フェアにプレー!

『ヘイガイズ、アァユゥレディ!?』


プレゼント・マイクの声がスタジアムに響き渡ると同時に、観客たちはこれから始まることへの期待からざわめき出す。
スタジアムのフィールドには、セメントスによって特設ステージが設けられていた。


『色々やってきましたが!!結局これだぜ、ガチンコ勝負!!』


いよいよ、トーナメント戦が始まるのだ。


『頼れるのは己のみ!ヒーローでなくともそんな場面ばっかりだ!わかるよな!心・技・体に知恵知識!総動員して駆け上がれ!!』


高まっていくプレゼント・マイクのテンションに合わせるように、観客がわき立っている。そんな中で、強子は1−Aの観戦席から静かにステージを見下ろしていた。
強子の出番は後半、第5試合だ。まだ出番まで時間があくが、それでもやはり緊張を覚える。
まあ、緑谷ほどじゃないけれど。ステージに現れた彼のガチガチな表情を見て思った。


「身能さん、心操のことよく知ってるなら、緑谷に何かアドバイスでもしてあげたら良かったのに」


そう声をかけてきたのは、尾白だ。
緑谷と心操がステージ上で相対するのを見ながら、強子は彼に聞き返す。


「でも、もう尾白くんがアドバイスしてあげたんでしょ?彼からの問いかけに答えちゃいけないってことと、あの操る個性は、衝撃を受けると解けるっぽいってこと」

「そうだけど・・・あいつの個性だけじゃなくて性格とか、俺よりも身能さんの方が詳しいなら・・・」

「無駄だよ」


きっぱりと、冷たく言い切った強子に、尾白をはじめ、話が聞こえていた周りの数名が目を開いて彼女を見た。


「む、無駄って・・・そんな言い方しなくても・・・」

「・・・無駄だよ」


そう、もう一度繰り返すと強子はため息をこぼして、目蓋をそっと閉じた。


「・・・私が彼に何を言っても言わなくても―――勝つのは緑谷くんだから」


自信をもって宣言する。緑谷が勝つ、と。
彼は、心操の『洗脳』にも屈しない。それすらも打ち破って、勝つのだ。
悔しいことに、強子には彼の『洗脳』を打ち破ることなんて出来なかったけど、彼にはそれが出来る。


「緑谷くん、二回戦進出!!」


そう告げるミッドナイトの声を聞き、強子は目を開いてステージを見やる。
試合を見ていなくても、この試合で何があったのか強子は知っている。
心操の個性にかかった緑谷は、自身の指を暴発させて彼の『洗脳』を打ち破り、背負い投げで心操を場外へと追いやり、進出を決めたのだ。
勝利をおさめた緑谷といえば、暴発させた指先は痛々しく、心操に殴られた顔面も腫れて、鼻血を垂らしている。とても、スマートな勝利とはいえない。
けれど、精一杯にぶつかって戦うその姿を見て、強子は眉を下げて困ったように笑みをこぼした。


「(悔しいけど・・・カッコイイんだよなぁ)」


とりあえず、第一試合は思った通りの展開だった。
続く第二試合、轟と瀬呂の戦い。開始早々、やけに苛立った轟により、スタジアムを飛び出すほどの大規模な攻撃を放ち、瀬呂を氷漬けにして勝負がついた。
自然とわき起こったどんまいコールの中、左手で氷を溶かしていく轟を見て、強子の胸が締め付けられる。
早く、彼の心が晴れるといいのに。少しでも早く、彼の憂いを取っ払えればいいのに。そして彼と、くだらないことで談笑するような日々がくるといい。
でも、そのきっかけになる人物も、強子ではないことに悔しさを覚える。

第三試合、B組の塩崎と上鳴の勝負は塩崎が勝利し(瞬殺であった)、第四試合の飯田と発目の勝負は――勝負というか自作アイテムのデモンストレーションは、10分ほど繰り広げられた後、発目が場外に出て、飯田の勝利で終わった。

そして、第五試合。
ついに強子と芦戸の勝負の時がきた。
ひとつ深呼吸をしてからステージに足を踏み入れると、腕のストレッチをしながら笑顔で強子を待っていた芦戸と、視線がぶつかる。


「いよいよだね」

「にっひっひ・・・悪いけど、身能には一回戦で敗けてもらうよ!」


強気な芦戸の言葉に、強子はにやりと口元を歪める。
彼女は、決して油断できる相手じゃない。
いつも陽気で、1−Aのおバカキャラ担当のような節はあるが、その分、野性的なカンが非常に鋭くて察しがいい。なにより驚くべきは、彼女の身体能力。個性把握テストの時だって、男子に交じって10位に入っていたくらいだ。
もちろん身体能力だけでいえば“強化”できる強子のほうが上だけれど、彼女の誇る本当の強さは、個性『酸』である。その『酸』をいかにして防御し、彼女に攻撃できるかがポイントになる。


「芦戸ぉおおー!やっちまえー!!」

「「ん?」」


観客席から聞こえてきた迫真の声援に、強子と芦戸は同時にそちらを見た。


「お前の個性で身能の服を溶かしていく感じで倒せぇー!!!」


血走った目で叫んでいる峰田を見つけ、強子は半目になる。クソかよ、あいつ。
芦戸も、こんな不本意な応援はされたくないのだろう。げんなりと表情を崩している。


「まあ、その、気を取り直して・・・」


今、自分が向き合うのは、目の前にいる彼女のみである。
改めて芦戸と向きなおると、ちょうどいいタイミングでプレゼント・マイクの実況が聞こえた。


『あのツノからなんか出んの?ねぇ出んの!?ヒーロー科、芦戸三奈ぁ!・・・バーサス!!』


スタジアムにいるすべての者の意識が、強子に集中するのを感じ取る。四方八方からの視線を一身に受けながら、気圧されないように、足が震えないように、仁王立ちでステージに佇んだ。


『補欠のくせにトーナメントまで勝ち上がってきた下克上ムスメ!身能強子!!』


プレゼント・マイクの紹介は、結構辛辣なことも多い。実際、ここでも補欠であることを掘り返されたのにはイラッときた。
・・・でも、“下克上”というワードは嫌いじゃない。
やってやろうじゃないか、下克上。補欠という立場を今こそひっくり返してやる!


『スタート!!』


合図と同時に、まず芦戸が動いた。
足先から薄い溶解液を出しつつ、スピードスケートのような動きでステージ上を滑り、強子へと一直線に向かってくる。
いっきに距離をつめて、接近戦に持ち込むつもりだろうか。
強子はその場から動かず、じっと彼女を見据えた。ここは下手に慌てず、まずは彼女の動きを見極めてから、行動にうつすべきだ。


「とうりゃぁああ!」


強子までほんの数歩の距離まで詰めると、芦戸は手から酸を出し、強子に向けて放ってきた。
こんな攻撃、脳無の攻撃に比べれば、スピードも威力もなんてことはない。自分に向かって飛んできた酸を一滴も浴びることなく、強子は冷静に、するりと避ける。
トーナメント用の特設ステージ、その地面に落ちた芦戸の酸をちらりと見てみると、ステージが溶けるほどの濃度ではないようだった。
おそらく強子の皮膚や衣服が溶けるほどの酸濃度ではない。ある程度、濃度を下げた溶解液を出しているらしい。


「まだまだァ!」


立て続けに溶解液をぶちまけてきた芦戸。先ほどと同じように、強子は俊敏な動きでそれを避ける。
どうやら、彼女の溶解液は、強子の顔をめがけて放ってきているようだ。この程度の溶解液でも目潰しにはなるだろうから、強子の目を使えなくしてから接近戦に持ち込もうと、そういう作戦に違いない。
試しに地面に広がっている溶解液を靴底で触れてみると、ぬるりと滑る感触が伝わるのみで、思ったとおり、靴が溶けるようなことはなかった。


「へぇ・・・そういうことならッ」


強子は小さく口元に笑みを浮かべると、芦戸から距離をあけるように数歩動いた。
そんな強子の動きにあわせるように、彼女も数歩動いて強子への距離をつめると、また一辺倒に強子に向かって溶解液を出してくる。が、当然、強子はそれを避ける。
もう一度、芦戸から離れるように数歩動くと、彼女が溶解液を放つと同時にすばやくそれを避ける。
・・・そんな攻防を、幾度と繰り返していく。


「もう!いいかげん、しつこいよ身能!」


何度も攻撃を仕掛けては避けられ、を繰り返すうち・・・芦戸の集中力が落ちてきたようだ。
嘆きながら放った攻撃は大ぶりで、もはや『酸』は的から外れているし、彼女の体勢も隙だらけ。


「(よし、頃合いだ・・・!)」


唐突に、今まで逃げの一手だった強子が、芦戸に向けて距離をつめた。


「!?」


俊敏な動きで、芦戸が気付いた時には、強子は彼女の目の前にいた。互いの腕が届く近距離―――つまり、強子の攻撃の届く間合いだ。
やばい、と焦る芦戸を見て、強子はにんまりと笑みを浮かべて口を開いた。


「くらえっ殺人パーンチ!」

「殺人!?」


物騒な技名に、ひっと息をのむ芦戸。
彼女はこれまでの授業で、強子の個性の威力をさんざん見せつけられてきた。
個性把握テストで見せた怪力を、あるいは、戦闘訓練で見せたえげつない攻撃を・・・こんな近距離でもろに受けたとなれば、無事で済むはずがない―――そんな考えが頭に刷り込まれていた芦戸は無意識のうちに、体を硬直させて身構えた。


「・・・と見せかけて、」

「!?」


強子は身構えている芦戸の顔に向けて右腕を伸ばすと、彼女のおでこを、中指で弾いた。いわゆる、デコピンである。
だが、強子の個性を発動させた状態でのデコピンであったため、


「〜っい゛!!!」


彼女のおでこに、かつて経験したことのないほどの激痛が走る。同時に、デコピンの威力で、彼女の身体は宙に浮かび上がり、後方へ2、3メートルほど吹き飛ばされた。


「(ヤバッ、場外!?)」


芦戸は宙を舞いながら、まず場外まで飛ばされることを想定し、焦りを覚えた。だが、芦戸の背後、場外と判定されるラインまでは、まだ5メートルほどの距離がある。おそらく、この一撃で場外となることはない。
となれば、飛ばされている身体が地面につき次第、すぐに体勢を立て直して次の攻撃に備えなくては―――そう考えていた芦戸だが、彼女が地面に尻餅をついて倒れたとき、予想外の出来事が起きた。


「え、わっ…ええっ!?」


立とうとした足が、地面につこうとした手が・・・滑る。まるでスケートリンクの上のようにツルツルと滑って、うまく立ち上がることができない。
それだけでなく、地面についたお尻も、強子のデコピンの勢いをそのままに滑っていく。芦戸の身体が、場外のラインに向かって、ツルツルと滑ってしまう・・・!
いや、ツルツルというより、ぬるぬると滑っている感触。これは・・・


「(私の、酸!?)」


それを理解した瞬間には―――


「芦戸さん、場外!身能さん、二回戦進出!!」


ミッドナイトの判決が言い渡され、強子の勝利が確定した。
わっと観客席が湧きあがる。試合開始からそれなりに時間がかかったが、決着がつくのは一瞬だった。


『身能強子、芦戸の酸を利用して場外アウトをねらい、スマートに勝利!!トーナメント初戦、見事に下剋上を果たしたぜぇ!』

「っへへ」


報道陣から凄まじいシャッター音が聞こえ、強子は照れくさそうにしながらも、歯を見せてにっかりと笑う。自分の勝利を誇り、ピースサインを観客席に向けた。


「っあーもう!悔しいぃぃぃ!!」


地面に座り込んだまま、両腕を上下にぶんぶんと振り回して芦戸が嘆いた。


「身能ってば、まだ全然余裕そうじゃん!デコピンしかしてこなかったし!手抜きだ、手抜きィ!!むぅ〜、熱血バカに手を抜かれて、しかも負けちゃうなんて・・・悔しいよぉ〜!」

「熱血バカ!?」


悔しまぎれに叫んだ芦戸の言葉の中に、聞き捨てならない単語があったが・・・それ、まさか強子のことじゃないだろうな。


「騎馬戦のときは“全力でやれ”だとかなんとか、仲間に説教してたくせにぃ!」


不満そうに唇を尖らせて強子を見上げてくる芦戸に、強子は一瞬ポカンと呆けたが、小さく笑みを浮かべると彼女を宥めるように彼女に言葉をかける。


「いやいや、手は抜いてないって」

「ウソだぁ!だって・・・殺人パンチは?必殺技、しかけてこなかったじゃん!」

「いや、さすがに“殺人”パンチはやらないけど!やったら死人が出る!」


プレゼント・マイクは、ルール説明の際に言っていた。
リカバリーガールが待機しているのでケガ上等!だけど、命にかかわるようなのは“アウト”だ、と。
もし強子が力を加減せず、本気でパンチを繰り出していたら、芦戸の頭部はねじ切れていただろう・・・間違いなく“アウト”だし、そんな衝撃映像は誰も見たくないはずだ。


「それに・・・フェアじゃないでしょう?」

「?」

「忘れてるみたいだけど、この勝負、先に力を加減したのは芦戸さんだよ」

「え!?」

「芦戸さんの『酸』の強度・・・私の皮膚も、服も、溶かさなかったじゃない」


彼女が本気で強い酸を出していれば、強子の身体ををどろどろに溶かすこともできたかもしれない。峰田の期待どおり強子の体操服を溶かすことで、強子に隙をつくれたかもしれない。
でも、彼女はそうしなかった。
それはなぜか―――なんとなく、察しがつく。


「ヒーローが戦う目的は、ヴィランを捕まえるためであって、ヴィランを殺したり、痛めつけるためじゃないもんね。勝負相手に負わせるケガが少なく済むのなら、それに越したことはない・・・だから、個性を加減して戦ってたんだよね?」


強子の言葉に、芦戸はバツが悪そうに表情を歪めると、強子からフイと顔をそらした。


「そんな芦戸さんに対して、こっちは加減なしで個性を発動するなんてフェアじゃない。ヒーローらしくない。そう感じたから、私も・・・芦戸さんに負わせるケガを最小限におさえて勝ちたいと思った。そのために、策を必死に考えて、それを実行するために全力を注いだ。手抜きなんかしてないよ」


芦戸の動きを読み、彼女が酸を放つ方向を予測し、それを回避して、酸の拡がるエリアをコントロールしていき、彼女を場外に押し出すタイミングを狙う・・・頭はフル回転。全身に個性を発動しっぱなし。

芦戸には「全然余裕そう」だと言われたが、一切の余裕なんてなかった。一瞬たりとも気が抜けなかった。
一瞬でも警戒を怠れば、彼女に負ける可能性があったのだ。
少しでも加減を間違えれば、彼女に大ケガを負わせていたかもしれない。
相手にケガを負わせずに勝とうとするのは、普通に勝つより、もっとずっと難しいのである。

手抜きだなんて、とんでもない!むしろ、自らハードルをあげてしまったせいで、アクセル全開で臨むしかなかった。


「体育祭の最終種目っていう大事な場面で、お互いに加減しあうなんて馬鹿げてるかもしれないけどさ・・・フェアプレーってことで、これはこれで間違ってないと思うの。後悔はしてない」


強子は芦戸に優しい声色で語りかけながら、足元を滑らせないよう慎重に、座り込む彼女へと歩み寄っていく。
芦戸の目の前まで来ると、彼女に手を差し伸べ、強子は笑顔をこぼした。


「だって・・・大切なクラスメイト(仲間)だもん!!必要以上に傷つけあうなんてイヤだよね」


満面の笑みの強子に対し、芦戸は気恥ずかしそうに頬を染めたが、すぐにいつもの快活な笑顔を見せると、強子の手をとって立ち上がった。


『見たかお前らぁ!これがっ!雄英女子のっ!友情パゥワーだあぁぁ!!』


マイクによる実況が響き渡り、強子と芦戸は互いに視線を合わせたまま、目を見開いて固まった。


『女同士の戦いなんてのは、陰湿で無慈悲でねちっこいと昔から相場が決まってるが、我が校のヒーロー科女子は次元が違うぜ!仲間を傷つけまいとする慈愛の精神!どんな状況でもフェアであろうとするスポーツマンシップ!最後まで自分をつらぬくネバギバ魂ィ!それらがミックスされ生み出された、まさに聖戦だァ!!くぅ〜っ・・・尊い!!』


正直、なにを言っているのかよくわからない。
だが、実況しているマイクは、どうやら強子たちの友情に感動しているようだ。
そして、会場を見渡すと、観戦席にいるヒーローたちの中には、力強く頷いている人や、スタンディングオベーションしている人、強子たちに激励をとばす人など・・・マイクに同調しているらしい者たちがちらほら見えた。


「(あれ・・・?もしかして好感触!?)」


予想していなかった反応に、強子は呆けたように観客席を見回した。しかし、


『オイ・・・こいつらを褒めるな』


実況席から聞こえてきた声に、強子と芦戸が同時に肩を震わせた。
さっと青ざめた顔で二人は目線を合わせた後、恐るおそるというふうに、実況席へと顔を向けた。


『お前ら、二人してなめた試合しやがって・・・フェアプレーだ?相手をケガさせないよう手加減した?なにを甘っちょろいこと言ってんだ』

「「あ、相澤先生・・・」」


実況席には、プレゼント・マイクを押しのけて話す、相澤の姿があった。
先ほどまでのプレゼント・マイクのうるさい声とは打って変わって、相澤の低く静かな――それでいて怒気を含んだ声がスタジオに響く。


『プロヒーローは、どんな状況だろうと必ず勝たなきゃならない。フェアだのなんだのと、ヴィラン(相手)に合わせてやる必要はない。状況にかかわらず、容赦なく、徹底的に勝ち続けられなきゃ、プロヒーローとは呼べねえよ』

「「・・・はい」」

『対等に戦うためにハンデをつけるのが格好いいとでも思ってんのか?お前らの勝手な安いヒーロー観は捨てろ』

「「・・・はい」」

『とくに身能、努力する姿勢はいいが・・・努力する方向を間違えるなよ』

「・・・・・・はい」


全国放送で、担任からダメだしをくらう醜態をさらすことになるとは。
強子も芦戸も、相澤の説教を聞きながら、その場で小さく縮こまった。


『雄英生なら、相手のケガも自分のケガもいとわずに、全力でぶつかれ!度が過ぎたときには教師(プロヒーロー)が止めるから、お前らは本気を出していいんだ。つーか、本気で勝つつもりがないなら、その舞台に立つべきじゃない。今後もそんな甘い考えで戦うつもりなら・・・』


ギロリと視線を強めた相澤に、強子は慌てたように言葉をかぶせた。


「つ、次はっ!次からは、手加減なんてしません!誰が相手だろうと!絶対!!」

「私もっ!苦手な対人戦闘、克服しますから!!」


強子に続いて芦戸も、はじかれたように口を開いた。


『・・・・・・当然だ』


なおもどこか不服そうな声音であったが、とりあえずは納得してくれたらしい。それ以上のお小言がなかったことに、ほっと胸をなでおろす。
あのまま相澤がしゃべり続けていたら、きっと「今後も甘い考えで戦うつもりなら、ヒーローとしての見込みはない!除籍だ!」という展開になっていたに違いない。
芦戸はともかく、強子は元より除籍候補者であった。強子が負けず嫌いだからという理由で除籍を免れていたが・・・今回の件で、やはり除籍にしようと再考されても不思議じゃない。
全国放送されてる体育祭の真っ最中に除籍をくらうとか、前代未聞だろう。また新たな伝説を作ってしまうところだった。


「あ、危なかった・・・」

「だね・・・」


芦戸と顔を合わせると、互いに堪えきれず控えめに笑いあう。
1対1のガチンコ勝負とやらでぶつかり、さらにその後、相澤からの説教をくらうという経験を共に味わった二人。
今までは“クラスメイトの一人”という認識であったが、今はそれよりもっと彼女が身近な存在に感じる。昨日の敵は今日の友というか、同族意識のようなものが芽生えたというか。
二人はくすくすと笑いながら、相澤の気分が変わって“除籍”というワードが降りかかってくる前にと、そそくさとフィールドを後にした。







「あっ!ふたりとも、お疲れー!」


A組の観戦スペースへと戻ってくると、クラスメイト達から温かく迎えられた。


「一回戦突破おめでとう、強子!」

「強子ちゃん、かっこよかったよー!」

「三奈ちゃん、残念だったわね」

「やっぱ、何だかんだ言っても身能って戦闘能力が高いよなぁ」

「芦戸も身体能力すげーけど、身能の『身体強化』には敵わないか・・・」


耳郎をはじめとするクラスメイト達から、祝いと労いの言葉をかけられて破顔する。


「しっかし、災難だったよなお前ら!せっかくの晴れ舞台でセンセーから注意くらってよ。お前らが“甘っちょろい”ことが全国に知れわたっちまったな!」


上鳴がケタケタと笑いながら言った言葉に、強子と芦戸は再びズーンと表情を暗くした。


「身能はトーナメント勝ち進んだとしても、こんだけ悪目立ちしてたら、スカウトとか無理くね?」

「!?そんな馬鹿な・・・!」

「いや、わかるよ?俺もかわいい女子が相手だと、攻撃すんのも気が引けるっつーか、つい加減しちまうっつーか・・・」


へらへらと語る上鳴に苛立ち、強子はケッと吐き出すように呟いた。


「・・・あんたは瞬殺されてたでしょうが」

「・・・」







強子達の試合の直後、第六試合もA組どうしの対決だ。
八百万と常闇の戦い―――結果は、常闇の圧勝だった。八百万が行動を起こす前に、常闇のダークシャドウが彼女を場外へと放り出したのだ。先手必勝である。
そして、強子の次の対戦相手が、常闇で確定した。

どうやって常闇に勝利するか、頭の中で作戦を練っていると、第七試合が始まった。
A組の切島と、B組の鉄哲・・・個性ダダかぶり対決だ。
強子と芦戸――女同士の戦いが、ちょこまかと避けたり、小細工したりであったのとは対照的。この二人の戦いは、正面から思いっきりぶつかり合う、まさに漢同士の戦いだ。
その暑苦しい勝負から目が離せず、強子は最前列の椅子に座ったまま、前のめりになって観戦する。
どうにも“個性ダダかぶり”の対決という点が、強子の心をざわつかせてならなかった。
強子なら、個性がかぶっている相手に、どうやって挑む?パワーの劣る自分がとれる選択肢はなんだ?

ふと、強子と個性ダダかぶりの彼の様子が気になり、同じく最前列の――少し離れた席に座っている彼のほうへと視線を向けた。


「「!」」


ちょうど同じタイミングで、緑谷も強子を見た。互いに驚いたような表情のまま、一瞬だけ視線が合わさる。
しかし、すぐに緑谷のほうから視線をそらすと、立ち上がり、観客席を後にしてどこかへ行ってしまった。
まだ彼の出番までは時間があるのに、どこへ?と首を傾げたところで、思い出した。
次の試合は、爆豪と麗日の対戦だ。強子の記憶が正しければ、緑谷は麗日に激励を送るため、試合前に彼女の控室に行ったはずだ。


「・・・ふーん」


緑谷の去っていった方を見ながら、強子はスッと目を細める。
彼と目があった時、緑谷も強子を意識しているんじゃないかと、そう思ってしまった。
個性がダダかぶっている者として、強子をライバル視しているんじゃないか、と。強子のように、切島と鉄哲の試合を見て、心がざわついたのでは、と・・・。
でも、それは強子の勘違いだったらしい。
緑谷の頭の中にあったのは、麗日のことだ。席を立つ際にたまたま目が合っただけで、強子のことを考えてなどいなかったわけだ。


「(なんだよ・・・)」


なんだか面白くなくて、前のめりになって座っていた強子は、椅子に深く座りなおすと、背もたれにどっしりと体重を預けた。腕を組み、足も組んでふんぞり返ったように座る。
そんなふてぶてしい態度でステージを見下ろしていると、第七試合は二人同時にダウンして引き分けとなり、二人が回復するのを待たずして、第八試合が開始されることになった。

どうにかして爆豪に触れて浮かそうとする麗日に、それを容赦なく爆破で迎撃する爆豪。
幾度と繰り返す麗日の突撃と、爆破。思わず目を覆いたくなるような惨状に、会場の一部からブーイングがあがるほどだ。


「おい!!それでもヒーロー志望かよ!」

「女の子いたぶって遊んでんじゃねーよ!これなら、さっきの子達みたく相手にケガさせまいと手加減する方が、よっぽどヒーローらしいぞ!!」


強子達のことを引き合いに出され、思わず強子の口元がひきつった。黒歴史とすべき失態を、あまり掘り起こさないでほしい。


『今遊んでるっつったのプロか?何年目だ?シラフで言ってんなら、もう見る意味ねぇから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』


相澤の言葉がスタジアムに響く。普段から生徒に厳しい彼だが、プロヒーローに対しても、言うことが容赦ない。


『ここまで上がってきた相手の力を認めてるから、警戒してんだろう。本気で勝とうとしてるからこそ、手加減も油断も出来ねえんだろが』

「(そう、だよなぁ・・・)」


圧倒的な力を持っていながら、一切の隙を見せない爆豪。そして、圧倒的な力の差を目の当たりにしても、勝つために突進しつづける麗日。
彼らの戦いぶりを見て、自分の戦い方が恥ずべきものだったと、改めて反省する。
強子が手加減したことは、芦戸に対しても、他の参加者みんなに対しても失礼だったかもしれない。
強子が“全力でやれ”と喝をいれた相手――心操なんかは、強子の戦いをどんな気持ちで見ていただろうか。


「勝あアアァつ!!」

『流星群ー!!!』


強子が物思いにふけっている間に、第八試合は佳境をむかえていた。
麗日が空中に蓄えていた武器が、流星群となってステージに降り注いでいく。そんな、麗日の捨て身の策であったが・・・

BOOOM!!

特大級の爆破が頭上に放たれて、降り注いでいた数々の瓦礫は、木端微塵に散っていった。


『会心の爆撃!!麗日の秘策を堂々――正面突破!!』


会場全体が沸き立つ中でも、ステージに立つ二人は変わらない。警戒を怠らない爆豪と、勝利をあきらめないボロボロの麗日。


「いいぜ、こっから本番だ、麗日!」


爆豪が目をぎらつかせたのと同時、対峙する二人が動きを見せた―――が、前触れなく、麗日の身体がカクリと崩れた。
許容重量(キャパ)オーバーである。


「麗日さん・・・行動不能!二回戦進出、爆豪くん!」


担架に乗せられて、リカバリーガールのもとへ運ばれていく麗日を、爆豪は突っ立ったまましばらく見送っていた。


「ふーん・・・」


つまらなそうにつぶやくと強子は、組んでいた足の上に片方の肘をついて、その手のひらに顎を乗せる体勢になり爆豪を見下ろした。

秘策を破られボロボロでも、まだ立ち上がり戦おうとする麗日に・・・爆豪は、とても楽しそうだった。わくわくと、高揚する気持ちを隠しもせず、笑みを浮かべていた。
そんな彼の口から出た言葉を、強子は頭の中で反芻する。


――いいぜ、こっから本番だ、麗日!


「(・・・なんだよ)」


ふいと爆豪から視線をはずすと、フンッと荒々しく鼻息を吐きだした。
強子の両隣に座っていた八百万と芦戸が、その剣幕に驚いて彼女から身を引くほどだったが、強子はそのことにも気づかなかった。


「(私のことは、一度も名前で呼んだことないくせに・・・)」


麗日のことは名前で呼ぶのか。
強子のことは、補欠女だとか、ゲロ女だとか・・・結構ひどいあだ名でしか呼んだことないのに。
というか、爆豪は・・・強子の本名をわかっているのだろうか?それすら怪しい。

むしゃくしゃする感情を抑えるよう、唐突に強子が頭を掻きむしったので、両隣の二人はぎょっとして強子からさらに身を離すことになった。










==========

一回戦、当初はもっとあっさり勝利させるつもりだったんですが・・・気が付いたら、夢主の気まぐれで、自らハードモードを選択して面倒が増えた上、相澤先生に叱られる始末。なんてこったい。
でも、当初思い描いていたより、芦戸さんとの絡みが増えてよかった!

ちなみに、夢主と麗日は特段仲が良いわけではないけど、管理人はお茶子ちゃん大好きです!どれくらい好きかっていうと、お茶子ちゃんの髪型をマネし・・・あ、いや、あんまり言うと気持ちわるいから止めておきます。


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