めだて体育祭!

『雄英体育祭!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る、年に一度の大バトル!!』


巨大なスタジアムに、プレゼント・マイクの軽快な実況が響きわたる。


『どうせてめーらアレだろ、こいつらだろ!?ヴィランの襲撃を受けたにも拘らず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!」


実況を聞き流しながら、強子はひとつ深呼吸をする。
一年に一度の、この大舞台。
かつて、“物語”として客観的に見ていた時とは違う。今は、その舞台に上がる側の人間なのだ。


『ヒーロー科!!1年!!A組だろぉぉ!!?』


スタジアムを埋め尽くすほどの観客が、一斉にわっと盛り上がる。
割れんばかりの歓声の中、強子はスタジアムのフィールドへと足を踏み入れた。


「うわあ・・・わかってはいたけど、すごい観客・・・」


顔を引きつらせてげんなりと呟く耳郎に、強子の耳がピクリと反応する。


「ちょっと耳郎ちゃん!!そんな辛気臭い顔してネガティブ発言しないの!!」

「でもさ・・・」

「でももヘチマもないっ!今日の私たちは、いつ何時カメラに撮られ全国放送されるかわかんないんだから・・・常に被写体であることを意識して、終始キメ顔でいこう!!」


そう言う強子は、キラキラと眩しい笑顔を、これでもかと惜しみなく振りまいている。心なしか、いつもより姿勢もシャキッとしているようだ。


「終始キメ顔って・・・ブレないね、あんた」


いつもより高揚している感情を自覚しながらも、A組が整列する場所まで歩く間、互いにいつものように軽口を叩きあう。
いつも通り呆れまじりのツッコミを返すクールな耳郎を見て、強子の緊張の糸がほぐれていく。
そしていつも通り・・・いや、いつも以上に奔放な強子の言動に、耳郎の肩の力も自然とぬけていった。
ほどよい緊張感を保ちつつ、落ち着いた気持ちを取り戻してきた二人は、A組の定位置につくころには自然と笑顔になって、前方を見据えた。


「選手宣誓!!」


選手代表として呼ばれたのは、爆豪勝己だった。彼の人柄を知っている人間にとっては疑問や不満が残るような人選であるが、爆豪が入試一位通過だったことを考えると・・・悔しいが、妥当な人選である。


「せんせー」


やる気の感じられない爆豪の第一声に、1−Aの者たちはイヤな予感がして息をひそめた。


「俺が一位になる」

「「「絶対やると思った!!」」」


A組が嘆くと同時、他クラスから一斉にブーイングが巻き起こる。


「調子のんなよA組オラァ」

「ヘドロヤロー!」

「ふざけんなァ!!」

「何故品位を貶めるようなことをするんだ!!」

「せめて跳ねの良い踏み台になってくれ」


壇上で、上から目線にのたまう爆豪を見ながら、強子はふとあることを考える。


「爆豪くん、まさか・・・あの生意気な態度、メディアを喜ばすためにあえて敵役をかって・・・!?」

「絶対違う」


耳郎にばっさりと切り捨てられた。
確かに爆豪はメディア受けとか考えないだろうが・・・いやしかし、選手宣誓なんて体育祭開始早々に一番目立つシーンじゃないか。視聴者の注目度でいったら、最終トーナメントと同じくらいなんじゃないか?
くそ!もし自分が選手宣誓できたなら、自分アピールの手段がいろいろあったろうに・・・!


「やあ、身能さん。A組連中は相変わらず調子に乗ってるみたいだね」

「あ、物間くん」


A組の列の隣には、B組が列をつくっている。その列から強子に声をかけてきたのは、物間であった。
強子の周りにいたA組の何人かがぎょっと目を見開く。
おそらく、強子が物間に喧嘩を売られてるように見えたのだろう。そして強子なら喧嘩を買ってしまうんじゃないだろうかと、ヒヤヒヤしている様子だ。まったく失礼な話だ・・・強子はそんなに血の気の多い人間じゃない。
A組の視線を浴びる中、強子は穏やかな笑顔で物間に返した。


「物間くんは相変わらず爽やかイケメンだね。だけど、言うことはネチネチと厭らしくて男らしくないと思うよ」

「そう?それじゃ、身能さんの前では言葉に気を付けようかな」


初めて物間と会話を交わした時から、何度か顔を合わせて会話を重ねていくうち、強子は気づいたのだ。
物間にとって煽りや嫌味なんてものは、コミュニケーションの一つに過ぎない。挨拶みたいな感覚なのだ。悪意だとか、本気で喧嘩を売っているわけでもない。子犬がじゃれついて噛んでくるのと同じだと思い、笑って軽く受け流すのが吉である。
そして物間は、褒めさえすれば、割と素直に人の言うことを聞くのだ。
この二点さえ気づいてしまえば、物間との会話にストレスで胃腸を痛めることもない。


「いよいよ体育祭が始まる。訓練してきた成果を見せるときだよ。お互い頑張ろう」

「うん、そうだね!」


B組の列へと戻っていく物間をにこやかに見送っている強子だが、唐突に彼女の肩にドンと何かがぶつかった。


「アイタッ!?」


衝撃によろつきながら、何とぶつかったのかと見ると、険しい顔でこちらを睨む爆豪だった。選手宣誓で登壇していた爆豪が、列に戻る途中でわざと強子に肩をぶつけてきたらしい。なんともガラの悪い当たり屋である。


「チッ・・・邪魔だ」


イライラしながら強子の横を通りすぎていく爆豪をじっと見やる。
そして、真剣な表情で、彼にまで聞こえる声量で呟いた。


「・・・一位を目指してるのは、爆豪くんだけじゃない」


強子の周りにいたA組の何人かがぎょっと目を見開く。
また強子と爆豪が揉めるのではないかと、ヒヤヒヤしている様子だ。まったく心配性な人たちだ。強子が爆豪と争う場は“ここ”ではない。
争う場は・・・第一種目の障害物競走、第二種目の騎馬戦、そして最終トーナメントと用意されているのだ。こんなところで無駄な争いはしないさ。

強子の覚えている通りの結果なら、この体育祭で優勝するのは爆豪だ。
でも、その結果は、強子が参加していない体育祭の結果。
では、強子が参加したのなら・・・その結果が覆る可能性だって十分にあるはずだろう。

爆豪に「邪魔だ」とぶつかられた肩をさすりながら・・・嘲るような、それでいて憐れむような笑みを爆豪に向けた強子。


「爆豪くんの優勝も邪魔しちゃったら、ごめんね?」


物間に負けず劣らず、強子も相手を煽らずにはいられない性分だったようだ。










「さあさあ位置につきまくりなさい」


主審のミッドナイトの声で、スタートゲートの前に11クラスの生徒たちが集まり、スタートの合図を待つ。
強子はなるべく前の方を陣取りながら、いつでも駆け出せるよう、片足を引いて身構えた。


「スターーート!!」


俊敏な動きで駆け出し、集団から一歩前へと抜き出た。
人数のわりに狭すぎるスタジアムゲートを真っ先に通り抜けると、同じく集団より抜け出て先頭を走っていた轟と目が合う。
彼がキッと強く強子を睨みつけたかと思うと、走る彼の足元から、氷の幕が地面を覆うように張られていく。
当然、強子は予測していたことなので、ジャンプして難なくかわした。ちらりと後ろを振り向くと、スタートゲート付近にいる者は身動きすることもままならず、足を氷で地面に縫い付けられていた。だが、


「甘いわ轟さん!」

「そう上手くいかせねえよ半分野郎!!」


当然、我がクラスの面々も轟の攻撃を読み、それぞれかわしてきた。
トップは轟と強子が並走し、その後ろに続くのは爆豪や八百万、切島と・・・手ごわい顔ぶれが揃っている。
強子は、今自分が立っている場所がどこなのか、自分の置かれた状況がどうなのか・・・それを改めて認識すると、自然と口角が上がった。
強子は今、クラス最強と称される轟といい勝負をしている・・・せっかくなら、このまま轟も出し抜いてやろうじゃないか。
そして爆豪や、他の優秀な者たちを振りきっている状況・・・このまま、絶対に抜かせてなんかやらない。むしろ引き離してやるさ。


「・・・う〜、楽しくなってきたァ!ねっ轟くん!」

「だからッ、楽しくねえっつってんだろ!」


氷上でうまく全速力を出せない中、かろうじて轟と並走してトップを保っていると、最初の障害物が現れた。


『さぁ、いきなり障害物だ!まずは手始め・・・』


プレゼント・マイクの実況が響く。
それを聞くまでもなく、強子の目の前には行く手を阻むように“障害物”が壁をつくっていた。


『第一関門・・・ロボ・インフェルノ!!』

「入試ん時の0ポイントヴィランじゃねえか!」

「多すぎて通れねえ!!」


後ろから追ってきた者たちが喚き、戸惑っている間にも、轟は迷いなく右手をふるって氷の攻撃を仮想ヴィランに放った。氷像と化したロボの足元を通り抜けると、直後、バランスを崩してロボが倒れこむ。


「1−A轟!攻略と妨害を一度に!こいつぁシヴィー!!」


強子も遅れを取るわけにはいかない。
しかし、どうしたものか。0ポイントヴィランを倒して目立つか?本気で攻撃すれば巨体の0ポイントも倒せるだろうが、強子が倒すことで後続にも道をつくってしまう。であれば、


「(多少地味だけど・・・堅実に回避して通過するか!)」


強子はタタッと勢いをつけ、ロボの群れに突っ込んでいく。
何体かの小型ロボが強子を追尾して妨害してきたが、そいつらは即座に攻撃して壊し、0ポイントの群れに接近する。
一番距離の近いところにいた0ポイントが強子に狙いを定める。
ギギギと腕を振り上げ、勢いつけて振り下ろされる――が、強子にとって、その動きはノロすぎた。右脚を強く踏み込むと、振り下ろされた鉄拳をヒョイと左側に跳んでかわす。
すると立て続けに、今度は左側にいた別の0ポイントが強子を踏みつぶそうとしてきたので、左脚で踏み込み、身体をしならせて回避する。
二体の0ポイントを越えると、さらにその先に待ち構えていた0ポイントが、強子を薙ぎ払うように腕をスイングさせる。地面にあるもの全てを吹き飛ばすような動き・・・けれど、当たらなきゃいいのだ。ロボの剛腕がぶつかる直前、強子はその腕に自身の両手をつき、跳び箱を跳ぶように足をひろげて跳び越えた。
そして、ロボの群れに背を向け、タタッと駆け出していく。


「1−A身能!なんだなんだ今の動き!?ロボの猛攻を平然と回避!その身のこなし、忍者・・・いや、くノ一かよ!!スタイリッシュぅ!!」


地味な動きかと思ったが、意外と高評価だったみたいだ。
普通の動きしかしていないが、まあ、俊敏さは目を引くものがあったのかもしれない。あの一連の動きは、ほんの一瞬のことだったので、目で追えなかった人たちには、ロボの壁をすり抜けたかのように見えたかもしれない。


「・・・さて、第二関門、」


第二関門の『ザ・フォール』、落ちればアウトな綱渡りだ。
前方を見ると轟はすでに結構進んでいる。彼は綱を凍らせながら、氷の上を滑ることで素早く移動している。
迷っている時間など、ない。
強子は眉を寄せると、視線鋭く、第二関門のフィールド全体をぐるりと見まわした。


「よしっ、このルートだ!!」


二ッと笑みを浮かべると、グッと両足に力を入れ、高く跳びあがった。着地地点は、一番手前にあった足場。無事に着地すると間髪入れず、また次の足場に向け助走をつけてジャンプした。
このフィールドで、いちいち律儀に綱渡りなんかしてられない。強子がジャンプして跳べる距離なら、できる限りジャンプ移動してしまう方がタイムロスは少ないだろう。
だからこそ、強子はフィールドを見て判断した。どのルートが、もっとも綱渡りをする回数を減らせるか。
しかし、一番ベストなルートを通るとしても、やはり足場の距離が長い場所は、綱を渡っていくしかない。よじよじとぶら下がるように綱を渡っていると、強子の近くで爆風が巻き起こった。


「ハッ!んなとこでナマケモノみてぇにぶら下がって、ノンキに休憩中かよっ!?」

「!」


強子の上空を通過する爆豪に、上から見下ろされる。
彼は爆破で滞空移動できるので、綱渡りなんかしないで済むのだ。地を這う強子を見下ろす彼は、なんとも嬉しそうに口元を歪めて、そのまま強子の上を通り過ぎていった。


「・・・ナマケモノ」


ひくりと強子の頬が引き攣った。
自分の格好を見ると、彼の言う通りナマケモノのようなポーズをしていて、途端に恥ずかしい気持ちに陥る。
強子は歯を食いしばると、綱渡りのスピードを先ほどよりもずっと速めた。


『早くも最終関門!かくしてその実態は・・・一面地雷原!!怒りのアフガンだ!!!』


強子が最終関門に到達した時には、先頭とそれなりに距離があいてしまっていたが、戦意がそがれることはない。むしろ、これ以上は差をつけられるものかと、燃えてきた。

強子はまた眉を寄せると、視線を鋭くして前方を見据えた。
地雷の位置はよく見ればわかる仕様だ。なら、目を酷使しろ!
地雷の埋まってない位置のみ足をおかなくてはいけない。なら、足も酷使しろ!

優良個性とはいえ、強子の個性は宙を飛べない。氷で道をつくることもできない。
結局のところ強子がやるべきことは、まわりにいるライバルたちと同じだ。
近くにいる常闇や、B組の塩崎や骨抜も同じだ。焦りながらも、堅実に道を探し、着実に足を運んでいく。


「・・・ん!?」


ふいに後方が騒がしくなり、気になって後ろを見た強子はヒッと息をのんだ。
ものすごく、地雷を踏みぬいてきている人物がいる。


「ちょ・・・飯田くん!?」


地雷を爆発させながら、猛スピードで後ろから追い上げてくる飯田。
何考えてんだ!地雷を爆発させることでのダメージとタイムロスを考えると、速度を落としてでも地雷を避けるのがセオリーだろ!
だが、彼は構うことなく、もう地雷の位置も確認せずにひたすら前に向かって走り続けている。爆発しても、ごり押しでバランスを調整して、むしろ爆発の勢いも利用して、スピードだけは保って突き進む。
それだけ、先頭との差を埋めるため、彼は必死なのだ。
それにもうゴールも近い。ここまで来たら、飯田のやり方で行った方がむしろ早いのかもしれない。実際、飯田は強子たちのすぐ後ろにまで迫ってきている。
強子も覚悟して走るスピードを速めると同時、強子より少し前方を走っていた塩崎と骨抜も、走るスピードを上げた。飯田に感化され、もう地雷を踏んでもいい、踏んだら踏んだでどうにかしようと考えを改めたのだろう。


「くっ・・・」


強子もなりふり構わず、ゴールまでの距離を突っ走る。
何回か地雷を踏んだが、爆発の衝撃をもろに食らうよりも早く駆け抜ければ、大したダメージもタイムロスもない。これなら、いける!

そう確信した瞬間、後方で大爆発が起きた。
ハッとして顔を上げると、頭上を飛行していく緑谷を視界にとらえる。
・・・わずかな一瞬、彼と目があったような気がした。


『A組緑谷、爆発で猛追――っつーか!!抜いたああああー!!』


いや、今は彼に気を取られている時間はない!また前に向かって足をまわす。
早く、早く!早くスタジアムに戻って、ゴールしないと!!


「っはぁ、ゴールッ・・・!!」


壮絶な競り合いの末、ようやくゴールした強子。息を整えながら、自分よりも一歩先にゴールした人物の肩を叩く。


「・・・飯田くん、おつかれ!最後の追い上げすごかったよ」

「身能くんか・・・僕・・・いや俺は、君に褒められるような人間ではない。俺のこの個性で遅れをとるなんて、やはりまだまだだ・・・」


飯田は息つくヒマもなく、さっそく一人反省会を始めていた。まったく忙しいやつだ。
強子は彼から視線を外すと、順位がどうなったかを確認する。


第一種目、障害物競走の結果―――

1位、A組 緑谷出久
2位、A組 轟焦凍
3位、A組 爆豪勝己
4位、B組 塩崎茨
5位、B組 骨抜柔造
6位、A組 飯田 天哉
7位、A組 身能強子
8位、A組 常闇踏陰
・・・以下略。


「・・・7位かぁ」


自分の順位を確認し、強子はふうとため息をこぼす。
パッとしない成績になってしまったが、これはまだ予選。ここからだ。次の勝負は、下克上サバイバルな騎馬戦。巻き返すには打ってつけの競技だ。
強子は上位の者(とくにトップ3)を視界に入れると、にんまりと不敵な笑みを浮かべた。










==========

飯田は漫画でもアニメでも爆発起こしながら走ってたんですが、確かに、ゴール間近は皆そうするんだろうなと。でも常闇は爆発の光は避けたいから最後まで堅実に走って、結果、夢主の次にゴールだったんだと思います。


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