地獄の轟くん家
現代日本で最高峰の現場に来てから、すでに何日かが経過した。
一挙手一投足が被害規模に直結するプロの世界で、強子たちはひたすらエンデヴァーを追いかける。それでも・・・
「ぜんっぜん、追いつけない・・・!!」
あぁもうっ!と、また一足先に事件を解決したエンデヴァーの背中を見ながら強子は地団駄を踏む。
インターン生に課せられたノルマ、“エンデヴァーより速くヴィランを撃退すること”―――そう簡単にクリアできるはずもなかった。普通に考えて、だいぶ無理がある。
「(いろいろ試してはいるんだけどな・・・)」
インターン初日のうちに「スピードではエンデヴァーにかなわない」と悟った強子は、2日目以降、“感覚強化”の常時発動に注力した。
エンデヴァーの移動速度に追いつけないなら、エンデヴァーより早く事件・事故を嗅ぎつけて、彼よりも先に現場に向かえばいいと考えたわけだ。強子個人の課題は“無意識下で半径200メートル内の索敵をすること”だし、ちょうどいい。
しかし、いいアイデアだと思ったのに・・・半径200メートルという広範囲での聴覚強化や嗅覚強化ともなると、脳や身体への負担があまりに大きく、強子は初日以上に出遅れる結果となってしまった。ちくしょう!
「―――集中すればできることを寝ながらでもできるようにしろ!!」
「―――やると決めた時には既に行動し終わっていろ!!」
No.1ヒーローは、インターン生に求める基準まで高い。こちらも指導されたとおりに動こうと必死だが、No.1ヒーローとの“差”は相当デカい。
日中のインターン活動では己の個性を磨きながらも 死力を尽くしてエンデヴァーを追いかけているので・・・日が沈み、その日の活動を終える頃にはもう、死屍累々だ。インターン生たちは地べたに座り込んだり、膝をついて呼吸を整えたり、壁に体重を預けたり・・・疲労困憊した様子でへたばっていた。
「はぁぁぁ〜今日もしんどかった・・・疲れたぁ・・・」
その日もハードワークを終えると真っ先に強子がぼやき、ドサッと地面に座り込む。すると、強子の背後にいた爆豪がキッと鋭く彼女を睨みつけた。
「気ィ抜けた声出すな、余計疲れンだろがッ」
爆豪もかなり疲れているんだろう、いつもより怒鳴り声に覇気がない気がする。それでも強子のように座り込むことなく、二足でまっすぐ立っていられるのはさすがだ。
この疲れきった身体では、強子は立つことすらままならないのに・・・今からエンデヴァー事務所まで歩いて帰ることを考えると泣きたくなるよ。
「もうムリ立てないぃ・・・爆豪くん、事務所まで負ぶってぇ」
もはや神頼みに近い気持ちで爆豪に向けて両手を伸ばすと、爆豪の目がキッ!とさらにつり上がった。
「俺を“足”に使うんじゃねーや!」
爆豪がわめく傍ら、腰かけて休んでいた轟がすっくと立ち上がった。
「身能、俺につかまれ」
そう言って強子に向けて両腕を伸ばす彼は、どうやら強子を運んでくれるつもりらしい。彼もヘトヘトに疲れているはずなのに。
「優しいなあ 轟くんは・・・ノーベル平和賞あげちゃいたいくらい」
「下心だろ」
強子が轟の厚意に感謝していると、爆豪が茶々を入れてきた。何言ってんだか、轟にかぎって下心なんてあるわけないだろ?
「このアホ女を甘やかすな・・・んなことしてもコイツのためになんねーぞ」
溜め息まじりに低く告げられた爆豪の言葉に轟も納得したようで、ちょっと残念そうにしながらも両腕を下ろした。
爆豪の言うことはもっともだ。人に頼らず、自分の足で歩いて帰ろう。
よっこらせ と強子が身を起こすと、すぐ傍にいた緑谷が手を差し出してくれたので、彼の手を借りて(これくらいは頼ってもいいだろう)立ち上がる。
「それじゃ、帰ろうか」
エンデヴァーはまだ一仕事してから事務所に戻るというので、4人で事務所に向かってトコトコと歩いていく。
そうすると、向上心の高い彼らの口から自然と出てくるのは、今日の反省だ。
「毎日本当に大変だけど・・・みんな、ちょっとずつ掴めてきてる気がするよ!身能さんも昨日より現場に駆け出す反応速度があがったし、もしかして、索敵範囲が広がってきたんじゃないかな?」
「・・・確かに、そうかも」
常時発動している、感覚強化・・・まだ200メートルには及ばないものの、初日と比べれば広範囲に機能してきたように思う。少しずつだとしても、着実に力がついてきているんだ!
そういえば、と強子は思い出したように轟に振り向いた。
「ショートもだよね!炎を使った推進力に慣れてきたって感じ!氷の滑走だけだったときと比べて、スピードが段違いだよ」
まだヒーロー名で呼ばれることに慣れないのか、轟が虚をつかれたように固まった。そして一拍あけてから「そうだな」と口角をゆるめる。
「まだコントロールが安定しねェが・・・今日も惜しいとこまでいってたんだ、明日はエンデヴァーに追いつけるハズだ」
「うん!!」
「そうだね、明日こそは!!」
励まし合う仲間がいることのありがたみを感じる。彼らの存在がなければ、強子の心はとうに折れていたことだろう。
そうして仲間たちと会話に花を咲かせていると、爆豪が「ハッ!」と鼻で嗤った。
「俺よか遅ェテメーらが“惜しい”わけねえだろ ザコ」
「爆豪くんてば、またそんな水を差すようなこと言ってぇ・・・」
「とくにテメーだわ。あんだけデタラメな方向に突っ走っといて“惜しい”なんざ言えた口かァ?見切り発車で見当違いやらかしやがって・・・思慮が足りねンだよ、単細胞女!」
強子の口元がヒクリと引きつる。
エンデヴァーより先に事件・事故を嗅ぎつけようと考えた強子は、パトロール中ずっと聴覚強化にて“異音”がないかと警戒していた。そして、エンデヴァーに出動要請の通信が入ると同時、聞こえてきた “異音”―――間髪入れず、スタートダッシュで“異音”のほうへすっ飛んで行ったのだが・・・その後エンデヴァーが向かったのは、強子が向かったのと まるで違う方向だった。
実際、エンデヴァーが向かったほうで事故が起きていて・・・強子が聞きつけた“異音”の正体は、なんと 風邪っぴきの人のクシャミだったのだ。独特なクシャミしやがって、まぎらわしい!!
「けど、試行錯誤するのは悪いことじゃないでしょ・・・失敗してもいいって、エンデヴァーも言ってたし・・・」
同じような“異音”の聞き違いミスを何度か繰り返したのは事実だけど、別にいいんだ。だって、我々のミス程度ではエンデヴァーの仕事には支障ないと、本人が言ったのだから。
そりゃ、ミスの一つや二つくらいするさ!課題クリアのためにまだ色々と試してる段階なんだ!常に半径200メートル内を索敵しようってんで、こっちは脳がパンク寸前のギリギリでやってんだぞ!?
それなのに、思慮が足りないだなんて言われるのは遺憾である。むっと口をへの字に曲げた強子が爆豪になじり返した。
「そう言うバクゴーだって人のこと言えないじゃん!『爆破』でボンボン騒音たててるばっかりで、いっこうにエンデヴァーに追いつけてないよね」
「あ゛ぁ!?雑な脳ミソしたテメーが気付けねェだけで、俺ぁ毎日 着実に力伸ばしてンだよ!!」
「ふっ、二人とも!喧嘩はやめよう・・・!?」
「あんまりデケェ声だすと近所に迷惑だぞ」
緑谷と轟に諌められて、強子と爆豪は互いを睨みつけながらも口を閉じる。
なにも本気でいがみ合っているわけではない。ただ・・・心身ともに疲労が溜まった状態では、ちょっとしたことがキッカケで つい言い合いになってしまうのだ。
それは強子と爆豪にかぎったことではなく、爆豪と轟が衝突することもあれば、爆豪が緑谷に突っかかることもある(元凶がほぼ爆豪であることに憤りを感じるが、まあ今は置いておこう)。
でも、4人とも入学当初と比べればそれなりの自制心や協調性を身に着けているので、本格的な喧嘩に発展することはない。
なによりも、ここにいる4人は一切の妥協なく本気でインターンに取り組んでいることを お互いに知っているから・・・表に出さずとも、根底にはお互いを尊重する気持ちがあるのだろう。
「・・・つーかテメェ、その呼び方やめろ。呼び捨てされてるみてーでイラつくんだよ」
唐突な爆豪からの申し出に、強子はえ?と目を瞬かせる。
“その呼び方”というのは“バクゴー”のことだろうけど・・・彼は今、仮のヒーロー名として“バクゴー”を名乗っているわけで、
「活動中にヒーロー名で呼ぶのは 普通じゃない?」
「敬意が感じられねンだよ!せめて敬称つけろや!!」
「えぇ・・・?」
自分勝手な申し出をする爆豪に、強子は困惑の表情を見せた。
一般的に、ヒーローに対して敬称をつけることはあまりない。あの緑谷だってオールマイトのことを「オールマイト」と呼び捨てているくらいだし、ヒーロー名ってのはそういうものなのだ。強子も、「ファットさん」なんて愛称を使うことはあるにしても、ほぼ全てのヒーローを敬称なしで呼んでいる。
元来 ヒーローってのは一刻を争う場で活躍する存在で、いちいち敬称なんてつけて呼ぶ余裕がないのだ。ヒーロー名の長い人なんかは省略名で呼ばれるのが当たり前の世界。
敬称の有無なんて些細な違いのようでも・・・プロの現場では悠長に“バクゴーくん”と呼ぶより、“バクゴー”と端的に呼ぶほうが適しているように思うけどなぁ。
強子が考えあぐねていると、轟が爆豪に歩み寄り、彼の肩にぽんと手を置いた。
「爆豪・・・俺は “ショート”呼びだ」
どことなくドヤっとした表情で告げた轟に、「クソうぜぇ!!」と爆豪が怒り散らしながら轟の手を叩き落とした。
轟にいたっては、敬称つきの「轟くん」呼びよりも「ショート」呼びのほうがお気に召しているようだ。たぶん、親しい友だち同士で呼び合うあだ名みたいで気に入ったんだろう。あだ名ってちょっと“特別な仲”っぽさがあっていいもんね。
「あっ、そうだ!」
良いことをひらめいたぞ!パチンと手をたたくと、強子は爆豪に向けてにっこりとほほ笑んだ。
「“バクゴー”が嫌なら・・・代わりに、“かっちゃん”って呼ぼうかなぁ!」
ご機嫌に告げられた強子の提案に、爆豪は「ハア?」と眉間のシワをいつも以上に増やす。
ヒロアカ読者・視聴者なら馴染みのある、“かっちゃん”という響き――その愛称は、幼馴染だけが許される特別なもの。
もしこれが幼馴染設定の夢小説であったなら、一話目から当然のようにその名を呼べただろうけど・・・強子の人生はそう甘くない。実際、試しに一度その名で呼んでみたことがあるが、「気安く呼ぶんじゃねぇよ」と一蹴されてしまった。
だが、今はあの頃とは違う。
時間で言うなら一年弱、話数で言うなら数十話・・・これだけの道筋をたどってきて、強子と爆豪の関係性は大きく変わったはずだ。今ならば、“かっちゃん”呼びを許してもらえるんじゃないか!?
「“かっちゃん”がダメなら “バクゴー”呼びを続けるけど・・・どうする?」
もちろん、交換条件を提示しておくのも忘れない。今の関係性だって、素直に“かっちゃん”呼びさせてもらえるとは到底思えないからな。
敬称をつけろというワガママに応じて、“ちゃん”付けで呼んでやるんだ。苗字で呼び捨てされるよりマシなはずだが・・・さぁ、どうする?
奥歯を噛みしめて何やら葛藤していた爆豪が、案の定、諦めたように息を吐きだした。
「・・・・・・活動中だけだ。それ以外で呼んだらコロス」
「やった!」
みんな、やったぞ!ついに、“かっちゃん”呼びが認められた!!すごく「妥協してやった」感が爆豪からにじみ出ていたけど、気にするものか!
ヒロアカファンなら 誰もが口に出して呼びたい「かっちゃん」!ヒーロー活動中限定だけど、かっちゃん本人からお許しが出たよ!やったね!!
強子がルンルンと鼻歌でも歌いだしそうなほど喜んでいると、一連のやりとりを静かに見ていた轟が「爆豪、」と声をかけた。
「俺もそう呼んでいいか?」
「いいわきゃねーだろブッ殺すぞ!!」
人付き合いの経験は少ないけど実は人懐っこい性格の轟が「かっちゃん」呼びを希望するも、当然のごとく却下された。
「何でテメーが許されると思った!?距離をとれや気色ワリィ!」
「俺と爆豪はもうマブダチだって、身能が言ってた」
「コイツの妄言を真に受けて言ってンなら やっぱテメーは脳外科行け!!俺とテメーが“友だち”なんざ、天地がひっくり返ってもねーンだわ!!!」
―――なんて会話をしてから、数日も経たないうちのこと。
「な ん で だ!!!」
轟家の立派な門構えを前にして、爆豪が吠える。
「姉さんが飯食べにこいって」
「なんでだ!!」
「友だちを紹介してほしいって」
「今からでも言ってこい!やっぱ友だちじゃなかったってよ!!」
「かっちゃん・・・!」
「あと、身能に会いたいとも言ってた」
「わぁ 嬉しい!」
「っとに、このクソ女ァ!どこの家庭にも媚び売りやがって!!」
轟家の門前で繰り広げられる会話を耳にしながら、エンデヴァーはひとり気まずそうに眉根を寄せている。
そして、エンデヴァーが躊躇いがちに玄関の戸を開けると、中から「いらっしゃーい!」と明るい声が飛んできた。
「お忙しい中 お越し下さってありがとうございます!初めまして、焦凍がお世話になっております!姉の冬美です!」
エプロン姿でパタパタと忙しなく玄関まで出迎えに来てくれたのは、轟の姉の冬美だ。
満面の笑みを浮かべた彼女に朗らかな口調で出迎えられて、一瞬にして強子は和む。これぞ 癒し系美女。家庭的なところも素敵!
「冬美さん、お久しぶりです!今日はご招待していただきありがとうございます!」
「突然ごめんねぇ、私のわがまま聞いてもらっちゃって・・・」
「いえ!私も冬美さんにお会いしたかったので、とても嬉しいです!!」
愛嬌たっぷりの笑顔で告げると、冬美は両頬に手を添えて「も〜、強子ちゃんってば相変わらずカワイイんだから〜!」と破顔する。女子どうしキャッキャッと玄関先で戯れる中、強子の背後では爆豪が般若のような顔で「なんでだ・・・!」と憤っていた。
その後、強子たちが客間へと案内されると、机の上にはおいしそうなご馳走が並べられていた。手作りとは思えないほど本格的な中華料理に思わず強子がのどを鳴らす。
皆が席に着くと、まず冬美が「改めて紹介するわね!」と明るく告げてから簡単に自己紹介をする。次いで、彼女の隣に腰かけていた男性を指して、「焦凍の兄の夏雄、大学生!」と紹介して、それから轟が、緑谷、強子、爆豪を順番に紹介する。
「「はじめまして!」」
にこやかな強子と、緊張気味な緑谷の声が重なった。
しかし・・・それ以降に会話が続くことなく、客間はしんと静まり返ってしまった。なんとも微妙な空気に、緑谷が困ったように強子に視線を送ってきたので・・・強子はそれに気づかないフリをした。
「と、とりあえず!冷めないうちに食べましょう!!」
慌てて取り繕おうとする冬美に便乗して、「いただきます!」と強子は手を合わせた。パクリと料理を口に入れれば、本格中華の味わいに思わずほっぺたが落ちそうになる。
「ん〜〜!美味しい〜!!」
「よかった!」
「本当に!どれもめちゃくちゃ美味しいです!この竜田揚げなんか、味がしっかり染み込んでるのに衣はザクザクで仕込みの丁寧さに「飯まで分析すんな!テメーの喋りで麻婆の味が落ちる!」
美味しい、美味しい!と感動しながら箸を進める強子と緑谷。二人を見て、ずっと渋い顔をしていた夏雄の表情が少しだけ柔らかくなった。
「そら そうだよ、お手伝いさんが腰やっちゃって引退してから、ずっと姉ちゃんがつくってたんだから」
「なるほど!」
「夏もつくってたじゃん、かわりばんこで」
「え?じゃあ俺も食べてた?」
姉の発言に驚いたようで、箸をとめて顔を上げた轟。好奇の目で正面から見つめられて、夏雄が視線を泳がせた。
「あー、どうだろ。俺のは味濃かったから・・・エンデヴァーが止めてたかもな。こんなもん食うなってさ」
途端に、場の空気がピリリと張り詰める。
なんとも重苦しい空気に、客人という立場の三人が「「「うッ!」」」とのどを詰まらせかけた。
「・・・気付きもしなかった」
帰宅してからずっとだんまりだったエンデヴァーが、手もとの茶碗を見ながらぽつりと呟いた。そして、その発言を誰かが拾うこともなく、その場には再び静寂が訪れる。
なんとも気まずい空気に、客人三人は 目の前の食事に集中しようと気持ちを切り替えることにした。
「しょ、焦凍たちは学校でどんなの食べてるの?」
「学食で「今度、夏雄の料理を・・・」
轟とエンデヴァーの言葉が重なったかと思えば、あげくに二人とも口を閉ざして、その場には再び静寂が訪れた。
家族の会話だとは思えないほど、ぎこちない・・・。
なんともいたたまれない空気に包まれて、客人三人はなるべく気配を消そうと息をひそめていた。
そんな空気の中、
「・・・・・・ごちそうさま」
耐えきれない、そんな様子で夏雄が立ち上がった。
「席には着いたよ、もういいだろ」
義務は果たしたとでも言うような冷たい言い草に、冬美が「夏!」と引き留めようとするが、
「ごめん姉ちゃん、やっぱムリだ・・・」
そう言い残して、彼は客間から出ていった。
哀愁に満ちた客間で、なんかもう逆に申し訳ない気すらしながら、客人三人は再び目の前の食事に集中することにした。
息が詰まりそうな雰囲気のまま食事を終えると、強子たち客人も食卓の片づけを手伝うことにした。
台所まで食器を運んでから再び客間へと戻る途中、緑谷が爆豪にコソコソと小声で話しかけた。
「かっちゃんも知ってたんだ、轟くん家の事情・・・」
「はァ?俺のいるところでテメーらが話してたんだよ!」
「聞いてたの!?」
思い返すは、体育祭の昼休憩でのこと。休憩時間に入ると同時、「話がある」と轟に呼び出された強子と緑谷は、彼の家の事情について聞かされた。
とても個人的な話だったのもあり、強子たちは人目につかない場所を選んで話していたはずだが・・・
「かっちゃんてば 盗み聞きしてたの?やだぁ、サイテー」
「俺の聞こえるとこで勝手に話し出したテメーらの落ち度だろーが!それよか活動外で“かっちゃん”呼ぶなや 殺すぞ」
人様の家の中なので声のボリュームを抑えつつ爆豪とそんなやり取りをしていると、緑谷がふうと疲れたように息をはいた。
「・・・おうちの事情を知ってるぶん、その、なんというか・・・対応に困っちゃうよね」
そう言って緑谷が苦笑をこぼすのも、痛いほど理解できる。
客人という立場でこの家のことに口出しなんて出来ないけど、この家が抱えている“闇”を知りながら素知らぬフリをするのにも限界はある。動きたくても動けないジレンマというか、板挟みの八方塞がりというか・・・客間で過ごしたあの苦しい時間を思い出して、強子は達観したような顔でフフフと笑った。
「ようこそ、地獄の轟くん家へ」
「どういう立場でモノ言っとンだ テメーは」
そうこう話すうちに客間へと戻ってくると、中では轟と冬美が話し込んでいた。
障子越しに漏れ聞こえてくる声音だけ聞いても、とてつもなくシリアスな雰囲気が伝わってくる。
「―――私だって夏みたいな気持ちがないわけじゃないんだ・・・でも、チャンスが訪れてるんだよ・・・。焦凍はお父さんの事、どう思ってるの?」
姉から気づかわしげに問われて轟は、自分自身の過去を振り返りながら、家族のこの先の未来を思いながら・・・悩みながらも慎重に答えを紡ぐ。
「正直・・・自分でもわからない。“親父”をどう思えばいいのか、まだ・・・何も見えちゃいない」
非常にシリアスな話題を繰り広げている二人に、ぎゅむむと眉間にとシワを寄せた爆豪が「つーかよ〜・・・」と苛立たしげにぼやいて客間の障子をスパンと開け放った。
「客招くならセンシティブなとこ見せんなや!!!まだ洗い物あんだろが!」
「ああっ いけない!ごめんなさい、つい・・・!」
「いえっ、こちらこそごめんなさい!お話、聞こえてしまいまして・・・」
「あ!あの!僕たち轟くんから事情は伺ってますので・・・!」
ですので、どうぞ こちらのことはお構いなく・・・!
突如センシティブな空間に巻き込まれた強子と緑谷があわあわと慌ててフォローするが、
「晩飯とか言われたら感じいいのかと思うわフツー、四川麻婆が台無しだっつの!」
この状況でもまだブツクサ言い続けている爆豪を、強子は肘で小突いて黙らせた。
その後は誰も言葉を発することなく、静かに片づけをしていたのだが・・・ふと、緑谷が「轟くん、」と声をかけた。
「轟くんはきっと、許せるように準備をしてるんじゃないかな」
「え」
「お父さんのことが本当に大嫌いなら「許せない」でいいと思う。でも、君はとても優しい人だから・・・待ってる、ように見える。きっと今は、そういう時間なんじゃないかな」
よその家庭にズケズケと 余計な口出しをせずにはいられなかった緑谷。そんなお節介な幼馴染を、爆豪がけったくそ悪いという表情で睨みつけた。良いことを言っている緑谷を今にも蹴り飛ばさん表情である。
見かねた強子が「まあまあ 落ち着いて」と爆豪の背を押して廊下に出ると・・・廊下には、苦悩の表情で立ち尽くしている夏雄がいた。
おそらく彼は、姉と弟の会話を聞いて、緑谷のお節介なコメントを聞いて・・・一言では言い表せないような、複雑な感情を抱えていることだろう。
それから片づけを終えて一息ついている間に、轟のもう一人の兄である“燈矢”について、冬美が強子たちに話してくれた。エンデヴァーが燈矢を殺したと思っている夏雄は、家族が変わりつつある今もなお、振り上げた拳を下ろせずにいるのだ と。
「(実際には、その人 死んでないけどね・・・)」
この家族をさらなる地獄に引きずり下ろさんと企む存在を思い浮かべ、強子は「う〜ん」と低く唸った。
「ごちそうさまでした!」
「お料理、どれも美味しかったです!」
「四川麻婆のレシピ教えろや」
学校へと帰る時間になり、帰り支度を整えてから轟家をあとにする。
強子たち客人にとっては地獄のような時間もあったけど・・・玄関まで見送りに来た冬美に「ありがとう」と心からの感謝を告げたエンデヴァーを見るに、エンデヴァーにとっては今日の家族団らん(?)で、何か得るものがあったのかもしれない。
そんな父に、冬美も嬉しそうに顔をほころばせた。
「緑谷くん、焦凍とお友だちになってくれて ありがとう」
「そんな・・・こちらこそ・・・です!」
轟が変わったのも、エンデヴァーが変わりつつあるのも、少なからず緑谷の影響があることを察したのだろう。緑谷の手を固く握って感謝の意を示す姉に、轟は気恥ずかしそうに頬をかいている。
「・・・妬けちゃうなぁ」
彼らのやり取りが微笑ましくもあるけど、強子には持ちえない真の友情を見せつけられたようでちょっと妬ける。ニヤつきながらもボソリと独りごちる強子の横で、爆豪が「ケッ」と不快そうに眉根を寄せた。
「あ!もちろん強子ちゃんにも感謝してるからね!なんだったら焦凍と"お友だち”以上になってもらいた「そろそろ行くぞ・・・学校に戻るのが遅くなる」
恥ずかしさに耐えられなかった轟に、強子はグイグイと送迎車のほうへ押しやられた。
ちなみに、送迎車は6人乗れるタイプだ。もともとエンデヴァーが管轄外の地域に出向くときなど、長距離移動の際には車を使っていたようだが・・・インターン生が4人もいるため今まで使用していた4〜5人乗りの車は使えず、新たに6人乗りの車を手配してくれたらしい。
強子は轟に急かされながら車に乗り込むと、車の後方へと進んで3列目のシートに着席する。続いて、緑谷も3列目シートへと乗り込んだ。
6人乗りといえども3列目のシートは1・2列目より多少の圧迫感があるので、自然とインターン生の中でも小柄なほうの強子と緑谷の二人が3列目に座るのがお決まりのようになっていた。
・・・というか、爆豪は「ンな狭えとこはザコどもが座ってろ!」と3列目に座りたがらないし、轟が3列目に座れば助手席のエンデヴァーから「俺が焦凍と喋りにくいだろう!」という視線で睨まれるので、なるべく轟には2列目に座ってもらっているのだけど。
「―――貴様らには早く力をつけてもらう。今後は週末に加え・・・コマをズラせるなら、平日最低2日は働いてもらう」
「前回、お前たちもそんな感じだったな」
車中でエンデヴァーが切り出した話題に、轟がくるりと3列目の二人を振り返った。強子は「そうだね」と頷きながら、前回のインターンを思い返す。
「出られない授業の分は補講をしてもらえるけど・・・事務所と学校との移動時間なんかも考えると、勉強に割ける時間って案外少ないんだよね」
「期末の予習もやらなきゃ・・・轟くん、英語今度教えて」
「ああ」
そんな学生らしい会話をしていると、隣に座る轟から少しでも距離をとろうと仰け反って車窓から顔を出す爆豪がキッと目をつり上げた。
「もっとスピード出ねぇンか!?早くしてくれよ、コイツらと同じ空気吸ってっとヘドが出る!!」
「ハイヤーに文句言う高校生かーーー!!」
爆豪の声もうるさいけど、ハイヤーの声も負けじとうるさい・・・アグレッシブな運転手である。
「エンデヴァー、アンタ いつからこんなジャリンコ乗せるようになったんだい!!わざわざ車種を変えてまでよォ!」
「頂点に“立たされて”からだ」
「ケェーーー!!立場が人を変えるってェやつかい」
普通のハイヤーなら、車内の会話にここまで首を突っ込んでくることはない。しかし、エンデヴァーが顔色ひとつ変えずハイヤーと受け答えしているのを見るに、彼らが会話をするのはよくあることなんだろう。エンデヴァー専属のハイヤーらしいし、雰囲気からして この二人は付き合いも長そうだ。
「ん?」
それは、突如として現れた。
車のフロントガラスに向かって、猛スピードで向かってきた“何か”。普通の人ならそのスピードに反応しきれずにぶつかるところだが・・・さすがはエンデヴァーお抱えのハイヤー、とっさにハンドルを切って回避する。
そしてその刹那の瞬間に、車中の者たちは“何か”の正体を認識した。
「夏兄!!」
白い紐状のものでぐるぐる巻きに拘束された夏雄、それが“何か”の正体だった。彼は鬼気迫った表情を浮かべて、なすすべなく道路上で宙づりにされている。
「頭ァ 引っ込めろジャリンコ!」
瞬時の判断でハイヤーは車窓を閉じると、ブレーキを踏まずにそのまま車を走らせる。
窓の外に目を凝らしていた緑谷が、はっと息をのんだ。車道に引かれている白線が、ぐねぐねと動き出したのだ。
「道の白線が!!」
「喋るなァ!舌噛むぞ!」
幾本もの白線が生き物のように自在に動きまわり、車に向かって猛スピードで伸びてくる。ハイヤーは華麗なドライビングテクでそれらを回避しながらも、伸びてくる白線の先を目指して車を走らせる。
すると白線の先で、まるで我々を待ち構えていたかのように一人の男が道路に佇んでいた。
「良い家に住んでるな、エ ン デ ヴ ァ ー!!」
男の興奮したような叫びが辺りに響く。
ヒーローの有名税として 追っかけ行為に迷惑することもあるだろうけど、見るからにヤバそうな男に住所特定されるとかマジで避けたい案件だ。
・・・なんて言ってる場合じゃない。白線の攻撃をかわした車がガードレールにぶつかってスピンする。遠心力で身体が持っていかれ、強子は頭を思いっきり車にぶつけた。痛い。
強子が痛みに悶絶する間にエンデヴァーが炎をまとって助手席のドアを開け放ち、車の外へと飛び出した。
「彼を放せ!!」
すぐさま男のもとへ駆けつけたエンデヴァーだが・・・男が夏雄を盾がわりにしたため、男に手を出せぬまま立ち止まる。さらに強子たちが乗る車も、ドアが開かないように白線でぎちぎちに巻かれてその場に固定されてしまった。
ヒーローたちが手も足も出せない状況の中、男はエンデヴァーと言葉を交わしはじめた。
男の名は “エンディング”、7年前にエンデヴァーが捕らえた暴行犯だった。出所して、この男がまず行ったのは、エンデヴァーの身元を嗅ぎ回ること。エンデヴァーの自宅を見つけ出し、エンデヴァーの家族構成を知り・・・彼の息子である夏雄を狙った。
男はエンデヴァーの眼前で、鋭く尖った白線を夏雄に突きつけて脅す。
「この男を殺すから・・・頼むよ エンデヴァー!今度は間違えないでくれ!俺を、殺してくれ」
ヒーローは余程のことでも“殺し”なんて選択はしない。故に、この男はエンデヴァーの大事な家族を狙ったわけだ。
エンデヴァーにとって“家族”がウィークポイントなのは間違いない。実際に、下手すれば一秒後には命を奪われるかもしれない息子を前にして、エンデヴァーは二の足を踏めずに固まっている。いつもなら強子たちが現場に到着する頃にはヴィラン確保を終えている彼が、ヴィランを前に立ち往生。
こうなる展開だって、知ってはいたけど・・・
「(あー、もうっ・・・じれったいなぁ!)」
しびれを切らしてカチャリとシートベルトを外せば、斜め前に座る爆豪がちらりと強子を見てきたので、彼にコクリと頷く。同じくシートベルトに手をかけていた彼だって、強子と同じ考えのはずだ。
「行くよ、かっちゃん!」
「指図すんなっ!!」
目を吊り上げて怒鳴りながら、車のドアを爆破させた爆豪。車内に熱風が吹きすさぶのもお構いなしだ。
それとほぼ同時に、轟も炎で車のドアをぶっ飛ばした。こちらは車内の被害を抑えるように氷壁でガードする、丁寧な仕事ぶりである。
「出るぞ!」
こじ開けられた左右のドアから爆豪と轟が勢いよく飛び出していくと、彼らに続いて強子と緑谷もドアから素早く飛び出した。
「ジャリンコどもォ!忘れ物だぞ!」
ハイヤーの声に振り返ると、車から放り投げられた四つのケースが視界に映った。それぞれ15、17、18、21と数字が描かれているそのケースには、強子たちインターン生のヒーローコスチュームが入っている。
後方を走っていた強子と緑谷の二人がとっさに踵を返し、空中高くに放られたケースを掴もうと飛び上がる。強子は21番と17番を、緑谷は18番と15番をキャッチすると、空中でくるりと身体を回転させ、
「かっちゃん!」
「ショートくん!」
前方の二人に向け、ケースを投げ渡す。
隙あらば“かっちゃん”呼びする強子に、爆豪から怒号が飛んでくるかとも思ったが・・・杞憂だった。今、彼の頭にあるのは、ヴィランを撃破すること、そして要救助者を救けることの二つのみ。
轟とて同じだ。大切な家族、夏雄を救わんと必死であった。
二人は最速のスピードでヴィランへと距離を詰めながらも確実にケースを受け取ると、サポートアイテムを装着しつつ、さらにヴィランへと距離を詰めていく。
一方、強子と緑谷も、自分のケースから手早くサポートアイテムを取り出し装着していた。
強子は空中に滞空しているうちに“ブーツ”へと履き替えており、己の足が地面につく その瞬間・・・しっかりとヴィランに狙いを定め、力いっぱいに「ふんっ」と地面を踏みしめた。
彼女のブーツのダイヤルは“ライトニングモード”。彼女が踏み抜いた足先からバチバチと高圧電流が生じ、ヴィランに向かって一直線に稲妻が放たれる。
その閃光は光の速さで進んでいき、強子の前方を走っていた爆豪、轟、そしてエンデヴァーをも追い抜いて・・・瞬く間にヴィランへと到達した。
「があぁあっ!!」
高圧電流がヴィランに直撃した。ビリビリと全身に電流が流れて、男の身体は硬直して動けない。
心停止には至らない程度だが かなりの電圧を飛ばしたので、このまま脳神経が麻痺して失神することだろう。
「・・・インターン生っ・・・・・・俺の死を、仕切り直すぞ、エンデヴァー・・・」
「まだ意識があるのか・・・」
電撃を受けても意識を保ち、まだ希望を抱いた瞳でエンデヴァーを見つめる男に、思わず強子は瞠目する。
とあるヒーローいわく、諦めない人間がヒーローにとって最も恐ろしいという。意志の固い人間は気絶してくれないのだ と。その言葉を今こそ強く実感する。
とはいえ、強子の電撃によってヴィランの体勢は崩れた。ヴィランに攻撃をくわえるチャンスであり、人質を救け出す絶好のタイミングでもある。
だというのに・・・エンデヴァーは、動けなかった。人質にされている夏雄と目が合った瞬間、足が止まってしまった。
けれど、そう―――エンデヴァーが動けずとも、ここには、彼の育てた インターン生たちがいる。
―――溜めて 放つ、力の凝縮だ
―――最大出力を瞬時に引き出すこと、力を“点”で放出すること・・・まずはどちらか一つを無意識で行えるようになるまで反復しろエンデヴァーにみっちりとしごかれてきた彼らが、今・・・エンデヴァーを追い越し、ヴィランへと迫る。
「夏兄を 放せ!」
轟の灼熱の炎が、ヴィランが操る白線を一瞬にして燃え溶かす。するとヴィランは顔色を変え、新たに白線を伸ばした。白線の先には、近くの道路を走っている多数の乗用車。車の中には、事件とは無関係の 一般の人々が乗っている。
「早く、俺を殺さねェからっ・・・」
ヴィランの操る白線によって、一般人の乗っている何台もの車がいっきに宙へと弾き飛ばされる。そして、
「死人が増えちゃうんだア」
車道と並行して走っている線路――今 まさに電車が通過しようとするそこに、人質である夏雄がヒョイと放り出された。
電車が、夏雄に追突する!
目を見張り、息をのむ夏雄だったが・・・彼の身体は、爆破音とともにガシリと力強く抱えられて線路上から引き上げられた。
「増えねンだよ!」
間一髪のタイミングで、爆豪が夏雄を救出した。冬場とは思えないほど、瞬発的に引き上げられた爆破威力であった。
一方で、宙に弾き飛ばされた車たちが、地面に向かって落下し始める。
「そうだ―――増えない、増やさない」
無意識下にエア・フォースで宙高く飛んだ緑谷が、車たちを眼下に見据えて手を伸ばす。
そう、エア・フォースと同じ要領だ。やれる。同じだ。無意識下で、二つのことをやるだけだ。
「お前の望みは何一つ、叶わない!」
緑谷の両手から黒鞭が伸ばされ、落下しかけていた車をすべてを縫い止めてから、ゆっくりと降下させていく。
これで、ヴィランに脅かされていた すべての要救助者を救った。あとはヴィランを撃破するのみ。
半身に炎を纏った轟が爆発的なスピードで突き進み、ついに、その手がヴィランに届く距離まで追い詰めた。
「ああ そうだ・・・何一つ、だ」
猛々しい炎を纏った拳が、ヴィランの身体を荒々しく吹き飛ばす。溜めて“点”で放たれる、凝縮された力の威力は凄まじい。さらに、後方に吹っ飛んだヴィランを確実に捕えるべく、轟はすかさず氷結でヴィランの身体を氷漬けにして身動きを封じた。
生きたままでの拘束・・・これで、“己の人生に幕を下ろす”という奴の望みも潰えたわけだ。
事態が収束して―――ようやく、エンデヴァーの足が動いた。
おぼつかない足で、息も乱して、無我夢中で夏雄へと駆け寄ると、エンデヴァーは地面に座り込んでいる息子を力強く抱きしめた。
「怪我はっ」
ハッと我に返ったように問えば、夏雄を介抱していたが故にエンデヴァーの抱擁に巻き込まれた爆豪が「ねェよ 放せ!」とがなり立てる。
爆豪は即座にエンデヴァーの腕から器用に抜け出し、バッと首をまわして周囲の状況を確認する。
「白線野郎は!?」
「確保完了」
「クソデク、モブはあ!?」
「"車に乗ってた皆さん”なら 大丈夫!」
ヴィランは轟によって確保され、要救助者はいずれも緑谷によって救けられていた。
緑谷もこの状況を改めて把握すると、笑顔で両手の拳を握りしめた。
「完全勝利だ「うるせー!!」っなんで!?」
理不尽に怒鳴られた緑谷が嘆くのを無視して、爆豪は得意げな顔つきでエンデヴァーを見やる。
「何だっけなァ No.1! この冬!? 一回でも!? 俺より速く!? ヴィランを退治してみせろぉ!!?」
「ああ・・・見事だった」
大げさな身振り手振りをつけてエンデヴァーを煽っていた爆豪だったが、彼から返ってきた言葉は予想外なもので、思わず口を閉じる。
「俺のミスを、最速でカバーしてくれた・・・!」
「急にしおらしくなりやがって・・・もちっと悔しがれ・・・!」
エンデヴァーらしからぬ反応というか、正直いって 張り合いがない。拍子抜けした爆豪は、周囲に目を走らせて・・・ふいに眉間にシワを寄せる。
「オイ、あのアホ女 どこ行きやがった」
「「えっ」」
爆豪の言葉に、緑谷と轟が慌てて周囲を見回す。しかし・・・先程まで一緒にいたはずの強子の姿が見当たらない。
「身能!?」
「身能さん!!」
途端に二人は血相を変え、慌てて彼女の姿をさがす。
普段あんな感じなので忘れそうになるけど・・・彼女は、ヴィランに狙われている身。彼女が学校を出る時には護衛がつくし、今回のインターンだって公安からNo.10以上のトップ事務所を指定されていたくらいだ。
いつ彼女の身に危険が及んでもおかしくないのだから、彼女から目を離すべきじゃなかったのに・・・!
焦燥とともに後悔の念に駆られていると、
「はいはーい、ここにいるよー」
そんな間延びした声が彼らの耳に届く。
声の主を見れば、彼女はヘラリと気の抜けるような笑顔を携え、ノンキにもヒラヒラとこちらに手を振っていた。そして、彼女のもう一方の手では、強面の男の首根っこを掴んで引きずっている。微動だにしない男を見るに、どうやら気絶しているらしい。
「・・・何やっとんだ、お前は」
あっけにとられた様子で爆豪が問うと、彼女は引きずってきた男をドサリと皆の前に転がした。
「こっちの大通りの騒ぎに乗じて、裏の路地で引ったくりしてた奴がいたから・・・捕まえてきた!」
強子がひと仕事を終えた後のイイ笑顔で爽やかに答えると、緑谷は「いつの間に!?」と感心したように目を丸め、轟は「お前が無事でよかったが・・・あんま心配かけるなよ」と息を吐いた。
だが、爆豪は不服そうに強子を睨みつける。
「ハッ・・・“引ったくり” だァ?ンな小っせぇ案件カタ付けたくらいで調子乗んな!こっちは死にかけのモブども救けんのに体張ってたっつーのに手伝いもしねェでよお・・・優先度を考えて行動しろや、単細胞女が!」
「私だって、ちゃんとヴィラン撃退に貢献してたでしょ」
誰より早くヴィランに有効打を与えたのは強子だったろうに。理不尽にイチャモンをつけてくる爆豪に、やれやれと肩をすくめる。
それに一つ言わせてもらうと、車の3列目に座っていたせいで出遅れたのがなければ、あのヴィランをぶっ飛ばしていたのは強子だぞ!?
「というか・・・」と言葉を続け、彼女は背後へと視線を送る。視線の先では、引ったくりにあった被害者が、感謝に満ちた顔で強子に向けて何度も頭を下げていた。
「たとえ“小さい案件”だったとしても 困っている人がいることに変わりないんだから、救けるべきだと思うんだけど・・・爆豪くんは、優先度の低い小さな案件なら、困ってる人を切り捨てるんだ?」
強子の揚げ足取りに、爆豪がグッと言葉を詰まらせる。
そこに、さらにエンデヴァーが強子を援護する言葉をかけた。
「ビヨンドの言うとおりだ・・・ヒーローは、事件の大小にかかわらず、すべての要救助者を救い出さなくては・・・」
No.1の見解に「ほらね?」と得意げな顔を爆豪に向ければ、爆豪の顔は悔しさでより苦々しく歪んでいく。
「よくやった、ビヨンド・・・裏路地での事件など、俺はまったく気がつけなかった・・・目の前のことで、頭が、いっぱいで・・・」
エンデヴァーは弱々しく、僅かに震える声で強子にそう告げた。
それは、つまり―――“エンデヴァーより速くヴィランを撃退すること”というノルマを強子が達成したことを意味していた。
“エンディング”というヴィラン撃退への貢献度は確かに低かったかもしれないが・・・引ったくり犯を捕えたのは、紛れもなく強子の手柄だ。
強子の索敵能力も隅に置けないだろう?フフンと誇らしげに微笑んで爆豪を煽っていると、エンデヴァーが座り込んでいる夏雄へと声をかけた。
「悪かった・・・一瞬、考えてしまった―――俺が助けたら、この先お前は・・・俺に、何も言えなくなってしまうのではないかと・・・」
そうして、彼は、息子に本心を吐露していく。
夏雄も、父親の言葉に困惑しながらも、今まで抱えていた本音をぶつけて返していた。
「・・・俺を許さなくていい。許してほしいんじゃない、償いたいんだ」
真摯に“家族”と向き合わんとするエンデヴァーの姿は、強子にとっては感慨深いものであったが・・・件のヴィランにとってはそうじゃなかったようだ。
「ああああやめろォオオオオ!!エンデヴァアアア!なんだその姿はぁあ!!やめてくれぇ、猛々しく傲慢な炎!まばゆい光!俺の希望がああ」
「まだ“意識がある”どころか、めちゃハイじゃん・・・」
けたたましく騒ぎ立てるヴィランの叫びを聞いているうちに警察が到着して、ヴィランは無事に逮捕へと至った。
一週間。強子たちがインターンを始めてから、まだ、たったの一週間だ。
その短い期間のうちに強子たちインターン生は、皆、与えられた課題をクリアした。
爆豪と轟は、最大出力を瞬時に引き出すこと、力を“点”で放出することをそれぞれ身につけたし、緑谷と強子は“並列思考”・・・無意識下でできることを増やすという課題を達成した。
まあ 強子の場合、半径200メートル範囲を索敵できているのか怪しいとこだけど・・・今回の一件で、人命を左右するような差し迫った状況を目の前にしても、目の届かぬ近辺の状況までもを索敵できることが証明された。
実際、引ったくり犯を警察に引き渡している最中の今だって・・・周囲の状況が手に取るようにわかる。
「焦凍って、面食いだったんだな」
「っ、夏兄・・・!」
・・・みたいな会話を強子の背後でコソコソ繰り広げている轟兄弟の動向も、バッチリ筒抜けである。
ヴィランに襲われて気が動転していた夏雄だが、そんな軽口を叩けるくらいには落ち着いたようで何よりだ。
それにしても、この一家はどうしてこう、強子と轟を恋仲にしたがるのか・・・。
「―――ありがとう。えっと・・・ヒーロー名・・・」
強子が引ったくり犯を警察に引き渡し終えると、夏雄が爆豪に感謝を告げているところだった。しかし、肝心のヒーロー名がわからず、夏雄が言い淀む。
その様子を傍から見ていた緑谷が「“バクゴー”だよね」と助け舟を出したが、
「・・・違ぇ」
まさかの否定の言葉に、緑谷が目を見開いて身を乗り出した。
「え!?決めたの!?教えて!」
「言わねーよ!テメーにはぜってー教えねぇくたばれ!」
「俺はいいか?」
「だめだ テメーもくたばれ!」
なんか、似たようなくだりを前にも見た気がするなぁ。
そんなことを思いながら彼らを微笑ましく見守っていると、ふいに爆豪が強子を睨んだ。
「・・・テメーは聞かねぇンか」
「私?」
二人と違ってヒーロー名を聞く素振りのない強子に、爆豪は怪訝な表情だ。そんな爆豪をキョトンと見つめ返して、強子はうーん と思案してから口を開く。
「うん・・・別に、聞かなくてもいいかな」
晴れやかな笑顔で答えれば、「もちっと興味もてや!!」と理不尽にキレられた。どうせ、聞いたところで「先に教える奴がいんだよ」とか言って教えてくれないくせに。
そもそも強子は、教えてもらわなくたって爆豪のヒーロー名をすでに知っている。
それに・・・ヒーロー名を聞いてしまったら、もう「かっちゃん」呼びは許してもらえないだろう。せっかく手に入れた権利をもう手放すなんてもったいない。しばらくは彼のヒーロー名を知らぬフリして、かっちゃん呼びを継続してやるのさ!
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かっちゃん呼び、皆さんも憧れますよね?私だけじゃないといいのですが・・・。呼びたい願望のせいで、夢主がカッチャカッチャうるさくなってしまいました(笑)
エンデヴァー事務所組、なんだかんだ言っても仲良くワチャついてるといいですね![ 99/100 ][*prev] [next#]
[mokuji]
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