつはね、わかってるんスよ・・・世の男たちが求めるもの――そう、我々の本懐を」
悟りを開いたような口調で、峰田が語る。
どうやら、男湯側にいる彼は、壁に張り付くようにして こちら(女湯)側に聞き耳を立てているみたいだ。
「壁が邪魔して、頼れるのは聴覚のみ。だからこそ、より想像力をかき立てられ、よりエロスを感じるんス・・・身能はそれをわかってて、オイラたちに“音”を通して“夢”を与えてるんだ・・・とんだエンターテイナーだぜ」
そんなつもり 毛頭ないのだが。
はた迷惑な過大評価を受けて、強子の眉間にしわが寄った。
「ホラ、目をとじれば、見えてくるんスよ。壁の向こうの 人跡未踏の理想郷が・・・湯けむりの先、戯れる女子たちの 上気して赤らんだ顔、濡れそぼった髪、そこから滴るしずくが 瑞々しい肌をつたって―――」
あ、今 誰かがごくりと生唾をのんだ。
やっぱり、男ってもんは バカな生き物だな。峰田を筆頭に 妄想にいそしんでいる男子どもに呆れていると、
「ケロケロ・・・私も前から、強子ちゃんはスタイルがいいと思っていたわ」
「うんっ・・・!足も長くて美脚で、羨ましいなぁ・・・」
蛙吹や麗日まで加わり、強子を囲んで褒めそやすので、強子は気恥ずかしそうに縮こまった。
ちなみに耳郎は、そんな強子の胸元をちらりと見て、ケッと腹立たしそうに視線を逸らした。彼女は胸囲の格差社会に腹を立てているんだろう・・・。
なんて考えていた彼女の頭からは、透明な姿のいたずらっ子の存在が抜け落ちていた。
「ひゃあっ!?」
ふいに 背中をつうっと指でなぞられて、強子の身体が跳ねる。
「強子ちゃん、お肌スベスベー!」
キャッキャッとはしゃぐ葉隠に、再び顔を赤くしてプルプルと震える強子。もう絶対に声を出すもんかと口をへの字に曲げていると、なんだか男湯の方が騒がしいことに気づく。
「おい峰田、まさか・・・!?」
「峰田くん やめたまえ!」
強子以外の女子たちも、男湯のざわつきに気がついて、何事だろうかと壁の方を見やった。
「君のしている事は 己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」
「うるせぇ!身能のあんなエロい声 聞かされて、想像だけで満足できるわきゃねーだろ!裸体みせろォ!!」
なんか とんでもない事を言い出した峰田に、ぎょっと目を剥く。
そして、もとより女子風呂を覗く気満々だったくせに、覗きの動機を強子のせいみたくしているのが 地味にムカつくな。
「壁とは超える為にある!プルス・ウルトラ!!」
うちの校訓を穢すんじゃないよ!!
もぎもぎを使って壁を乗り越えようとしてくる峰田に、ちょっとした恐怖を覚える。
とっさに近くにあった桶を手に取り、投げられる体勢を整えた強子だったが・・・桶は、必要なかったようだ。
「ヒーロー以前に ヒトのあれこれから学び直せ」
男湯と女湯の境界――二重になっている壁の間で、見張りをしてくれていた洸汰の活躍により、峰田の野望を阻止することが出来た。
女子風呂にいた一同は、ほっと安堵の表情を浮かべる。しかし、直後―――洸汰が見張り台から うっかり落ちてしまったため、彼の身を案じた女子たちは長風呂を切り上げることにした。
お風呂から上がると・・・強子を視界に入れた男どもが、顔を赤らめ そそくさと逃げていくのを見て、やはり男ってもんはしょうもない生き物だと、ため息をこぼした。
A組の入浴時間が終わると、続いてB組の入浴時間となる。
A組に対して、並々ならぬ対抗心を燃やす男――物間寧人は、A組の残り湯を使わされるなんてと不平不満をもらしていたが、いざ温泉に浸かってしまえば、そんなつまらない恨事も洗い流されていった。
心身ともにさっぱりした物間は、明日に備えて早めに休むべく、クラスメイトともども部屋に戻ろうと風呂場を後にしたのだが―――
「!?」
突然、何者かに腕を引かれ、物陰へと引きずり込まれた。
驚いて咄嗟に声を出そうとした瞬間、口を手で押さえられてしまい、声を発することができない。
一緒にいたクラスメイトたちは、わずかな一瞬で姿を消した物間のことには気づかず、そのまま部屋へと帰っていく。
物間はパニックになりかけながら、自分を物陰に引き込んだ“そいつ”を視界に捉えると・・・
「しーっ」
人差し指を口もとに添え、いたずらが成功したような笑顔を見せた彼女に・・・物間は脱力した。
物間の口を押さえていた手が離されると、
「何やってるの、身能さん・・・」
ため息まじりの呆れ声で、物間は強子を嗜めた。けれど強子は悪びれる様子もなく、したり顔で口を開く。
「何 って・・・二人でこっそり抜け出して、満天の星のもとで語り合おうと思ってさ」
それは 今朝、バスに乗る前にしていた会話の中で、物間が強子に提案したものだが・・・
「君、今朝は僕の誘いを断っただろう?」
そう、強子は彼の誘いを一度断っている。B組のみんなの前で即決で断られ、繊細な物間の心は傷ついたのだ。今になって、誘いに乗るようなことを言われても・・・それなりの理由がなけりゃ、納得いかないってものだ。
「ごめんごめん・・・そう拗ねないでよ」
物間はむくれた様子でそっぽを向いている。
強子は困ったように眉を下げると、謝罪の意をこめて 胸元で手を合わせた。
「あんなに大勢の前でデートのお誘いをされても、恥ずかしくて素直に頷けないっていう女心なの!本当は、嬉しかったんだよ?」
「・・・まあ、そういうことなら」
仕方ないな、そう言って物間はいつもの気取った笑みに戻った。
この物間という男―――耳ざわりの良いことを言っていれば扱いやすい・・・存外、ちょろい男であった。
「それじゃあ・・・物間くんのために、特別に 時間を割いてあげましょう!」
ニンマリと笑みを深めた強子は、満更でもなさそうな物間の腕を再び引く。この宿舎にいる他の誰にも気づかれぬよう、こっそりと、二人は星空を求めて歩み始めた。
そうしてたどり着いた先は、宿舎の屋上であった。夜空の星を見るには、視界を遮るものがないそこが 最も適した場所である。
二人は屋上の柵に背を預けるように座り込んで、頭上に広がる夜空を見上げる。
都会とは違い、そこには濃度の高い闇が広がっていて、その分、星がより輝いて見えた。
「きれいだなぁ・・・」
ほう、と息をつき、うっとりと呟いた。
強子としては、当初、物間と星空デートなどするつもりは無かった。そんな余裕はないと思っていたことが大きい。
けれど、合宿初日・・・施設に到着するのはもっと遅くなると考えていたが、思いのほか到着時間が早く、A組は休憩時間を多くとれた。さらに食事と入浴をしたことで強子はすっかり復活しており、なんなら 体力もヒマも持て余していたのである。
そうとくれば、物間の誘いを断る理由はない。
それに明日からは本格的に合宿がはじまるので、こんな余裕はもうないはず。物間だって、明日からは補習授業もはじまるため、夜は自由に動けなくなるだろう。
チャンスは今日だけだと思い至り、強子は行動に移したのである。
「(拳藤さんには 悪いことしちゃったかな・・・)」
今この場にいたかったであろう彼女に、申し訳なく思っていると、
―――パチンッ!!
急に大きな音が響いて、びくりとする。驚いた強子が目を見開いて音の方を見ると、物間が腕を押さえている。
「・・・蚊がいた」
腕にとまっていた蚊をつぶしたらしい。
「まったく、蚊の分際で、僕の貴重な血を奪おうなんて身の程知らずもいいところだよ!」
「・・・蚊ごときを相手に、何言ってんの?」
忌々しげに呟く物間に、強子は呆れて肩の力をぬいた。
「ハァア!?蚊ごとき?君こそ何言ってるんだ!僕に歯向かうからには、相手がどれだけ小さくて弱い生き物だろうと、本気で叩きつぶすさ!獅子は兎を狩るにも全力を尽くすんだ・・・それとも何?天下のA組は、小物なんか相手にしないって!?そうやって調子に乗ってると、コツコツと真面目に努力してる 僕らB組の前に屈することに・・・」
「わかった、わかったよ・・・」
本当によく口が回るやつだ。
元々 物間は、ああ言えばこう言う面倒な性格であったが、A組に対する嫉妬心が積み重なってか・・・知り合った当初より さらに面倒くさい性格になっている気がする。
「(前までは もっとクールぶってたくせに・・・)」
体育祭の頃までの彼は、上から目線で高を括って、ずる賢く勝利をかすめ取ろうというスタンスだった。それが今となっては、勝利に執着するあまり、常に乱心している。それくらいの変わり様。
思わず、ふふっと笑みをこぼした強子。
くだらない事にも必死な 今の物間は、以前よりずっと好感を持てる。そして何より、
「・・・楽しいなあ」
物間といると、ぶっ飛んでいる彼の言動に振り回されるわけだけど・・・それが 思いがけず、楽しいのだ。
彼と強子は、互いに似通った部分もあり、とにかく波長が合う。一緒にいて楽な、気の置けない相手であった。
彼のおかげで気を紛らわせているが―――きっと、こうして物間を連れ出さずに 女子部屋でヒマを持て余していたなら、強子は考えていただろう。
もう すぐそこまで迫ってきている、恐ろしい“受難”のことを・・・
―――パチンッ!!
また蚊をたたく音が響き、ハッとして我に返ると 強子は意識を物間に向けた。
「・・・君さあ、」
彼は、どこかアンニュイに見えるタレ気味な碧眼を、強子に向けた。
中身は残念な奴だが、見た目だけは良いせいか、その視線に圧倒されそうになる。
「何かイヤな事でもあった?」
その問いかけに、強子はきょとんとして物間を見つめ返す。
「え・・・なんで?」
「今朝から 身能さんがいつも以上に変だったから。合宿だから浮かれてるだけかとも思ったけど・・・それにしては空元気っぽいかなって」
強子としては、いつも通りに振舞っているつもりだった。おかしな素振りなんてしていないはずだった。物間に指摘されるまで、自分が空元気に見えていたなんて、思いもよらなかった。
・・・爆豪に指摘されてから、これでも強子は、気をつけていたのに。
「ま、見てる奴は見てるってことさ」
虚を突かれたようにぱちぱちと瞬きをしている強子に、物間はやれやれと肩をすくめた。
「どうせ僕を連れ出したのだって、君の気を紛らわせるためだろ?ヒマつぶしにこの僕を利用するなんて、ほんと 身能さんくらいなものだよ・・・」
たらたらと文句を言われる。
けれど、強子に口を割るつもりはないと察しているらしく、“イヤな事”については追及されないのが、ありがたい。
まったく―――物間も、それから爆豪も・・・観察眼のするどい奴らは、侮れないな。
「それから、君さぁ」
まだ文句があるのかと物間を見ると、
「・・・こういう事は、僕以外の男にはするなよ」
彼はきゅっと眉根を寄せて、低く声を絞り出した。
「男を誘い出して、二人きりで星空をみるなんて・・・僕じゃなきゃ絶対に勘違いするからね!まあ 僕ほど女慣れしてれば、身能さんにその気がないことくらい 初めからお見通しなんだけど!?君って 外づらだけはいいからさァ、女心のわからないA組のお子ちゃま達なんかは・・・」
「あーうん、わかった わかった・・・」
またもや面倒くさいモードに入った物間に、強子が適当に相槌を返すことにした。
―――パチンッ!!
そして再度、蚊をたたく音が響く。
「・・・あのさぁ、さっきから思ってたんだけど・・・僕の方ばっかり 蚊が寄ってきてない?」
物間が怪訝な様子で疑問を口にした。
「そりゃ そうでしょ」
彼の問いに、ケロリと答える強子。
B組より先に入浴を済ませている強子は、すでに Tシャツに短パンというラフな部屋着を着ているが、Tシャツの上には長袖のパーカーを羽織っている。蚊に刺されるような隙はない。
しかし、この格好では素足をさらすため、彼女の足にも蚊が寄ってきそうなものだが・・・
「私、肌が露出してる部分には虫よけスプレー使ってるから」
「は?」
強子はニタリと口角を持ち上げた。
「“蚊ごとき”が相手とはいえ、抜かるわけないでしょ?腕は長袖でカバー、足は虫よけスプレーでカバーして、対策ばっちり!当然だよ」
物間はヒクリと口角を引きつらせた。
彼は風呂あがりの 何の準備もしてない状況で連れ出されたが、対する彼女は、ちゃっかり準備していたらしい。
「あ、蚊だ」
―――ペチンッ!!
強子が物間の頬に、平手打ちを食らわせた。
「・・・身能、さん・・・っ」
怒りを滾らせていた物間は・・・ついに爆発した。
「っ君ねえ!なんだよソレ!?自分だけ準備して ズルいじゃないか!!せめて僕にも虫よけを貸すとか、なんかあるだろ!?こっちは湯上りに直行してるんだっ!準備する間もなく、君に連れ出されてるんだよっ!!」
「はははっ」
物間の頬に紅葉が咲いてるのを見て、強子が可笑しそうに肩を揺らして笑う。
その笑顔は、もう空元気では無くなっていたのだが―――彼女に対する怒りを爆発させている物間は、そのことに気づかなかった。
「―――・・・脱げ」
「っへ?」
「僕だって肌を出してるんだから、君も肌を出すべきだ。でないと不公平だろ!?そのパーカー、脱がしてやるッ!君も蚊の脅威に晒されるといい!!」
目が据わっている物間は、強子のパーカーの襟へと手をかけた。ヒッと息をのみ、反射的に強子もパーカーの襟を押さえて抵抗する。
「ちょっ物間くんん!?」
思った以上に、脱がそうとする物間の力が強い・・・こいつ、強子の個性をコピーしやがったな!?
そうなると、強子も個性を使ったところで、男女の力の差が浮き彫りになり、力負けしてしまう。だんだんとパーカーがずり下ろされ、強子の二の腕が晒されていく。
「わーっ!待って待って!パーカーのファスナーが壊れるっ」
「ならっ、脱ぎなよ!」
「やだよ!」
こんな下らないことに真剣になって、お互いもう引っ込みがつかないまま、パーカーを掴む手にギリギリと力を込めていると―――
「オイそこ、何やってる!?」
「「!?」」
強子たちの騒ぐ声を聞きつけたのだろう、相澤が駆けつけた。
そのままの体勢で固まる強子たちの姿をとらえ、相澤の目がすっと細められた。
ひと気のない場所に、男女二人―――頬に赤い手形をつけた男が、女に覆いかぶさるよう、女の服を脱がしかけている。
わかりやすい状況証拠に、相澤は瞬時に捕縛布を放つと、物間をすまきにした。
「待っ、これには事情が・・・っ」
「それだけ元気があり余ってんなら、明日からの訓練も問題ないな。補習授業・・・お前だけ課題の量、倍だ」
「そんなっ!」
ショックを受けたような表情で引きずられていく物間を合掌しながら見送っていると、相澤にギロリと睨まれ、顔を青くする。
「お前もさっさと寝ろ。お前は訓練メニューが他の奴らよりキツいからな・・・覚悟しとけよ」
「・・・マジすか」
青い顔を引きつらせた。
・・・もう、寝よう。どっと疲れが押し寄せて、柵に掴まりながら よろよろと立ち上がる。
すると、屋上から見下ろす景色の中に、とある人物が入り込んだ。
強子は顎に手をあて、しばらく悩んだ後・・・その人物のもとへ向かうことにした。
宿を出てすぐ目の前の開けたスペースに、大人数が座れるような木製のテーブルと椅子が設置されている。おそらく、明日の夕食のカレーは、このテーブルで皆でいただくのだろう。
強子はテーブルの方へテクテクと歩きながら、うるさくなり過ぎない程度に声を張った。
「おーい!こんなとこで何やってんの?」
「!」
端っこの椅子に こぢんまり座っていた洸汰に声をかければ、彼は驚いたようにぱっと振り返った。
風呂場の見張り台から落ちた時に落下の恐怖で気を失っていたそうだが、無事に目が覚めて何よりである。
「さっきは ありがとう!洸汰くんのおかげで、峰田のアホに裸を見られずにすんだよ」
「・・・・・・別に、俺はただ 頼まれたことをしただけだ」
無愛想にそう返すと、洸汰は強子からふいっと顔を反らした。
きっと、ヒーロー科に属する人間とは、会話をするのも嫌なのだろう。
相手の嫌がることを無理強いするのは良くないし、強子とて、自分を嫌っている相手と必要以上におしゃべりをして楽しむような趣味はない。
・・・さっさと用件を済ませてしまおう。
「もう夜も遅いし、部屋に戻った方がいいよ?マンダレイが心配するんじゃないかな」
夜も更けて、辺りは真っ暗だ。
施設周辺が山々に囲まれているので、人工の光は一切ない。施設から漏れる灯りが かろうじて洸汰のいる場所まで届いているが、ほんの数歩でも歩けば、深い闇に飲み込まれてしまう。
こんなところに まだ幼い子供――洸汰を一人にさせておくなんて・・・何かあったらと思うと 気が気じゃない。
―――もし、この暗闇の中に、ヴィランが潜んでいたとしたら・・・?
そんな恐ろしい可能性も頭をよぎり、洸汰を施設内に連れ戻そうと思い至ったのだ。
まあ こんな尚早に、プロヒーローがいる施設の前でヴィランが動きを見せるはずないだろうけど。
「さっきまで気を失ってたんだし、身体をまだ休めておかないと。あ、それとも、何か用事でもあった?」
「うるせぇな。お前には関係ねーだろ、ほっとけよッ」
不愉快そうに顔を歪めた彼は、強子を突き放すように言う。
強子に対してこの態度・・・実に生意気なガキであるが、ここは大人な対応を見せなくては。
強子はにこやかに笑むと、洸汰に向けて優しく言い聞かせる。
「君に何かあったら大変だから、放っておけないよ・・・ほら、一緒に戻ろう?」
言いながら強子は、自分の腰あたりの高さにある彼の頭に そっと自分の手を添えたのだが、
「ッさわんな!!」
バッと勢いよく 手を振り払われてしまった。
「・・・偉そうにヒーローづらして、余計な口出ししやがって!俺は お前らみたいな奴らが、大っ嫌いだ!早くどっか行けよ、お節介ババアッ!」
「(こんの ガキゃ・・・!)」
この身能強子をババア扱いした人間は、こいつが初めてだ。
華の女子高生といえど、洸汰からしてみれば、すんごい年上に見えるだろうけど・・・彼の身を案じた強子に対し、あまりにも無礼。
ヒクリと笑顔を引きつらせた強子は、大人しく引き下がる―――わけもなく、
「洸汰くんにイイコトを教えてあげよう」
「・・・は?」
すっと洸汰の視界から姿を消した強子に、彼は怪訝そうに首を傾げた。
「嫌いな人にはね、こうするといいんだよ」
その言葉とともに、洸汰は自分の背中に重みを感じて、座ったまま前屈みの体勢になる。
慌てて後ろを見やれば、強子が自身の背中を洸汰の背中に押しあて、ずんと体重を乗せてきているではないか。
「っ・・・てめえ!何してやがる!」
「こうやって背中合わせになると・・・地球で最も遠く離れられるの」
「ハア!?」
「つまり、地球の円周――約4万kmも離れた所から向かい合ってるんだよ、私たち。嫌いな相手とは遠くに離れていたいもんねぇ」
「意味わかんねェよ!離れてねえだろ!!つーか背中くっついてんだろ!?」
「ははっ、いいツッコミだ」
嫌いな相手にからかわれていると気付いた洸汰は、顔を赤くして怒りに震える。
「ふ、っざけんなっ!」
目をつり上げ、ぐわッと勢いつけて立ち上がると、背中にのしかかる強子をはね除けた。
「ふんっ!」
苛立たしげに鼻を鳴らした洸汰は、こんな奴とこれ以上一緒にいられるかと言わんばかりに強子を睨んでから、ずんずんと施設に向かっていった。
彼が施設の中に入ったのを見届けてから、強子は一つ頷く。
「よし、ミッションコンプリート!」
洸汰を施設内に連れ戻すという使命を果たした。
若干、彼からヘイトを稼いでしまった気もするが、彼の身の安全を確保できたのだから問題ない。
満足した様子で施設へと戻る強子の背後には、何が潜んでいるかわからないような 深い暗闇が広がっている。
ふと寒気を感じ、ぶるりと身を震わせた。
きたるべき受難が襲いくるとき―――強子は、どうなるのだろう。強子には、いったい何ができるのだろう。
「(・・・いや、今は考えるのをよそう)」
ふるふると頭を振り、気持ちを切り替える。今、不安になってたってしょうがない。
どんな事態になろうとも、強子はこれまでと同じように、乗り越えていくだけだ。
しかし―――きたるべき過酷な訓練には、耐えきれるだろうか・・・?
地獄絵図になるだろう、明日のトレーニングを想像し、強子は再びぶるりと身を震わせた。
==========
生意気な態度をとられると、ついイジりたくなっちゃう夢主。そして、やられたらやり返すタイプです。
ただ、その本人が誰よりもイジられ体質というか、イジりがい一級品の逸材です。
タイトルどおり、私が考える男のロマンってやつを詰め込んでます。こんな感じ。
@チラリズム(聴覚情報だけで見えない状況も含む)
A二人でこっそり抜け出す(こっそり、ってのが重要)
B年上のお姉さん(おねショタは俄然あり)
・・・合宿とは、ロマンがつまっているものなのです。
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